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第42話 土曜日だっていうのに、なんだってセミは鳴きまくっているのだろう?

 次にわたしが気がついて、携帯電話で時間を確認してみたら、時刻はすでに5時半を回っていたんだよ!


 げ!!やべえ!!


 わたしが、慌ててソファから身を起こしてフロアを見てみると、そこには井上さんと黒山さんが歩いていた。これはいけない。2人共、トイレがわからずにさまよっていたのかもしれない。いつから?なんにせよ、至急トイレに連れて行かなくっちゃいけないよ!


「井上さん。トイレですか?」


 わたしは、まず井上さんに近づいて行き声をかけた。


「うん。トイレどこにあんの?」


「こっちです」


「そう」


 わたしは井上さんをトイレに連れて行き便座に座ってもらった。幸い、パンツもズボンも汚れてはいなかった。それからわたしは、急いで井上さんの部屋に行って着替えを持って来た。なんせ時間が押しているので、このタイミングで着替えてもらわなくっちゃ間に合わないからね。


 同様に、黒山さんもトイレに行って着替えてもらった。こちらはパジャマまでオシッコでビタビタだった。11時にトイレに行ったきりで、3時に行けてないのだから当然と言えば当然だ。


 それから2人には、同じテーブル席に座ってもらってからお茶を出した。


 さてと。それではこの状況で、なにからしていくべきなのか、まずは優先順位をつけなくちゃいけない。時間にしておそらく45分は押しているだろうから、鬼のような段取りのよさが求められている。そうしないと、早出の清家さんがやって来てしまう。あの人はなにかできてないことがあったら、絶対に怒るに違いないからね。


 瞬時にわたしは、やらなくちゃいけないことに優先順位をつけて、なにをどうしていくか段取りを決めた。よし、出撃開始!


 そうして急いでやるべきことをやって行き、最後に山中さんが残った。さてさて、今朝の機嫌はどうかな?ぐっすり寝てたみたいだから、多分いいとは思うんだけどさ――。


「山中さんおはようございます」


 そっ~とわたしは、山中さんの肩を叩き声をかけた。


「おはよう。あ、なんや、みっちゃんかいな。アンタまた泊まって行ったんかいな。アハハハ」


 山中さんが笑って言った。どうやら、またわたしのことをみっちゃんと思っているみたいだけれど、すこぶる機嫌はいいみたいだ。


「そうなんです」


 みっちゃんであるわたしは答える。


「裏の畑のトマトやキュウリを持って帰ったらええわ。お母さんにも渡しといてや。アハハハ」


「わかりました。持って帰ります」


 わたしは言った。きっとみっちゃんも持って帰ったに違いないからね。


 山中さんの起床介助が終わってテーブル席に座ってもらうと、時刻は6時35分を回っていた。でもまぁ、ここまでで来たら後はもう大丈夫だろう。


 ふぅ。なんとかなるもんだね。わたしはテーブルを拭きながら安堵していた


 その後、山根さんも珍しくわりとすんなり起きてくれたし、順調に業務は進んで行った。すると、わたしが皿洗いをしている時のことだった。不意に旦那さんの声が聞こえて来た。


「どや?目の前のことに一所懸命になっとったら、いらんことを考えずに済むやろが?あっ」


 まぁ確かに、全力を出さないと間に合わない状況で、いらないことなんて考えてる場合じゃなかったからね。


「今朝みたいにいらんことを考えずに集中して、きっちり優先順位をつけて、一所懸命目の前のことをこなしていけば、物事は意外とスムーズに行くもんなんやで。あっ」


 確かにそりゃあそうかもしれないけどさ、問題は携帯のアラームだよ。ちゃんとセットしてたはずなのにさ、なんで気づかなかったのかな?


「なに言うとんねん。自分で消して、寝とったやないかい。覚えてないんかいな?あっ」


 え?マジっすか?全然覚えてないよ。おかしいな?よっぽど眠かったのかな。


「まぁ、そんだけ疲れとったんやろ。でも大丈夫や。3時の巡回は代わりにワイがしたったからな、安心せい。あっ」


 そうだったの?すいません。


「こっちこそ、こっちの都合でドラクエ世界なんぞに連れて行っとるわけやからな。できるだけのフォローはするわいな。あっ」


 ありがとうございます。


「だからやな、今後もし今日みたいなことがあっても、ワイが代わりに巡回に行くから大丈夫なんやで。ま、パット交換とかはできひんけどな。もしなんかあったら叩き起こすわいな。あっ」


 それは心強いね。でも、長時間利用者がオシッコまみれなのは気の毒だし、今朝みたいに気がせくのはよくないことだからね、なるべく今日みたいなことがないようにするよ。


「そうか、そりゃそれにこしたことはないわいな。あ、ほんでやな、平敦盛さんにはもうシフト表は渡しといたからな、月曜日に渡す必要はないで。ほんじゃあな。あっ」


 旦那さんの声は消えた。そっか、知らない間にシフト表を渡してたんだね。シフト表も、旦那さんの言うところの召喚魔法で渡したのだろうか?


 それからも特に何事もなく――定時である9時半には帰ることができた。


 外に出てみると、今日も太陽が容赦なく照りつけており、いつものようにセミが鳴きまくっていた。まったくさ、せっかくの土曜日だっていうのに、なんだってセミは鳴きまくっているのだろう?セミには休みってものがないの?――って、こんなふうに考えるのも、きっと五蘊皆空なんだろうね。だってさ、セミに曜日なんて概念自体はないだろうし、曜日なんて一切関係ないもんね。そう考えると、土日もこうして働いているわたしにも、曜日なんてものはあんまり関係ないかもしれない。


 なるほど、なるほど――それにしても、五蘊皆空について考えながら駅までの道を歩くなんてさ、わたしってすでに僧侶ぽくない?まぁ、本物の坊さんが道を歩きながらどういうことを考えてるかなんてことは、一切知らないんだけどさ――。


 ところで五蘊皆空もそうだけれど、昨日の夜は衝撃的なことが目白押しだったね。特に強烈だったのが敦盛さんと牛だよ。まさかそんな大昔に死んじゃった人が、ゼメシナールにやって来て、原さんとしゃべることになるなんて思わなかったもんね。それと牛だよ!ホント山田さんの肉に対する執念には――ま、大トロとかウナギとか、肉だけじゃなかったんだけどさ――つくづく脱帽させられたよ。月曜日に山田さんと会うからさ、その時に肉に対するその圧倒的な執着を止めて下さいって言ってやろうかな?そのおかげで、わたしは死にそうになったし、実際に死んだ人もいるんだからね。


 ま、いいや。今日のところは早く帰って寝ることにしよう。もう眠くってしょうがないよ――。


 

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