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第39話 呪文の威力

 旦那さんは外に出るなり叫んだ!


「五蘊皆空!!!」


 お!いきなり呪文!?


「よっしゃ!!澄子!ミレーユ!出るぞ!」


 旦那さんの呼ぶ声がして、山中さんが外に出たので、わたしも急いで外に出てみた。小屋の扉から出て半径5メートルくらいにはモンスターはいなかったんだけれど、その先にはギッシリモンスターがいて、まさにこちらに向かって来ようとしているところだった。


 うげ!気色ワル!気色悪いこともそうなんだけれど、外はとにかくうるさくってしょうがない。そこら中からモンスターの鳴き声が聞こえてきて、頭がヘンになりそうだ。


「彦左衛門さ~ん!山中で~す!戻って来ました~!」


 そんな喧騒の中、旦那さんが大きな声で言った。すると、わたしの左側に何者かが小屋の屋根から飛び降りて来たので、見てみるとそれが彦左衛門さんだった。え?もしかして屋根の上にいたの?


「彦左衛門さん!ミレーユの左側についてガードして下さい!よろしくお願いします!」


「いいだ」


 彦左衛門さんが返事して、わたしのすぐ傍までやって来た。その後素早く旦那さんがわたしの右側にやって来て、山中さんの背中を叩いて言った。


「よし!澄子!前進や!」


「はいな!あんさん!」


 山中さんは、旦那さんの方を振り向いて威勢良くそう言うと、迷いなく敵の群れに向かってズンズン前に歩き始めた。げ!なんでそんなに躊躇なく、敵のまっただ中に向かって行けるのよ!?


「それはやな!さっきも言うたように澄子には敵がほとんど見えてないからや!だからなんにも怖ないんや!」


 こんなにハッキリ敵だらけなのにホントなの~!?


「ホントや!だからお前さんは集中して呪文を唱えたらええねん!」


 旦那さんが言った。しかし、すでに山中さんのすぐ目の前には、1メートルくらいの三角の体にブサイクな顔があるような化け物が迫って来ているところだった!こんな状況で集中なんかできないよ!ちょっと待ってよ!!ヤバいってば!!

 

「ミレーユ!お前さんは3人でしっかりガードしとるから大丈夫や!さぁ呪文に集中せい!」


 えー!!集中ってさ!!それどころじゃないでしょ!!山中さんが敵にぶつかっちゃうよ~!!うわ~!!


「モリカワサンノセイデホンマゼンゼンカタヅカヘンワー!!」


 すると、山中さんにぶつかった三角の体のブサイクな化け物が、そう叫んで消えた!うわ~!


「見てみい!小屋の中で言うたようにやな!澄子に見えとらんモンスターは、澄子に触れただけで消滅するんや!」


 確かにそうみたいだけどさ――って、また来たよ!山中さんめがけて矢継ぎ早に、きったない犬っぽいのとか、角の生えたデッカいうさぎとか、青いゼリー状の奴とかが次々と向かって来てるよ!


「サワムラサンスッキヤワ~!!」

 

「ナントカトイレユウドウニイカンデエエヨウニカンガエントナ~!!」


「ホンマボケトンノトシャベットッタラコッチマデワケワカランヨウナッテマウワ~!!」


「オオトロモタベタイナ~」


 しかしそれらの化け物は、山中さんにぶつかるや否や、次々と消滅して行った!すんげ~!


「どや!?ミレーユ!?ワイが言うたとおり、澄子は圧倒的やろ!そやからなんにも恐れることはないわいな!呪文に集中せい!」


 確かに、山中さんが歩いてるだけで、ぶつかってきた敵が次々と消えるんだから大丈夫かもしれない。よ~し、では呪文を唱えてみるか!え~と、山中さんのことを思うんだったね――。


「ナンデヤマダサンガオカズニケチツケンノヨ!!」


「ナカミチサンガオコシテクレルヤロ~!!」


「ウナギモエエヨナ~!!」


「リヨウシャノコトヲオモットルダケヤノニナ~!!」


「ホンマセンタクモンモヨウタタマヘンナンテドウシヨウモナイナ~!!」


 様々な叫び声と共に、次々とモンスターが消し飛んでいく中、わたしはさっきの旦那さんとのやり取りを思い出しながら山中さんのことを考えていた。


 え~と、山中さんから見たら、同じコップでもまったく違う見え方をしているってことで、人の認識なんてアテにならないって話しだったよね。


「そうやがな!よし!今やミレーユ!五蘊皆空!!!」


 旦那さんがそう言い放って両手を前にかざした。


「ジャギャラコキンシスタクニャンゴベ~!!!!」


 すると驚くべきことに、旦那さんの前方にいた何匹ものモンスターが、いろんな叫び声と共に一瞬にして消し飛んだ!すんげ~!


「感心しとる場合やないで!ミレーユ!お前さんもはよ唱えんかいな!」


 あ、そっか。よし!


「五蘊皆空~!!」


 わたしは山中さんと彦左衛門さんの間から、見よう見真似で、両手を前にかざして呪文を唱えてみた!


「キュウリカレーッテナニ~!!」


 すると青い色したデッカイ芋虫が、叫び声と共に消えた!わ!やった!すご~い!


「ミレーユやるやないかい。どや?呪文の威力は?」


 でもさ、旦那さんと違ってたった1匹だからね、あんまりたいしたことないよね。


「そりゃしょうがないわい。お前さんは、ついさっき呪文を覚えたばっかりなんやからな。それでも1匹仕留めれたんやからたいしたもんやないかい」


 そう?たいしたもん?そうか~、よ~し!


「五蘊皆空~!!」


 わたしは再び両手をかざして呪文を唱えた。


「ナンデワタシガセキウツラントアカンノヨ!!」


 すると今度は、目つきの悪いカラスを仕留めることができた!凄い!凄い!


 よ~し!やってやろうじゃないの! 調子に乗ってきたわたしは、次々と呪文を唱えることにした。


「五蘊皆空!!五蘊皆空!!五蘊皆空!!」


 どうだ~!!


「ダイドコロニオレバエエヤロ~!!」


「ベッドカラデルンガメンドウヤ!!」


「フクヤママサハルトシコクニイキタイナ~!!」


 次々とモンスターが消し飛んで行く!凄い凄い!この調子だったら、このまま黒い塔まであっさり行けそうだね!


「それはどやろな――」


 旦那さんがの声がして、山中さんが立ち止まった。ん?どうしたの?


「前を見てみい」


 え?前がどうしたの?わたしが山中さんの頭の横から前方を見てみると、他のモンスターに比べて抜きん出て大きなモンスターが、向こうの方からこちらに向かって来ているのがわかった。そいつが近づいてくるにつれて、ズンズンとなんか地響きもして来た。なにアレ?


「大物や。ここドラクエ世界では、サイクロプスと呼ばれとる巨人や」


 え?巨人?それって強いの?


「そりゃ強いわ。呪文では簡単に消し飛ばされんくらいにな」


 マジっすか?でもさ、山中さんに触れたら消えるんじゃないの?


「コイツは消えへんわい。ほら、澄子が立ち止まったやろ。ハッキリ見えとるからや」


 じゃ、どうすんのよ?


「どうするってこうすんねや!行くぞ澄子!」


 旦那さんが山中さんの背中を叩いて、巨人に向かって走り出した。


「はいな!あんさん!」


 山中さんも、威勢よく走って行ってしまった!


 げ!わたしはどうなんのよ!?すっかりむき出しじゃないのさ!


「オラがいるだ」


 隣りにいた彦左衛門さんが言った。そうか、そうだったね。たださ、彦左衛門さんがなんか攻撃してるのを見たことはないんだけどさ――って、そんなことを悠長に考えている場合じゃない!すぐ傍までモンスターが押し寄せて来てるよ!やべえ!!


「五蘊皆空!!五蘊皆空!!五蘊皆空!!五蘊皆空!!五蘊皆空!!」


 とにかくわたしは、相撲のツッパリみたいに、手を交互させながら呪文を唱えまくった!――別に手からなにかが出るわけじゃないんだけどさ、旦那さんがそうしてたしね――とにかく必死だよ!


「ナンデネムイノニアイツラハムリニオコスンヤ~!!」


「ウゴクンハホンマシンドイワ~!!」


「ホントアノシュニンハシンダライイノニナ~!!」


 すると、迫って来ていたモンスター数匹が消し飛んだ!よし!でも、敵の数が膨大すぎるよ!こんなの防げっこない!迫り来るモンスターを前にして、わたしがオロオロしてたら彦左衛門さんが言った。


「逃げるだ」


 え?


「逃げるだ!」


 そうか、そうだね!逃げるしかないね!よし!逃げよう!山中さん夫婦もそのうち戻って来るだろうしね。


 わたしは、小屋に逃げるべく後ろを振り向いた。前方には遠く及ばないにせよ、チラリホラリとモンスターがいる。でもまぁ、小屋までそんなに遠いわけでもないし、これくらいならどうにかなりそうだ。彦左衛門さんもいるしね。


「走るだ!」


 わたしが小屋まで乗り切れるのか思案していたら、彦左衛門さんが走り出した!うわ!ちょっと待ってよ!


 わたしも、彦左衛門さんを追いかけるようにして走り出したんだけれど、その差は広がっていく一方だった。なにそれ!めちゃんこ走るの速いじゃないのさ!わたしも走りにはちょっとは自信があったんだけれど、ケタ違いの速さだ!


「ちょっと待ってよ~!なんでおいてけぼりにするのよ~!アンタわたしを生まれてからずっと見守ってくれてたんじゃなかったの~!今こそ見守らないといけない時だよ~!」


 わたしは、訴えるように言いながら走ってたんだけれど、その声が彦左衛門さんに届くことはなく、彦左衛門さんはあっという間に見えなくてしまった――。なにがわたしを見守ってるだよ!肝心な時に自分だけ逃げちゃってさ、なんの役にも立たないじゃないのさ!


 でも、こうなった以上しょうがない、ともかく小屋まで逃げ切るしかない。幸い敵はそんなにいるわけじゃないし、なんとかなりそうだからね。


 そしてようやく小屋が見えて来た時、小屋の前にデッカイ牛がいるのがわかった。げ!もしかして敦盛さんが言ってた牛!?やっつけたんじゃなかったの!


 なんにせよ、この牛をどうにかしない限り、わたしは小屋には入れないわけだ――。

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