第3話 ホント、しょうがないんだから
なにそれ!?今度はダジャレ!?
わたしは辺りを見渡したんだけれど、今度もやっぱり、ちょっと離れたテーブル席に利用者の婆さんが3人いるばかりで、他には誰もいなかった。ホント、一体なんなのよ!?
――それはそうとさ、今おっさんが言ったのって、「人のことはほっとけと仏さんが言っとう」だったよね?それってさ、多分わたしに言ってるんだよね?だとしたら言う人を間違えてるんじゃないの?どう考えたってその言葉は、わたしじゃなくって渡辺さんに言うべき言葉だもんね。ねぇオッサン、そうじゃないの?
・・・・・。
なんにも言わないんだね――ま、いいよ。それにしても、ヘンな幽霊。まぁ、幽霊かどうかもわかんないんだけださ――って、いけないいけない。今のわたしは、そんな声についてゴチャゴチャと考えている場合じゃない。なんせ渡辺さんのせいで時間がだいぶ押してるからね、さっさと利用者の部屋巡りをしなくちゃいけないのだ。
その前に、ここで「ゼメシナール愛の家」の内部がどんなふうになってるのかを簡単に説明しとこうかな。まず利用者の住んでる部屋なんだけれど、全部で9部屋あり、まず入り口左横に3号室がある。その向こうには細長い廊下があって、手前から左に2号室、トイレ、1号室と並んでいる。その他の部屋は、30畳くらいの四角のフロアの左右の側面それぞれにあって、入り口から見て手前左から、さっきの細長い廊下、4号室、5号室、6号室、トイレ、7号室、手前右から洗面所、スッタフの机、キッチン、風呂場、洗濯場、8号室、トイレ、9号室と並んでいる。そしてその間のフロアに、3人がけのソファと利用者がご飯を食べたりテレビを見たりするためのテーブル席が3つあって、奥には大きなテレビがある。そしてテレビの向こうに大きな窓があって、窓を出るとベランダがある。と、まぁ、ざっとそんな感じになっている。
では部屋巡りにまいりましょう。まずは、3号室の山根さんという88歳の婆さんの部屋からだ。わたしはそろそろっとドアを開けて山根さんの部屋に入る。山根さんはベッドで寝ていた。これはいつものことで、山根さんはとにかくいっつも寝ている。時には朝も昼も食べずにずっと寝てることだってある。そんな感じで、あんまり食べてるようには思えないんだけれど、これが丸々と太っている。で、無理やり起こすとめっちゃ怒る。なので、この人はそっとしておいて、次の部屋に行くことにしましょう。2号室の松永さんはお風呂みたいだから、飛ばして1号室だ。
コン、コン。
わたしはノックして、「失礼しま~す」と言いながらドアを開けた。1号室は緒方さんという86歳爺さんの部屋だ。緒方さんはベッドに寝転がって、めっちゃデッカい音でテレビを見ていた。めっちゃ耳が悪いからだ。
「おはようございます!!体調はどうですか!!?」
わたしはデッカい声で、しかもめっちゃ左耳の傍で言った。しかし緒方さんは、え?なに?って感じで、右耳に右の手のひらを当てた。もう!
「体調はどうですか!!?」
しょうがないから、もう1度わたしは、左耳の傍でデッカい声で言った。すると緒方さんは右手でオッケーマークを作った。体調バッチリってことだ。
「もう少しで!!コーヒ-入れますんで!!また呼びに来ます!!!」
続けてわたしは言った。しかし緒方さんは、また、え?なに?って感じで右耳に右の手のひらを当てた。
「失礼します」
もう知らない。そんなに何度もデッカイいなんて出せないよ。さよなら緒方さん。
ふぅ。では次、4号室だよ。4号室には、黒山さんというシワクチャでちっちゃい魔女みたいな90歳の婆さんが住んでいる。早速、ノックをして入ることにしよう――と、その時だった。
ガラガラ。
突如、ドアが開いた。
「おはようございます」
わたしはちょっと面食らいつつ挨拶をした。開いた先には、薄緑に花柄の涼しげなワンピースを着た黒山さんが立っており、わたしを見るとニコっとした。
「どうじょ」
黒山さんは右手を差し出し、中に握っていたものをわたしに渡そうとした。わたしはそのなにかを受け取ろうと、両手をすくうような形を作った。
わたしの両手には、ちっちゃい黒い丸い玉が置かれた。なにこれ?わたしは、この物体の正体を探るべく顔を近づけた。ん?なんか臭うな――って、コレってウンコやん!!
「ギャ~!!」
わたしはビックリして、思わず大きな声を出していまい、両手を上げた。するとウンコはどっかにぶっ飛んで行ってしまった。それからわたしは、急いで近くのトイレに入って必死でゴシゴシ手を洗った。なんてこった。今日は朝からウンコにやられまくりだよ、トホホ――。
どうにか手を洗い終えたわたしは、ギロっと黒山さんの方を見た。黒山さんは4号室の前でクスクスと笑っていた。とんでもない婆さんだよ。ちょっと注意してやんなきゃいけない。わたしはズンズン黒山さんの元へ歩いて行って言った。
「黒山さん!ウンコを触ったりしたら、バイ菌にやられて病気になっちゃいますよ!」
黒山さんも結構耳が悪いので、わたしは黒山さんの左耳の傍で、かなりデッカい声を出した。
黒山さんは小首をかしげ、それから右手を左右に振った。どうやら言ってることがわからないというポーズルのようだ。もう!
「だから!ウンコを触るとね!!病気になりますよ!!」
もう1度わたしは黒山さんの左耳の傍で、さらにデッカい声で言った。しかし黒山さんは、再び小首を傾げ、右手を左右にヒラヒラさせるばかりだ。もう!この人、普通の声でしゃべったって、聞こえる時は聞こえるっていうのにさ、一体どういうことなの!?
う~。どうやら黒山さんは、何度言われたって聞こえないアピールをする腹づもりらしい。もうしょうがない。こんな都合のいい耳に、これ以上なにを言ってもイライラして疲れるだけだからね。
わたしはあきらめて、4号室を点検することにした。なぜなら、黒山さんがウンコを握ってたということは、他にも転がってる可能性があるからだ。見てみたら、やっぱりあった。ベッドの下に3つ、コロコロしていた。
ホント、しょうがないんだから――わたしはプラスチック手袋をはめ、コロ便をティッシュにくるんだ。まぁでも、介護っていう仕事は、ウンコと関わることだと言っても過言ではないからね、こんな程度ならマシな方だよ。だってこれが下痢便だったとしたら、より悲惨だったろうからね。
その時だった――。
「キャ~!!」
フロアから女の人が叫ぶ声がしたのだ!