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第35話 召喚魔法の呪文1

 素敵なこと?どんなのなんだろう?


「そりゃあ素敵なことなんやで。一言で言えば召喚魔法なんやけどな」


 敦盛さんの代わりに旦那さんが言った。ところでさ、召喚魔法ってなに?


「知らんか?お前さんが呪文を唱えたら、平敦盛さんがいろんな物をこのドラクエ世界に送り込んでくれるんやけどやな、それを召喚魔法っちゅうねや」


 へ~、なんかよくわからないけどさ、助かりそうじゃない。敦盛さんってそんなこともできるんだね。


「いやぁ、たいしたことはないよ。送れる物も須磨寺の池の中にある物に限られているしね」


 え?須磨寺の池?もしかして、あの空気のよどんだ池のこと?


「そうさ。君が通勤する時に、いつも横を通っているあの池のことさ」


 げ――でもさ、よりによって、なんであの池なのよ?


「あの池は、実は霊的世界につながっているんだよ。だから池の中の物であれば、なんだって自由自在に送り込めるってわけさ」


 敦盛さんが得意気に笑っている。それにしても霊界につながってるだなんてさ、どうりで不気味だったわけだよ。でもさ、そんなのが役に立つの?


「そりゃあ、きっと役に立つさ。自転車だってオートバイだって車だってあるし、駕籠なんて珍しい物まであるんだからね」


 へ~、なんか凄いんだね。


「そうさ、池の中だからって馬鹿にできたもんじゃないだろ?君がこの世界で、今どういう状況なのかしっかりイメージして、呪文を唱えてくれさえすれば、池にいる僕がそのイメージをキャッチして、バッチリその時必要な物を送るってわけさ」


 そうなんだ――それにしても敦盛さんは、わたしが描くそんなイメージをよくキャッチできるもんだね


「それは確かに簡単なことではないよ。僕が君のイメージをキャッチするためには、あらかじめ君の周波数に自分自身の感覚をセットしなくちゃいけないんだけど、そのためには、いつ君がこの世界に来るかあらかじめ知っておく必要はあるだろうな」

 

 敦盛さんが言うと、それに応えるように旦那さんが言った。


「その点は大丈夫ですわ。ワイが、今日平敦盛さんが帰る際、ゼメシナールのシフト表を渡しますんで」


「それは助かる。これで中道さんが夜勤入りの夜に僕は、須磨寺の池で耳を澄まして待ち受けておけばいいってわけだ」


「お願いしますわ」


 旦那さんが敦盛さんにお辞儀をした。


「まかせておいてくれよ」


 敦盛さんが、親指を立てて得意そうに言った。


「それで肝心の召喚魔法の呪文の方なんですけど、どんなのがよろしいですかな?」


 低姿勢に両手を揉みながら、旦那さんが敦盛さんに聞いた。すると敦盛さんが、右手をアゴの当て、ゆっくり歩きながら言った。


「そうだな・・・やっぱり、強烈に中道さんのイメージが伝わる文句がいいんだけど・・・あっ、こういうのはどうだろう?」

 

「どういうのですか?」


「僕が中道さんの話しを彦左衛門さんから聞いて、最近印象的だったのが、どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンの話しなんだけど、それを呪文に織りこんでみるっていうのはどうだろう?」


 え?なにそれ?


「それはワイも彦左衛門さんから聞きましたわ。それはええかもしれませんな」


 旦那さんが、ひとつパチンと手を叩いた。


「こういうのはどうだろう?どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンは、地獄のパンに成り果てた!わたしは中道理子です!」


 会心の笑顔で敦盛さんが言った。なによ!そのセリフ!?そんなのが呪文なの!?小っ恥ずかしくてしょうがないじゃないのさ!


「さ、最高!最高じゃないですか!」


 しかし旦那さんが、物凄い笑顔でもれなく絶賛している。げ!止めて止めて!


「彦左衛門さんどうだろうか?」


 わたしの心の叫び虚しく、今度は敦盛さんが彦左衛門さんに聞いた。


「いいだ」


 無表情に彦左衛門さんが答えた。え?なに?「いいだ」って「いい」ってこと?ちょっと待ってよ!なんにもよくないってば!彦左衛門さんくらいはちゃんと味方してよ!わたしを見守ってくれてるんでしょ!?


「中道さんはどうかな?」


 やっと敦盛さんがわたしに聞いてくれた。


「申しわけないんですけど、なんか他のにしてくれませんか?恥ずかしくて唱える気になれないと思うんです」

 

 わたしはちゃんと口に出して意見を言った。こんなのが呪文に決定したら絶対唱えないもんね。


「え?そうなのかい?いいと思ったんだけどな・・・そんなに恥ずかしいかな?」


 意外そうな顔して、敦盛さんがわたしを見て言った。


「はい」


「そうか・・・どうしようかな?他になにかいい文句があるかな・・・」


 右手をアゴに当て、再び考え始めた敦盛さん。すると旦那さんが、わたしを嗜めるように言った。


「これミレーユ、ワガママ言うもんやないで。せっかくあの平敦盛さんがわざわざ考えて下さった呪文なんやから、ありがたく頂戴せなアカンやろが」


「いや、でも、ホントに恥ずかしいんですもん。他になんかないんですか?」


 わたしは敦盛さんに聞いた。すると敦盛さんは、困った顔をして言った。


「う~ん、そうだな~、なかなかここまでインパクトのある文句はない気がするんだよな~」


 そうなの?どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンって、そんなにインパクトがあるの?


「インパクトあるに決まっとるやんけ。そやからこそ、それに代わるフレーズが見つからんで平敦盛さんは悩んではんねやないかい。どや、ミレーユ?どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンっていうフレーズは、どうしても使ったらアカンのかいな?」


 必死の旦那さん――。どうしても使ったらアカンかって聞かれちゃうと、そうでもない気もするんだけどさ――。


「いや、アカンかって言われたら、そんなにアカンくはないんですけど――」


 わたしはそう答えた。すると敦盛さんが、即座に新しい呪文の文句を提案して来た。


「よし、だったら、こういうのはどうだろう?どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンを食べた中道理子です!」


 なにそれ?なんかそのままなんですけど――。


「いいじゃないですか~、最高ですよ最高!」


 しかし旦那さんは、なぜか絶賛している。ホント?そんなのが最高なの?わたしが疑問に思ってたら、旦那さんがわたしの耳の傍に顔を近づけ、ささやくように言って来た。


「どや?ミレーユ?これやったらええやろ?」


 ええ?どうかな~?どうなんだろう?なんかもうよくわからないよ。


「はい――それでいいです」


 わたしは、なんかもうどうでもよくなってきたので、賛同することにした。そこまで「どこで売ってるのかわからない素敵そうなパン」っていうフレーズを気に入ってるんだったら、別にそれでいいよ。


「よし!決まりだ!よかった~!」


 敦盛さんが、会心の笑顔を浮かべてそう言った後、右手を胸に当てて、上を向いて息を吐いた。


「おめでとうございます!」


 これまた会心の笑顔の旦那さんが手を叩き始めた。


「おめでとうだ」


 やっぱり無表情の彦左衛門さんも手を叩いている。


「おめでとう!」


 本を読んでいて、話しに入ってなかったはずの山中さんまで笑顔で手を叩いている。なにこれ?どういう状況?一体なにがおめでたいのよ?


「なに言うとんねや。召喚魔法の呪文が決まったおめでたい瞬間やないかい。わからんか?」


 わかりません――。旦那さんには申しわけないんだけどさ――。


「そうか、まぁええわいな。それじゃあ今度は、召喚魔法ではない方や。悟りの書の方の呪文を伝授して行こかいな」


 旦那さんが言った。


 まさかそれにも、「どこで売ってるのかわからない素敵そうなパン」なんていうフレーズが入ってるんじゃないでしょうね?

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