第26話 男の人ってホントどこでもオシッコしちゃうんだね
「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ」
わたしは携帯電話のアラームで目が覚めた。いつもの夜勤中は、なにか起きたらどうしようと気になってうまく眠れないんだけれど、今夜はよっぽど疲れていたようで、深く寝入ってしまっていたようだ。フロアを見渡しても誰もいない。時刻を確かめると1時、再び巡回の時間だ。
眠い。ホントはこのまま眠り続けたい。でも、部屋でなにか起きてたら大変だからね、行かなくてはならない。わたしは半分目が閉じたような状態で立ち上がった。
「歩いている。歩いている。歩いている」
わたしは眠くてボッーとしながらも、今している行為を口に出して言った。なんせ、旦那さんが常に見張っているわけだからね、片時もサボれない。
わたしは問題の緒方さんの部屋に入り、シーツを確かめてみた。すると案の定というか、また濡れていた。はぁ~。
さらに続く松永さんも、やはり真っ裸になってオシッコをブリ散らかしていた――。
なんなのよ、この爺さん2人は?2人で競い合うようにオシッコをベッドの上でブリ散らかしてさ、ラバーシーツを交換する枚数を競う選手権かなんかなの?
おっと、いけない、いけない。いらないことを考えると、またモンスターが生まれてしまう。ここは、淡々とやるべきことを口に出してこなさないとね。
そのようにして、わたしは夜勤中をすごした。さすがの緒方さんと松永さんコンビも、3時の巡回の時にはオシッコをブリ散らかしてはいなかった。その他の人と言えば、井上さんと杉浦さんと原さんと山根さんが、それぞれ1回ずつトイレに起きて来ただけで、まずまず平和な夜勤だった。
そして時刻は、朝の5時10分になった。
最終の巡回を終え、わたしは朝の準備を始めた。もちろんすべての作業を口で言いながら行った。それが終わると5時半となり、そろそろ利用者を順番に起こしていく時間となった。まずは五十嵐さんから行くことにしよう。
基本的に利用者の起床時には、まずトイレに行ってもらうのだけれど、五十嵐さんは2人介助でなければトイレに行けないので、ベッド上でのパット交換となる。わたしは五十嵐さんのパットを交換して、下半身の行為を済ませてから車椅子に座ってもらい、上半身の更衣を行った。体がカチンコチンに固まっているので、なかなか難儀する作業だ。しかし、なかなかうまくいかないからといってイライラしてはいけない。たちまちモンスター誕生になってしまうからね。
なんとか更衣を済ませた後、わたしは五十嵐さんをフロアに連れて来て、おしぼりで顔を拭いた。
よし、1人目の起床介助終了、次は井上さんか山中さんの順番だ――と、思っていたら、井上さんが部屋から出て来た。お、ナイスタイミング、わたしは井上さんをトイレに誘導してから、部屋で着替えてもらった。
流れるように2人目の起床介助が終了した。次は山中さんに起きてもらおう。しかし山中さんは一筋縄ではいかない。もし山中さんが怒っていたら大変で、抵抗力が凄くて着替えどころではないし、なかなか朝の薬も飲んではくれはしない。
わたしは、山中さんの機嫌がよいことを祈って部屋に行った。昨日のにこやかな感じから言って大丈夫な気はする。それに、いつもの夜勤なら夜中によく起きて来て、まったく寝ないなんてこともしょっちゅうあるんだけれど、今夜は11時に別れてから全然起きて来なかったからね、よく眠れさえすれば機嫌はよいはずだよ。
「山中さんおはようございます」
わたしは山中さんの肩を叩き声をかけた。
「ん?なんやアンタかいな、アハハハ」
山中さんが笑って言った。お、やったね。昨日に引き続き、すこぶるご機嫌のようだ。
「昨日の夜は大変でしたね。疲れたんじゃないですか?」
試しにわたしは言ってみた。もしかしたら、覚えているかもしれない。
「そやね~ん。ホンマ、お父さんもなんであんなことしたんやろな~」
山中さんが引き続き笑顔で言った。お、凄い!もしかしてドラクエ世界の出来事は覚えてるんじゃないの!?
「旦那さんは、山中さんのことを考えていろいろ頑張ってるんですよ」
「そうやな~、でもなんで蛇がおんのにオシッコなんかしたんかが、私にはわからんわ」
ん?なんの話し?蛇?オシッコ?旦那さんってモンスターと戦いながらオシッコなんかしてたの?
「してへんわいな。さっきの澄子の話しは、30年程前のワイとの思い出話しや。あっ」
久し振りに旦那さんが聞こえて来た。そっか、昔の思い出だったんだね――って、なんちゅう思い出なのよ、旦那さんって、蛇がいるのにオシッコしたの?男の人ってホントどこでもオシッコしちゃうんだね。
「あん時は、山にハイキングに行っとたんやけどやな、どうしてもオシッコを我慢出来ひんかったんや。ほんでやな、慌ててしたから蛇に気づかんかったんやで。あっ」
ふうん、そうなの。それにしてもさ、さすがに蛇がいたら気づきそうなもんだけどね。
「それが気づかんもんなんや。お前さんもあわててオシッコする体験をしてみたらわかるわいな。あっ」
そんな体験、絶対にすることはないと思います。
そんなことよりも、山中さんの機嫌がいいうちに、さっさと起床介助を済ませちゃいましょう。
わたしは、山中さんに勇者のぬいぐるみを渡してから、トイレに誘導した。山中さんは終始にこやかで、驚く程スムーズに起床介助は終了した。こんなことなら、毎晩でもドラクエ世界に行ってもらいたいもんだよ。
よし。いい感じ。3人目の起床介助が終了だ。さてと。それでは、いよいよチーム「オシッコブリ散らかし」の2人の起床声かけに行くとするか。まずは緒方さんの部屋から行ってみることにしよう。
わたしは、緒方さん松永さんの順番に起床介助を行ったんだけれど、やっぱり2人共ラバーシーツにオシッコをブリ散らかしていた。さすがチーム「オシッコブリ散らかし」の2人である。これで合計8枚ものラバーシーツがオシッコまみれになってしまったわけだ。あ~あ。でもまぁ、別にいいよ、洗えばまた使えるんだし、洗うのは洗濯機だからね。
ふぅ~、これで5人の起床介助が終了した。残すところは4人なんだけれど、自分で全部出来る杉浦さんと原さんは、声かけをするだけでいいので、後は黒山さんと山根さんとなる。
でも山根さんは、ギリギリまで寝ておきたいタイプなので、とりあえず「朝の6時ですよ」とだけ伝えて後回しにし、わたしは黒山さんの声かけをすることにした。
すると黒山さんもニッコリ穏やかで、順調に起床介助を済ますことができた。
時計を見ると6時半になっていた。今日はなかなか順調だったので、早く起床介助を済ますことができた。それでは朝食の用意をして行きましょう。
用意が整うと、わたしは五十嵐さんに牛乳を飲んでもらうことにした。五十嵐さんの主食はお粥で牛乳と合わないので、先に飲んでもらおうと思ったのだ。
このように夜勤明けの朝は、1人なのでなかなか忙しい。今日はそれらの作業をブツクサ呟きながら行ったんだけれど、なかなか落ち着いて作業できた気がする。
ガラガラガラ。
そうこうしているうちに時刻は6時45分となり、早出である森川さんが出勤して来た――。




