第24話 最初の課題
モンスターの倒し方?一体どうすればいいの?
「それが、めっちゃ簡単な話しでやな、単純に妄想せんかったらええだけのことやねん。なんせモンスターの正体は妄想やねんからな」
え?なにそれ?ホントにめちゃんこ単純じゃないのさ――。
「そや。これ以上なくシンプルや。そやけどな、その妄想を止めるっちゅうんが難しいんや。特にお前さんは、いらんことばっかり妄想しとるからな。さっきのウンコふみふみ掃除ババ子とかな」
んぐ――。
「他にも、水道の鍵がどうちゃらとか、来客用スリッパがどうちゃらとか、いろんなモンスターがおったけどやな、そういった無駄な妄想を止めさえすれば、モンスターがおらんようになるっちゅうわけや」
え――でもさ、妄想を止めたらモンスターがいなくなるって言うけどさ、あのモンスターってわたしだけの妄想なの?
「そりゃもちろんちゃうわ。ゼメシナールにおる全ての人間の妄想や」
だったらダメじゃないのさ。例えわたしが妄想を止めたってさ、モンスターだらけなのは変わらないじゃない。
「まぁそやな。ただ数は減るし、お前さん自身がこれから修行の過程で覚えることになる呪文を唱えることによってやな、敵を葬り去ることもできるようになんのやで」
そうなのか~。ところでさ、妄想を止める修行ってどんななの?
「修行か?まず最初の課題はやな、『今行っている行為に集中すること』になるな」
え?目の前の行為に集中する?
「そうや。いらん妄想はせずに、とにかく今やっていることに集中するんや。この世界には瞬間瞬間の行為のみがあって、妄想なんてもんはそもそも存在せえへんねやからな。だからやな、歩いている時は歩くことに集中せなアカンし、飯を食う時は飯を食うことに集中せなアカンわけや」
え?でも、それって難しくない?だって歩いてる時なんてさ、いろんなことを考えながら歩くもんでしょ?
「だから修行するんやないかい」
え?でも、どんな修行すればいいのさ?
「なぁに簡単なこっちゃ、歩いている時に『歩いている歩いている歩いている』とやな、今行っている行為を実際に口に出して言ってみればええだけやねん」
ええ、なにそれ?そんなの頭のおかしな人じゃない。
「誰も大きな声を出せとは言ってないわい。誰にも聞こえんように言えばええねや」
でもさ、そんなので効果あるの?
「それだけのことで、妄想の入る余地がなくなるからな。それにこれはやな、自分の行っている行為を客観視する修行にもなるわけや」
自分の行為を客観視する?
「そうや。物事はやな、客観的に捉えるんが大切で、自分の主観で物事を捉えとったらアカンのやで。例えばやな、昨日の五十嵐さんのトイレ誘導の時にお前さんは、山田さんのことを『喧嘩の明け暮れで筋肉を鍛えて来たんやから力を使う役割をしたらええねん』とか妄想しとったけどやな、山田さんは喧嘩をしたこともなければ筋肉を鍛えたこともない虚弱体質なんやで」
昨日もそれ言ってたね。それはそうとさ、あの人虚弱体質なの?あんなデカい図体してるのに?
「そうや、腰も随分と悪いしな、毎日フーフー言うとるわ」
マジっすか?ちょっと信じられないな――。
「マジや、マジに虚弱なんや。要するにやな、そんなことも全く知らんクセに、自分勝手な妄想で人を判断するなって話しなんや。そんな妄想をするからやな、よけいに腹が立って、世界と対立することになっとるわけや」
え?世界と対立?なんか大袈裟じゃない?
「大袈裟やないわい。そうやって自分の主観が立ち上がることで、世界と対立することになんのやで」
え?でもさ、確かにあの時のわたしは山田さんには不満タラタラだったかもしれないけどさ、なにも世界と対立する気なんてなかったんだけどな――。
「山田さんもこの世界の一部なんやで。どのような理由であれ、自分勝手な価値基準から妄想を膨らませて人や物事を判断するということは、世界と対立することになんねやで。ほんでやな、世界と対立すると必ず負けんねや。世界は自分の思いどおりになんて絶対行かへんねんからな」
うげ――。
「だからやな、客観的事実に基づいて言動せなアカンのや。そうせんと連戦連敗の負け地獄、不満と挫折だらけの毎日になってまうわけや。昨日の自分自身を振り返ってみいな。不満と挫折だらけやったんちゃうか?」
んぐ。そう言われてみたら、確かにそうだったかもしれない――。
「そやろ。いかなる理由があろうと妄想を膨らませて怒ったり、不満を溜め込んだりしたらアカンねん。見てみいな、ワイのこのヘヤースタイルを。昨日の昼飯を用意する時のお前さんの山田さんに対する怒りの妄想がやな、火炎ムカデとなってワイに鯖の形をした炎を浴びせかけて来たんやで」
「え!?そうだったんですか!す、すいません!」
わたしは頭を下げて謝った。まさか、このチリチリ頭がわたしのせいだったなんて、思いも寄らなかったよ――。
「いや、ワイは痛くも痒くもないし、別にええねやけどやな、お前さんはワイのこの姿をしかと肝に命じるべきなんや。実際の世界ではやな、自分自身が生み出した怒りの炎が自分自身を焼くことになって、目には見えへんけどチリチリ頭同然の状態となるわけやからな」
げ。それは是非とも勘弁してもらいたいよ――。
「そやろ。そのためにも修行が必要なんや。妄想せず客観的に物事を捉えていく修行がな。それにはまず、さっきも言うたように、今行っとる行為を実際に口に出して行うことが大切になんやけどやな、それは行為だけやなくて感情にも有効なんやで。今後イラっとしたり腹が立ったりすることもあるやろうけどやな、それも口に出して言ってみるこっちゃ。そうやって具現化して怒りの種を抽出することによってやな、怒りの炎は消せるはずなんや」
是非ともそうしよう。チリチリ頭同然にはなりたくないからね。
「よろしい。ほんじゃあ、今日のところはこれまでや。お疲れさん。ここに来てから45分になるからな、そろそろ戻らなアカンわい。井上さんが出て来てまうからな」
「わかりました」
「よ~し、ほんじゃあ帰るか。お~い、澄子~、帰るぞ~」
「え?もう帰んの?」
本棚の前で本を見ていた山中さんが、こっちを振り向いて言った。
「今日のところはここまでや。また4日後に来れるから楽しみにしとき」
「4日後か~、だいぶ先やなぁ」
「まぁ、そう言いなや。4日なんかすぐや」
「まぁしゃあないな、今日のところはこの辺にしとくか~」
「よし。ほんじゃあ行こか。ワイが先に帰っとくから、2人は着替えてから来たらええわ」
「はい」
旦那さんはベッドに登って黒い渦から出て行った。それじゃあ、わたしも着替えて元の世界に戻るとするか――。
わたしは今着てる服を脱ぎ始めることにした。すると山中さんがわたしの傍に寄って来て言った。
「なぁなぁ、私の主人やねんけどな、正直なところ、アンタどう思う?」
え?どう思うって、そうだね――ヘンなコスプレしてるわりには、本気で奥さんを助けたいと考えて色々やってるし、言ってることもまともだよね――。
「なかなかいろいろ考えが深い人なんじゃないですかね」
わたしは、いろいろと考えた挙句そう言った。
「そうかもな~、いろいろ考えすぎておかしなってもうたんかな~」
え。おかしい?元の旦那さんとはなにか違うのだろうか?
「旦那さん、なんかおかしかったですか?」
「そりゃおかしいやろ~、ずっと1人でベラベラしゃべっとったやんか。もしかしたら、ボケてもうたんかもしれんなぁ」
え?どういうこと?1人でベラベラしゃべってた?旦那さんは、わたしとしゃべってたんだけどな――あ!そうか!旦那さんは、わたしの考えてることがわかるから、わたしはほとんど口に出しては物を言ってなかったんだ!
「いや、違うんですよ。旦那さんはわたしの考えてることがわかっててですね、わたしと会話してたんですよ」
「え?そうなん?あの人、そんな特技があんの?」
「なんか死んだらそうなるみたいですよ」
「そうなんかいな~。あ~よかった。死んでからボケてまうなんてどういうことやと思とったけど、ボケてなかったんかいな~」
「そうです。ボケてません」
「な~んや、もう」
わたしと山中さんは大いに笑いあった。
そうしてわたしたちは、着てきた服に着替えてからベッドに上がり、黒い渦から元の世界へと戻って行った――。




