第21話 まずは実戦
「その理由やねんけどやな、そもそもワイの声が聞こえる波長を持った人間がやな、ゼメシナールの中ではお前さんしかおらんかったからな、お前さんに頼んだんやで」
そうだったんだ――じゃあ、あの声はわたしだけが聞こえてたのか。
「そういうこっちゃ。ほんでやな、なんで僧侶になってもらうかってことなんやけどやな、実際に松井と関わりのある人間が僧侶になって、悟りの書に書かれとる呪文を覚えて、黒い塔の奥底に潜んどる松井の本性に呪文を唱えんことには、黒い塔を破壊することができひんからやねん」
え?そうなの?なんかそれって、重大な役割そうじゃない?
「その通りや。黒い塔の攻略は、お前さんにすべてがかかっとうと言っても過言ではないわ」
え!?マジっすか!?
「マジっすわ。マジでお前さんが頑張らんことにはどうにもならんのや」
あちゃ~、これは思ったより責任重大そうだぞ。でもさ、なんで主任と関わりのある人間が僧侶にならないと、黒い塔を破壊できないのよ?
「その理由か?その理由は簡単や。実際にワイは1人で黒い塔に行ってみたんやけど、松井の野郎は、全然関係のないワイみたいなとっくに死んどる幽霊の言うことなんかまったく聞こうとせんかったんや。だから呪文を唱えてもなんの効果もなかったんや」
え?そうなんだ――。だけどさ、主任はわたしの言うことだって全然聞きそうもないんだけどね――。
「確かに聞かんかもしれへんけどやな、松井がお前さんのことを知っとるというだけでワイとは全然ちゃうはずや。普段から一緒に働いとるお前さんの言うことは無視できひんはずやからな」
え~、そうかな~?ところでさ、悟りの書とかっていうのを取りに行くだけでも、西遊記みたいにめちゃんこ大変なんじゃないの?
「なに言うとんねん。悟りの書なら、ほら、そこの本棚にあるわ」
え!?すでにあるの!?な~んだ。だったらさ、今から黒い塔に行ってさ、さっさとその呪文とやらを唱えたらいいんじゃないの?
「話しはそんな簡単やないねや。ただ呪文を唱えるだけやったら意味がないねん。僧侶の修行をして、悟りの書の呪文の意味を理解した上で呪文を唱えんとやな、なんの効果もないんやで」
えっ?そうなの?そんな僧侶の修行しなくちゃいけないくらいなんだったらさ、呪文の意味って相当難しいんじゃないの?
「そりゃあ、いかついで。呪文の意味をひとことで言えば『空』(くう)ってことになるんやけどやな、この意味がわかるか?」
はぁ?くう?なにそれ、わからないよ。くう?
「その意味を今から修行して、その意味を理解してもらわなアカンわけや」
修行か~。でも僧侶の修行ってさ、どんな修行するのよ?
「まぁ、いわゆる坊さんがするような修行やな」
え!?坊さん!?ま、まさか!つるっぱげになれなんて言わないでしょうね!
「そんなこと言うかい。寺に修行に行くわけやないのにや」
え~、でも、なんか思ってたのと違うな――。ドラクエみたいにさ、敵を倒したら経験値が上がって、自然に呪文を覚えて行くもんだと思ったのにな~。
「それはその通りやで。なんせここはドラクエ的世界やからな」
え?そうなの?敵なんかいるの?
「もちろんや。そやないとドラクエ的世界とは呼べんやろ。ただ、ゲームのドラクエと違って、敵を倒したら経験値が上がるんじゃなくって、修行して経験値が上がったら、敵が倒せるようになるんやけどな」
ふ~ん、なんかよくわからないけれど、そうなんだね。
「イメージとしては、現実の世界が経験値を上げる場で、ドラクエ世界がその実力を発揮する場になんねや。それでお前さんには、これから立派な僧侶になるための課題を出して行くんやけど、それを現実世界でこなすことによって、経験値を上げて行くことになんのやで」
はぁ、課題か~、なんだか気が重いね――。
「よし。ほんじゃあ、あんまり時間もないことやし、早速実戦に移ろか」
え?実戦?先に課題をこなすんじゃないの?さっき、課題をこなして経験値を上げたら、敵を倒せれるとか言ってなかったっけ?
「なに言うとんねん、まずは実戦やんけ。なんちゅうても、ここはドラクエ的世界やからな、まずはモンスターと戦うわなアカンやろが」
そんなもんなの?
「そんなもんや。よーし、ほなら2人には着替えてもらおかな」
旦那さんは後ろにあった洋服タンスを開けた。そこには何着かの服が、吊るされてたんだけれど、旦那さんはそこから服を取り出して、布団の上に置いた。
「まずは澄子からや、澄子は勇者でええんやろ?」
「もちろんやんか」
もちろんやんかって――旦那さんも勇者なんじゃないの?
「別にええがな!1パーティに勇者が2人おったってええがな!昔からワイは、そんなんもアリや思とったんや!」
旦那さんが、急に大きな声を出したのでわたしはビックリした。なんで怒ってんの?わたしはちょっとヘンだなって思っただけで、旦那さんの勇者へのこだわりなんて全然知らないんですけど――。
どうにも腑に落ちない気持ちで、わたしが小首を傾げていたら、いつの間にか山中さんが着替え終わっていた。壁にかかっている鏡を見て、いろんなポージングをしている。
「お父さん、ええやんこれ~、気に入ったわ」
なんか楽しげにニッコリ微笑んでいる山中さん。あれま。さっき旦那さんの格好見て散々言ってたのにさ、すっかり気に入っちゃってるよ。
「そやろが。やっと澄子も勇者の格好する喜びがわかってくれたか。よかったわ」
「さっきは、みっともないとか言うてもうてごめんな」
「ええよ、ええよ」
おんなじ勇者の格好をした2人が笑い合っている。どうなってんのよ?この夫婦?
「別にどうもなってへんわ、これが本来あるべき姿やないけ。さぁ、ミレーユ、次はお前さんの番やで」
旦那さんは、再び洋服タンスから服を取り出してベッドの上に置いた。
ええ?どんな服なんだろう?ヘンなのだったら嫌だな――まぁ、とりあえずは、見てみることにするか。わたしは一番上に置かれた白い服を手に取って広げてみた――するとそれは、ただの白いTシャツだった。な~んだ、つまんないの。続けてわたしは、その下にあったこれまた白い服を広げてみた。するとそれは白いもんぺのような履物だった。いずれにせよ、ダッサダサだ。
「ダッサダサとはなんやダッサダサとは、失敬な。まずはその白の上下を来てからやな、この青いガウンを纏うんや。それからこの銀の胸当てをして黄色の腰巻をしてブーツを履いたらやな、そりゃあ格好ようなんのやで」
ホントに~?怪しいな~。
「なんも怪しないわい。ほんじゃあ、ワイらは一足先に外に出とるから、お前さんは着替え終わったら来てくれや」
え?先に行っちゃうの?
「そりゃそやろ。それとも、ワイに着替え見られてもええんか?」
あ、そうか、なるほど、それもそうだね。
「そういうこっちゃ。ほな、行こう澄子」
「うん」
勇者2人は扉に向かって行き、扉を開けた。
「じゃあな、ミレーユ待っとうからな。ほな」
その時だった――。
「ウンコフミフミソウジババコー」
不気味な女の幽霊っぽい声が、うっすらと聞こえて来たのは!




