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第19話 夫婦喧嘩

 わたしが黒い渦に顔を突っこんで見た光景は、とても意外な光景だった。


 どう言うんだろう?ログハウス調って言うの?木の壁に囲まれた8畳くらいの部屋になっていて、目の前にはベッドがあって布団が敷いてあった。正面の壁には本棚と洋服タンスと大きな鏡が並んでおり、その横には、何本かの剣や槍が木の枠の中に入っており、その上に斧が飾られがていた。右側の壁には、木の扉と小さな木枠の窓、左側の壁の大きな木枠の窓にはカーテンがかかっていた。それらはめちゃんこリアルで、本物としか思えなかった。ホント、一体どうなってんのよ?


 ――で、肝心の山中さんなんだけどさ、その姿はどこにもなかった。どこに行っちゃったんだろう?でもその変わりに、山中さんに似た30代くらいの女の人が、部屋の中をキョロキョロとあっちゃこっちゃ見ながら歩いていた。アンタ、一体誰?


 ん!?


 唐突に、わたしのお尻を叩くような感触があった。なんなの?なにかがひつこくお尻を叩いて来る。だからわたしは、お尻を叩くのを止めさせようと思って、1回黒い渦から顔を出すことにした。


 てわたしが、謎の部屋から顔を出して後ろを振り向くと、ぬいぐるみの勇者がわたしのお尻を蹴っているのが見えた。はぁ?一体なにやってんのよ?意味がわからないんですけど――。


「どうしてわたしのお尻を蹴ってるんですか?」


 わたしは率直に聞いた。


「どうしてって、こうやって渦の中に入る手伝いをしとるんやないかい。あっ」


「止めて下さい。そんな手伝いしなくたってちゃんと入ります」


「ホンマかいな。あっ」


「ホンマです。あっ、そうだ。そんなことより、山中さんがこの渦の中の部屋にいないんですけど、大丈夫なんですか?」


「え?そんなわけないやろ。絶対おるわいな。あっ」


「いや、それがいなかったんですよ。部屋にはもっと若い女の人しかいなかったんです」


「それが澄子やないかい。あっ」


 え!?それが澄子ってどういうこと!?わたしはビックリして旦那さんに聞いた。


「えっ~!?アレが山中さんなんですか~?」


 確かに似てたけどさ、ホントなの?だってさ、随分若かったよ。


「ほんまにソレが澄子や。黒い渦の中では本人が望んだ時代の自分に戻れんのやで。あっ」


「そうなんですか?」


「そうなんや。さ、ともかくやな、お前さんもとっとと入ってくれんと困るんやで、そないに時間があるわけやあれへんからな。あっ」


 時間がない?


「そうや。後1時間もするとやな、井上さんが部屋から出て来よんのやで。お前さんもほっとくわけにはいかんやろが。あっ」


「え?そうなんですか?」

 

 なんでそんなことがわかるんだろう?でも、そういうことがわかるんだったらフロアの心配はしなくてもよさそうだね。


「そういうこっちゃ。ほなら安心してズバッと行ってくれや。あっ」


「はい」


 わたしは返事して黒い渦の中に入ることにした。顔を入れると、さっきと変わらない部屋の光景が広がっていて、やっぱり若い山中さんが部屋の壁のとこにいて、斧を触っていた。

 

 まさかね~、この人が山中さんだなんてね~。わたしはしばし感心して、若い山中さんの後ろ姿を眺めていた。でも時間もないみたいだし、ぼんやりと感心している場合ではない。わたしは両腕を通し、目の前にある布団をつかんで部屋の中に入ることにした。つかんでみると、どういう仕組みになってるのかはわからないけれど、これが完全にちゃんとした布団だった。わたしは這うように前進して部屋の中に入って、ゴロンと仰向けに寝転がって大の字になった。結構フワフワのベッドで、この心地ちよさは、本物としか思えなかった。天井は結構高く、三角に丸太が重なっている。部屋の中は、暑くも寒くもなく、なんの匂いもしなかった。


「アンタも来てたんかいな」

 

 ベッドで寝転んでいるわたしに気がついた山中さんが、こっちを見て笑顔で言った。


「はい」


 わたしは返事をして、ベッドに座った。


「そうか、よろしく頼むわな」


 山中さんが笑顔で言いいながら、こっちに向かって歩いて来た。トレードマークの黒髪の短髪に銀縁眼鏡、いつも見る山中さんよりだいぶ若いものの、よく見ると確かに山中さんだ。


「はい。ところでここはどこなんですかね?」


 わたしは山中さんに聞いてみた。


「それが私にもわからへんねん――あっ、お父さん」


 え?お父さん?――っていうことは、勇者のぬいぐるみもやって来たのかな?わたしは後ろを振り向くことにした。すると、そこに立っていたのは、先程までの勇者のぬいぐるみではなく、見たこともない男の人だったんだよ!!


 うっひゃ~!!アンタ一体誰よ!!?


 身長はあまり高くなくて、ほっそりしてたんだけれど、なによりその男の人の格好というのがめちゃんこ異様だった。黄色い全身タイツの上に、青いノースリーブの短いワンピースみたいな服を着て、紫のマントを羽織り、両腕には茶色の籠手、両足には茶色のブーツ、頭には青い宝石が埋め込まれた金色の冠みたいなものをして、そこから黒髪が逆立たせており、要するに勇者のぬいぐるみとまるっきり同じ格好だったのだ。そんな格好をしているのに、顔は真面目そうな丸眼鏡をしていたから余計に異様な感じを漂わせている。年齢は30歳くらい?まったく、大の大人がなんちゅう格好してんのよ?


「お父さん、どないしたんな?頭おかしなったんか?」


 山中さんも、やっぱりその格好がおかしいと思ったようで、怪訝そうに言った。そしたらその男の人――山中さんが「お父さん」って言ってるし、山中さんの旦那さんで間違いないだろう――がベッドから下りて、山中さんの傍に行って言った。


「澄子、なにを言うとんねんな。お前が好きなドラクエスリーの勇者やんけ」


「それはわかるけど、なんぼ好きやからって、勇者とおんなじ格好するか?そんなんおかしいやん」


「するやろ~。お前はもっとドラクエ愛に溢れとう思とったけどな~。ドラクエスリーをワイが買って来た時のお前はどこに行ってもうたんや?ドラクエスリー、ワイもやりかったのにお前ずっとやっとったやんけ。それくらいドラクエスリー好きやったんちゃうんかいな?」


「なんぼゲームが好きやからって、そんな格好はせえへんて。みっともない」


「なにがみっともないや!ドラクエがほんまに好きなんやったら、登場するキャラクターと同じ格好したなるもんなんちゃうんか!」


 あれれ?なんかヤバくない?旦那さんがヒートアップして来ちゃったよ――。


「その発想はないわ~」


「それが愛情が足らへん証拠ちゃうんか!そんな程度の愛情なんやったらドラクエスリー、ワイに先やらせてくれてもよかったんちゃうんか!?」


「しゃあないやんか~。面白かってんから~」


「しゃあないやあれへんわ!ワイが自転車屋臨時休業してまで、5時間も並んで買うてきたドラクエスリーやのにやな、なんでなんの苦労もしとらんお前がずっとやっとんねや!そんなんおかしないか!?」


「なんの苦労もしてないって、ちょっとアンタ、それは酷ない!?誰が行列に並ぶアンタのためにドラクエ弁当を作った思っとんのよ!?ドラクエスリーが買えるようにって、朝はよう起きて、必死で念を込めて作ったんやで!アンタも『お~、澄子のおかげでドラクエスリー買えたわ~』って喜んどったやないの!」


 ついに山中さんもヒートアップしてしまい、いよいよ本格的な夫婦喧嘩となってしまった――ところで、ドラクエ弁当ってなに?しかもゲームを買うために自転車屋さん休んでたって、大の大人がなにやってんのよ?


 それにしてもだ――てっきり子供さんがドラクエ好きなのかと思ってたんだけれど、わたしの見解は大きく違っていたようだ。そう。目の前で、ドラクエスリーをやらせてくれなかっただなんだと、本気で喧嘩しているこの夫婦こそが、熱烈なドラクエファンだったのだ。まさかね~、あの山中さんが、そんなに必死でドラクエをやっていたなんてね~、思ってもみなかったよ――。


 そんなふうにわたしが感心していたら、旦那さんが言った。


「だから、それは感謝しとるやんか~。ドラクエスリーも先にさせたったやろ~」


 急に弱腰になって優しい声を出している。どうやらこの夫婦は圧倒的に山中さんの方が強いらしい――。


「まぁ私も、確かにずっとやりすぎとったかもしれんわ。ごめんな、どうしても止まらんかってん」


 山中さんも冷静になったみたいだね。ところでさ、そんなに面白いの?ドラクエスリーってさ――少し間が開いて、山中さんが思い出したように言った。


「アンタ、それはそうと、ここどこやの?なんでこんなとこに私を連れて来たんな?」


 そうだよ、わたしもそれが知りたいんだよ。


 それからようやく、山中さんの旦那さんによるここの場所の説明が始まった――。


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