プロローグ
僕は下田悠一
どこにでもいるアマチュアバンドのギタリストだ
マニア向けの海外のバンドの曲をバンドメンバーとコピーするだけの大して人気のないバンドのギタリスト
自分の好きなバンド以外別に興味はないから他のバンドマンのライブなんか見てもどうとも思わない
今日はライブの当日である
もう何回もライブには出てるのであまり緊張はしない
緊張はしないが、何回やってもライブ前と本番中とライブ後の興奮は抑えられない
ただの自己満足なのに
さて、そろそろ出番だ
1曲目はArctic MonkeysのDo I wanna knowという曲だ
渋めのリフと洒落たボーカルが堪らなくかっこいい
そのまま2,3曲演奏してあっという間に最後の曲になってしまった
最後の曲はQueens of the Stone AgeのA Song for the Dead
ダウンチューニングのギターによるヘビーなリフとフィルの入りまくったドラム、怪しげなメロディのボーカルが相まって最高の音楽になる
観客はともかく僕らの興奮がMAXに達したところでギターソロが入る
ほぼアドリブでギターボーカルの岩井魁斗と上手くギターソロを掛け合わせられたら昇天しそうになるほどの気持ち良さを味わうことができる
こんなに気持ちのいいこと他にはないだろう
そしてトランス状態になりながら最後の畳み掛けるようなアウトロに入り曲が終わると同時に僕らのライブも終わる
挨拶もそこそこにシールドを片付け自分のギターとエフェクターボードをもってステージを降りる
自分らの番が終わり他のバンドも演奏を終えたら打ち上げが始まる
みんな自分の友人と楽しそうに話しているが僕らはやってる音楽が他のみんなとかけ離れているためあまり他のバンドマンに相手にされることは無い
悲しいものだ
「いやぁ、今日も楽しかったね〜」
ギターボーカルの岩井はバンドメンバーの中で1番明るく社交的な人間だ
バンドマン以外からはかなりの人気があるらしい
ただライブ中はかなり独特の動き方をするせいでバンドマン界隈からは少々気味悪がられているらしい
僕はアレックス・ターナーにも負けないくらいのカリスマ性があってかっこいいと思うのだがどうやらほかのバンドマンにはこのかっこよさが分からんようだ
「やっぱ最後の曲の気持ちよさったら異常だよね」
ドラマーの鈴木良はジャズ出身の凄腕ドラマーだがやはり何故かバンドマン界隈から人気が薄い
一説には高校生の時のライブの打ち上げで他のバンドマンにやっていた曲をバカにされたことにキレてそいつを病院送りにしたのが原因らしい
ただ勘違いしないで欲しい
そいつは普段はかなりのお人好しで困っている人を見ると助けてあげないと気が済まないようなやつである
「・・・」
無口のベーシストの前川隼人もジャズ出身の凄腕
それでもってとてつもなくイケメン
彼の通っている大学にはファンクラブもあるらしい
しかしこいつは無口なのが災いしてバンドマン界隈からは恐れられている存在なのである
たまに図々しいやつに絡まれると今にも人を殺しそうな目付きで睨むため揉め事も少なくないが大抵はそのあまりにも恐ろしい目付きに怯み退散させてしまう
本当に恐ろしいやつだ
この4人でしみじみと今日のライブの反省会をしていたら突然1人の女の子が話しかけてきた
「今日のライブ、感動しました!」
何故か僕とバンドメンバーだけではなく他のバンドマン達も静まり返る
状況が掴めない僕は咄嗟に他のメンバーに説明を求めてしまった
「この子は周りの人にはかなり冷たいことで有名なんだよ」
「俺らみたいじゃん」
「いや、このバンドで人当たりが良くないのお前と前川ぐらいだから」
話しかけたばっかりなのに置いてけぼりのその子はキョトンとしている
どうやら周りがまたざわつき始めたおかげで僕らの話は聞こえていなかったらしい
まさか数ヶ月後この子に僕がとてつもなく魅了されるようになるとは夢にも思はなかった