【真白バースデー作品】あなたの誕生日に花束を
「ねぇ、まーくん。海の行かない?」
先ほどまで俺の隣に座っていた彼女がいきなりそんなことを言ったので少し驚く。
「今は9月だぞ?さすがに海は寒いだろ。...あと、その『まーくん』って呼び方、呼ばれ慣れて無いからやめてくれって言ってるよな...」
「えぇ~、良いじゃん海!別に海に入らなくてもいいし、砂浜で遊ぶだけでもいいから!行こ、まーくん」
どうやら海に行くことも、まーくん呼びも折れてはくれないようだ。
こうなってしまうといくら言っても無駄だろうから俺が折れるしか無くなる。
「...はぁ、仕方ないな。でも、暗くならない内に帰るぞ」
「やったぁ~!」
腰を上げた俺は喜ぶ彼女の姿を見て、少しの幸せを感じるのだった。
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電車に乗り、隣町の浜辺まで行く。
その途中、彼女は「ゴムボート見に行く!」だの「水鉄砲欲しい!」などと海に入る気満々だったが、俺は適当に理由をつけてスルーを続けた。
結果、彼女は不機嫌になってしまった。
「おいおい、海に行きたいって言ったのお前だろ?少しは機嫌直せって」
「つーん。私から楽しみを奪ったまーくんなんてきらいです」
そう言ってそっぽを向いてしまう。
そんな彼女を見て、俺は少しイジワルをしたくなる。
「...本当に、俺のこと嫌いになったのか?」
少しの間が空き、彼女が口を開く。
「...好き...」
「...俺も好きだぞ」
......。
な、なんだか気恥ずかしいな...こう言うの。
「さ、さぁ!海だぁぁ~!」
その気恥ずかしさをまぎらわそうと俺は声を上げる。
そんな風にして、俺と彼女の海遊びが始まった。
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「海の家、まだやっててよかったな」
「この時期だから閉まっちゃってるかも?って思ってたけどよかったね~」
俺たちは海の家でスコップやバケツを借りて、砂で城を作って遊び、貝殻を集め、時に休憩しながら楽しんだ。
始めは乗り気ではなかったが、こいつを笑顔にしてやれたと言うことだけで俺の気持ちは満たされた。
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「少し遅くなったけど、そろそろ昼食にするか」
「おぉ、気付けばもうこんな時間だったんだ」
時刻は2時15分を指している。
お腹からはぐぅぐぅと催促するような音がなっていた。
「海の家行くか?」
「うぅん...コンビニでいいよ...」
「行かなくて良いのか?」
コンビニよりも海の家の方がおいしい物も多いだろうに...。
「いいの、外で食べたいから...、それにコンビニご飯、久しぶりに食べたいし」
「...そうか」
海の家のおじさんに頼めばテイクアウトをしてもらえると思ったが、それは言わないでおいた。
「よしじゃあ、コンビニ行くか」
「うんっ!」
そう言って俺たちは歩いてすぐのコンビニへと歩みを進めた。
ーと、そんな俺たちの所に...いや、彼女の元へと3人の男が近づいて来た。
「おっ、嬢ちゃ~ん。きみ可愛いねぇ~......ヒック」
「せんパイぃ~、またナンパですかぁ~......ハハハッ!」
「...って、この子男連れだぜ。良いんかね?」
「いいって...おい、男の方。どっか行ってくれや。な?」
「痛い目みたくないのなら今の内に逃げな...アハハッ!」
「...おじさんたちに殴られたく無いでしょ?」
近づいて来た男たちの見た目は皆30代を越えて、酒くさい。
(...厄介なのが来たな)
俺は男たちと彼女の間に入り込み、彼女の視界に男たちが映らないようにガードする。
「まーくん...」
不安そうな視線を向けてくる彼女に俺は優しく言葉を返す。
「...安心しろ、俺に考えがある」
「......?」
彼女はかわいい。
そのため、ナンパ対策用の準備をしておいたのだ。
「おい!なにひそひそ話してんだよ!」
「男の方、どく気は無いようだなぁ」
「そんじゃ...」
俺がどく気が無いことに気を急かした一人の男が近づいてくる。
......今っ!
「あっ!あいつ女連れて逃げていくぞ!」
「急いで追いかけるぞ!」
「待て!ガキ!」
俺はタイミングを見て彼女を抱きかかえて砂浜を駆け出した。
(予想通り付いてきたな...)
相手の酔っぱらいは男3人に加え身軽な格好、対して俺は服を着て彼女を抱えている。
状況は不利だが策はある。
それは...。
「待て!おい、ま...ーッ!」
ドサッ!
後方、俺を追いかけていた男の一人が砂に埋まる。
「「落とし穴!?」」
そう、落とし穴だ。
俺がさっきの砂遊びの最中に作っておいたのだ。
「このガキ!よくも...ーッ!」
ビターン!
「海藻トラップ!?」
後ろを走るもう一人の男が海藻に足を捕られて勢いよく転ぶ。
よし、あとひとり。
「ッ!ーもう許さん!」
仲間がやられた上に怒りで頭に血が昇り勢いを増し迫ってくる。
(...ふぅ)
俺は落ち着き速度を落としながら最後のトラップへと向かう。
「追い付いたぞ...おらっ!」
彼女を砂の上に降ろし、少し離れた所へ移動して岩を持ち上げ、俺に殴りかかろうとしている男に向かって投げる。
「ぎゃっ!?痛ってぇぇぇ!!」
男は派手に痛がり逃げて行った。
「...はぁ。なんとかなったな」
「まーくん、助けてくれてありがとう」
男が離れていく様子を確認し、彼女が寄ってくる。
「お前に何かあったら俺がイヤなだけだよ」
「それでもだよ~」
ニコニコとしながら感謝をしてくる彼女 。
...きっと彼女はなんとなく、俺がこそこそと準備をしていることに気が付いていたのだろう。
「...でも、あの人たち大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。トラップの方は簡単に脱け出せるように作ってあるし、最後の人に投げたのは『カニ』だ。冷静に取れば痛く無くなるさ」
「そうだんだ~」
ーここで、勘違いをしていた人に訂正を入れよう。
俺が投げたのは【岩】ではなく岩の下にいた【カニ】だ。
流石の俺も人に向かって岩を投げるようなやつではない。
「多少の博打ではあったがカニが居てくれて助かったよ」
「カニ好きだから匂いで分かったとか?」
「俺は犬か...」
「わんわんっ♪」
「......」
可愛い。
「とりあえず、飯買いに行くか」
「まーくんってたまに冷たいよね」
この後、俺たちはコンビニでご飯を買って他愛のない話をしながら食べた。
その途中で先ほどの男たちが「すみませんでした」と謝罪とジュースを持って訪ねて来た。
「お酒に呑まれてしまっていた」と説明を受け、こちらも「罠にかけてしまいすみません」と謝り、事なきを得た。
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日も傾き、今は夕焼けのゴールデンタイム。
2人、流木に腰掛けまったりとした時間を過ごしていた。
ザザーザザーと言う波の音。
肌を撫でる優しい潮風。
靴を脱ぐと砂の感触が気持ちが良い。
しばらくそんな時を楽しんでいると彼女が口を開く。
「まーくん、今日はありがとう」
「ん?どうしたんだ急に」
「今日は私のワガママに付き合ってくれてありがとう」
「...良いって、俺も楽しかったしな」
「そっか、ならよかった」
そうしてまたしばしの沈黙。
だが、その沈黙でさえ、今の俺には心地がよい。
男たちからもらったジュースに口を付け、俺は話し始めた。
「...身体、大丈夫か?」
「うん、昼食の時に薬飲んだし、大丈夫だよ」
「でも今は病院から抜け出して来てる身だ。それに、お前の大丈夫は信用ならないしな~」
「ひっど~い」
「今ごろ病院ではみんな必死になってお前のこと探してるだろうな」
「そうなると帰った後、まーくんが出禁になるかもね?」
「それは嫌だな」
そうしてどちらともなく二人で笑う。
それと同時に俺は思う。
「こんな時間がずっと続けばいいな」...と。
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彼女は少し厄介な病気にかかっている。
幼いときから病に悩まされていた。
学校にもろくに行けない、そのため親しい友人もできず病院で過ごしていたと言う。
俺はその時彼女と出会った。
運動中に足を折ってしまい入院していた時期があった。
俺がリハビリの一環として病院探索をしているときに一つの部屋から少女の声がしたのだ。
そこは、彼女の部屋だった。
始めは俺に驚いていたが会話を重ねる内に打ち解けていった。
始めの印象と反してよく喋り、よく笑う子だった。
今思えば、俺はあの時から彼女が好きだったのかもしれない。
俺はその後も毎日のように彼女の元へ向かい、話し、笑いあった。
俺の怪我が完治して退院した後も病院に通い、話をした。
学校でのこと、家でのこと、俺のことなど色々だ。
彼女は一切嫌な顔をせず、話を聞いてリアクションをくれた。
俺は、楽しくて、嬉しくて、悲しくなった。
医者は、治らないと言った。
あまり永くはないだろう、と。
ふざけるな、どうして彼女なんだと何度も思った。
そうして、その怒りと同時に判った。
ー彼女への恋心に。
そうして俺は彼女に想いを届け、付き合い、彼女を守ると決めた。
だが、周りからは「口では何とでも言える」「お前はただの学生で何も出来ない」「子供が格好をつけるな」と言われた。
どれも正論で当時の俺には刺さる言葉ばかりだった。
それでも俺は折れずに前を向き続けた。
それは、目標があったから。
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「...はっ!」
ぼんやりとしていた頭が覚めていくのを感じる。
...寝てたのか。
「起きちゃったか~。もう少し寝顔、見ていたかったんだけどな~」
頭には柔らかい感触と温もりがある。
いわゆる膝枕と言うやつだ。
俺は急いで起き上がった。
「ごめん!足、痺れてないか?」
「大丈夫だよ、それに寝てるまーくんの頭をなでなでできたし......ぐへへ」
「...そんなことしてたのか...」
「子供みたいで可愛かった!」
「大声で変なこと言うな!」
「背も小さいしね!」
「ケンカ売ってんのか!」
そんな会話をしている内に日は沈み、辺りが暗くなる。
そうして俺たちの楽しかった時間は終わりを迎えた。
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電車を降り、病院までの道中。
「医学部の勉強は難しい?」
「そりゃあな、覚えなくちゃいけないことばっかだよ」
俺の目標。
それは『医者になって彼女を救う』ことだ。
「...絶対に治してやるから、もうしばらく待っていろ」
「...うん。わかった。ありがとうね!」
そう言って彼女はにこやかに笑って見せた。
ーその笑顔は、繊細に作り込まれた花束のように美しかった。
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病院に着いた時、慌てた様子で出てきた看護師さんに捕まり、お叱りを受けた。
その後、彼女は検査のため席を外した。
先に部屋に行き、場を整えているところで戻ってきたので結果を聞くと、「特に何もなかった」らしい。
だが、明日どうなるかは分からないため早めに寝て欲しい、とのことだ。
お風呂に入り、着替えをして、夕飯を食べ、寝る仕度を済ませる時には時刻は23:00を回っていた。
「おやすみなさい」
その一言を言うと彼女は眠りについた。
......どうやら彼女は、今日が俺の誕生日だったと言うことはもう忘れてしまったらしいな。
真白さん、誕生日とはほとんど関係のないものを書いてしまいすみません。
でも、書いてて楽しかったです。