紅眼の村①
自身のエースカード《異世界の放浪者》を召喚できたことにより、アイオーンに辛くも勝利した最強デュエリスト。
「僕を呼ぶなら波瀾万丈。僕の名前は波瀾万丈だ」
万丈はこの世界の情報を知るため、偶然助けた少女と、敵であったアイオーンから話を聞くことにした。
「ハラン・バンジョー…。よろしくお願いします。ハランさん」
「ハランでいいよ」
少し発音が難しいようだが、この世界でも、そんなに変わった名前というわけではないようだ
「それより、聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
僕は彼女から、この世界で生きていくため、いくつか知識を仕入れた。
国のこと―――
カードのこと―――
【決闘】のこと―――
そして何より、僕自身が、どういう存在だと思われているのかも聞いた。
「【使徒】、か」
「はい。神の使いと言われています。【征剣】をお持ちですし。違うのですか?」
違うのかと問われると、僕自身にもわからない。
僕をこの異世界【神教国カルディア】に呼んだ存在が、もし神だったとしたなら、そうかもしれないが…
「それが、まだ僕にもわからないんだ。この世界にきて、間もないからね。
よかったら、その真偽がわかるまで、僕が【使徒】かもしれないということは―――」
「はい!わかりました!ハランが【使徒】とわかるまで、誰にも言いません!」
ホントに大丈夫かな、と心の中で思ったが、口には出さなかった。
「うん、ありがとう。だいたいわかったよ。
―――あとは、そう、君の名前も聞いていいかい?」
「あ!遅れてすみません!わたしマリーです!助けていただいて、ありがとうございます!」
そう。僕は、マリーと名乗るこの少女を助けた。
それを思い出して、僕はさっきまで戦っていた相手、アイオーンに向き直った。
「―――アイオーン!」
まだ負けのショックで腑抜けているアイオーンを力強く呼ぶ。
「さっきの【決闘】はなんだ!1度目はまだいい!でも2度目の【紅眼】の効果の無駄撃ちはなんだ!あの無駄なコストがなければ、まだ勝負はついていなかったんだぞ!
あんなミスをされたおかげで、僕は自分の実力でお前に勝ったなんて思えなくなった!
それまでは緻密な戦略があったのに、【紅眼】を出してからのプレイが雑すぎる!」
僕は勝負が不完全燃焼で終わったことに関して、一気にまくしたてた。
しかし、アイオーンは呆けた様子で聞いている。
「ああ!つまり、なにが言いたいかというと―――
―――また、勝負しようってことだ。今度は、あんなミスは無しにしてくれよ」
その言葉を聞いて、アイオーンにもようやく覇気が戻った。
これだけ発破をかけたのだ。デュエリストならば、黙ってはいられないだろう。
「ハッ!一度勝ったくらいで調子にのるなよ!…次は、あんな失態は見せねえ」
「ああ、またやろう」
―――そのとき、アイオーンの【本】から、カードが1枚飛び出てきた。
「なんだ?」と、僕が首を傾げていると、マリーが説明してくれた。
「それは【賭け】カードです。【決闘】で勝つと、負けた相手からカードがもらえるんです」
様子を見ていると、飛び出たカードは宙を舞い、行き場を失って消滅した。
「あれ?おかしいですね。普通なら、勝ったひとの【本】に入るんですが…」
「あーっ!俺の【紅眼】が消えちまった!」
アイオーンが叫ぶ。どうやら、いま消えたカードは《【紅眼】カードを奪う賊》らしい。
勝ったのが僕だからなのか、【紅眼】が特別なカードだからなのかはわからないが、カードが消滅したのは、通常のルール外の出来事のようだ。
「…まあ、負けて消えちまったものは仕方がねえ!次にお前とやるときには、また新しい大盗賊デッキを見せてやる!手を洗って待ってやがれよ!」
「それを言うなら、首を洗って、だよ」
レアカードを失った割には、立ち直りが早い。
盗賊というのは、そういうものなんだろうか。
「それと、嬢ちゃんもなあ。その【騎士】を狙ってるのは、俺サマだけじゃねえ。
さっきまで奪おうとしていた俺サマが言うのもなんだが、気をつけるんだぜ」
アイオーンがマリーに声をかける。
【騎士】のカード。
マリーが襲われていた理由がそれだ。
これを持つものは、【領主】に仕える騎士になれるらしい。
「わたしは、この【騎士】を下さった領主様のところに行くつもりだったんです。住んでいた村も【紅眼】の怪物に襲われて、無人になってしまいましたし」
「その怪物、俺サマの盗賊型とは違うやつだったろ?」
「はい、あれは、4本足の【紅眼】でした」
「―――ふむ」
アイオーンは少し考える素振りを見せ、「よし、その【紅眼】は、お前が討伐しろや、ハラン」と無茶振りをした。
「はあ!?」
「まあ聞けや。俺サマは、ナワバリを荒らすそいつを討伐してえが、誰かさんにデッキを崩されちまった」
「―――ぐ」
痛いところをついてくる。
僕のせいではないが、僕のせいのようではないか。
「戦えない俺サマの代わりにお前がやる。その方が、嬢ちゃんも安心して領主のとこまでいけるだろ?」
「え、はい。そうですね」
断りにくい流れになってしまったが、乗りかかった舟ではあるし、せっかくマリーと知り合いになれたのだ。
この世界に慣れるまで、連れがいた方が安心できるのも事実だった。
「―――わかったよ。調べてみよう」
かくして、僕とマリーは【紅眼】を討伐するため、マリーの住んでいた村に向かうことにした。
そこで、僕らは、恐ろしい事実を知ることになる―――
■用語説明
①波瀾万丈
-はらんばんじょう
-変化が激しく劇的であること
-転じて、この物語の主人公の名前
②効果の無駄撃ち
-使っても意味のない効果を使ってしまい、無駄にコストを払うこと
-ゲーム中ではコストとして防御力を失っており、無駄撃ちをしなければ、まだ勝負は決まっていなかった