並行線遊園地
「あぁああああっ!遅れちゃう!!」
天使シクは歌うようにそう言った。
思いキャリーを持ち上げ飛ぼうとするも、荷物の重みでうまく前に進まない。
もう押して行った方が早いのではないか、そう思わせる姿に、バスの方から声がかかる。
「シク〜早くしろー!!」
「はぁーい、ただいまぁ〜」
シクは観念したようにキャリーを地につけ、バスへと全力疾走した。
バスの中から仲間の天使たちがギョッとしてその様子を見ているけど、気にしない気にしない。
お仕事漬けの毎日だったけれど、今日から数日は遊びまくれるのだ。
これから向かう、『並行線遊園地』で!!
✣‥✣‥✣
ー並行線遊園地ー
それは決められた『世界』、与えられた『役割』と『設定』に疲れた『キャラクター』たちが羽根を休める場所。
「そうは言っても、あんた全然仕事してないでしょーが。」
はぁぁ…と先輩にため息をつかれる。
「指導係の私の身にもなってよ。」
「してますよぉ!ほら、警備とか。」
「職場も職務も違うでしょうが!!」
「あだっ!…くぅ〜」
そう、シクは天使たちのなかでも落ちこぼれ『役』なのだ。
先輩はそんな私をしかる『役』。
周りを見ると、『役』が抜けていない子ばかり。
シクはくすっと笑う。
「もぉみんなぁっ?肩に力入りすぎ。もっとゆったりして行こー!」
「あんたがゆったりし過ぎなのよ!」
先輩がそうつっこむが、今くらいはいいはずだ。
何せこれから向かう遊園地は、そんな『役柄』から解き放たれ、羽を伸ばすための娯楽の場なのだから!
✣‥✣‥✣
「わぁぁっ…!!」
「ここが……」
「並行線遊園地!!!」
すっごい、すごぉぉーい!!と周りから声があがる。
「荷物はそのままホテルに送っとくから、遊んできていいぞー」という『先生』の声にキャーとはしゃぎながらどこかへ行った。
残されたのはシクたち4人の班だけ。
「とりあえず、どこか行きたいところはあるか?」
さすが先輩。こんな時でもリーダーを務めてくれる。
「私ねーあれっ、あのぐるんぐるんなってるやつ乗ってみたい!」
「ジェットコースター…?って言うみたいだよ!」
バスの中で配られたパンフを見ながらミルとスイは楽しそうに話し合う。
「まぁいざって時には飛んだらいいしっ!」
「そだね!!」
「よし、じゃあそのジェットコースターとやらに行ってみるか!」
おーー!!と声を揃え、シクたちはジェットコースターへ向かったのだった。
✣‥✣‥✣
ジェットコースターについてだが…シク個人の感想をいえば最高だったが、全体を見れば最悪だった。
ジェットコースター自体はとても楽しかった。あんなに風を感じられる乗り物は、他にはないだろう。
しかし問題は言い出しっぺの2人だ。
落ちそうになったら羽を使うつもりだったからだろう。ベルトに固定されてしまえば羽は使えないし地面へ真っ逆さまだ。
落ちないためのベルトだというのに、2人はギリギリまでベルトをつけることを渋った。
最終的には観念して乗ったのだが、そのおかげで2人はジェットコースター嫌いになってしまい、先輩に至っては「気持ち悪い」という始末だった。
結局、一日目はその後ホテルへ帰り、今に至る。
先輩は気分が優れないようで既にご就寝。
ミルとスイはどういう訳か枕投げを楽しんでいた。
シクは窓際のベッドの上に横になり、開けたカーテンの外を眺める。
明日はどうなることやら……
✣‥✣‥✣
なんなんだ、このメンツは。
朝が弱いという『設定』であるシクは、朝っぱらから訳のわからないチームを見て「夢か。」などと思う。
だって『有名所』ばかりだもの。
しかもシク以外全員男だった。
「それが今日から行動するチームのメンバーだ。んじゃ、解散〜」
だらしない先生の声がロビーと頭に響いた。
だったら昨日のチームはなんだったんだ、と思っていると、またシクのチームが取り残されてしまった。
誰も口を開こうとしない。
沈黙に耐えかねてシクが口を開く。
「えっ……と、と、とりあえず自己紹介しましょうか!私は…」
「天使シク、だろォ?」
言い終わる前に白い髪の男が答えた。
シクは驚いて聞き返す。
「わ、私のことを知ってるの!?」
「あったりめェだろーが。テメェの人気くらい把握しとけ。」
「は、はぃ…あなたは、セラさんですよね?」
「おー。」
「あと、他のお二人は…」
金髪の方は知っている。もう一人の長髪の黒髪は分からない。中国系の人かな?
「僕はユオだ。シクは知っているだろう?」
「えぇ…まぁ。一応同じ『現場』ですし。」
シクはユオが嫌いだ。そういう『設定』だから仕方がない。
「へェ…お二人さん同じ『現場』なのかィ。それにしては仲が悪そうだなァ。」
セラは明らかにこちらの『事情』を知っていて茶化してくる。
「むぅ………それで、あなたは…?」
そう問うと、中国系の彼と目が合った。
蒼く澄んだ瞳だ。
「そういや俺もしらねぇなぁ、おまえどこの『現場』のヤローだ?」
「僕もあなたは知りませんね。日本ではなく中国の方ですか?」
少しして黒髪ロン毛は口を開いた。
「…私は、ハク。お察しの通り中国の『現場』の者だ。」
✣‥✣‥✣
そのままロビーに突っ立っている訳にも行かず、とりあえず外へ出て近場のレストランにはいった。
(…会話が続かない。)
「そういやァシク、お前部屋何号室?」
「へっ!?えっ……と、5130。」
「50階って…さっすが天使、高いところがお好きだ。」
「そ、そんな意図があったのかな…?」
確かに、高いところは好きである。
「おい、勝手に部屋番号なんて教えていいのか?」
他の子の迷惑になるんじゃないかと言い出したユオの言葉は完全に無視する。
「ギャハハ、嫌われてやんの〜」
「……ふん。」
それにしても、最初の自己紹介っきりハクは喋らない。真顔を貫いている。
「失礼致します。こちらパンケーキとパフェになります。」
「きたきたー!!」
「はしゃぐなシク…つーかそんなにあめェもんばっかよく食えるな……」
「甘いは正義なんだよっ!!」
ふわふわのパンケーキにナイフを差し込み、幸せそうにシクは笑った。
✣‥✣‥✣
レストランで世間話をして時間を潰し、たらふく食べた私は今、レストラン内で一言も声を発しなかったハクと2人で遊園地へ来ている。
セラとユオは面倒だからと先にホテルへ戻ってしまったが、私はもっと遊びたかったし、その気持ちはハクも同じのようだった。
「…どれか乗りたいやつはある?ハク。」
「あぁ、あれに乗ってみたいな。」
ハクが指さしたのは観覧車だった。
「わぁ〜いい眺めっ!」
観覧車から見下ろす遊園地の景色はまさしく絶景だった。
「あぁ、とても綺麗だ。」
シクが辛抱強く話しかけると、ハクもだいぶ口数が増えた。
どうやら緊張して何を話せばいいのかわからなかったらしい。
彼はそういう『設定』なのだろう。
「ハクってかっこいいのに、ギャップ萌えかわい〜」
「茶化すなよ……」
褒められ慣れていないのか、照れている顔もすごく可愛らしかった。
「ハク……ごめんね、私ハクの『現場』のこと、何も知らなくて…」
知っていればもっといい対応が出来ていたはずだ。そう思うととても申し訳なかった。
「…いい。それにシクは、私の…俺の『現場』を知らなくても普通に接してくれた。」
だからむしろいい。とハクは笑う。
「ハクの話、聞かせてよ!」
「えっ?」
「嫌だったらいいんだけどさっ!わたし、ハクのこともっと知りたい!」
「……いいよ。」
そう言って微笑んだハクの顔はとても美しくて。
気がついた頃には空はすっかり暗くなり、観覧車を6周していた。
✣‥✣‥✣
「おーおまえら遅かったな、楽しかったかァ?」
ハクの「送ってあげる」という申し出に2人で5130号室へ戻ると、そこには何故かセラとユオがいた。
「なんで2人がここに?」
「なんでも、部屋移動とかでよォ…今日一緒に行動したチームが同室になるんだと。」
お前んとこのセンコーが言いに来たぞォ〜というセラの声に私女なんですけど…とつっこむのも忘れ唖然とする。
「なっ…シクは女性だぞ!?男まみれの中に女性一人入れるなど…」
ハクが言いたいことを言ってくれた。しかし2人はハクが喋ったことに驚いていた。
「お前喋れたのかよォ、それなら早く言えよな。」
「えぇ…てっきり話せない『設定』か話さない『役』かと思ってました。」
「いやいまはそんなことを話してる場合では…」
「ま、まぁいいよ?みんな悪い人じゃないのは分かってるし。」
うん、セラの現場は知っているしユオに至っては私と同じ、ハクは今日一日でとてもいい人だとわかった。
「いいのか?シク。」
「うん。それにみんなともっとお話したいし。」
そして4人は好奇心のため、あるいは日頃のストレス発散のために夜更けまで語り合った。
✣‥✣‥✣
休暇は長い。
しかしこの遊園地に飽きることは無かった。
恐ろしいくらい。
「ハクー!こっちこっち〜!!」
「ちょっと、待ってくれシクっ…!!」
「まったないよ〜ん!」
遊園地の規模は大きい。
シクとハクはほぼ毎日のように二人で遊んでいた。
当然、セラとユオには呆れられたが。
「お客様、そちらの指輪は外してからお乗り下さい。」
「…あぁ…。」
ハクは右手人差し指に指輪をしている。
いつもアトラクションに乗る時は外しているのだが…
その度に外したいのか外したくないのか、ビミョーな顔をする。
ハクの現場を調べれば理由はわかるのだろうが、この休暇の間にするのは野暮だとシクは判断した。
それに、どんな『役』であれハクはハクだ。
シクはハクのことがどんどん好きになっていった。
✣‥✣‥✣
「おきろ、おきろっ…シク。」
「んんぅ〜……いまなんじぃ?」
「もう8時だ。早く行かないと、朝ご飯食べ損ねるよ。」
「ハッ、バイキングぅ!!!」
「はーいちょっとまって、着替えてからね。俺は外で待ってるから。」
「わかったぁ〜」
「昨日みたいに、着替えながら寝たらダメだからね?」
「うん!」
「すっかり熟年夫婦みたくなっちゃってまァ。」
「茶化さないでください、セラさん。」
「実際、あなたはどう思っているんですか?シクのこと。」
「なんですか、ユオさんまで…」
「ま、なんでもいいんだけどよォ…目ェ付けられないようにしろよ。」
「……わかってますよ。忠告をどうも。」
「お待たせハク…あれ、2人も待っててくれたんだ!ありがと〜」
「お姫様は呑気なこってェ…」
「さて、早く行きますよ。」
「うん!ハク行こう!!」
シクは当たり前のようにハクの手を握る。
ハクは照れたように、嬉しそうに笑った。
それを見てセラとユオはもう手遅れであることを悟った。
✣‥✣‥✣
「ハク、手、繋ぐの…左手がいい。」
シクはちょっと俯いて寂しそうにそう言った。
「…うん、わかった。」
ハクは左手をさしだし、手を繋ぎ直す。
初めて観覧車に乗った時、婚約者がいることを教えてくれた。
でもシクにはハクがちっとも嬉しそうには見えなかった。
あぁ、ハクはそういう『役』で『設定』なんだ。
ハクの悲しそうな表情を見ると、シクも自分の事のように悲しくなった。
✣‥✣‥✣
『木曜日』、明日からまたお仕事だということで、一足先にセラが別れを告げた。
「俺ンとこはァ、『金曜日』だからな。お前らンとこは『日曜日』だろ?」
「あぁ。だけど『夜中』だから『土曜日』に帰るぞ。」
「こっちもそんなこった。んじゃ、またどこかで会ったらなァ〜」
きっと同じ『現場』じゃないもの同士が今後集まることなんて二度とない。
それをわかっていたから、シクは大きく手を振ってセラを見送った。
「ばいばぁ〜〜い、セラ!これからも、応援してるからねっ!!」
✣‥✣‥✣
そして、あっという間に『土曜日』になった。
この数日間、ずっとこの遊園地にいたが、飽きることは無かった。
むしろまだいたいくらいだった。
シクはキャリーに服を詰める。
けれど、なかなか手が進まなかった。
「シク。」
手伝いに来たよ。と、ハクが言う。
あぁ、もうハクともお別れなんだ。
二度と会うことは出来ないんだ。
そう思うと涙が溢れて、止まらなかった。
シクはハクに抱きついて泣きじゃくり、どうにもならない現実を嘆く。
「まだっ…ハクと、一緒にいたい…っ……!!」
ハクはそんなシクを顔を大きな手で優しく挟み、上を向かせる。
シクはハクの美しい顔に見蕩れた。
突如、ハクが右手の指輪に手をかけ、それを抜き取り窓の外へ投げ捨てた。
「…なっ、ハク、なにを……」
「こんなもの、いらない。君の前でだけは、付けたくない。」
もう、遅いかもしれないけれど。
「俺が好きなのはシクだ。シク、愛してる。」
そして、シクの唇に優しく口付けをした。
聞きたかった、言って欲しかった言葉だった。
心が満たされて、今にも飛んでいってしまいそう。
「ハク…わたしも。わたしもよ、だーいすきっ…愛してるわ。」
『違う作品』に産まれて、並行線で出会うはずのなかった彼と出会った。
…恋に落ちた。
私達は、『作者』に造られ『役』を与えられ『設定』という枷を持つ存在。
それらを全て乗り越え、本当の自分を知った。
全てあなたのおかげ。
あなたがいたから私は私を知ることが出来た。
「ありがとう。ハク。」
帰ったら、あなたの『物語』を探すね。
「あぁ、ありがとう。シク。」
思い出の中であなたと共に居られるように。
あなたを応援し続けられるように。
「またねっ」
私は歌うように別れを告げた。
✣‥✣‥✣
自分の世界へ戻ってから、シクは中国の有名な小説に白という少年が登場する物語があることを知った。
その少年の髪は黒い長髪。
「『アニメ化決定』…?」
思わずふにゃ、と笑みがこぼれる。
シクは腕も脚も投げ出して…宙へと落下した。
彼が好きと言ってくれた、満面の笑顔で。
ここまでが、私が夢で見て、感じたことの記録。
目が覚めたとき、何故だか無性に悲しくて涙が流れたのを覚えている。
ちなみに風邪の鼻水も一緒に流れた。
私の夢は寝る前にみたものに影響されることが多い。
特にアニメや漫画などだ。
実際、今回の夢でもシクとハク以外のキャラクターにはその影響が大きく出ていた。
では、主人公である私シクと、原作が中国だというハクは一体、どこから来たのだろう?
また、夢の中ではシクとユオは同じ『現場』、つまり同じ物語に出てくる登場人物ということになっているけれ、ユオの原作にシクのようなキャラクターが出てくることは無い。
セラは原作よりもフレンドリー且つ明るい少年になっていた。なんでだ。
そしてハク、彼に至っては元ネタがまず見えない。中国人系のアニメも漫画も読んでおらず、彼が夢に登場する要素が見当たらないのだ。
だから私はこう考えた。
彼、ハクは私がこれからの人生で出会うキャラクターなのだと。
シクに至ってもそうだ。わたしはあんな保護欲を刺激されるドジっ子天使は知らない。
夢か現か、彼らとまた出会える日まで。
空を飛べない私は、自分の道を翔けよう。
20190315二度寝
「そういえばこのケータイを使い始めてちょうど1年になるなぁ。」
起きて一番最初に考えたことはそれだった。