第二十二話 辺境伯家と先発隊
辺境伯家と先発隊
マルス南方辺境伯についてアサドに調べてもらってあった。
ランクス王国の南方を代々治める大貴族の一員として生まれ、この地を受け継ぐために相応の努力はしたつもりだ。
当主となってからも、配下の貴族だけではなく民にも気を配り、東方の国との国境や南の森からの獣被害には、慎重な対応をしていた。
幼い日からエスナル北のダンジョンを知り、そこからの富で自らも、子孫たちも恩恵を受け続けるはずだった。
それなのに、配下の貴族が、触ってはいけない存在に手を出してしまったようだ。始まりは、家畜泥棒だったというが、被害は微々たるもので、事情が事情なので補填など、いくらでもしてやったものを!
その結果なのか、我が一族が守り続けた聖域ともいえるダンジョンを破壊されてしまった。
配下が勝手に始めたからと言って、貴族としての面子がある。
ダンジョンも壊された挙句、何の報復もせずに、このまま終わるわけにもいかない。
そして、エスナル北のダンジョンの代わりになるダンジョンが、そこにある。ダンジョンとは、資源であり、自らに牙をむく存在ではなかったはずなのだ。
相手が悪魔だろうが何だろうが、攻めない理由などなく、今後の一族のためにも全力を持って攻め取ってみせよう!
というのが、マルス南方辺境伯の心情らしい。
調べてくれたアサドに、心を読む術や魔法を使って調べたのかと、聞いてみたのだが、特にそんなことはせずに、何となくわかったそうだ。
なんとなくって……。
彼らも悪魔だから、謎の能力の一つや二つ、あってもおかしくないのか。
これからアサドには、もっと優しくしよう……。
ちなみに、辺境伯には娘が二人いて末っ子に息子がいるそうだ。
他にも弟が、子爵としているそうで、誰か一人でも生き残れば、マルス辺境伯家は残るので、遠慮なく、来訪者たちを葬れる。
そうして、到着した先発隊は、約三千人だった。一度に一万以上の人数が押し寄せることは避けたかったので、まずまずの人数だ。
そして、この先発隊の指揮官は、弟子爵がしていた。辺境伯軍として動くなら、こういう人選になるのか。
先発隊は、天幕が張れる場所や休める場所をさがしているが、ダンジョンを囲む石壁の外は、程よくぬかるんでいて、歩けなくはないが、そこにテントやらを張るのには躊躇する程度には、水気を帯びている。
石壁の外をあきらめた先発隊は、開いている鉄扉から中に入り、堀の外側に馬車を並べて天幕を作ったり、石で固定してテントを作り始めた。
ダンジョンの、調査を始める者も出始め、地下には潜らず、外観から少しずつ調べていく。
やがて、謁見の広間を見つけたようで、弟子爵がそこを本陣にすると決めたようだ。
まあ、貴族様方ばかりなので、使用の許可は出してあげよう。
奇麗に使ってね。
それはさておき、三千人がテントを張れるほどの広さを石壁内はもっているはずもなく、すこしやすんだだけでダンジョンアタックを始める者たちが現れた。
様子を見ていると、元々が兵士かなにかで、戦う心得のある者たちが先に出て行っているようだ。
どうやら、昼夜関係なく、十人以内の人数を一組として、どんどん送り出す作戦を取ることがわかった。
謁見の広間を本陣にしてくれたおかげで、あちらの情報が筒抜けとなっている。ありがたいことだ。
ダンジョンの中は、地獄絵の彫刻に多少は、心が悲鳴を上げているようで、歩が遅くなる者たちが続出している。
先頭組が、ブラッドアイの待つトラップのある立体迷路に入ると、地獄絵がなくなり、少し安心したように見える。
地獄絵は、ダンジョン全域に張り巡らせた方が良いな。
今からの操作で、間に合うので、ありとあらゆる地獄絵の彫刻をダンジョン内に刻んでいった。
先頭組が、一つ目の立体迷路を出るころには、全ての階層に地獄絵が彫られているだろうから、また観察に戻る。
ちなみに、裏ダンジョンとなる牧場、農園、工房、居住区などには、地獄絵は彫り込んでいない。さすがに、癒しの空間は、守らないといけないよね。
先頭組は、やはり戦いの心得があるのか、トラップも無難に避けていく。
ブラッドアイに切りかかろうとする者もいるが、すぐに逃げる存在だとわかると、ほぼ無視をするようになった。
先頭組が、ブラッドアイの立体迷路の二つ目に入った頃、後方で初めての犠牲者がでた。
どうやら、この先発隊の精鋭は先頭に置かれていたようで、それから、後方では犠牲者が続出した。
ちなみに、戦闘組は、革の鎧などの軽装歩兵といった装備をしている。冒険者が徴兵に応じたのかもしれない。
金属鎧の者たちは、革鎧の者たちが、露払いをした後を、いくつもりなのか、全く出発する気配がない。
すこし気に入らないが、彼らも入ってくれるのを期待して待っておこう。
そうして約二日間昼夜問わずの進撃はつづいた。
先頭組が、ポイズンアイに翻弄されているころ、本陣にいる者以外を飲み込んだダンジョンは、地獄絵の迷路の仕掛けを作動させる。
地獄絵の迷路の隠し部屋にいたゴーレムナイトたちが、一斉に動き出し、ブラッドアイの立体迷路に侵入していった。
この作戦は、ゴーレムナイトから切望され、メリッサとよく相談をしてバンパイア三体を巻き込んで行うことで、私も了承した。
迷路の各地にいる侵入者たちをゴーレムナイトが五体一組で襲い掛かる。
ゴーレムナイトたちは、大きいので、五体一組がしっかり戦える人数の限界だと割り出し、少数対応の司令官として熟練度を上げてきたメリッサのナビゲーションをうけたゴーレムナイトが現場に急行し、潰していく。
今回は、人数が多いので、ナビゲーションをバンパイアたちにも頼んだ。
彼らも戦闘と無関係な行動ばかりさせていたので、指揮官の話を持っていくと、即決で了承してくれた。
もう少し皆に戦闘をしてもらった方が良いのかな……。
最後尾となっている金属鎧組を次々につぶしていく。
メリッサたちの前には、専用のモニターが浮かんでいる。
これらの仕組みは、元々ダンジョンにあったものではなく、私の記憶からモニターという概念を初めの接触の時に読み取り、そこから再現しているそうだ。
いままでのダンジョンマスターたちは、どうしていたのだろう。
私は、このモニターを随分前から当たり前にある機能として使っていたのだが、改めて考えると不思議でならない。
さらに、立体映像のようなものも使っていた。そんなものは、地球にもまだないが、こちらの考えで言うなら、あれも魔法の一種で、ダンジョンなら再現できるということか。
ダンジョンアタックも三日目に入り、戦闘組が、数を減らしながらも炎の立体迷路にたどり着いた。
あ……、心が折れたのか、一人動かなくなった。
引き返せなくはないのだが、戻ればポイズンアイの毒が待っている。
薬や魔道具を使い、何とか立ち上がったが、すぐにトラップに囚われ、彼は旅立っていった。
先頭組のもっとも強力なチームとして注目していた彼らは、その後にケルビンと遭遇し、トラップを使った巧みな攻撃によって全滅をした。
この展開は、その後も続き、氷の立体迷路にいるケルビンと腐肉の湿地にいるガストも参加して炎の立体迷路でサバト的なお祭り状態となった。
五日目の早朝に、歩の遅かった者たちがゴーレムナイトにつかまり、三千人が全滅した。
それから、アサドに鉄扉を閉じ指せ、石壁内にいる者たちをゴーレムナイトとガーゴイルナイトに捕獲させていく。
最後に謁見の広間を使っていた者たちをアサドたちに、襲撃させ、できるだけ生け捕りにし、牢獄に入れた。
このダンジョン内でのいけどりというものには、ルールがあり、戦闘不能、心神喪失、こころからのくっぷく、など、そういう条件が認められないと、転移ができないらしい。
無差別に転移ができるなら、ダンジョンに入ったところで、すぐに牢獄送りができてしまうから、そういうルールがあるのだろう。
ダンジョンという存在は、やはり謎が多い。
落ち着いたら、もう少し調べてみないといけないな。
捉えた弟子爵や貴族たちからは、特にめぼしい情報がなく、保険として彼らは生かしておく。
何が起きるか、まだわからないからね。今回のような戦いが何回も続くのか、それとも一万人ほどの兵団が一気に押し寄せるのか……。
統括として全体を見ていたマリア、指揮官として活躍したメリッサ、アインス、ツバイス、ドライスと私で、今回の戦いの推移や傾向を話し合う。
まずは、炎の立体迷路に入ったところで、崩れる者たちが多かったことだ。
これは、長いトラップの迷路をブラッドアイとポイズンアイを避けながら、下ったら高温の迷路が待っていた、となれば心が折れる者も続出してとうぜんという結論でまとまった。
作った私としては、長い迷路だとは思うが、ある程度確認したなら、休憩できるところもなくはないので、そういうところを探すまで気が回らなかったのだと思う。
とはいえ、作り手だからしっていても、実際初見で侵入したなら、何が安全で何が危険なんてわからないか。
次に地獄絵についてだ。
迷路に地獄絵を掘りまくるのは良いが、コロシアムにまで掘るのは辞めてほしかったと皆が言う……。
悔しいので、コロシアムの彫刻を草花をイメージしたかわいらしい彫刻にかえてやった。
マリアやメリッサだけではなく、バンパイア君たちにまで、褒められた……。
納得いかない!
さて、ゴーレムナイトの鬼ごっこについては、ゴーレムナイトの評判は、かなり良く傷を負っても回復薬で治るし、深い傷はメリッサとバンパイア君たちが治していたらしい。
デスナイトとガーゴイルナイトも参加をしたがっているそうだ。
あまり傷ついてほしくないという私の気持ちと、戦いこそ存在意義とおもっているような輩との考えの違いを指摘され、現時点では、保留として、場合によっては適時投入ということにしておいた。
この考えの違いは、以前からわかっていたのだが、本気で死兵になってもらわなければならない戦いがいつか来るだろう。その時までには、覚悟を決めないと……。
そもそも、今回は、エスナル北のダンジョンを無事に攻略できたから、これだけの戦いができている。本来なら、皆が死兵になって戦わなければならないのだろう。
そして最後は、炎の立体迷路で起きたサバトだ。
ケルビンは、初の防衛でテンションがあがってしまったらしく、同じフロアで遊べる仲間をつい呼んでしまったそうだ。
これについては、私に思うところがあるので、保留にしてもらった。
そうして、石壁内に合ったテントや馬車などを回収し、謁見の広間も浄化してから、鉄扉を開けた。
外には、かなりの数の馬が繋がれていたので、それらを牧場に移した。
馬たちは、湿地に放置されていたのが良かったようで、草にも水にも困ってはいない様子だったが、足元に不安のある馬がいくらかいたので、皆で回復させていった。
回収した装備の確認や石壁内の細かい確認などは、完全勝利を迎えてからだ。
さあ、次の戦いをしようじゃないか!