第十九話 悪魔の種族と悪魔修行
悪魔の種族と悪魔修行
悪魔核の作り出した世界から、今の私の現実に、感覚が戻って行く。
ゆっくりと瞼を開くと、玉座の広間と私を見守るマリアの姿が目に入った。
「マイカ様、ご気分はどうでしょうか?」
体の内側も含めて、体調を確認したが、問題はないように感じるのだが、何かが変わっている。
「気分は悪くないのだけど、マリアから見て何か違うところはある?」
「存在感が明らかに変化しております。無事に悪魔核と同化できたようです。目覚める直前に玉座が、新たなマイカ様の情報を上書きしたようですので、ダンジョンの運営にも支障はありません。懐中時計をどうぞ。おおよそ五分といったところでした」
懐中時計を手渡され、時間を見ると確かに五分程かかったようだ。
「五分かぁ。ちょっと悪魔核の抵抗が強かったかもしれないけど、無事に悪魔になれたんだね。よかったぁ!」
「何の悪魔になったのでしょう?」
「うーん、私にも、わからないみたい……」
「顕現した悪魔は、何かしらの特性をもっているのですけど、何か感じませんか?」
「うーん、何か感じるかも……」
背中に今までは、感じなかった感覚がある。たとえて言うなら、背中にあるはずのない腕があるような感覚だ。
その感覚を、大きく広げていくと、背中から何かが噴き出すような感覚になった。
「マイカ様、翼が広がりました!」
「え……」
背中に手を回して確認すると、確かに翼があった。
しばらく動かす練習をしていると、何がどうなっているのかも分かり始めた。
エントランスにある大鏡で確認すると、蝶の翼のような形をしている。
蝶は、生と死を象徴する昆虫に挙げられる時もあり、成体になるまでに、変体を行うので、再生をイメージさせるのだろう。
だが、私はダンジョンマスターだ。
悪魔核の世界で死と生を愛する悪魔になると決めたと言っても、単純に蝶というのは、何かが足りない……。
私がダンジョンで、よく使っている方法は、迷路と毒だ。
迷路……。
心当たりがあるかもしれない。
『迷い家』という話だ
昔、月夜の森に迷い込んだ青年が、黒い翼に月光を浴びると輝く模様の出る蛾に出くわし、誘われるようについていくと、一件の武家屋敷にたどり着いた。
森の中にある武家屋敷とは、奇妙だが、このまま夜の森をさまようよりはましだと考え、門をたたくと、戸締りはされていないようで、すぐに入ることができた。
軒先で一晩を過ごさせてもらおうと、屋敷を回るが、光る蛾が、中に入るように促してくる。
人の気配も感じないので、家の中に入ると、屋敷の中は、奇麗に整えられていた。
声を一応かけてから、屋敷に上がった青年は、奥に行くが、どこまで行っても屋敷は続く。
やがて疲れ切った青年は、寝てしまった。
朝になり、青年が目を覚ますと、そこは森の合間の広場だった。そして、傍らには、どういうわけか砂金の入った袋があったという。
森から無事に出られ、村に帰り着いた青年は、自分が体験したことを、何人かに放した。ほとんどの者は信じなかったが、そういう者に限って、夜の森に出かけ、戻ってこなかった。
戻ってこれた自分と、戻ってこられなかった者とのちがいを考えてみると、武家屋敷には、様々な高価に思えるものがあった。
疲れていた青年は、それらには、目を止めず、休める場所をさがしただけだった。
戻ってこられなかった者は、あの品々に目を奪われたのかもしれない。
その結果が無事な帰還と砂金の袋ということなのだろうと納得したのだった。
この話は、『迷い家』と書いて『マヨイガ』と読む話だった。
隣のおばあちゃんがしてくれた話で、夜の街を一人でうろつくな、困ったことがあれば、見も知らぬ人でも構わず助けを求めろ、欲にくらんで命を粗末にするななど、いろいろなメッセージが込められている気がして、よく覚えておこうと思っていたが、いつの間にか、忘れていたようだ。
魔核の世界で、いろいろなことを思い出した結果、私の悪魔化へ迷い家が影響し、私は、蛾の悪魔となっているのかもしれない。
幸いに、黒に白の模様が入った美麗な翼なので、持ち主の私の方が、見劣りしてしまいそうな程だ。
蛾の悪魔ならと、開き直って、糸でも出ないだろうかと、考えていると、手首のあたりから、糸がわずかに出始めた。
糸の質感は、自分で調整ができるようで、太い糸や、細い糸、粘りのある糸まで出せた。
コントロールもできるようなので、練習が必要だな。
蛾といえば、あとは、幼体の時に持つ毒の毛か。毒も私のお気に入りだ。どうにかしたら使える気がする。
毒針になって出ないものかと、考えていると、わずかに指先から何かが出るような感覚がした。
これは、危険だ。練習は、後回しにしよう。
翼は、魔力の物質化でできていたようで、服の上から出ていた。ひとまずは、翼も糸も毒針も全てを消して、玉座に戻る。
「マリア、どうやら蛾の悪魔になってるみたいだよ」
「蛾ですか……。迷宮の悪魔あたりが妥当でしょうに、珍しいと思います」
「蛾の悪魔って、他にもいるのかな?」
「ええ、ミドルデーモン級にいる、エビルモスがよく知られておりますが、マイカ様は、グレイターデーモンでも、他の悪魔を従えることのできる存在ですから、格で言えばグレイターデーモンでも、実質は、アークデーモン級と思っておいた方が良いでしょう」
「悪魔の世界の事は、まだよくわからないから、これから教えてね。それで、結局私の悪魔としての種族は、何になるのだろう?」
「ダンジョンマスターの蛾の悪魔なんて、他におりませんから、種族も自ら付けてしまえばよいのです」
「かなり緩い世界なんだね。悪魔の世界って。迷路を好む蛾の悪魔だから、迷い蛾の悪魔かな」
「ええ、自由過ぎて、殺し合いが日常茶飯事です。迷い蛾の悪魔ですか。とても良いと思います!」
「さて、迷い蛾の悪魔にふさわしい種族名を考えなきゃいけないね……。地球の昆虫の大悪魔というとあれかなぁ」
「心当たりがおありで?」
「マリア、ベルゼビュートって悪魔は、魔界にいるのかな?」
「デーモンロードにおりますね。ベルゼブブやバール・ゼバブという名も使ったり、バールという精霊になって、豊穣の精霊もしている手広い悪魔公です」
昆虫系の悪魔のボスみたいな感じだったりは?」
「気の良いあくまで、慕われておりますが、昆虫系だけを従えているわけではありませんね。彼自身もいくつも姿を持っているので、その中にハエの姿がありました」
「そっかぁ。いろいろ地球の知識と違うんだねぇ。地球だと、ベルゼビュートは、ハエの王だったり、昆虫の王だったり言われてたんだよ」
「なるほど。でしたら、ベルゼビュートは、評判も良い悪魔ですので、名の一部を頂いて、種族名にいたします?」
「うん、それを考えてた。ベルモスとベルゼモスどっちが良いと思う?」
「デーモンロードにベヒモスという巨体の悪魔もおります。そちらと、ベルモスだと似てしまうので、ベルゼモスでいかがでしょう?」
「それじゃあ、迷い蛾の悪魔、ベルゼモスのマイカ、誕生です!」
カチカチカチ!
リビングミスリルアーマーたちも喜んでくれた。
それから、悪魔の修行を、飛行訓練から始めようとしたのだが、意識をしないと鱗粉が舞ってしまうようで、先に糸操術から始めた。
ダンジョンの自己強化リストに、糸操術がいつの間にか加わっており、ダンジョンが気を使ってくれたのだろう。
まずは、綾取りだ。
隣のおばあちゃんから、しっかりと仕込まれた綾取りを久しぶりにやり、始めは指を使っていたが、徐々に糸だけで綾取りをできるようにしていく。
一通りが満足できたら、今度は速さを上げていく。
理想は、一瞬で展開できる捕獲網だ。
強度や太さだけではなく、編み方でも速さが変わるので、熱中していた。
悪魔としての修行に入る前、メリッサとゴーレムナイトたちに頼んでおいた品物が徐々に集まってきていると報告を受けた。
メリッサとゴーレムナイトに連れられてやってきたのは、冒険者たちだ。
偽玉座の広間で、縛り上げられている彼らに、毒針と鱗粉の効果を調べる手伝いをしてもらう。
ゴーレムナイトと共に、少数対応の指揮官をしていたメリッサは、いつの間にか、新たな能力を手に入れていたそうで、蛇たちが、毒蛇に進化したそうだ。
メリッサの調整で、毒を出すかも決められるので、使い勝手が良いらしい。
メリッサと毒の効果について研究をして、猛毒から、麻痺毒や、遅効毒などを、開発していった。
猛毒は、あまり強くしすぎると、皮膚が溶けるようで丁度良く即死できる調整や、ぎりぎりで命を奪える調整もしていった。
麻痺毒も、非殺傷毒という分類に広げ、研究を続け、催眠というよりも気絶させる催眠毒や、一時的に身体能力が上がる強化毒など、他にも夢を見ているようになる幻覚毒も作った。非殺傷系の毒は、この先に必ず必要となるものだと確信できるので、種類はできるだけ多く増やし、あらゆる場面で対応できるように準備を進めた。
鱗粉は、闇魔法の混乱、魅了、幻覚、誤認に合わせてあらゆる毒を使えるようだ。
さらに、完全無害もあったので、基本は完全無害で、毒の調整は、毒針と合わせた。
その結果、毒針にも、闇魔法の精神操作系の能力が使えるようになり、幅が広がった。
残念な結果としてわかったのは、鱗粉は、一度散布すると、数日は再使用ができなくなることが分かった。
逆に、一度鱗粉を散布してしまえば、飛行訓練をいくらやっても、鱗粉が飛ばないということでもある。
私が、すぐに戦場に出なければならないなんてことは、よほどのことがなければ、起きることはなく、このダンジョンの者のうち、半分以上が倒れた時だろう。
ならば、鱗粉がたまり次第、様々な毒粉として、ためておけるのでこれはこれで使える武器が手に入ったと思っておこう。
検体となった冒険者たちは、良い具合に毒に侵されて死亡しているので、ポイズンゾンビにして、毒沼の迷路に行ってもらった。あそこは、ポイズンスライムが大量にいるが、シャドーアサシンとなったシャドーファントムが抜けて、戦力が低下していたので丁度良い。
改めて、飛行訓練を開始できる。
マリアとメリッサがつき合ってくれて、それぞれに翼を出した。
マリアの翼は、黒い鳥の翼で、メリッサの翼は、鱗模様の薄い翼だった。それぞれ、何の翼を元にしているのかわからないが、悪魔は、皆が飛べるのかな。
「マリア、悪魔って皆が飛べるの?」
「いいえ、私とメリッサは、本来飛べる種族ではないのです。ですが、高位悪魔であるグレーターデーモンになると、飛べないと困る場面が多いそうで、魔力の物質化で翼を作り、何とか飛べるようにしました」
「私の場合は、そういうものだと、刷り込まれていたようで、この鱗の翼が始めから、使えました」
「悪魔は、謎が多いんだね。私もこれからいろいろしっていかないとなぁ」
「マイカ様は、ダンジョンの事と、事故強化だけを、今は考えていてください。悪魔としての些事は、私とメリッサで、なんとでも致します」
「うん、やることは、一杯だものね。些事とは、とても私には言えないけど、悪魔としてのあれこれは、任せる!」
さて、飛行訓練なのだが、鳥の飛び方や飛行機の飛び方は、高校の誰かが持ち込んでいた教科書を見ればわかるので、基本となる浮遊状態と移動だ。
魔力を使って浮遊させ、翼を使ってバランスをとる。
これが案外難しい。
翼がないと、この状態を維持することは、もっと難しかっただろう。
これに、この世界にも一応という程度は存在している物理法則である重力を使い、魔力を一部弱めてわずかに落下させたり、することで移動させるようだ。
結論として、簡単な飛行訓練は許される限り高く上がり、そこから重力を駆使して、移動速度を上げていくのだと理解できた。
低空飛行は、魔力を噴射するようにしたら良いのだが、魔力の消費が激しく、わずかに魔力を緩め重力の力に頼った方が、加速もしやすい。
魔力と物理が、混合する理屈で、こんがりまくったが、何とか低空飛行もできるようになった。
この悪魔修行を、今までの武技や魔法、騎乗の訓練とどう組み合わせるかが、今後の課題になるようだ。