第十八話 過去と悪魔
過去と悪魔
ダイニングテーブルには、二人分の食事が、お盆に乗せられ、埃避けのフタがかけられた状態で置いてある。
私は、自分の食事を終え、洗い物をしている。
毎日の料理や洗濯に掃除、家事全般は、私の仕事になっている。
料理は、隣のおばあちゃんに、一から教えてもらい、合格を頂いた、ちょっとした自慢のラインナップだ。
洗い物を終え、自室に戻る時に、こえをかけられた。
「まいかぁあ。あんたってこはぁあああ!」
これは、母親の声だ。
酒精を一定以上飲むと、よくわからないことを叫びながら、私を追い回す。
捕まると面倒なので、急いで自室に戻、鍵をかけて嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
母は、私を産む前、中々のビジネスウーマンだったそうだ。
私を産んでからもできる限りの早い仕事復帰を望み、幼稚園の後半から小学生の前半は、隣のおばあちゃんに育てられたようなものだった。
立派な鍵っ子となった私は、小学三年生の頃になると、父から生活費を含めたお小遣いをもらい、それで自由に食事も準備するようになっていた。
その一方で、母の酒精の量が少しずつ増えていたそうだ。
私が小学四年生になった頃、母がおかしくなった。
突然、しつけと言って、スリッパを持って私を追いかけまわし始めたのだ。
何が起きているのかわからず、捕まった私は、スリッパで、体のあちこちをたたかれ続けた。
私がどれだけ泣こうと辞めない母だったが、突然、スイッチが切れたように呆然として独言を言い出したので、今のうちとばかりに、自室に逃げ帰った。
翌日になると、母は、記憶が混乱しているようで、私にひどいことをした覚えはあるが、何がどうなっているのかわからない様子だった。
何度か同じことが起き、さすがに酒精が関係していることに気が付き、自室に逃げれば、何とかなることもわかった。
それからは、生活時間を多少づらすことで、被害を最小限に抑えることができるようになり、父とも相談して、母の会社とも話し合ったそうだ。
父が、いろいろと調べてくれたおかげで、母に起きた自体が把握できた。
私が小学一年生の頃から、母は大きなプロジェクトのリーダーをしていたそうだ。
だが、始めは良かったのだが、全容がわかってくると、うまくいかない可能性が高くなってきたそうだ。
そうして、母が、おかしくなり始める少し前に、プロジェクトは、撤退し、最終的に同じ会社の他の部署が、他の会社たちと合同チームを組んで臨むことになったという。
そして、母は、会社でも無気力な状態になっているそうで、扱いに困っているそうだ。
父と会社の偉い人は、良く相談したうえで、母を専門の病院に連れて行った。
その結果、無期限の休職が言い渡された。
その後の母は、私が小学校に行っている間はわからないが、夕方に帰宅すると、ぼんやりとリビングで過ごしているようだった。
夜になると、酒精を口にする時もあるが、強い眠りを誘う薬を飲んでいるそうで、あばれだすことはなかった。
そして、小学五年生になったもうすぐ梅雨という頃、事件は起きた。
このころの父は、弱っている母を見るのがつらいのか、帰りが以前よりも遅くなっており、私は私で、家事と寝る時以外は、隣のおばあちゃんの家にいた。
おばあちゃんとは、血のつながりはないが、ずっと育ててくれていた人なので、家族よりも安心する家族だ。
だが、その日は、食事をすまして、自室に戻ることにしていた。
宿題で使う資料集が自室にあるので、それを取ってからおばあちゃんの家にいく予定だった。
外は、雨で、ダイニングテーブルには、父母の食事があり、自分の食事を終えた私は、洗い物もすまし、自室に戻ろうとしたところで、声をかけられた。
「まいかぁあ。あんたってこはぁあああ!」
母の病気が突然始まった。酒精を飲む時間にしてはずいぶん早いが、自室に急いで戻り、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
ドンドンドンドン!
扉をたたく音が聞こえる。
いつになく激しいな。
ドンッ!
体当たりでもしたのか……。
それからも、激しい音は何度も聴こえ、母は、あきらめる様子がなさそうに感じてきた。
こわい、こわい、こわい。
私の部屋は、二階にあるが、ベランダやらにはつながっておらず、窓を開ければ、真下は地面だ。飛び降りるのもこわい。
激しい衝撃音が再び聞こえる。
私の中の何かが切り替わった。
まともに育てられた覚えもない自称母親に私は、何を遠慮している?
隣のおばあちゃんの方が、よっぽど私の育ての親だ!
あれは、母親の振りをした化け物だ。そうに違いない!
あの化け物の体格は、小柄だ。父の影響か、私は早熟な方であの化け物と同じくらいの背丈がある。
力では負けるかもしれないが、一度くらいなら、どうにかなるかもしれない……。
自室から会談までの道のりを何度も何度も頭にすりこむ。
自宅だから刷り込まれていて当然だからと言って、失敗は許されない……。
気持ちの準備はできた。
つぎの衝撃音がした時だ。
私の中で、何時間、実際は何秒かがたった。
ドンッ!
今だ!
扉を一気に開き、ぶつかった衝撃のままバランスを崩した化け物を押し出す。
思い切り押し出し、どんどん押していく。
やがて、階段まで押し出したところで、私が感じていた重さは、一気に解放され、同時に激しい衝撃音が何度も鳴った。
階段の下は、玄関となっており、勢いよく落ちれば、フローリングの部分も転がり落ち、タイルで固められた堅い部分にまで到達するだろう。
案の定、化け物は、タイル張りの玄関下に落ちていた。
化け物の生死なんて気にするべきではないが、これからのこともある。
息があるなら、とどめを何かしらの方法で刺さなければならない。
しばらく様子を伺っていたが、全く動くことはなく、かわりに頭の後ろから出血を始めたようだ。
念には念をと、手首を取り、脈を計るが反応はなく、首元でも図ったが反応はなかった。
化け物は死んだ……。
父の携帯電話に連絡をすると、父から救急車を呼んでくれるそうだ。
私は、一人じゃ心細いだろうから、隣のおばあちゃんのところに行って、救急車が来たら一緒に行きなさいと言われた。
この時に話した話は、母の発作が始まって二階に逃げたところ、大きな音が何度もして階段まで行くと、母が玄関下に倒れていたという内容だ。
一応私の自室の扉のダメージを見たが、傷らしい傷は、ついておらず、音だけが大きく響いたようだった。
その後、救急車に母だった化け物と共にとなりのおばあちゃんを連れて、病院に行き、死亡確認がされた。
父も着て、警察の人とお話もしたが、お医者さんの調べた内容と私の言っている内容が、ほぼ一致したそうで、一応事件性もあるから現場を調べるけど、事故で間違いないから、安心していいよと言われた。
翌日には、警察の人が調べに来て、すぐに、母の死因は、酒精の大量摂取と薬物の多量服用による混乱状態での転落死と確定した。
私の、産みの母は、私が小学三年生の頃に、化け物に食われてしまったのだろう。私は、母の姿をした化け物を退治しただけだ。母の敵は、取ったはずだ!
いや、本当はわかっている。母を殺したのは、間違いなく私だ。
人殺しと言えば、そのとおりだろう。だが、私は、母は、死をもって解放されたと思うんだ。
死は、つらい事でもあるけど、つらい現実からの解放でもあると私は考えたい。
ああ、そうだった。ここは、悪魔核が私に見せている世界だったね。
どういうつもりかわからないけど、私の過去を見せるなんて良い趣味をしているじゃないか。おかげで、大切なことを思い出せた。
ねえ、グレイターデーモン、私は死を愛する悪魔になるよ。
死は、愛おしく尊い。
どうかな?
でもね、この話には、まだ続きがあるんだ。
ここまでだと、関わった人たちは、悲劇の観客と当事者ばかりだよね。
母が亡くなって、一年と少しが立った頃、父が二十代後半の女性を連れて来たんだ。
その人は、父の部下で、秘書的な立場の仕事をしていると言っていた。
父が、母のことで、日々辛い思いをしていたことを気にしていて、見守っていたんだ。
彼女はつよいひとだけど、その分、自分にも厳しい人で、妻子のある人と深い仲になるなんてありえないと気持ちにフタをしていたらしいのだけど、母がああなったことで、一年後に気持ちを伝えたんだってさ。
父も悩んだのだけど、父なりに考えた結果、まず私に会わせることにしたらしいよ。
彼女なりに、小学六年生とどう接するか悩んだ挙句、選んだのが携帯ゲーム機で、彼女からもらった携帯ゲーム機で通信ゲームをして仲良くなれたんだよね。
気が付いたら、彼女は、私のゲームのお師匠さんになってた。
無事に、父と彼女は、結婚をして、私と合わせた新しい家族が出来上がったんだ。
さらに、年の離れた弟もできた。
彼女が継母となったころは、『おねえちゃん』と呼んでいたんだけど、弟ができた時から、『おかあさん』とよぶようにしたんだ。
おねえちゃんは、私だからね。彼女もそれにこたえてくれて、私を『おねえちゃん』って呼ぶようにしてくれたのはうれしかったな。
弟の持つ生きようとする力は、強烈で、いろいろな感情が吹き飛んでいった。
生きることは、本当に素晴らしい!
そう、私は死だけじゃなく、生も知った。生もまた、愛おしく尊い。
だから、私は死を愛し、生をあいする悪魔になるよ。
気に入ってくれたかな……。
このお話の悲劇の当事者たちは、二人の新たな登場人物を加えて、幸せになれたと思うよ。
まあ、上の娘は、異世界で悪魔になんてなろうとしているんだけどさ。
お姉ちゃんの親不孝の分は、良くできた弟が穴埋めをしてくれると私は期待をしているよ。
意識がぼんやりとしてくる。
目覚めの時が来たようだ……。
母さん……。




