MEERJUNGFRAU SNOOZE
筆慣らしの掌編です。
「ふあ~あ、よく寝たなあ、眩しい……」
緊張した筋肉を解すように、おもむろに両腕を持ち上げて伸ばす。裸の上半身にまとわりついた海藻を、周囲に撒き散らしながら。
彼女は、浜辺に打ち上げられた木製の小舟の上で目覚めた。
「またこんなところまで流されちゃった。帰るのめんどくさいなあ」
ボートの船底に手をついて上体を起こした彼女は、水平線を見つめてぼやく。
「いくら早く泳げるとはいえ、疲れるんだよねえ」
言いながら、翡翠色に輝く鱗に覆われた尾鰭を、びたんびたんと船底に軽く打ちつけた。そして、人間であれば腰のあたりに生えた、魚類の胸鰭に似たそれをもてあそぶ。
「揺り籠みたいで、すっごく気持ちいいんだけど、気が付くと知らない浜辺に着いちゃうのが、玉に瑕なのよねえ」
乾いた尾びれを両手で擦りながら、褪紅色の波打つ長い髪の毛が絡まる背中や、脇の筋を伸ばしていく。
「あー、やっぱり乾いてる。これもなんとかなればなあ」
始終文句を垂れながら、ずるずるとゆっくり小舟から這い出そうとして、どすん、と一気に砂浜の上に全身を落としてしまった。
「あっつい! 熱い! みずっ、水!」
砂の上で軽く飛び跳ねた彼女は、器用に匍匐前進をして急いで海水に浸かった。そして、疲労感の抜けたような、満面の笑みを浮かべた。
「ふう~。生き返るう~」
陸上に暮らす生物を不憫に思う反面、自身が人魚であることを、とても幸せを感じていた。
お読みいただきありがとうございました。




