僕と親友
「折角相談してくれたというのに何の役にも立てず悪かったね」
帰り際に弐栞はそう言った。
「いや、僕の方こそ変な相談をして悪かったよ」
お互いに視線を絡め、苦笑を交わし、そして帰路に着いた。
「ふむ、それは大変だったな」
先日リカさんからとある珍しいものをもらったのは良いが、それをどうすればいいか対応に困っているという話を聞いた級友は、さして大変さの感じられない言葉を返してきた。
「僕は割と真剣に悩んでいるんだ。だから弐栞、君にももう少し親身になって聞いてほしいんだけど」
言葉に僅かばかりの懇願の込めて、僕は目の前の、脚を組み頬杖をついてイスに座る親友と言っても差支えない親密さを感じている級友に言葉を返した。
しかし、こいつほど使い古された学校のイスに悠然と座る様が似合う生徒というのには、今までの学生生活の中で出会った事が無いな。
姓は弐栞、名は動。
背中まで伸びる色素の薄い栗色の髪を襟足で一つに束ね、同じく色素の薄い栗色の瞳を意地悪げに細めているこいつは、僕の数少ない高校における友人にして、さらに希少な親友というカテゴリに分類される生き物である。
「しかし、あくまでも『割と』真剣に、なのだろう? ならばボクが『割と』ふざけた返答をしてもなんら問題ないのではないかい?」
何が面白いのかは分からないが、弐栞はとても愉快そうに口元を歪めた。
「僕には君と言葉遊びをしているつもりはないんだけどな」
僕はため息とともに小さく肩をすくめる。
そして、浅く腰かけていたイスに座り直し、姿勢を整えて自分のものではない机に肘をつく。
「弐栞だって、貴重な放課後の時間をこれ以上無駄に消費したくはないだろう?」
そう言って、目で黒板の上にかけられた時計を差し示す。
授業が終わってからだいぶ時間が経っているため既に教室の中に僕達以外の生徒の姿はなく、しかし、窓からはいまだ天上で輝く陽の光が差し込んできていた。
「いや、ボクは君と話をするのは好きだよ。楽しいからね。だから、君との会話が無駄だとは思わない。いくらでも続けたって良いくらいさ」
……あぁ、オギハギといい、こいつといい、なんで僕の周りには変な奴が集まるのだろうか。
まぁ、こいつの場合はそれを補って余りあるほど魅力があるから別に良いのだけれど。
「ふむ、呆れながらにやつくとは、随分器用な芸当を披露してくれるものだね」
感心したように弐栞が頬杖として使用していない方の手を、白く綺麗な顎にそえる。
「いや、別ににやついてはいないからね。そんな言い方をされたら、まるで僕が他人に振り回されるのが好きな変人みたいに聞こえるからやめてくれ」
本日何度目になるか分からないため息を、薄く開けた口からゆっくりと吐き出す。
「ところで、君と話していると全く話が進展しないのだけれど。そろそろ本題に戻っても良いかな?」
「あぁ、ボクは一向に構わないよ。しかし、話が弾んで話が進まないとはこれいかに」
くくく、と僕には良く分からないツボで弐栞が笑う。
次第に笑いを抑えられなくなった弐栞は頬杖をやめ、腹を抱え込むように上半身を丸めてしばらくその体勢のままで背中を震わせていた。
「さて、ボク達は今まで何について話していたのだったかな」
ひとしきり笑い終わったらしい弐栞は唐突に体を起こし、これまた唐突に真面目な表情で口を開いた。
その際に、ごくごく自然な動作で乱れた栗色の前髪を掻き上げた。
非常に稀に、ではあるが、こういった気取った仕草が驚くほど似合ってしまうこいつの容姿が羨ましいと思ってしまう。
僕がやったら、ただのナルシストにしか見えないものなぁ。
「僕が、先日リカさんから貰った贈り物をどう扱えば良いのか分からなくて困っているという話だよ」
もう一度経緯を説明するのが面倒くさかったので、肝心要の本題だけを口にした。
「あぁ、そうだったね。すっかり忘れていたよ。しかし、ボクは実物を知らないからね、相談されてもどうすれば良いと具体的にアドバイスする事は出来ないと思うんだ」
今更ながらに至極まっとうな言葉を紡ぐ弐栞。
「そんな事は分かっているさ。ただ、僕よりは一般人の枠からはみ出している君なら何か良い案が思いつくかなと思っただけだよ」
「頼りにされるのは嬉しいけれど、あいにくとボクもそこまで逸脱している訳ではないよ。ボクは確かに弐栞の姓を名乗ってはいるけれど、分家も分家。本家の人間とは一切面識が無い、本家の人間もボクの存在など気にも留めない、そんな程度の人間さ」
ふっと視線を窓の外へと向けた弐栞が、まるで自分に言い聞かせるようにそんな事をぼやく。
「悪い、変な話を聞かせたね。忘れてくれ」
再び僕へと目を向けた弐栞は、手をひらひらと振り小さく苦笑を浮かべた。
「勘違いしないで欲しい。僕は別に君が弐栞の人間だから相談を持ちかけた訳じゃない。君が君だからこそ、こんな夢物語のような話をしているんだ」
目は口ほどに物を言う。
その諺を今だけは強く信じて、弐栞の目を見つめる。
「そんな風に見つめられては恥ずかしいな。それに、そんな言葉を付けられたら、思わず君に惚れてしまいそうだよ」
先程とは違う意味で口元を歪ませた弐栞が笑う。
「しかし、くだんの贈り物とやらはたった一枚の羽根なのだろう? それが夜な夜な暴れるというのは確かに信じがたい話だな」
今度は顎に手を当て、何かを考え込む。
リカさんほどではないにしろ、こいつもころころと表情が変わる奴だよな。
そして、やっぱり話題をしっかりと覚えていたんじゃないか、こいつめ。
「だが、本当の話なんだ。最初はリカさんに相談しようかとも思ったのだけれど、たとえ思いつきでやった事とはいえ自分が贈った物で相手が困っているという話を聞いたら、あまり良い気分にはならないだろうと思ってね。まずは知り合いに相談してみようと思った訳さ」
毎晩あのアリスティフェルの羽根が、収められている箱ごとガタガタと暴れ回るものだから、僕は現在進行形で寝不足に悩まされている。
自室の机の引出しにしまっておいても、振動を利用して自力で脱出してくるものだから本当に困ったものだ。
「ふむ、残念ながらボクには有効な解決手段を思い付く事が出来ないな。兄に相談出来ればもう少し役に立つ考えを出してくれるかもしれないが」
申し訳ない、と弐栞が綺麗な髪を揺らして小さく頭を下げる。
「いや、そんなに気にしないで良いよ。弐栞ならこういうオカルトじみた話にも強いかなと僕が勝手に思っていただけだから」
駄目元だったとはいえ、さすがに頭を下げられてしまうとこちらとしても一抹の罪悪感を覚えてしまう。
「だが、やはりあれほどのクラスにもなると、本体から離れた後でも魔力が残るのか。厄介なものだな」
「あいにくと僕はああいったものは手にするのは初めてだから、他のものがどうとかは分からないのだけれど、かなり珍しいケースなのかい?」
真剣な表情を浮かべた弐栞につられて、こちらも真剣な表情で聞き返す。
「あぁ、ほんの少しだけだが兄から聞いた事がある。しかし、それらの場合でも、君のように暴れたという話は聞かなかったな。ボクは、早めにリカさんに相談しに行った方が良いと提案するよ」
そこまで言った所で、弐栞はちらと腕につけた時計を確認した。
「おっと、もうこんな時間か。ボクとしてはもう少し君と談笑に興じたい所なのだけれど、あいにくとこの後に予定が入っているのでね、ここで失礼させてもらうよ」
まったく、君と話していると時間が飛ぶように過ぎていくな、と呟きつつ帰り支度をはじめた弐栞を見て、僕も机の脇に勝手に提げさせてもらっていたバッグを手に取る。
「折角相談してくれたというのに何の役にも立てず悪かったね」
帰り際に弐栞はそう言った。
「いや、僕の方こそ変な相談をして悪かったよ」
お互いに視線を絡め、苦笑を交わし、そして帰路に着いた。