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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

肉飴

作者: 藤代京


姉、帰る。

久しぶりに見た姉はかなり痩せてしまって、そのくせ目は獣じみた熱気は姉を異様なものに見せていた。

姉が携えてきた土産物も異様だった。


麻袋が蠢いている。

中のなにかがうにょうにょ動いている。

掃除したばっかの俺の部屋の、こんな変で汚いもんを入れるな!

綺麗に磨きあげたガラステーブルが!

でも、このバカ姉のやることだしな。

憤怒とため息を同時に我慢する珍しいことになった。


「あのさ、色々言いたいことあるけどさ、まずこれなに?」

「飴」


姉は笑顔であっけらかんと答える。以前の姉ならともかく痩せて別人のようになってしまった笑顔は、なんだか怖くてせつない。


「このバカ姉。飴が動くかよ! そもそもどこの土産だよこれ?」


青森か? 青森だな!


「ん? ロシアの北の方の田舎」


「こんなもん税関通るか!」


叩き潰してしまいたい。

でも、あれじゃん。叩いたらなんかぐっちょって言って、変な汁とか出そうだろ?

そんなんで手が汚れたら発狂してしまう。


「姉よ、姉よ。ビニール袋あげるから、それ持ち帰ってくんない。間違っても俺んちのゴミ箱に捨てないでな」

「弟よ、これはとっても美味しいのだよ」

「姉ちゃんには酷い目にあわされた覚えしかない」

「姉の愛情をそんな風に誤解するなんて、弟よきみは悲しい人だね」


おお、バカ姉貴、もぞもぞ蠢く汚い麻袋に手を突っ込みやがった!

俺は反射的に飛び退いて、姉が来るまで使っていた殺菌スプレーと消臭スプレーを両手に構える。

消毒、消毒してやる!


麻袋からから出た姉の掌に乗っていたのは、


灰色がかった汚ならしい赤、腐りかけの肉の色と腐臭を放つ芋虫だった。

それが頭が尻尾を倉っているのか、尻尾が頭を食っているのか、ドーナッツ状に丸まってうにゅうにゅ蠢いている。


「うっきゃあ」


俺は発狂した猿だ。

両手のスプレーを姉もろともそれに遮二無二に吹き付ける。


「うっきゃあ!」


姉も発狂した猿になった。さすが姉弟だ。しっかり血が繋がっている。きっと先祖に発狂した猿がいたんだろう。


発狂した猿と猿の取っ組み合いになった。

殺菌スプレーにすがったのまずかった。いくらスプレーしても、菌はともかく人は死なない。バカ姉貴はスプレーを吹き付けられて痙攣して倒れるはずが、うきゃあうきゃあと組みついてくる。菌じゃなくて人間だったようだ。

マウントポジションを取られた。やっぱり猿だけにマウントが好きなようだ。

俺は鼻をつままれ、半泣きでいやいやするが姉は許してくれない。

昔からのこバカ姉に喧嘩で勝てたことがない。ちっこい時は、姉のが体がでかかったし俺のがでかくなってからは、本気で殴る蹴るなんてできないしな。

こら、口のその臭くてうにょうにょするものを押し付けるんじゃない。


死んでも口をあけません。

涙目で頑張っていると、姉は悪い笑顔で顔を近づけている。

そして耳に口を近づけ、

やめろ、やめろ、何故俺の弱点を知っている。

耳に息をふうっと。


「おう」


思わず開いた口に、不潔で気味の悪い芋虫がつっこまれた。

舌と口の粘膜で感じるそれは、


旨かった。


唾液と口の熱で溶けだした芋虫には、今まで味わったことがことがない濃厚な肉の旨みがあった。一回だけ食べたことがある霜降りの諭吉が飛んでいくステーキがゴミのようだ。


ああ、これはいけない。人間やめちゃうヤバい薬と同じで手を出しちゃいけないものだ。はまったら人間やめちゃうジャンルのものだ。


中毒になると一発でわかる旨みが上質なゼリーや寒天じみたプルプルした芋虫が天使のキスのように舌や口の粘膜に吸い付いてくる。ある種ののワインや京都の老舗のお菓子など食べ物で官能的だと感じたことは何度かある。これはそれよりも遥かに、プリミティブで力強く官能そのものだ。

口から鼻に抜ける吐き気催す腐臭すら、甘美だ。


この上ない肉の旨みと粘膜の快楽をもたらすそれは、とても不潔で官能的な口のなかを蹂躙する悪魔のキスだった。


俺の上に馬乗りになったままの姉が笑っている。


「これは噛んじゃだめなのよ。舐めた方が美味しいの。舐めて小さくなったら、そのまま飲みこむの、それが美味しいの」


熱に魘されたようなバカ姉貴はもう、人間をやめているのだろう。こんな快楽を分かち合う相手に、弟を選ぶなんてバカ姉貴は俺が思っていたより寂しいだったらしい。


ちょっとした後悔は姉が口移しでよこした新しい芋虫の飴に流された。

舌と舌が絡み合い、その狭間で蠢く芋虫が溶けていく快楽。

俺たちはいつまでも貪りあう。

人間なんてやめてやる。



飴は尽き、俺は天井を眺めながら転がっている。

妊婦でもないに手は気づくと、腹を撫ですさっている。

腹の中も心地いい。

隣には姉が転がっている。撫でると手に骨が刺さって、姉の変貌を実感させてくれる。

姉はなにも語らないし、俺もなにも聞かない。



それは不意打ちだった。

なんか腹がちくちく痛いなと思っていたら、とんでもない激痛が襲ってくる。腹が内側から食い破られているような激痛だ。

姉を起こしてしまわないように、俺は歯を食い縛って無言で悶絶する。

虫だ、あの芋虫。

それ意外にあるものか。

芋虫がいま俺の内臓を喰らっている。

猛烈な便意も襲ってきた。

頼む、どっちかにしてくれ、頼むから同時はやめてくれ。

脂汗を滲ませて、這ってトイレに向かった。立って歩けばすぐのトイレが物凄く、遠い。

「おうおう」

やっとのことで便座に座った俺は、悶えた。

なんてこった。

ケツの穴が気持ちいい。

なにかがケツの粘膜に悪魔のキスで吸い付いている。

蠢くものが内側から俺のケツを拡げてくる。

それを踏ん張ってひりだすのは、切れ痔になる鋭い痛みと裏側からこみ上げてくる射精を快感があった。


目の奥で白い光がはじける、

いくつもいくつもはじけた。


全部ひりだし終えた時には涙と鼻水と涎と精液と小便と、漏れるものはもれなく漏れた酷い姿になっていた。

とりあえずトイレペーパーで顔を拭きながら、子供が泣くように便座の上でグズった。

顔を拭いたペーパーでケツも拭くと、ペーパーは赤染まる。

同じく赤い飛沫が散らせれた便器を見ると、肉飴が、あの芋虫が、ぷかぷか赤い水に浮かんで蠢いている。


それに伸ばす俺の手は末期の薬物中毒よりも震えていた。


今度は、俺のなかから出た肉飴を、姉に食べさせてやろう。







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