(9) 新しい戦法でも考えてみます?
周りの熱に当てられて、一気に体温が上がる感覚を覚える。こういうところはVRとして綿密に計算されているようなのに、汗が流れないところはまだ発展途中といったところなのだろうか。
いやに念密だったり適当だったり、どうもこのゲームの力の入れ方はよく分からない。何でもできるから調整が甘かったのかもしれないが。
「――どうです、ヤシャマル君」
視線を通路の先へと移すと、隣に立つ相方に声をかける。既に『野生の第六感』を使用しているであろう彼は、真っ直ぐに前を見ながら応えた。
「大丈夫だ、まだ動いていない。行くぞ」
その言葉を皮切りに、同時に駆け出す。ステータス的にはヤシャマルのほうが格段に早い移動が可能なのだが、今はヒガンの速度にあわせて走っている。
流石にキラーは森で遭遇したキャルコッコと同じように即殺することは出来ない。時間をかければ対して問題なく勝てるが、今2人が目指しているのはキラー討伐最短記録の更新である。そのためには一連の動作を出来る限りスムーズに、かつ間違いなく行うことが必要になる。
ダンジョン『獄地獄』は『ラスト・カノン』サービス配信当時の最終地点で、レベル制限が99で止められていたあの頃はまさにラストダンジョンだった。地下50階まで存在し、最下層には『未知への扉』と呼ばれるアイテムが配置されていた。
当時ここを一番最初に攻略したのは、今はもう存在しないギルドだったが――アイテム『未知への扉』が獲得されたことによって、『ラスト・カノン』上に新しいフィールドや都市、ダンジョンが開放され、レベルの上限も一桁増えた。今まで存在しなかったアイテムやスキルも実装され、まさにその名のとおり『未知への扉』が開かれたのだ。
あの時はプレイヤー全員がこのVRMMORPGの用意した展開に胸を躍らせ、歓喜していた。
――こんなことになるとは思いもせずに、ね。
久々に来た懐かしい場所に対して、思わずそんなのんきな感想を持ってしまう。
そんな馬鹿なことを考えている場合じゃないのに、思考が緩んでしまっているようだ。
ヒガンは自分のウエストポーチの中身を漁りながら気を引き締めなおす。雑多に詰め込まれたこの中身も、『お望みの結末』さえ発動しておけば、確認せずに自分の欲しいものを取り出すことが出来る。
引っ張り出したのは、アイテム『相性判定〈クリアタクティスク〉』。双眼鏡のような見た目をしているくせに目の前に来ないと使用できないと言うのはなんともおかしい気がするが、グラフィックを既存のものでランダムに設定したらこうなってしまったのである。
「『急所見通し〈ダイレクト〉』は別に良いですよね?」
と、同じ速度でついてくる男に確認すると、
「ああ、適当に勘で殴ってみるからいい」
という返事が返ってくる。
……これでは脳筋といわれても仕方がないのではないだろうか。
「君のそういう潔いところは悪くないと思いますよ」
「褒め言葉として受け取っておこう。そこ、横のところだぞ」
「分かってますよ、何回ここに来てると――」
「4桁は周回している」
「ええその通りです、もう道に転がっている小石の数まで覚える勢いですよ」
斜め後ろをついてくるヤシャマルの声にそう返して、両手でアイテムを構える。
今進んでいる道の先、右の壁のえぐれているところ――先ほどカラスが指示し、アカネがポイントをつけていた部分。
「――タイミング、外さないで下さいね!」
勢いを緩めず走りながら、そのくぼみの部分が真横に来た瞬間――ヒガンはアイテム『相性判定〈クリアタクティスク〉』を使用する。
その先にいたのは、予想通りといえば予想通り。
キラーが今まさに、通路に飛びでんとしようとしていたところだった。
その見た目は、900番台にはいってから出現していた他のキラー達とほぼ同じ――人のような形をして、二足歩行をしている何かだ。ヒガンやヤシャマルの2倍、いや3倍近くありそうなその身長は、『獄地獄』の天井に当たるすれすれの高さ。頭部に当たる部分には赤い丸が三つ、逆三角形の頂点の位置に並んでいる。全身は苔のような濃い緑色で覆われ、その両手にあたる部分は伸びきったうどんのようにふにゃふにゃした触手が何本も付いている。全体的に薄っぺらい肉体をしているのに、両足だけがマンモスのもののように太く、そのアンバランスさが実に不気味だ。
『相性判定〈クリアタクティスク〉』越しに見えるキラーの姿に、その標準が合う。ピピピ、と言う短い電子音の後に、画面の端に【種族:植物】という文字が浮かび上がった。
同時に。キラーの首から上、顔に当たるであろう部分ががくんと下を向く。
その逆三角形の赤い点がヒガンの姿を捉えたその時、彼のウィンドウが強制的に表示された。
【『キラー No.924』がスキル『堂々たる戦闘意志』を発動しました、強制戦闘に入ります】
緊急メッセージ、と書かれた見出しの下、そんな文字が点灯している。
プレイヤー達の戦闘を有利に進める存在であるスキル要素だが、何も使えるのはこちら側だけではない。その辺の通常モンスターならば何もないものも多いが、ボスクラスになると大抵複数のスキルを持っている。ましてやキラーとなると、プレイヤーをはるかに凌駕するようなスキルを持っていて当たり前だ。
そして今発動された『堂々たる戦闘意志』は、先ほどヤシャマルがキャルコッコに対して使ったものと同じもの。つまり、1対1での強制戦闘である。
だが、そんなスキルを使ってくることなど、今までの戦闘で織り込み済みだ。
「――通さねえよ、馬鹿が」
はき捨てるような台詞とともに、ヤシャマルがヒガンとキラーの間に割って入った。
発動させるスキルは『身内の肩代わり』。同じギルド、或いは同盟に所属しているものに対して向けられた攻撃やスキルの対象を、強制的に自分に変更するものである。
この効果によって、キラーの使った『堂々たる戦闘意志』の標的はヤシャマルへと移動し――そのまま、1対1の戦闘となる。
『堂々たる戦闘意志』での戦闘となると、他のプレイヤーは乱入が出来ず、アイテムや装備といったものの受け渡しも不可能だ。どちらかのポイントが尽きる――要するにロストする、逃走するなど、とにかく勝負の決着がつかない限り、手出しをすることはできない。
ただしそれもまた、例外はある。
相方に任せるようにして一歩下がりながら、『賄賂の押し付け』を発動する。自分の持っているアイテムや装備品を強制的に対象1人に押し付ける能力であり――1対1で戦っているプレイヤーやモンスター相手でも、その効果を使用することが出来る。
当然、押し付ける相手はヤシャマル。渡したものは、装備『炎神の双刀』――手元にある中では最高値のダメージを叩きだせる炎属性武器で、2回同時攻撃が可能なものだ。
相方は自身の手元に現れた武器の属性を確認すると、素早く鞘から刀身を抜き出し両手に構えた。
相手の種族を知っているのはこちらだけで、ヤシャマルは渡された武器で判断するしかない。だが、これまで文字通り数え切れないほどのモンスターと戦ってきている彼には、炎属性が弱点となる種族が何かなど、考えるまでもない問題だ。
両足を軽く曲げ、高く、高く。キラーの頭上近くまで飛び上がりながら使用しているのは、おそらくスキル『除草』。種族が植物であるモンスターに対してのダメージを通常の2倍とするものだが、しかし。
【『キラー No.924』がスキル『禁断の封印術』を使用しました。スキル『除草』は無効化されます】
ヤシャマルのウィンドウには、そんな文字が表示される。
『禁断の封印術』は戦闘中にのみ1回だけ発動可能なもので、相手のスキルか魔法攻撃をその戦闘中使用不可とするものだ。ここのところ遭遇しているキラーは大概このスキルを持っていて、自身の不利となっていたり弱点を突くようなことをされると、大概発動して来る。
だが、別にヒガンはあせりもしないし、ヤシャマルだって同じだろう。
そこで『禁断の封印術』を相手が使うことも、ヤシャマルの対キラー戦闘ルーティンの流れのうち。
キラーの顔は、ヤシャマルの姿をじっと捉えている。その両腕の先にある触手をあらん限り後ろへと引き伸ばし、飛んでくる敵を迎撃しようと言う構えだ。
だがそんなことには構わず、ヤシャマルは刀を握った両腕を思い切り振りかぶりながら次のスキル――『禁断の封印術』で無効化されることを避けたかった、本命を使う。
選ぶのは、『先制する宣誓』、続けて『急所からの連鎖』。『先制する宣誓』によって、本来ならばほぼ同時攻撃になるはずだったであろう、キラーの触手の動きががくん、と止まる。
「――左足を連続は、運営にセンスがない。1周して頭に戻っている可能性と、あと右腕にするか」
隠された口元を、そう動かすと。ヤシャマルは最大限まで身体をそらして振り上げていた刀を、一気にキラーの身体に叩き込んだ。まず1本で頭を真っ二つに切り裂くと、その巨体を右足で蹴り付けて斜めに落ちるように飛び、もう1本を右肩から腕の真ん中を通るように下に、体重に任せて切り落とす。
『急所からの連鎖』は、敵モンスターの弱点となる部分に攻撃を当てることさえ出来れば、相手に与えるダメージが5倍に膨れ上がるというもので、成功すれば『除草』発動時よりも大ダメージとなる。そもそも5倍の火力が入れば920番台のキラーならば一撃で持っていけることは、今までの戦闘で実証済みだ。
攻撃を受けたキラーは、悲鳴のような、怒りのような、どんな音と判別すればいいかもわからない耳障りな雄叫びを上げた。
口があるかも分からないその巨体はよろめいたが、しかし太い両足でしっかりと踏ん張ってみせる。切り落とされなかった左腕がぶるぶると震えているのが見えた。どうやら、しとめ損ねたらしい。
頭と呼べる位置が真っ二つに垂れ下がっている悲惨な状態だが、キラーはまだ生きている。ヒットポイントがゼロになっていない限り、どんな状態になろうとモンスターは動き続けるのだ。切られた右腕は衝撃のため動かせないのか、無事な左腕の触手を大きく振り回し、ヤシャマルを攻撃しようとする。
だが、それが彼の元に届くよりも先に。
「一撃じゃないなら、間に合わないだろうが」
不機嫌な声と同時に、キラーの両足が真っ二つに切れた。
ヤシャマルのスキル『勤勉家の再復習』。効果は、一度使用したスキルをもう一度使えるようにするというもの。
これによって選んだのは勿論、『先制する宣誓』。
そして武器の効果により2回同時攻撃が可能となっているヤシャマルが狙ったのは、その両足であり。
切れた左足の断面が、きらり、と白い光を放つ。――弱点を突いたことで、『急所からの連鎖』が発動したのだ。
今度は、雄叫びを上げる暇すらなかった。キラーはその肉体を黄緑色の数列へと変化させ、後ろに倒れこむようにしてぼろぼろと崩れながらその姿を消していく。
「……ふう、よしよし。とりあえずは討伐完了、みたいですね」
その様子を見ていたヒガンは、ほっと両手を腰に当てて安堵する。
負けるわけがない――そう思っていても、戦いが終わるまでは気が抜けない。
同時に今まで無視していた、カラスからの通話回線を開く。
『――おつかれさんでーす』
開口一番、聞こえてくるのはいつも同じ台詞だ。
向こうもこちらが戦闘が終わるまでは出ないのを見越して話してくれているのだろう。
「お疲れ様でした」
『なあヒガン、またヤシャマルが回線開いてくれねえんだけど。どうだったん? 駄目だったん?』
「メッセージじゃなく、通話で飛ばさないと応答してくれないと思いますよ」
『流石にキラー戦で送り続けるほど馬鹿じゃないっす。それにもう送らねえよ、スキル取れたから』
「おやまあ、本当にあったんですか。今度の会議でぜひ、お聞かせください」
通話をしながらヤシャマルに近づく。彼は倒れたキラーもその報酬となるドロップアイテムも眼中にない様子で、自分のウィンドウを眺めてしかめっ面をしていた。おそらくついさっきの戦闘に使用した所要時間を確認していたのだろう。
「お疲れ様です。どうだったかってカラス君が聞いてますけど……まぁ、聞くまでもありませんか」
『おうおうおうヤシャマルくーん、どうしちゃったんですかぁ? 失敗したのか? 失敗したんだろ!! ざまぁみやがれ!!』
おそらく彼に聞かせるためだろう、わざとらしいカラスの大声に、ヤシャマルはこちらを見る。
無言で双刀を鞘に納めて返してくると、乱暴に自身のウィンドウを叩いて通話回線を開いた。……苛立っていらっしゃるようだ。
「一撃で持っていかないと記録更新の仕様がない。いえることはそれだけだ」
『おっしゃああああああ! 昨日は労ってやったけどもうそんなめんどくせえことはしねえぞバーカ! ぶぁーか!!』
「まるで幼稚園児のような煽りだな。馬鹿みたいなメッセージの連打で頭の中も退化したか?」
『アァ!?』
こんな会話は何時ものことだが、普段よりも攻撃的な煽り方だ。どうやら、急所を一度外したのが悔しいらしい。
このままの勢いでこじれまくっても困るので、ヒガンは早めに収集を図ることにする。
「カラス君、ヤシャマル君を許さないのはご自由にと言いましたが、今は煽るのも程ほどにお願いしますね。この状況だと僕が巻き込まれそうなんで。しかしまあ……範囲を広げるために二回攻撃武器を渡してみましたが、中々難しいですね。というかまた左足ですか」
「こんな微妙な位置の弱点を引っ張られるとはな……くそ、AIには勝っているのに運営には負けている感覚がものすごく腹が立つな」
一度キラーへと意識を向けさせ、少し相方を落ち着かせるも。
『悔しかったらお前も『慧眼』とれば良いんじゃねーの? 総ポイント数第2位のユウヒ様みたいにな!』
やる気満々のカラスのせいで、またしてもその視線がぎろりと冷たいものになる。
ああ、もう今日は駄目だ。この会話をやめさせないと。
「メッセージ連打するぐらいでしか嫌がらせ出来ない凡人プレイヤーが何かほざいているようだな」
『あーん? 何だか回線が悪くてヤシャマルの誇る低音イケボが上手く聞こえませんねぇ、雑音だらけですよぉ?』
「まあまあ、落ち着いてください。そのうち巡り巡って頭部に弱点が戻ってくる日が来ますよ、焦らずのんびり毎日狩りましょう、そして帰りましょう。切りますね、カラス君」
カラスの返事を待たずに通話を切って、相方のウィンドウに横から手を出してヤシャマル側の通話も勝手に終了させる。不機嫌そうにこちらを睨む視線を無視し、返してもらった武器をしまいつつ、行きますよ、と促した。
全く、昨日やりすぎたせいでカラスのほうまで意地が悪くなってしまって、色々通り越して面倒くさい。
自分達はこれから再び『王都テルディアーナ』に明日の朝10時前には戻らなければいけないのだ。『獄地獄』はこの世界の中央より少し南よりの場所に存在する。遠く離れているわけではないが、近いわけでもない。早めにこのダンジョンを抜けて、どこか近場の都市でのんびりしたいというのが、戦闘スキルを多くは持たないヒガンの考えである。
そんなことは、当然この隣の人物だって分かっているはずだ。
相方はフンと鼻を鳴らすと、『熟練者の道しるべ』を使用した。『ダンジョン』と呼ばれる場所の入り口まで一気に戻れるこのスキルで、二人は次の瞬間には『獄地獄』の入り口――地下に入らんとする階段の一番上まで移動していた。
転送機能はなくともこのスキルを採用してくれたことは、とてもありがたい。
「ったく、またカラスのヤツに何か嫌がらせをしてやらないとな……」
「止めませんけど、少しは自重してくださいね」
ぶつぶつ言いながら歩き出したヤシャマルの後を追いながら、ヒガンは考える。
――アカネさんは無事、何とか出来ただろうか、と。