(8) 転送という言葉が正しいのかどうかも分かりません
王座のほうへ何歩か下がったアカネの、細い腕がすっと伸ばされる。
ヴゥン、という鈍い音と同時に、城の中央部分の床に魔方陣が展開される。青白い光をほのかに放ちながら中の文様をくるくると回転させているそれの上に、ヒガンとヤシャマルは飛び乗った。
「いくよ、カラス君。大丈夫かな?」
『おっけいおっけい、何時でも飛ばしてきて良いぜ』
「了解」
先ほどまでの調子から一変、真剣な声音になったカラスに、これまた先ほどまでとは違う短い返事をしている。
すると突如、彼女の目の前に白い線でできた地図のようなものが表れる。アカネの保有スキル『マップ作製』の効力によるものだ。プレイヤーの到達したことのある場所を一枚の図表として表示することができるもので、マップ機能のついていないこの世界では必須ともいえる能力だ。
そして、アカネの開いている地図には、『ラスト・カノン』世界全体の地形が表示されている。それがどういうことかは言うまでもないが――彼女はこのゲームで移動できる場所は全て踏破しているということだ。
キラー出現まで、残り20秒を切った。
マントの下に隠れていたもう一方の腕も外へと出し、アカネはウィンドウ画面をタッチしている。
「――スキル対象は、ヤシャマル君、ヒガン君、カラス君っと」
ヒガンとヤシャマルの目の前にも、アカネの前にあるものと全く同じ地図が表示された。
『――よし、こっちにも地図きたぜ』
間髪いれずに、そんなカラスの声がウィンドウから聞こえてくる。
彼女が今発動したのは『共感覚』。自分の今使っているスキルと同じ状態を他プレイヤーにも発動させることの出来る能力である。ただし同じギルド、あるいは同盟に所属しているものにしか使えない上、効力は1分しか持たない、最大3つまでしか共有できないなどと制限が多い。
きっと本来は集団戦闘で一気に勝負を着けたいときに、威力を増大させるスキルを全員で使うために存在するものなのだろう。
キラー出現まで、残り、10秒。
「ここから数分が、かなり緊張するんですよねえ」
目の前の世界地図を見ながら、ウエストポーチに軽く触れる。最早この動きも癖になってしまった。
「今からそんな事を考えていたら、長いぞ」
対して横のヤシャマルは自身のステータス画面で、使用予定のスキルを確認している。
自覚しているかどうかは分からないが、彼の癖だ。
――残り、5秒。
「じゃあカラス君。伝達よろしく」
――4、3。
『ほいほい、任せろって。何時もどおり、な』
――2、1。
『アカネちゃんも、気をつけろよ?』
「――うん」
――0。
この世界の時計の針が、一斉に10時を指し示した、その瞬間。
【11月13日 10:00 『キラー No.924』が『ラスト・カノン』のどこかに出現しました】
『ラスト・カノン』に今現在プレイヤーとして存在している全人類に、そんなメッセージが届く。
――その、直後。
『――ダンジョン『獄地獄』の、地下37階!』
カラスの叫び声と同時にマップの一箇所がピックアップされ、『獄地獄』の文字列が表示される。
すると今度は僅かにずれた状態で表示された『獄地獄』の内部図が縦に大量に並んだ。それらは一気にスクロールされ、『37階』と表記された部分で止まったかと思うと、再び地図として展開される。
『――ここのかなり奥、なんかスキル持ってないと越えられなさそうな巨大な岩壁があるところの向こう側、アイテム落ちてそうな窪みの辺り! 伝わる!? 伝わってる!?』
「――大丈夫、分かった」
必死な声を聞きながら、アカネは左手で冷静に地図を操作している。
さらに地図は拡大され、上のほうに表示されていた入り組んだ地形の一箇所が全面的に表示される。彼女がその中にあったある行き止まりの場所をタッチすると、そこが赤く点滅を始める。
「今の条件だと、多分ここで間違いないんじゃないかな」
『――おっし、なら切るぜ。がんばれ』
「うん、ありがとう」
その言葉と同時に、ウィンドウに光っていたカラスの名前が消えた。
ヒガンもまた黙ったまま、アカネにのみ繋がっている状態になった通話を切る。
今から転送されるまでは、彼女単独での仕事だ。
アカネは続けて赤く点滅した場所のすぐ近くにある少しだけ開けた土壌をタッチし、そこを黄色に光らせる。少しも地図から目を離すことなく、2人に声をかけてくる。
「真正面だと広さが足りないから、ここに転送する。大丈夫?」
言葉から柔らかさや無駄が抜け落ちてきているのは、集中している証拠だ。
こちらも邪魔にならないよう、短く返す。その役目は何時もヤシャマルが担っている。
「問題ない」
その声を聞くと、彼女は『マップ作製』の表示を切って、瞳を閉じる。
2人の足元の魔方陣の文様の回転がよりいっそう速くなったかと思うと、その輝きもますます強くなる。と同時に、伸ばされている彼女の右手首辺りにもまた一つ、魔方陣が浮かび上がる。『卓越した能力:魔法』による能力強化だ。
――『ラスト・カノン』には、本来ワープや転送といったことの出来る魔法やスキルは備わっていない。
各都市の入り口に当たる場所に他の都市へと一瞬で移動させてくれる施設『マル秘馬車堂』と言うものは存在しているのだが、それなりに金がかかる上に行った事のある都市間の移動でしか使えない。
だが、この世界は所詮ゲーム。『マル秘馬車堂』でのみ可能となっている移動――もとい、転送機能も、『ラスト・カノン』製作陣が組んだプログラムの一つだ。
だから。そこで使われているシステムの動きと全く同じ事をプレイヤーが再現できるんなら、自分達だけでも転送の真似事はできるはずだ。いや、それこそ本当にどこにでも自由に移動が出来るようになるはずだし、何よりここの運営の性格から考えて、何らかの条件が満たされればそういうことが出来るようなプログラム自体が組まれている可能性はある。と、思うんだよなー。
――そう言ったのは、同盟『クレィジィ』のリーダーである。
外部からならともかく内側からどうやってそんなモノを見つけ出そうってんだよ、施行繰り返すにしても可能性が広すぎて無謀じゃねえか、とその話を聞いたときに発言したのはカラスだったが、その場にいた誰もが似たようなことを思っていたはずだ。しかしリーダーはその話を聞いてもただただ不適に笑うだけで――そして実際に、プレイヤーが全く同じ事をする方法を見つけ出してみせたのである。
ただ、それはあまりにもめちゃくちゃな条件で。可能という名の不可能といって、問題ないぐらいのレベルで。
それができるプレイヤーが存在するということ自体、運営からすればありえないような状況に違いない。
無属性魔法の火力でトップのダメージを誇る『世界の訪れ〈エンドレス・リボーン〉』の発動に、『天才の限界突破』の効果による二箇所への同時攻撃の展開。『見知った光景』によって一度訪れたことのある場所への攻撃を可能にした上で、『鏡映し』で急所や乱数によるダメージのぶれをなくし均一にする。『卓越した能力:魔法』で能力の底上げをし、『乗算戦法』でマジックポイントを通常より上乗せすることでさらに高火力を発揮できるようにし、自分のもつマジックポイントを全部つぎ込む。
無属性魔法は何に対しても弱点にも抵抗力にもならないが、通常の1,5倍から2倍のマジックポイントを必要とするという使い勝手の悪さから、習得しているプレイヤーは非常に少ない。だが、この転送を可能にする上では必須の能力であったし、何よりもダントツの破壊力を誇る。
これだけのスキルを積んだ上で発動される彼女の攻撃によるダメージ数値は、ヒガンもヤシャマルも確認したことはないのだが――一度、興味本位でユウヒに尋ねてみたところ、曰く。
「……バグっているんじゃないのかと疑うような数の9が羅列される」
だそうだ。
そんな馬鹿みたいな火力で彼女が攻撃の対象として選ぶのは、その魔方陣が存在する場所そのもの――2人の立っている床と、先ほど地図上に黄色で示したポイントの大地そのもの。
その狙いは、フィールドそのものの、破壊。
リーダーの見つけてきた、転送を可能にする条件とは――――転送させたい場所を二箇所指定して、そのフィールドを全く同じ能力、全く同じダメージで同時に破壊することで繋ぐというもの。
通常与えられるダメージではどう頑張っても達成不可能なこの条件をクリアできたのは――彼女の持つ膨大すぎるマジックポイントと、魔法関係に特化したステータス。そしてスキルのかけあわせが、上手くはまったからだ。
足元の魔法陣の回転速度がさらに上がる。速く、速く、さらに速く。最早目視することすらできないそれは、まるで絵の無い円だったかのように青白い一色、均一な光を保つ。
びりびり、と空気が揺れる。彼女の魔力が圧縮される。力を一点に押さえ込み、限界まで溜め込み、集中させ、そして。
「――――打つ」
アカネの声が聞こえると同時に、右手首の周りの魔方陣と城の地面の魔方陣とが、強烈な光を放つ。
――耳をつんざくような轟音が響いたかと思うと、二人の足元にあったフィールドは。
脆いガラスを全力で床に叩きつけたときのように、勢いよく砕け散った。
その下に広がるのは、緑色の直線が等間隔で縦と横に並んだ、無機質な何か。しかしそれが見えるのは一瞬で、次の瞬間線が収束してぐにゃりとゆがむ。
そしてすぐに表れるのは、2人にとっては見慣れたもの。マグマの光によって赤茶色に照らされたごつごつとした大地が表示される。城の床に魔法によって無理やり開かれた穴から、2人はプログラムされた重力に従って、その大地へと落ちて――転送されていく。
「――いってらっしゃい、気をつけて」
その最中、アカネの優しい声がいつも耳に届く。
先ほどまでの感じから解き放たれたような、何時もの声。
「――そちらも」
ヒガンは何時もそう返しているのだが、その声が届いているのかどうかは分からない。