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(7) 『王都テルディアーナ』には僕らは似合いませんね



 ――そこは、まるで新雪で全てを覆われているかのように、白銀に輝く世界。


 凹凸一つない広大な通路に、規則正しく並んだレンガ仕立ての家々。

 民衆のたまり場であり情報交換の場だった、おしゃれな噴水広場。

 休憩のためにあちこちに設けられているベンチと、夜道を照らす街灯。

一定の間隔を保ちつつ道の両脇に植えられた木は、その枝を堂々と広げている。




 それらの全てが、ただひたすらに白、白、白。

 本来の色を失ってしまったかのような、白。


 それは非常に美しく、淋しい光景。




 都市の中を移動するヤシャマルとヒガン以外に、色を持った何かは見当たらず。

、真新しい紙の上に間違ってこぼしてしまったインクの染みのように浮いたまま、2人は歩みを進める。




 ――色が1つしかない世界は、無であるということと変わらない、ですか……。




 毎日、毎日。この場所へと足を運んでいるが、そのたびにヒガンはいつも同じことを思う。


 ここにやってくると、自然とどちらも口を開かなくなる。それは、かつてのこの都市の様を知っているからでもあったし、来るべき強敵との対戦に備えて精神を集中し始めるからでもあったし、――この場の異様な空気に未だになれないからでもあった。




 『王都テルディアーナ』のは王族の住まう都市で、『ラスト・カノン』で最も重要な位置づけを持っていた。

 プレイヤー達に対して非常に好意的で、ともにこの世界の脅威であるキラーを倒そうと奮起していた。時にはこちらをサポートする拠点となり、時には一緒に戦った。住民の大半はモブだったが、その暮らしやすさと人々の暖かさに心引かれ、この都市の一市民となりゲームを楽しもうという方向に動いたプレイヤーも数多くいた。


 治める大地に住まう民を愛す、優しくも威厳に満ちた王。献身的に彼を支える美しい妃。正義感にあふれ、キラー討伐の際にも先陣を切って戦った王子に、世界の平和を願い兵士の傷を癒そうと奔走していた王女の兄妹。


 民衆に慕われた彼らはプレイヤーからも好評で、




「何とかして王女ちゃんと結婚できないか!? ワンチャン婿取りイベント導入あるよな! な!!」

「俺はお妃様が隣に欲しいです、あの美貌たまらん。完成された美しさってのは、あのお方のことを言うんだ」

「なら私に王子を下さいいいいい!! 戦いに行く彼が帰ってくるのを、毎日おいしいご飯を作って待つのよ!! ほら見て料理スキルならこんなに持ってるわよ、運営対応はよ!!」

「国王様、スキ……そのお顔をわたくしだけに向けさせることは、不可能なのですか……?」




 などといった、暴走したプレイヤーからの声も数多くあったのだとか。


 たどり着けるようなプレイヤーは大概熟練者であったため、難易度の高いイベント開催時の集合場所となることも多く、その度に世界中に散らばっている猛者たちが訪れた。結果として、強者同士の交流の場としても使われた、この都市。


 まさに、多くのプレイヤーの憧れであり、拠点であり、憩いの場だった。




 しかし、そこは今はもう、空っぽだ。



 王都を守護していた兵士達も。

 街中を歩いていた明るい奥様方も。

 噴水前ではしゃぎまわっていた子供達も。

 王様も、妃も、王子も、王女も。


 誰ももう、いない。




 ヒガンとヤシャマルが目指す先にあるのは、家々の中から頭一つ抜けた大きな城だ。王族一家が住み、多くのプレイヤーが謁見に訪れた、この都市のシンボルである。

 この城を中心に12本のメインとなる通路が延びており、そこにくもの巣を張るように細かい道が出来ている。

 その道の1つを、2人は唯黙々と歩いた。それぞれに何かを考えながら。




 目的の城の前へとたどり着いたのは、時刻にして9時54分。――新しいキラー出現まで、後数分である。

 守るもののいなくなった巨大な門は常に人1人が通れるぐらいの隙間を空けたままで、ヒガンとヤシャマルはすり抜けるようにして城の中へと入る。




 目の前に広がるのは、かつては赤と金とを基調にしたカーペットがしかれ、金銀細工で彩られていた広間である。

 天井からは豪華な飾りが下げられ、城の壁を伝うようにぐるりと廻っている螺旋階段には、美しい彫刻が並んでいる。視線を真っ直ぐに伸ばした先にある王座には、1人で座るには広すぎる椅子がぽつんとおかれている。

 しかしそれらもまた、全て、白。


 ――否。1つだけ、違う。



 視線の先、王座へとたどり着くまでの道の途中。


 おそらくこの城のほぼ中央に位置するであろう場所に、彼女――アカネは、立っていた。




「あ、おはよう。今日は結構ギリギリだね」




 そう言って微笑む彼女の頬に、丁度肩下あたりで綺麗にそろえられた黒髪がさらりとなびく。

 薄幸の美女、という表現が似合いそうな顔はとても整っているのだが、どんな表情をしていても少し淋しそうに見える。

 首から下は足元近くまであるこげ茶色のマントですっぽりと覆われている。その切れ目から覗いている右手には一冊の本を持っており、どうやら二人が現れるまでの間はそれを読んでいたようだった。横には彼女自身のウィンドウ画面が開かれている。




「おはようございます、アカネさん。ギリギリになってしまって申し訳ないです、ちょっと戻ってくるのに手間取ってしまいまして」

「いいよ全然気にしなくて。そもそも前のキラーの出現箇所が遠かったもんね、私が帰りも転送させてあげられたら良かったんだけど」

「いや、流石にそこまでお手を煩わせるわけには。反動もきついですし、無理をされる必要はないですよ」




 こちらのことを気遣ってくれる優しさは、おそらく普通の人間の普通の会話のものなのだろうが。

 普段他人をからかって遊んでいる相方からは決して出てこない言葉なんだろうなあ、なんて思っていると、そちら側から茶々が入った。




「それに別に今日遅くなったのは、場所が遠かったってだけのせいじゃないからな。俺がちょっと遊んでいたからだ」

「うん? 遊園都市にでも行ってきてたの?」

「アレだ。ハムスターが迷路の出口を求めて走り回るのを延々と眺めていた感じだ」

「ふーん。不思議な遊びだね」

「実に相手に気の毒な趣向の遊びですよ。よって、悪いのは全てヤシャマル君です」

「何のことだ? まあ半分ぐらいは背負ってやっても良いが、もう半分は勝手に勘違いして暴走して俺を楽しませてくれたカラスに押し付けるからな」

「ああ、そういえば。ヒガン君に頼まれてたもの、無事渡せたってさ。ユウヒ君からメッセージ着てたよ」




 アカネはそういいながら、右手に持っていた本をパタン、と音を立てて閉じる。

 この城に保管されていた貸し出し図書だ。以前は優しい司書がいて、本の管理をしていたのだが。




「ありがとうございます。そういえば今日は当人がいないですね」

「まだこっち来てる途中なんだと思うよ。大変だったんだって、結構探し回ったとかで」

「ほらヤシャマル君、見なさい。二次被害者が出ているじゃあないですか」

「飯おごってやればなんとかなるだろう。そのうち手土産に食料を大量に持って行くと伝えておいてくれないか」

「分かった。あ、でも、暫くはいらないっていうかも。ステ的にアルコール苦手なのに、カラス君にヤケ酒付き合わされたって言ってたから」

「……アイツヤケ酒しながら延々とメッセージ送ってきてたのか」

「ユウヒ君を巻き込んでいるあたりからして、かなり怖いもの知らずになってますね、彼」




 恐怖のあまりスタミナ切れまで逃げ回っていた相手と酒を飲むなんて、大部感覚としておかしいですからねえ、と、ヒガンが困ったように笑った、その時。




「おや」

「あ、きた」




 ヒガンのウィンドウが強制的に開き、アカネもまた自身のウィンドウを見て呟く。

 2人の画面には同じ、カラスという名前が点滅している状態が表示されている。相手側から通話申請をされている合図だ。

 ――時刻は、9時57分。




「おい、俺にはメッセージしか来てないんだが。というかまだ増えているんだが」

「いやいやいや……まあ良かったじゃないですか、通話回線を開く手間がいらなくなって。というかこの状況になってもまだメッセージを送り続けている執念が恐ろしいですね」

「アイツもうただの酔っ払いなんじゃないのか?」

「彼、確か酔いどれにはならないスキル持ってるのでそれはないと思います」

「もしもし、カラス君? おはよう」




 少しも残念そうではないヤシャマルの発言に適当な感想を返しながら、ヒガンは通話ボタンを押した。アカネは一足先にカラスへの挨拶をウィンドウに向かって飛ばしている。




『おーう、アカネちゃんにヒガン、おっはよ。そっちいるヤシャマルとかいうふざけたヤツ、なんかすごいやつれた顔とかしてたりしない?』




 聞こえてくる声は、昨日慌てて通信を切った時とはまるで変わらない、陽気なものだ。

 ただし今日はしょっぱなから敵意全開のようだが。




「うん? 別に何時もどおり元気そうだよ」

『アァァァ『神経ごん太』持っていやがったなあの野郎!! 有能スキルざっくざくで羨ましいですねえ!! 『睡眠障害』ぐらいなったっていいだろ、どうせ負けないんだし!!』

「これからキラー倒しに行ってもらうんだから、そんなこといっちゃ駄目だよ」




 ぎゃんぎゃんと吼えている通話の向こう側の相手を、アカネが優しくなだめている。通話を横で聞いている相方の顔を見てみると、ザマァとでも言いたげに笑いをこらえているのが分かった。

 どうしてこうもからかうことに全力をかけてしまうのか。そしてどうして相手もやり返そうと全力を出すのか。




『あっ! そうだヒガン!! スニーカーありがとな、めっちゃ使いやすい! けどお前の横のヤツは絶対にゆるさねえから!!』

「そういっていただけると、こちらとしても作った甲斐があるというものです。あと彼を許すとか許さないとかは僕には関係のない話なので、そちらで好きに進めていただいて構わないですよ」

『おっけい、ありがとうヒガン、これで心置きなくヤシャマルに嫌がらせできるぜ!』

「おい、相方の事ぐらいかばえよ」

「ふふ、今日も皆仲良さそうでよいね」

『そうだな、俺とアカネちゃんとヒガンは今日も仲良しだな!』

「いやぁ、一気に場が騒がしくなりましたねえ」




 心の底から出てきた言葉は、別にけなす意味が込められたものではない。

 この場所の空気をぶち壊すかのようなテンションの高さだが、王都側にいる3人の緊張感をほぐすには十分だった。




 この無になってしまった都の持つ雰囲気は、正直苦手だ。

 全てを強制的に平坦な、なんでもないものにしてしまうかのような威圧感は、これからキラーと戦わなければならないはずの身体をいくらか強張らせる。


 しかし、この場にいないからかわざとなのか、カラスは何時もそんなことはお構い無しだ。

 全力でマシンガントークを繰り広げるその声を聞いているだけで、ウィンドウに向かって半ば叫ぶように話しかけているであろう青年の姿が脳裏に浮かび、思わずくすりときてしまう。


 本人も自称するとおり、カラスの戦闘能力は同盟内ではダントツの最下位である。だがこういったスキルの関係ない部分で場の空気を和ませたり、他の誰もが試すことのなさそうな検証をひたすら繰り返してくれつ彼の存在は、同盟になくてはならないと全員が認めるところである。




 肩に入っていた余計な力が抜けるのを感じながら、ヒガンはちらりと時刻を確認する。――9時、59分。




「そうだね。もっとみんなの会話を聞いてたいところだけど、そろそろ時間だから――」




 同じように時間を確認したらしいアカネは、この城に2人が表れたときのように。

 一瞬、淋しげに微笑んで。




「――準備に入るね」




 ゆっくりと瞬きをしたその群青色の瞳を、僅かに細めた。






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