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(6) スキル『武具を極めし不屈者』


 ――時は進んで、11月13日、午前9時32分。




「君が自分のウィンドウ開きっ放しで歩くなんて、珍しいですね」




 チチチチ、と鳥のさえずりが聞こえる。とはいっても、実際に鳥同士が仲良く会話している声なのかは謎だ。森と呼ばれるフィールドの中で、おおよそ現実世界にいそうな動物を見たことは一度もない。

 足元に生える草を容赦なく踏み潰しながら、ヒガンは自分の斜め後ろを歩いているヤシャマルに声をかける。




「閉じても勝手に開くからな」




 そう答えるヤシャマルの口元は、濃い灰色のストールのようなもので覆い隠されており全く見えない。が、問いかけに対して答えるその声は、気難しそうな表情に反して随分と楽しそうだ。黒と藍色を混ぜたかのような色合いの髪が、歩くたびに軽く上下にゆれる。

 作務衣のようなものを着ているが、袖は肩の部分でざっくりとカットされており、筋肉のついた腕が見えている。この草だらけの場所を移動しているにもかかわらず、地面を踏むその足には何も身に着けていない。




「またカラス君のことをからかってるんですか? 昨日散々な目にあわせておいて」




 その様子を見て呆れたようにヒガンは言う。

 ヤシャマルと違い全体的に線が細い男で、見えている肌は真っ白だ。透き通るような淡い水色の髪の毛とあいまって、まるで人形のような雰囲気を醸し出している。

 ボートネックにサルエルパンツと言うシンプルな服装だが、腰周りにウエストポーチを大量につけており、歩くたびにそれらが足にぶつかっている。

 



「別に、もうからかってはいない。今はどっちかと言うと逆だ」

「逆とは?」

「仕返しをされている感じだな」




 そういってくつくつと喉の奥で笑いながら、ヤシャマルはヒガンに自分のウィンドウを見せた。

 そこに表示されている全く同じ文字の羅列に、ヒガンは思わず目を瞬かせる。




【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】


【カラス:あ】




「すごいだろう? 現在進行形で増えてるぞ、これ」

「何ですか、この怨念のこもっていそうなメッセージの羅列は」

「何て言ってたかな……確か、殴り合いしたら一撃も当たらないのが目に見えてるからこうして精神的ダメージを与えてやるとか何とか書いてあったような」

「……僕はどちらかというとカラス君に同情しますよ」




 困った人たちだといわんばかりに大げさに肩をすくめ、ヒガンは進路の先にあった大きな岩を避けるように回り込んで進む。

 ヤシャマルは特に気にする様子もなく、軽く膝を曲げて地面を蹴る。ふわりと重力を感じさせない飛び上がり方をし、岩の天辺に片足を着いたかと思うと、ひらりと身を翻して地面へと着地する。




「同情も何も。どうせアイツのことだ、適当な理由をつけてメッセージを連打したときに発動するスキルがないかどうかを試しているだけなんじゃないか?」

「仮にそうだとしても、君がへんな煽り方をしなければそんなことをしなかったと思いますよ……というかヤシャマル君、ウィンドウが開き続けるというのなら通知を切れば良いだけの話なのでは?」

「そんな事をしたらアイツの『精神的ダメージを与えてやりたい』という希望を真っ向から失わせてしまうじゃないか。俺にも責任はあるし、そこまで申し訳ないことはしない。正々堂々全部読んであざ笑ってやろう」

「君はどうしてカラス君が相手になるとそんなに意地が悪くなるんですかね……」




 そんな会話をしている二人が今歩いているのは、『鎮魂の森』と呼ばれるフィールドだ。『ラスト・カノン』のほぼ最北端に位置している。

 今まで何度かのアップデートが繰り返されたこの世界だが、ここよりも北の方角の地形が新しく作られたことはない。最も、名前は変わってしまっているのだが。


 出てくるモンスターの強さ的には、それなりの熟練プレイヤーでなければ抜けることは難しい。

 太陽の光は十分に通るものの道らしい道が存在していないため、そこらじゅうが木だらけで非常に見通しが悪いのも特徴の一つだ。基本的には森に住んでいそうな動物系の敵が多いため、炎系統の魔法を持つプレイヤーや、見通しが悪いことをカバーできるスキルがあると攻略しやすい、というのが巷での説であった。




「それに、俺としてもひとつ試したいことがあってな。このメッセージ拒否したり非通知にしたりすることなく読み続けることで、取得できるスキルがあるかもしれない」

「……まぁ、否定はしませんけどね。忍耐系のスキルが開放される可能性はあるかもしれません」

「だから俺は感謝している。こういうスキマ産業なスキルの発見に勤しんでくれるカラスの存在にな」

「普通は頼んだってやってくれませんからね、こんな手間なこと」

「そういうことだ。ところで」




 同じメッセージが続きすぎてスクロールしているのかどうかもよく分からない画面を見ながら、ヤシャマルは何のこともなしに踏み出した右足に力を込めた。




「――ヒガン、借りるぞ」




 そういうと、一気に地面を蹴る。大またに踏み出した一歩は、少し先を歩いていたヒガンの所までヤシャマルの身体を運んだ。彼の腰元に下がっているウェストポーチに右手を突っ込むと、ごちゃごちゃとしている袋の中から1つのもち手を掴み、迷うことなく抜き取る。




 ――スキル『大胆不敵な大泥棒』。これは使用したプレイヤーとの距離が30センチ以内の場所に位置している相手であれば、対象の持っているアイテムを1つ、種類を選んでランダムに抜き取ることの出来るものである。本来ならば自力では到底倒せないボスキャラのレアアイテムを奪ったり、プレイヤー同士の戦いで自軍の戦況を有利にするために使うものだが。

 基本的にヤシャマルはアイテムの種類を『武器』に限定した状態で、ヒガンに対して発動することしかしていない。


 ヒガンのウェストポーチから出てきた武器が装備アイテムとして認識され、ヤシャマルの手の中で確かな重みを持つ。取り出されたのは、『装備アイテム:ソードブレイカー試作品ζ』と表示された刀剣だ。

 対プレイヤー戦で相手も刀剣使いだった場合に最も効力を発揮できる武器だが、ヤシャマルからすれば誰に使おうと同じことである。





 特に足を止めることも武器の詳細を確認することもなく、ヤシャマルはさらに走る。彼の視線の先にあるのは巨大な一本の木。そして、その裏。




 ――巨木の陰に隠れているであろうモンスター、キャルコッコである。




 キャルコッコは奇襲を得意とする鳥獣型のモンスターで、瞬発力と攻撃力に特化している。

 普通に遭遇して戦闘に入るとなると、プレイヤー側が相当素早さに特化していない限りは先手を取られてしまう。逃げる間もなく高火力の一撃を食らいそのまま体力が無に帰す、あるいは何とか耐えしのいでも次の一撃で仕留めきれず敗北するなどという現象は、まだ『ラスト・カノン』がVRMMORPGとしてちゃんと機能していた頃にはよく見られたものだった。


 だがそれは逆に言ってしまえば、キャルコッコに攻撃のチャンスを与えなければ問題ないということであり。

 そんな状況を作ることなど、ヤシャマルからすれば朝飯前だ。




 『野生の第六感』による敵モンスターの居場所の察知。『狩の王:鳥獣』による相手モンスターの特定。『堂々たる戦闘意志』による1対1での強制戦闘。『暗躍する戦闘機』によって不意打ち状態から戦闘を開始することによる、相手の耐久力の強制低下。『先制する宣誓』による絶対のプレイヤー側からの先制攻撃。

 ――そして、『武具を極めし不屈者』による、この世界に存在する全ての武器の能力を最大限に引き出す能力。




 正直これだけ並べ立てても分かりづらいかもしれないが、簡単に結論だけを述べてしまうと。

 ヤシャマルに存在を悟られた時点で、既にほぼほぼ相手の敗北は決まっているということである。




 踏み出した足を前に進めた数は、3回。巨木の横までたどり着いたヤシャマルは右手を首の左側の後ろに当てるようにして構えると、

 ――もう一歩踏み出した先、視界の端に映ったキャルコッコの頭部めがけて、一気に右腕を振りぬいた。




「――ゲキョォ!?」




 決着は、一瞬。


 キャルコッコは戦闘が始まったことすら認識できなかったような状態で、頭部への強烈な一撃を受ける。

 驚きとも痛みからともとれる叫び声を1つ、あげたかと思うと。




 ――すぐにその身体は黄緑色をした数字の羅列のようなものになり、霧散する。敵モンスターの体力がゼロになったということであり、モンスター討伐完了の合図だ。




 相変わらず開きっぱなしのヤシャマルのウィンドウに、キャルコッコ討伐によるポイントの加算状況が表示される。


【モンスター 『キャルコッコ』の討伐に成功しました

 『キャルコッコ』討伐 1000pt

 即効勝利 500pt

 先制勝利 500pt

 圧倒的オーバーキル 1000×2pt……】


 先に続く数字はろくに確認せず、ヤシャマルは先ほどまでと変わらない速度でのんびり追いついてきたヒガンに、




「悪くないな、これ」




 といって、手に持っていたソードブレイカーを返した。




「おや、それを引きましたか。突く武器であるという点に集中させたあまり、盾の代わりにしていたという本来の使用方法からはそれたものになってしまっているのですか」

「一撃でしとめられれば何の問題もないだろう」

「君からすればそうなんでしょうけどね、『武具を極めし不屈者』なんてヤシャマル君ぐらいしか持ってないスキルなんです。両手どっちで使おうが何しようが全く関係ないなんて人のほうが圧倒的に少ないんですよ。だから元来の使い方が出来ないというのは、他プレイヤーに売ることを前提として考えたい僕には問題なんです」

「そもそもPvP文化がほぼ絶滅している今、この武器を売りに出そうというその思考のほうが問題だろうが」

「いやぁ、ソードブレイカーって名前そのものに知名度がありますからね。それだけで買いに来てくれるお客さん結構いるので」

「名前だけに釣られてくるような連中なら、尚更見た目や性能にこだわる必要はないんじゃないか?」




 そして、まるで何事もなかったかのように会話を続けながら。

 2人は『鎮魂の森』の奥へと足を進めていく。




 彼らの目指す場所は、森を抜けた先にある『王都 テルディアーナ』。

 ――その、跡地である。





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