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(25) ダンジョン『地下帝国メトロポリシタン』攻略⑤





 その伸縮自在の鞭は、こちらの思考を読んでくれているかのようにうねる。

 腕の動きに呼応するようにしなり、直線上にいた数体のモンスターを打ち付けた。それらが攻撃を受けて壁際へと飛んでいく最中も、多くのモンスターがこちらへと集ってくる。

 だが、『試作品ウィップζ』はこんな本来の鞭としての使い方しか出来ないような軟弱な武器ではない。


 左手を返す準備をしながら、武器の攻撃範囲を最大まで広げる。

 本来なら使用回数やその武器に対する熟練度次第で、装備武器を使いこなせるかどうかは大きく変わる。が、『武具を極めし不屈者』を習得済みのヤシャマルには、そんなことは関係ない。


 『試作品ウィップζ』の先端がその範囲の広がりに答えるように一瞬きらめいたかと思うと。

 次の瞬間、その鞭は一気に数十メートルの長さへと変貌する。

 ヤシャマルは斜め上へと振り上げるようにして、左腕を動かした。


 全く重みを感じさせない軽やかな動きに続くようにして――本来ならばヤシャマルの腕の力に沿った動きしかしないであろう鞭は、しかし。

 その鞭自体が命を有しているかのごとく――獲物を貪欲に求める蛇のように。


 稼動範囲内にいる全ての敵に、的確にその打撃を打ち付けにいく。


 一体に当たれば、すぐさまその方向を変え。

 時には180度逆戻りするかのように、奇妙な方向で折れ曲がり。

 まるでヤシャマル自身を中心にして、立体型の蜘蛛の巣を張るかのように。


 『試作品ウィップζ』は、近くにいた全ての敵を均等に殴りつけ。




「キエエエエエエエエエ!!」

「ヂュッ!?」

「バカナ、コンナコトガァァァ!!」

「ピェー!!」




 ほぼ同時に上がる、多くの悲鳴とともに。

 周囲にいたモンスターは一斉にロストしていく。

 

 ヤシャマルの周囲にあった『試作品ウィップζ』はその全長を最大限まで伸ばしきったらしく、一旦その姿を本来の長さへと戻し。

 アイテムの雨と一緒に落ちながら、鞭を振るった張本人は近くにいたモンスターが壊滅したのを確認する。


 否、壊滅と言うのは語弊だ。

 ラスボスに当たるモンスターも攻撃を受けてはいるが、その体力の全ては失ってはいない。

 だが、その見た目にはやや疲れが見えるようになってきている。火力の底上げこそしていないが、そろそろ念のためにスキル『聖母の涙』でも使っておいたほうがいいかもしれない。

 ただソレをしてしまうと周りの通常モンスターも死ななくなってしまうから、全員気絶判定を狙わなければいけなくなる。別に出来なくはないが――それは普段の俺のスタイルとは違いすぎてやりづらい、とヤシャマルは思う。




 そして、壊滅と言う言葉を語弊にした理由がもう1つ。明らかに攻撃範囲内にいたはずのユウヒが、先ほどと全く変わらず、無傷だ。

 少しだけ変化があるとすれば、腕に纏っていたオーラらしき光が先ほどと違って赤いことぐらいだが。


 ヤシャマルは眉をわずかにしかめながらも右手の中の『大苦無・戒』によって『背水の知恵』を発動させる。

 再びラスボスの裏に回りこむと、左手の『試作品ウィップζ』を使い、その長さを数メートル上乗せさせて軽く振るうと、その巨体に鞭を巻きつけた。




「な、なんだごでば――!?」




 相変わらずの濁音発言を適当に聞き流しながら、再び攻撃範囲を最大限まで伸ばし。

 ボスに巻きついた鞭の先端部分からを、先ほどのように伸ばすと。

 根元にボスがくっついた状態のようになった鞭で、近づいてきたモンスターに対して同じように攻撃を展開する。


 ボスに長さを使っている分、先ほどより範囲は狭くなるが、それでもその辺りにいる間抜け顔を打ち倒すには十分だ。

 近くにいたモンスターを一旦潰したことによって、こんどはその無差別攻撃もまだ見通しのきく動きになる。

 この方法ならすでに鞭に巻き込まれている状態のボスには攻撃判定が入らず、それ以外だけに攻撃を当てることが出来る。


 そうしながら、ヤシャマルが今度注視してみるのは――またしても範囲内にいる、ユウヒへとあたる部分の鞭の行方。

 先ほどは敵の密集具合と鞭による包囲網で見ることはかなわなかったが、ボスを絡めとっている今、一番気になるのは彼の動きだ。




 ――どう回避しているのか、見せてもらおうじゃないか。




 そう思うヤシャマルの目に宿るのは、大きな好奇心と、ほんの少しの嫉妬に似た感情。

 正直、一声掛けたものの――本当に何も無かったかのように、先ほどまでと同じ動きを続けられているというのは。ほんの少し、彼のプライドに響く部分があった。


 ヤシャマルは武器やアイテムといったものの使用に関しては、右に出るものはいないだろうと自負している。それが彼がこのゲームで培ってきた強みであり、誰よりも秀でている部分でもあるからだ。

 対してユウヒと言う男が、戦闘に特化したプレイヤーであるということは知っている。持ちうるスキルを全て積んだ上で戦っても、何かの間違いが起こらない限り勝てないであろうと言うことも――残念ながら、理解していた。


 だが。それでも、武器と名のつくもののスペシャリストである身としては。

 なんでもないかのように攻撃を回避されるというのは、決して喜ばしい話ではない。

 それこそ釣竿を使っての釣り対決だとか、鍬を使った農耕作業だとかをさせるなら、間違いなくヤシャマルのほうが秀でた結果を出せるのだが。同じように武器を使った戦闘であっても、こちらとしてはそれなりの結果が残せるはずで。


 そんな自分でもさっぱり理解できない動きをしているというのなら、納得するためにも是非とも見てみたい――そんな思いが、ヤシャマルにこの武器を使わせたともいえた。

 




 果たして、ユウヒは。

 そんなヤシャマルの考えなど全く知る由も無かっただろうが。


 次のダンジョンフロアばかりを見ているユウヒは、自分の背中を打ちつけようと迫ってくる鞭に見向きもせず。

 ただほんの少しだけ、赤いオーラを纏った左手を、何かを扇ぐかのように揺らした。


 ただそれだけだ。手が鞭に触れたわけでも、それによって風が起こったわけでもない。




 ――……、あ?




 だというのに、ただ、それだけの動きで。

 ヤシャマルの『試作品ウィップζ』はユウヒを目指していたその進行方向をずらし――次に近くにいたモンスター目掛けて、空気を裂く音を立てながら飛んでいく。




「――……」




 『試作品ウィップζ』は狂うことなく範囲内のモンスターを攻撃し、新たなロストを増やしていく。

 ヤシャマルが無言で見つめる中、ユウヒは扇いだ左手を真っ直ぐにフロアへとつきたて、床を処理した。


 砕け散るフロアを平然と突き抜けながら、空中で一回転したユウヒの顔が、こちらを向く。


 その男と視線が合ったとき。

 味方であると知っているにもかかわらず。


 ――ヤシャマルの背中に、言い様のない感覚が走った。




「……いい武器だな」




 何時もと変わらぬ口調でそういうユウヒは。

 普段の無表情に比べて、僅かにその口端を持ち上げているように見えた。


 それは、実に愉しそうなものであり。

 その奥底にあるゆがんだ何かが垣間見えたような気がして――それが何らかの感情となって、ヤシャマルの心を駆け抜ける。




 だが、その言い様のない感覚は、恐怖ではない。




 ――成る程、とんだ化け物じゃないか。




 なぜならば。ヤシャマルもその隠している口元は、確かに嗤っているからだ。


 ほんの少し見えただけのユウヒの実力に。

 勝てない強敵を如何にして攻略するかを考えるときのあの胸の高まりを、確かに思い出してしまったから。


 そう、この感覚は――興奮だ。


 最近の、敵を倒すことすらルーティンと化してしまったこの世界。

 それなりに面白いことはあっても、自分よりも明らかに強い――そう思えるような相手と出会うことは、最早なくなっているような状態がずっと続いていた中。

 今回の作戦自体もぶっ飛んではいるが、結局のところスキルを使って当たり前に出来ることをやるだけだと思っていた、そんな中。


 その当たり前が通らない、そんな相手がいるという環境は何時以来なのだろう。




 元々ヤシャマルは『ラスト・カノン』をモンスターをリアルな感覚として倒せるRPGとして利用するためにプレイしていたユーザーだ。

 強い相手が現れたら少なからず興奮してしまうのは、そういったプレイヤーとしてのサガといえた。


 しかし今は、大事なミッションの途中。

 こんなところで無意味に味方に戦闘を仕掛けに行くほど、頭のネジが飛んではいないが。

 範囲攻撃で対象が選べない中、向こうの作業を邪魔せず、かつ気絶しない程度に攻撃を当ててしまう分には仕方ない――そう思う程度には自由人だった。




「――だろう?」




 口元の布を右手で下げ、そう言葉を返すと。

 ヤシャマルは歯で『大苦無・戒』の持ち手部分を噛み。

 右手でウィンドウを操作し――新たなる武器を探し始めた。





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