(24) ダンジョン『地下帝国メトロポリシタン』攻略④
空中であるにもかかわらず、見えない地面を蹴り上げたかのような飛びかかり攻撃。
この無茶な状態でそんなことをしてきたということは、もしかしたら初動はこれで固定されているのかもしれない。
タックルするかのように、右肩を前にやってきた相手だが――そういえばこいつの名前はなんなのだろう、ろくに確認もしていない――その前に『大苦無・戒』の専用スキル『背水の知恵』を用い、ヤシャマルはそれの背後へと一瞬で移動する。
手元を離れた『大苦無・戒』をすぐさま『極限地での収集』によって手中に収めた。相手はまだこちらに振り返れてすらいない。スキルを上積みして潰すには絶好の機会だが、残念なことにそうも行かない。
ヤシャマルは今日の10時丁度に表示されたお知らせの一つの内容を思い出す。
【〈イベント開始〉『復讐の狼煙を挙げよ』スタート!
都市『ヂャッジスト』を狙う、謎の集団。その目的とは――!?
奥に潜んだ新の目的に気が付いたとき、キミは何を思うのか。
ダンジョン『地下帝国メトロポリシタン』のラスボスを倒し、その裏に隠された『解』ルートを見つけ出せ!】
思い返せば返すほどに安っぽい文言だ、と腹が立つ。
この文面が言っていた『謎の集団』というのは、おそらくイベント開始と同時に『ヂャッジスト』の地価に湧いて出た、新登場したモンスターの山だったのだのだろうが――それ自体は、ここに進入する前に既にリーダー達とともに全て一掃した。
無限に湧いてくるようになっている可能性も考えて色々対策を施したり、嫌がるカラスを説得して何とか見張るようにその腰を落ち着けさせたりとひと悶着あったのだが。
なんにせよ、いまここで隙だらけの背中に向けてワンキル確定な攻撃をかましてしまうと、ボスが死んでイベントが進んでしまう可能性があるということだ。
今回、こちらの目的であるダンジョン破壊が終わるまでに、このイベントとやらを進行させるつもりはない。
クリアすることで『ヂャッジスト』に対する新たな試練が表れないとも言い切れないからだ。とりあえずモンスターからも都市に向かっていくという現状を維持したまま、このダンジョンそのものを使い物にならなくする。
そうして、全てをどうにもならないような状態にすると言う形に持っていくことで――運営への嫌がらせ、もといイベントからの救済を画策しているのだから。
癖になりかけていた様々なスキルの発動を一旦思いとどまると。
ヤシャマルは、こちらにがら空きの背中を晒しているボスの姿を一瞥し、両手で『大苦無・戒』の持ち手を握り締めると、勢いよくその背中に突き刺した。
「――ぎいやあああああああああああ!!」
聞くに堪えない叫び声とともに、ボスがこちらに振り向こうとしてくる。すぐさま『背水の知恵』を使い、こちらに向けようとした顔の真後ろに移動する。
すぐ下で再び爆裂音が響き、欠片が舞った。
そういえばこちらにも気をつけなければいけない、と今更思う。
今回は空中戦。敵の背後と一言に言っても、その位置は向き次第で360度どの場所にもなる。
下手に距離をとりすぎると、壊れていないフロアを突き抜けて先に下に落ちてしまったり、地面にめり込む羽目になるかもしれない。
――そうなると、下手をすればロストか?
思った以上に今の状態、命がかかっているのかもしれない。
再び『大苦無・戒』で背中を横殴りに切りつけながら、そんな事を思う。
悲しいかな、ボスも色々やろうとはしているようなのだが――本来やりたい地上戦と言う形を取れていないせいで、多くはその場で大暴れしている赤子の動きにしかなっていない。
新ダンジョンのラスボス風味のモンスターだというのになんという扱いだろうか。
このままじわじわ削っておけばいいか――そう思ったヤシャマルの耳に届いたのは、地面の破壊音と、ウィンドウへの通知音。
【モンスター『テラコウモリ』が戦闘に乱入しました】
その表示を確認すると同時に、耳元に響いた僅かな羽音。
ヤシャマルは咄嗟に『背水の知恵』の発動先を乱入者へと移しその背後へと回ると、姿の確認すらせず目の前に存在するモンスターを右足で蹴り飛ばした。
どういうことなのか、考える間もなく。
【モンスター『ウチオロハゼ』が戦闘に乱入しました】
【モンスター『テラコウモリ』が戦闘に乱入しました】
【モンスター『コロバセネズミ』が戦闘に乱入しました】
【モンスター『テラコウモリ』が戦闘に乱入しました】
【モンスター『テラコウモリ』が戦闘に乱入しました】
次々と表れる、乱入の文字。そして異常に高いコウモリ率。
成る程、とヤシャマルは左手でウィンドウの装備武器一覧を再び表示する。考えるまでも無く当たり前のことだ。今までのフロアに登場していなかったことの方がおかしかったのだ――『デンゲキライジング』の最高速度で移動していたから、ということなのだろうか。
今のこの状況。どういうことかというと――ユウヒが壊した先のフロアにいるモンスターたちが、床の崩落と一緒に落下し、こちらを敵と認識し。一気に戦闘を仕掛けに来ている、と言う形なのだ。
本来ならボス戦闘中にそんなことはありえないが、それはボスのいる最上階フロアに他のモンスターが出現しないようになっているから乱入などされない、と言うだけなのだろう。
今まで破壊してきたフロアでは乱入が無かったのは、時間がたっていなかったからまだモンスターの復活が終わっていなかったということか――そう考えて、武器を選ぶヤシャマルの左手が一瞬、止まる。
近寄ってきたコロバセネズミ、テラコウモリ、ウチオロハゼ、その他もろもろ。近いものから適当に『背水の知恵』を発動し、一撃で切り伏せながら。
左手はウィンドウに表示された『試作品ウィップζ』を選び、その手中に驚くほど長く、細い鞭を具現化させ。
ヤシャマルはちらり、とその視線をこちらに見向きもしない、チームの一員へと向ける。
――邪魔なモンスターをどけていただけじゃなく、フロアにいた全てのモンスターを潰していたというのか……?
それが、長らく化け物とまで称されていた戦闘狂の本気だとでも言うのだろうか。
ヤシャマルは左手に『試作品ウィップζ』を握り、ざっと周囲を見渡す。
モンスターは既に数十体は表れている。図体ばかりでかいボスの向こう側に見えていないのもいくつかいるだろうし、現在進行形でフロアが壊されている以上、どんどん増えていくはずだ。
とはいえ、この『試作品ウィップζ』は、今日の手持ちの武器の中では最も広範囲への攻撃を誇る武器。火力もそこそこ、かつ手数もまわしやすいため、大勢を相手にするならかなり助けになる。
欠点を言うなら、対象を範囲でしか選べないため――味方であろうと容赦なく巻き込まれるという点だが。
「――ユウヒ」
そんな言葉は必要ない、寧ろ何も言わず無く発動してみたいとすら思いつつ。
「適当に何とかしろ」
反応を待たず、その声だけを残して。
ヤシャマルは『試作品ウィップζ』を振るった。




