(23) ダンジョン『地下帝国メトロポリシタン』攻略③
ふわり、と身体が宙に浮く。重力に従って落下するその感覚は、今まで何度も転送してもらったときのものとほぼ同じで、今更驚きはない。
だが、それ以前の問題として。
「――そういうことをするのなら、前もって言っておいて欲しいんだが」
平然とした顔で同じように落ちていくユウヒに聞こえるように言って、ヤシャマルは『デンゲキライジング』を自身の装備武器から外す。残念ながらこのオートバイには空中で動く仕様はついていない。ここまで自分を運んでくれた愛車はオーロラの光を放ったかと思うと、一瞬で手の内から消えてアイテムポーチに収納された。
と同時に、ずしりと腰回りが重くなる。この世界は、アイテムポーチに入れられるものの大きさや個数を関係ない変わりに、数や重量に比例して機動力が落ちる使用になっている。端的に言うとオートバイは持ち歩くには非常に不便な武器であるということだ。ただでさえ今日は何があるのか分からないことを考慮して、5種類ものオートバイをつっこんで来たというのに。
ユウヒはヤシャマルのかけた声には指して反応をみせず、視線だけを斜め上にずらしてみせる。
そちらに何があるのかは聞くまでも無く。
「――俺だぢばなぁ、強いやづがだぐざんいるっでぎいてよぉ!! この都市の近ぐに、あだらじい住処をづぐったんだぜぇ!!」
先ほどからこちらに構わず口上を続けている、赤黒い色をしたダンジョンボスである。
彼(?)もまた、ヤシャマルやヒガンと同じように壊れた床から下へと落ちているが、その姿勢は直立不動。まるで何事も起こっていないかのように両手を広げ、悠々と言葉を続けている。明らかに頭のサイズにあっておらず、ちょこんと乗せられているだけにしか見えない軍帽が外れる様子もない。
いや、実際演説中に床が壊れるという仕様に対応したイベントを組むとは思えないから当たり前なのだが。
――それでも、空中で床が復活するまで静止するとかではなく、一緒に落下はするんだな……。
今のところ、それでバグのようなことが起きている様子もない。色々雑な部分も見受けられるゲームだというのにどうしてこう、無茶苦茶な展開に対する体制だけはしっかりしているのだろうか。
そう思っている間に、再び破壊音が鳴り響く。
ユウヒがまたしても、床を壊したのだ。最上階の1つ下のフロア、今自分達が墜落する予定だった大地。またしても原形を失ったそこに足をつくことは出来ず、落下状態が継続される。
ユウヒは当然のように右腕に白いオーラを纏わせると、壊れた床の先に見える次の場所――更に下のフロアを見つめている。
「――おい、ユウヒ」
ヤシャマルは相変わらず騒ぎ続けているボスの状態を見ながら、ウィンドウを開いて取り出す武器を選ぶ。
「とりあえず今起こしている展開について話せ」
「……フロアの破壊」
「どこまで続けるつもりだ」
「……最下層にたどり着くまで」
問いかけに対して返ってきた言葉は、想像通りといえば想像通りだ。
何故先に上に行くよう指示をしてきたかと言うことに対する理由も、これなのだろう。最上階まで行って、下りはフロアそのものを壊しながら真っ直ぐに移動しようという魂胆か。
『熟練者の道しるべ』はダンジョン内部の全フロアを踏破してから出ないと使用不可能なスキルだから、コレを使って一度入り口まで戻るという時間短縮は使えない。
とはいえ、いきなりこんなことをしだしたということは。
「そうしなければならない理由があるということだな?」
問いかけとともに、アイテムポーチから取り出すお目当ての武器をウィンドウの中に見つけて、迷わずそれを押す。右手の中に使い慣れた武器『大苦無・戒』が表れた。
「……リーダーと、フロア破壊やダンジョン破壊について色々検証した。それで、ダンジョン破壊に必要な条件で今足りていないのが、1つある」
ユウヒの言葉に続いて、フロアの破片と思わしきモノがばらばらと宙を舞った。その最中を3つの人型の影が落下していく。
その条件とやらは今の状況を照らし合わせて考えれば、簡単に想像がついた。
「――全フロアに行ったことがあること、が条件か?」
「……正解」
「成程な。『熟練者の道しるべ』と同じと言うことか。『マップ製作』を全部埋めるとかは条件じゃないのか?」
「……それはない。俺の地図は穴だらけだが、問題なく壊せた」
何でもかんでもきっちりしていないと気が済まないリーダーが聞いたら発狂しそうな台詞だ、とヤシャマルは思う。まぁ実際それが条件に入っていたら、オートバイでどんなに頑張っても丸1日はかかるだろうしありがたい限りだが。
ボスの聞き役のいない演説もまだ終わる様子はない。フロアの破壊音で半分かき消されている上にユウヒの発言のほうを聞いているせいで台詞の流れすら分からないが、とりあえず今はご機嫌そうに高笑いをしている。
「……それと、『熟練者の道しるべ』を使えるようにしておかないといけないからな」
「というのは、何でだ?」
「……検証したくても出来なかったが、他の様子から予想はついている」
ヤシャマルは武器を構える。ボスが両腕を前に構えて、戦闘前のような姿勢になったからだ。
相手はとても空中戦に対応しているような見た目ではないが、如何せんはじめての戦いになるからデータがない。手は抜かずに、自分の後ろの味方の邪魔にならないように留意して戦闘に入らなければ。
背後から淡々と聞こえるユウヒの声を聞きながら、自身のスキルの状態を確認しつつ。
「――ダンジョン破壊されたときに内部にいたら、多分死ぬ」
「……いや、そうだろうとは思っていたが。だからそういうことは早くに言ってくれ」
相変わらずの情報伝達不足に一つため息をつき。
「――じゃあいぐぞぉ、人間どぼぉ!!!」
相手のボスの叫びに――ヤシャマルはウィンドウを閉じ、『大苦無・戒』を発動した。




