(22) ダンジョン『地下帝国メトロポリシタン』攻略②
ここ、『地下帝国メトロポリシタン』はリーダーが言っていた通り、上下に広がったダンジョンだった。
最初に入ったフロアを真っ直ぐに突っ切った後、目の前に表れたのは上下に延びる螺旋の坂で。それを見て軽くスピードを落とそうとしたが、その前に。
「上」
という端的かつ対話を受け入れない声が聞こえて、ヤシャマルはそのままオートバイを走らせる形になった。二手に分かれるかとかどう思うとかそんな会話があってもいいんじゃないかと思ったが、どうやらユウヒの中ではこれからする工程がすでに完成しているらしい。
そうして、横で意味の分からない動きをし始めた相方に驚くやら呆れるやらしながら、ひたすら上を目指しているのが現在だ。
もう既にダンジョンに入ってから10分は過ぎている。240kmオーバーの速度をメーターがさし続けている現状で、常にフロア移動箇所までの最短距離を移動することが出来るスキル『仙人の道しるべ』を使っているというのに。まだ頂上に到着できないというのはどういうことなのだろうか。
なんにせよ、このイベントを用意してきた運営が相当維持が悪いことは確かだ。
あの【お知らせ】に乗せられていた文面を思い出すだけでもはらわたが煮えくり返ってくる――そんな感情に飲まれて、隠した口元で歯軋りをした。
「……機嫌が悪いのか?」
進路上に立っていたモンスターらしき物体を、ユウヒが横からとび蹴りをして撃退する。最早モンスターの陰を捉える暇すらなくて、どんな姿をしているかも分からない。
追い抜こうとする最中、彼がぼそりと問いかけた声が聞こえた。目の前しか見ていないような感じの癖に、こういうところは妙に目ざとい。
「悪くもなるだろう。さっきから今回の作戦の内容について全く話をしない誰かがいるからな」
だが、この苛立ちについて会話をしても特に何にもならないだろうとヤシャマルは判断する。珍しく声をかけてきたのを機会に、今回の作戦についてもう少し聞き出すことにした。どうして味方相手にそんな事をしなければいけないのだろうかと心底思いながら。
「……ダンジョンの破壊だろ」
「それは知っている。俺が知りたいのは方法についてだ。今理解できている内容はオートバイで爆走することと『仙人の道しるべ』で最上階を目指すこと、これしかないんだぞ」
「……ヤシャマルの役割は、最後だ」
「それなら、どういう役割で何をするのが俺の仕事なんだ?」
「……とりあえず上まで走れ。細かいのは俺がどかす」
話しながらも声の出所は四方八方、あちこちに移動している。階が上になるごとに、だんだんと移動速度を上げているような気さえした。
いや、それよりも。細かいのは俺がどかす、と言う言葉がヤシャマルにはどうにも気になった。
まさかコイツ、オートバイが装備武器扱いなのを知らないわけじゃないだろうな。
「おい、念のため言っておくがオートバイはこの世界では武器判定だ。ユウヒ、お前まさか俺に気を使って敵を撃退しているわけじゃないよな?」
「…………俺がそんなことをすると思うか?」
思わずかけた言葉に対する返事は、心なしか何時もより間が長い。顔はおろか姿すら捉えることが出来ないような現状、表情から気持ちを察することは出来ないが、その不自然さは何よりの証拠になる。
この男、やはり何か理由があってわざと邪魔になるモンスターを倒している。
「自分で言うな。1ミリもそんなことは考えていないが、1ミクロンぐらいは何らかの理由があってそうしている可能性を考慮して、あえて言うぞ。どこぞのカラスじゃあるまいし、俺は守られなければならないほど弱くはない」
「…………」
返答が止まる。図星なのだろうか。だとすれば少々心外だ。
この男の強さが規格外なのは認めるが、自分だって得意分野での実力を遺憾なく発揮すれば、モンスターに敵なしぐらいの実力はある。
そう思って、続けて話をするも。
「それにぶつかることによって速度が落ちることを心配しているというなら全く問題は無いぞ。何せこの世界のオートバイ周りのシステム整備は――不本意だが、非常に不本意だが、全く現実に沿っていないからな!!」
「…………」
「急ブレーキも急発進も自由自在、何かを跳ね飛ばすという名のアタックをかましたところで速さが変動することなんて全くない!! ああ実にすばらしい、実にすばらしいどこぞのゴミカス運営が考えた残念仕様だ!!」
「…………」
喋っている間に、自分で自分の地雷を踏み抜いて。
この世界のオートバイに関する不平不満を全力でぶちまけだしたヤシャマルを尻目に。
「……本来の用法だけでバイクを使わせようと思ってただけなんだが」
ユウヒの口からひっそりと飛び出した無意味に終わった気遣いの内容は、壁へと叩きつけられたモンスターの悲鳴にかき消された。
***
それから更に数分が経過し。
ついに最上階に到達しても、ヤシャマルの怒りのボルテージは収まっておらず。
「よぐぎだなぁ、人間どもがよぉ!! あ゛ぁ?」
「――あぁ!? お前なんだその雑魚戦っぽい台詞は!! ゴミカス運営が、久々のイベントでテキスト雑にしてるんじゃねえよ!!」
そう叫びながらつい先日の癖で『後悔なき突撃』を使用しそうになったところで、その腕をユウヒに掴まれて我に返る。
その何時もと変わらぬ無表情の中に、僅かな困惑と同情するような視線を感じて――ヤシャマルは手のひらから抜きかけた力を再び戻し、手放すことの無いようにグリップを握りなおした。
徐々に冷静になるに連れ、今の怒りから来る演説を延々と聞かせ続けていたという事実に思考が追いつき。なんともいえない空気が流れる。
「…………」
「…………」
「おめえら、ごごまでぎだっでごどばよぉ、俺の部下どもをみんなだおじだんだよなぁ!?」
「……ユウヒ。いや、あの、すまなかった。冷静さを欠いていたようだ、反省する」
「……別に気にしてない」
「げっごう、げっごうだなぁ!! 認めでやるぞぉ、お前らがぞれなりにづよいっでごどばなぁ!!」
そんなこともお構い無しに話し続けるのは、今回のダンジョンのボスに当たるモンスターなのだろう。
二足で立っているそれは人間がモデルのような姿をしていたが、全体的にぼってりと太っていた。大きくたるんだ腹、垂れ下がった頬、やけに横長の肉に埋もれそうな目。肌に当たる部分は全て赤黒い色をしており、髪の毛のあまり見あたらない頭には軍帽のようなものを被っている。
濁点だらけの発音をしているその口は、戦闘前の口上に突入しているらしく、止まる様子はない。
その様子を一瞥したユウヒは、ヤシャマルのほうに向き直ると。
「……アレの相手、任せてもいいか」
「あ?」
「……ボスも含めて適当に何とかするつもりだったけど。アンタの話を聞いて少し気が変わった」
その話と言うのはどこのことだ、オートバイへの熱い思いを語っているところじゃないだろうな。
しかし、そんな言葉を口にするよりも先に、ユウヒはそのまま視線を下にずらす。
「……信用してこっちだけに集中する方が、早そうだ」
実に自然な、手馴れた様子で。何の予備動作も無く右手を地面に叩きつけ。
「――え」
その瞬間。
ダンジョン最上階の床が、完膚なきまでに破壊された。




