(19) 吉凶禍福
ところどころ穴ぼこだらけながらも、自分達の今いる世界――『ラスト・カノン』へと、その視界が戻ってくる。
先ほどまでと変わっているところは、空に浮いていた沢山の槍は既に地面に突き刺さり、その姿を消そうとしていることと。
プレイヤーが1人、減っていること。
――んっんー?
まだ耳のほうの機能は回復していない。見える世界のピースが埋まるのを待ちながら、今の目の前の光景について考える。
まず、うつ伏せに倒れているプレイヤーが1人。髪の色やら服装を見るに、先ほど空から降ってきていたロードと呼ばれていた人物で間違いないだろう。何かを取ろうとしているのか、必死で腕を動かしている様子だ。だがその動きがとんでもなく鈍いところを見るに、やはり『スタミナ』が切れているようだ。
そして、消えたもう1人。『身内の肩代わり』を使っていたスケ!BABYとか言う名前のほうだが――どこか遠くに逃げたわけではない、というのはすぐに分かった。
ぶっ倒れているロードの近くに散らばった、沢山のアイテム。回復系、武器系、便利系、大きいものから小さなものまで色々ある。そしてそれらの中に混ざっている、長方形の紙切れときらきらと輝くコイン――この世界において使われている通貨だ。
ヴゥ、と音を立てて『マップ作製』が復活した。そこにあるプレイヤー表示を横目で見れば、赤い点は自分と倒れている彼以外のものは、近くにはない。
そして、追従するように頭の中にメッセージが流れる。お知らせ機能も復活した――それはリーダーの先ほど使ったスキルの効果が終了したことを意味しており、そこでようやく世界の音が聞こえるようになる。
だが、それよりも彼が気にしたのは、メッセージの内容の方で。
【『スケ!BABY』がスキル『維持せよ確固たる意志』を発動しました】
【『スケ!BABY』がスキル『死ぬけど死なないゾンビ』を発動しました】
【『スケ!BABY』との戦闘に『ロード』が乱入しました】
【『ロード』がスキル『禁断の封印術』を発動しました。スキル『死ぬけど死なないゾンビ』は無効化されます】
【『スケ!BABY』が敗北しました】
スキルの発動と、乱入者と、敗北。――『気絶』ではなく、敗北。
その言葉の意味するところを考えるよりも先に、動くようになった身体で倒れている少年に駆け寄ると。
彼の伸ばそうとしている右手を、その先にあるスタミナ回復アイテム『栄養ドリンク』を掴もうとしている右手を、全力で踏みつける。
「――い゛っ……!!」
その衝撃に、少年が声を漏らした。
緩慢ともいえる動作でリーダーの顔を見上げたその目は、絶望よりも怒りで満ちていたが。
今の彼には、そんな視線なんて関係なかった。
彼は唯、思考する。
この状況の意味と――目の前の人間の行った行為について。
――オーケイ、痛覚があるって事は、コイツへの『身内の肩代わり』が完全になくなってる。つまり、ギルドの裏部隊は確実につぶれたか、他に回さざるを得ない状況になったか。
――『敗北』っつーことは、体力がゼロになったっつー事。でもコイツがまだここにいる以上、ギルドのポイントがゼロになって全滅したわけじゃない。つまり『恍惚たる鎮魂』は今まで俺が知ってた通り、個々のポイントの割り振りについて何らかの規定を作ってるってとこは変わってない、と。
――ただし、アカネの『永久の遑』で敗北判定が出ることは『聖母の涙』を使っている以上有り得ねー。俺のさっきのスキルでそうなることも有り得ねー。ご丁寧に乱入してまで『死ぬけど死なないゾンビ』を解除してきたコイツが。なんかやらかしたとしか、考えられねーよなー?
何の反応もないこちらを見るのをやめた少年は、踏まれた右手を引き抜こうとしているようだった。
僅かに肩に力を入れているように見えるだけで、その抵抗は何の役にも立っていなかったが。
――問題は、コイツが味方を潰したのか、逃がしたのか、か?
一見、お知らせを流し見しただけならば。
自分を庇ってくれた味方がロストするようにスキルを封じて、アイテムをぶちまけさせてこの場から消したと言う風にも取れなくもない。
だが。もし仮に落ちてきていた彼が、ここに『大犯罪者』(によく似た別人)がいることを既に察知していたとしたら。本物に打ち倒されて、到底敵わないことを知っていたとしたら。
この場に下手に残って本当にロストする危険性を残すより、ギルドのポイント規定を使って、擬似ロストの状況を作り逃がすことを選択した――そう受け取ることも、出来る。
昔なら道中でロストすれば、肉体はプレイヤーが定めた拠点で復活することになっていた。
ロストが本当の死と連動している今、そんな機能は死滅したようなものだが――。
『一度ギルドに入ってしまえば、ロストはない』。
そんな噂が、本当は噂ではなかったとしたら。
――……。
事実、スケ!BABYがロストしてこの世界から消滅したということは、有り得ない。
だってもし、この世界から消えていれば――その名前の表記欄は全て『NoName』となるはずなのだ。
かつて何度も見てしまった画面だから、覚えている。
「……ここで僕の仲間を潰しながら……僕をあざ笑っていた、というわけなんだね」
掠れた声を、少年が発した。
「さっきのこいつ……システムエラーで、バグッたのかと、思ったんだけどな……それも、仕様だったのかな」
こちらからの返事をまるで期待していないその物言いは――明らかにこちらをモブである、と認識した上での発言だ。
会話が続くことを、期待していない。
「くっそ、どけよ、どけろよ、足……そうしたら通信で、この状況だけでも……」
満足に動かせない身体を、何とか引き摺ろうとしながら。
そう話す彼が、半ば生を諦めていることは分かった。
――こっから先は、アカネに会って色々話を聞いてからだな。
その様子を見て、リーダーもそれ以上の思索を打ち切る。
まだ全てを把握するには、情報が足りない。そしてここで起こっていた、起こしていた可能性について確実に読み込んで、次につなげる必要がある。
リーダーは、顔を見られていないことを良いことに、笑った。
やっぱりこの世界にはまだまだ、解明できていない事実がある。脱出の糸口がどこにあるか分からない以上――すべての可能性に目を通し、実験し、試行を繰り返さなければいけない。
そうしなければいけない、と思う慎重さが、同盟『クレィジィ』を繋いだ縁なのだから。
勿論そのためなら、他プレイヤーを利用することも厭わない。
決して相手を信用しない故、分かることを搾り取るというだけなのだが。
――つーわけで、餌でも蒔かせてもらおうかね。
「――愚鈍」
抵抗を続ける少年に、まず発した言葉はソレだった。
アカネの声に寄せてはいるが、キャラに関しては諦めることにしたというか――どちらかというと、喋りながら作るつもりだった。
本来は会話をする予定は無かったが、こんな事実が転がっているなら話は別だ。臨機応変に、という指示は勿論自分だって適応対象である。
「……え」
喋るとは思っていなかったのだろう、少年は聞き間違いを疑うように呟いて、必死になって首を持ち上げる。
その目がこちらの顔を、唇の動きを捉えたのを見て、リーダーは再び話し出す。
「実に滑稽。プレイヤーはこの程度。貴兄の実力。鼻で笑える」
――ええと、なんか単語区切り系、二人称は貴兄。
適当に喋りながら、『大犯罪者』を勝手にキャラ付けする。あくまでプレイヤーじみないように、気をつけながら。
「……お前、話せる、の――」
「これは予告。来るべき崩壊への序章。怯える貴兄らを見るための。我らからの忠告」
相手の会話はさえぎって、無理矢理話を進める。
これは『大犯罪者』を相手にした『裏イベント』が進行しているのだと、そう思ってもらうために。




