(17) 薤露蒿里
「えっ、何でここに――」
それ以上の言葉は、紡がせない。
『大犯罪者』アカネに外見も名前も扮したリーダー――同盟では基本的にワタナベと名乗っている男は、普段とは違う華奢な腕で大剣『ゲッコー』を動かした。
地面に対して水平ではなく、直角に交差するように立てた状態での、殴るような横振り。空気の抵抗を受けるためにどうしても振りは遅くなるが、回避されなければどうと言うことはない。
当然、刃の部分で相手を真っ二つにする選択肢はあるのだが、プレイヤー相手での攻撃で大剣を使うならこうすると決めている。『クレイジィ』のメンバーは例外だが。
不意打ち状態での攻撃になった上、『先制する宣誓』を持っていなかったのか、はたまた発動する暇が無かったのか。
2人は回避することもできず胴体を横から鉱物で叩かれ――ぐるり、と目をまわしたかと思うとその場に倒れて動かなくなった。今の一撃で『気絶』状態に持ち込めたらしい。
残りは2人。ちゃんとこちら顔を確認できるようゆっくりと大剣を構えなおしてそっちを見てやると、突然の奇襲に気の抜けていたらしい彼らも我に返ったようだった。
両者ともにこちらに対して武器を構えてくる。ふむ、流石にここで腰を抜かすような腑抜けじゃないか。
とはいえ、それだけ反応が遅かったらユウヒあたりには確実に気絶させられているだろうけど。
「ザッケンな、お前、上にいたはずじゃねえのかよぉ!?」
短刀を装備したヤンキー風の青年がサングラスの向こうでそう吠えている最中、もう片方はウィンドウに向かって声を荒げた。
「おっ、応援要請!! 『身内の肩代わり』を――」
――おーっと、それはちょっとNGだなー?
その応援要請、とやらを言い終わる前に。大剣を頭上高く振りかぶって、叩きつけるように振り下ろす。今度は刃の部分を地面と水平にして。
動きを見ていたヤンキー青年は回避してきたが奥で喋っている方は間に合わない。そのまま脳天に素敵な一撃を食らい、膝から地面に崩れ落ちた。
味方がいなくなったからか、ヤンキー青年の動きが一気に逃げ腰になる。
よろよろと後ずさっているのを視界の端で捕らえて、一旦大剣から手を離し。
大またに駆け寄るように、1歩、2歩。正面まで来ると、いよいよ恐ろしさが勝ったらしく背を向けて逃げ出そうとした彼のわき腹に、全力の横蹴りをお見舞いする。
「――あ゛ぁう!!」
腹の底からひねり出したような声を上げると、青年は地面に叩きつけられるようにして横倒しになり、蹴られた衝撃でそのまま数回回転して。やはり、他3人と同じように動かなくなった。
任務完了、といわんばかりにパンパンと両手を叩きつけてほこりを払うようなしぐさをし、リーダーは大剣を背負いなおす。
「……あー、アカネの見た目でこの動きは、あんまよろしくねーかな。ちょっと女らしさが足りねーか?」
そう喋る声も、万が一のことを考えてアカネの声帯にかなり寄せたため、普段よりもかなり高いものになっている。
喋り方も変えたほうがいいかしらん、ああでも口効く予定なんか無いから問題ないかしらん、そもそもアカネの話し方はいまひとつ真似できないかしらん、なんてくだらないことを考えながら。
『マップ作製』を発動し、今戦った4人の点滅が赤から灰色になったことを確かめる。殆どが灰色に染まっている地図の中、赤く輝いている点はひどく目立っている。
しかし、移動している点はあまりにも少なかった――まぁ、この槍の雨をかわしながら状況確認をするので、一杯一杯なんだろう。
また上から降ってきた槍を大剣で凌ぎながら、彼は次のプレイヤーに目星をつけて足を進めた。
意識を保っているプレイヤーの大半は『恍惚たる鎮魂』のメンバーだったが、それ以外のギルドのものや同盟関係のものも何人かいた。流石にソロプレイヤーと思わしき人物は見つからなかった。いたにしても『気絶』してしまっているのだろう。
基本的にはこちらの姿を見て驚いている間に大剣でぶん殴るという、騎士道精神も青ざめるプレイングを繰り返す。勝負の世界に情けはいらない、ましてや今のこちらは『大犯罪者』である。セコイとかどうとかではなく、即効でなぎ倒せるという圧倒的な力の差を見せ付けておきたい。
中には魔法攻撃でけん制しようとするものや、防御系スキルをガン振りして攻撃に耐えようとするものもいたが、全て相殺した。そんなもの、リーダーの持っている圧倒的スキル量の前では無に等しい。
本物のアカネが相手なら防御スキル積み戦法にはまだ光があったかもしれないが、偽者のこちらに当たってしまったのが運の尽きだ。
だが、やはり厄介な相手は存在した。『身内の肩代わり』を使ってくる相手――まぁ、基本的に『恍惚たる鎮魂』の連中である。
「――助けてくれええええええええ!!」
とはいっても、戦闘能力に差がありすぎて話にはならないのだが。
尻尾を巻いて逃げている相手を追いかける。スキル『猫の瞬発力』を発動し、瞬間的に自分の移動速度を底上げすると、一気に前まで回りこんだ。
驚いて向こうが両足に急ブレーキをかけるのにも構わず、右足を振り上げる。靴のつま先は相手の顎にクリーンヒットを決めた。口を開いてはいなかったから、舌は噛まなかったはずだ。
またしても女としての恥じらいの感じられない動きだが、マントの下は普段着だから問題ない。
とにかく、この一撃でも普通なら『気絶』に持っていけているのだが。
「――――!!」
相手は口をぱくぱくさせたあと、後ろによろめいた。
だが、よろめいただけだ。気絶してはいない。
申し訳ない、と思いつつがら空きになっている腹に掌打を決める。
手加減のない、全力の攻撃。肉体を思い切り叩く感触が手に伝わり、相手の身体が地面を跳ねる。しかしそれでも彼は『気絶』せず――げほげほ、とその場で涙目になりながら咳き込んでいる。
初期に見つかったバランス崩壊チートスキル『身内の肩代わり』。まだまだ調整も何もかもが甘かった頃出てきたもので、モブからの依頼を100回達成するのが条件と言う取得しやすさ。その上で通常攻撃、魔法、スキルの効果さえも引き受けることが出来るという幅広さもあり、一時期所持率100%とまで言われた壊れスキルだ。
これがどうにも厄介だ――『身内の肩代わり』の先が、ダメージ判定も気絶判定も全部持っていっているものだから、目の前の相手に攻撃が通らない。痛みもスキル使用者のもとへ行っているはずだが、それでも衝撃も全てなくすことは出来ないらしく、結果的に目の前の彼の苦しみに繋がっている。
『禁断の封印術』を使おうにも、実質スキル発動中の相手とは戦闘になっていないわけで――そもそも姿も見えていないし自分に対して使われたわけでもないので、どうしようもない。
いっそのこと解除するように連絡して欲しいものだが、逃走を続けている彼にその気は全く無いようだった。
ロストすることは無いと知らないからなのか。『聖母の涙』を使っていることを知られていない以上、仕方が無いといえばそうなのだが。
とはいえ、こうして1人だけを追い掛け回している状態を続けるのは実に不毛だ。
他にも気絶していないプレイヤーがいる以上、ここにだけ構っている暇は無い。
やりたくは無かった戦法をとろうかと、大剣に手をかけた、その時だった。
――空から、人間が降ってきたのは。




