(14) Freedom!!
やはり、向こうに回避するつもりはさらさらないらしい。
今重視されているのは、その身に受ける被弾を減らすことではなく、こちらに如何に攻撃を当てるか。
放たれた『心を削る断罪』は見事に全部命中している状態だが、彼は一歩も引かず――むしろ、『夢現のハナ』によって止められたはずの刀剣をそのまま押し込もうとしてくる。
そう、彼は先程までこちらの無属性魔法を切り捨てていたスキルをきっと使っているはずだ。一手前の攻撃は完全に勢いを殺されたことで用心して引いたようだったが、今度はそのまま突っ込もうとしている。
スキルとMPとで勝負をするつもりなのか。まぁ武器を力任せに扱うだけならスタミナ量の問題なので、確かに向こう有利な戦いなのかもしれない。
だが。
――なら、そこ、利用させてもらおうかな。
何発も仕切り直ししてこないなら、好都合。
アカネは『夢現のハナ』に詰め込んでいるMP量を一気に100倍に底上げした。
いきなり強大な力の差をつけられた刀剣と魔法の拮抗は大きく崩れ――本来与えられるダメージの数十倍を無効化する魔法と化した『夢現のハナ』の力がオーバーフローする。
あふれ出た魔力はダメージを抑えることを通り越して相手を押し戻す力となり――結果としてそれは、刀剣ごと少年の身体を一気に吹き飛ばした。
バァンという破裂音を立てて、少年の身体は処刑台ロッカクから空中へと投げ出される。
唯そのまま落ちるほど甘くはなかった。
少年は飛ばされながらもアイテムポーチを探り、かぎ縄のようなアイテムを取り出す。滅茶苦茶な体制で投げられたそれの先端は見事に処刑台の足の一本に絡まり、縄の先を掴んだままの身体は空中で静止する。
アイテム系のスキルも持っていらっしゃるとは、用意周到。
だが距離さえとれれば何の問題もない。
欲しかったのは、準備時間。
どうせ吹き飛ばしたところで意味がなさそうなのは、もう分かっている。
どの道私の役目は、相手をここにひきつけておくことなのだから、あまり遠くにやってしまって考える時間を与えてもいけないのだ。
ならば――この舞台で、思いっきり踊ってもらうまで。
普通なら重力にしたがって下へと落ちていくはずの少年の動きは、なぜか先ほどの行動を巻き戻すかのように、処刑台の上へ勢いよく戻り始めていた。あのアイテムの効果なのだろう。
それでも、近くに来るにはまだ時間がかかる。
今度発射するのは『心を削る断罪』ではなく、『無我の爆砕』。
正直位置指定が難しい魔法なのであまり好まないのだが、それなら確実に当たるように範囲を思いっきり広くとればいい話だ。
目の前に広がっている光景目一杯を指定する。処刑台ロッカクを多いつくす広さだ。
吐き出すMP量は馬鹿にならないが――爆発によって痛みを受ける部位が全身になるのなら、それでいい。気絶判定をとりやすくなるし、何よりも、相手もそのためにこの魔法を選んでいるのだと納得させやすい。
今度はタイミングなど計らない。
アカネは自身の視界も見えにくくなるのにも構わず――『無我の爆砕』を連射しだした。
なぜなら――それこが、真の狙いだからだ。
それは、遠くからこの処刑台ロッカクの様子を眺めている人間には、崩壊が始まったようにすら見えたかもしれない。
突如処刑台が爆発し、その勢いは留まることを知らず。
同じ範囲を何度も何度も破壊するかのように、轟音をたてて場を蹂躙し続ける。
ただそこに『大犯罪者』がいるらしいということしか分からないプレイヤー達には、状況の意味は理解できなかったに違いない。
そしてそれに唖然とするのもつかの間――再び空に広がりだす、『永久の遑』の槍の雨。
いや、今度は1発分ではない――先ほどよりも色濃く見えるその集合体は、隙間から見えていた青を全て塗りつぶしていく。
量は5倍、いや、そんな生ぬるいものではないかもしれない。
先ほどよりも早く『ヂャッジスト』の空を覆ったそれは、またしても都市へと降り注ぐ。
処刑場ロッカクの様子を見ていたものも、攻撃を仕掛けようとしたものも、そちらの対応に意識をとられ――爆発している処刑台の様子を伺うよりも、己の身を守ることに専念することとなる。
その爆発の最中。
少年は幾重ものダメージを負いながら、それでも当たり前のように処刑台の上に戻り。
かぎ縄を投げ捨て、爆発の奥にいる術者の元へと向けて、走る。
刀剣を敵を潰すためにのみ振りかぶり、そこに纏わせるのは白銀に輝くオーラ。
「――今度こそ」
先ほどMPに物を言わせて攻撃を無理やりはじいてきたそれに、今度こそ負けるつもりは無く。
スキル『武具の神:刀剣』を発動したその力は――先ほどの何倍も大きなものになる。
視界は悪いが、問題ない。
少年は『野生の第六感』を発動し、近くにいる生態を探知し。
「そこだ!」
すぐ正面に現れたそれを、真横になぎ払うようにして、切った。
――あっさりと、切れてしまった。
『夢現のハナ』による抵抗も全く感じられないほどに、あっさりと。
それは自分のスキルの力による上乗せ効果のためだ。
――そう思い上がるほど、少年は馬鹿ではない。
すぐに気が付き。
こうして視界を悪くした理由にたどり着く。
今切ったそれが、急速に人としての形を失い。魔力の塊となって、霧散したことに。
『野生の第六勘』で感じ取ることの出来る気配が、処刑台ロッカクの上に――いつの間にか、無数に存在していることに。




