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(13) anger




 驚きで挙動が遅れたのは、完全に失態だ。

 こちらの『心を削る断罪(ギルティ・ギルティ)』を受けていても顔色になんら変化が無いのは、『身内の肩代わり』のお陰なのか。


 何十発もの攻撃を受けながら、それでも勢いのままに。

 少年は、処刑台ロッカクの上へ、アカネのいる場所の傍へと降り立つ。

 こちらの顔を見るその目に、鋭い光を宿らせながら。

 彼は、刀剣の柄に手をかけた。




「――――!!」




 一瞬の攻防。

 

 少年はその右手で掴んだ刀剣を目にも留まらぬ速さで抜く。

 最初に魔法に対応して見せたときのように、居合い切りの要領でアカネに攻撃を仕掛けてくる。


 その刀剣を振りぬくのに行動を間に合わせることが出来たのは、困ったときに何時も発動している魔法だったからだ。


 いや、実際に間に合ったとは言いがたい。こちらのMPの消費量に応じてダメージを抑えることが出来る無属性魔法『夢現のハナ(カレイドゥ)』が動いたのは――彼の刀剣が、アカネのわき腹にめり込んでからだ。


 ――最初に感じた感覚は、痛いというよりも、熱い、だった。

 頭の中で何か、メーターのようなものが兆速で回転するような音がした気がする。――ダメージを受けて、いくらかポイントが削れたせい、だ。

 ぐるり、と視界が回る感覚。何かの状態異常の判定が入ろうとしている。

 ――冗談じゃない。

 こんなものに負けられない、気をしっかり持て、目を見開け!


 無理やり自分を叱咤すれば、その感覚は遠くへと消えていく。




 不自然な力に本来の動きを止められた刀剣に対する持ち主の反応は早い。

 すぐさま刀を返し、跳ねるようにして後ろに引く。自身の間合いの外に相手をおくと、両手に刀剣を構え直した。


 アカネもまた、同じように片手を前に構えて、魔法を打つ姿勢をとるが――その実、脳内では痛みをこらえるので必死だった。

 ――痛い、痛い、痛い! 脳が馬鹿みたいに同じ言葉ばかりを叫んでいて、ほかの事が考えられない。

 本当に表情を固定してきてよかった、と思う。これで痛がっているのが見られていれば、まず間違いなくプレイヤーなのがばれる上、『大犯罪者』としても台無しだ。




 とはいえ、休んでいる暇もない。

 こちらが『威圧の城壁(ハイワイド)』を使ったことで、相手が受けるだけの状態から動きを切り替えたということは。

 時間稼ぎ云々ではなく、確実に相手を気絶させることを狙って攻撃を仕掛けるしかないということだ。


 状態異常の気絶は、プレイヤーが現実で耐え切ることの到底出来ないような痛みをその身に受けたときか、自身の体力値がマックスの状態から10分の1以下の状態で攻撃を受けるたびに、ランダムで発生する。

 『聖母の涙』の効果で常にロストをさせる心配がないのだから、手数で稼ぐのが正しいだろう。




 しかし。

 先ほどの少年の、受けるダメージを度外視した動きが――アカネには少し、引っかかっていた。

 一時は慎重な動きをしていただけに、尚更だ。


 ギルドに所属している以上特権として、体力と同意義であるポイントが全員合計され、その数値分の体力で戦える。

 しかし、それは自分と関係ない誰かが攻撃を受けたとき、勝手に体力が減るということとであり――最悪、ギルドメンバーの誰かが勝手に戦って体力を失えば、そのギルドの人員は全員死亡判定となるという、滅茶苦茶な制度でもあるのだ。

 それでも効率よく利用し、体力全振りと回復役、それに攻撃特化型の3人パーティで、ひたすら効率的に攻略するのが昔のギルドの華であったのだが。

 今の『ラスト・カノン』には体力を回復する魔法やアイテムといったものがない。ポイントを稼ぐしかない現状、そんな戦法は取れない。


 取れないはずなのに。


 どうしても、かつて王都が滅んだときのことを、思い出す。

 そのときに使われた戦法が招いた悲劇を、思い出す。


 ポイントタンカー戦法と呼ばれた、多くの人間をロストさせる原因となったやり方を。




 ――いや、だとしても。

 だとしても、だ。

 今この状況で自分がすべきことも――取れる戦法にも、変更はない。


 たとえその忌まわしき戦法だとしても、そうでない何かだとしても。

 自分がこの『聖母の涙』を解除しない限りは、誰かを理不尽に殺すことはない。

 その理不尽さの解決は、後で同盟の面々と出会ってからするべきだ。




 ――そうでなければ、きっと私は――冷静さを、失ってしまう。




 少年が少し身体を低くした。

 軽く曲げられた両足に力をこめ、弾けるように間合いに飛び込む。

 振りかぶるでもなく、横に動かそうとするでもなく。切っ先をアカネの頭部に向けたまま、瞬発力のみを生かした動き。まさしく突き、である。

 レイピアでもなんでもない形状の剣でのその挙動は――しかし、しっかりとした武器攻撃の動きとして成立している。


 頭への攻撃はしゃれにならない。

 貫かれたらまず間違いなく気絶状態だ。

 だが、先ほどと違ってこちらに驚きや遅れはない。

 即座に『夢現のハナ(カレイドゥ)』を使ってその剣先が当たる前にダメージをゼロにし勢いを殺しきると、続けて『心を削る断罪(ギルティ・ギルティ)』を再び放つ。


 最早けん制にすらならないだろうが、それでも彼がそのダメージを『身内の肩代わり』をつかって防ぎきるつもりなのならば――こちらのMPと向こうのポイント、どちらが多いかの勝負になるというだけだ。




 

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