(11) Die lonely
こんなことができてしまうという事実が恐ろしい、とアカネは思う。
魔法攻撃を『ヂャッジスト』に向かって発動する事には何のためらいも無かったが――それでも目に見える範囲全てに自分の手によって作られた白い槍が落ちていく光景は、彼女に恐怖心を抱かせた。
処刑台ロッカクが、地上からどの程度の高さの建設物かは分からない。
それでも、自分に向かって走ってくる沢山のモブの姿も、彼らが口々に何かを叫んでいる様子なのも。
都市にいるすごい数のプレイヤーが一様にこちらを見ているのも、認識しようと行動しているのも。
顔の判別は出来なくとも、理解できる。
今、圧倒的な人数から。
共通の敵として、ロストさせるべき相手として、命を狙われているという感覚。
それが怖くて、それが嫌で。人前に出ることをやめた彼女からすれば――この状況は内心、逃げ出したくなるぐらいの悲しい光景だった。
それでも、今日こうしてここに来たのは。
応えたい期待があり、叶えたい願いがあったからだ。
余計な思考は、判断を鈍らせる。
カラスのスキルによって表情をがちがちに固めたアカネは、『大犯罪者』として違わぬ行動をとるため――迷わず、『永久の遑』を『ヂャッジスト』へと向けて放つ。
攻撃対象は都市そのもの。何のスキルによる火力上乗せも無い状態では、流石に壊すことなんて出来はしない。
だが、都市は死ななくてもプレイヤーは別だ。
多少のダメージを入れることは覚悟している――というか、無傷で帰すようでは逆に怪しいだろうから、そこそこ削るつもりでこの攻撃を選択している。
万が一のことを考えて、オーバーキルになる攻撃力になっていようと相手の体力を1以上残すことの出来るスキル『聖母の涙』を使ってはいるが。
自分の用意した攻撃が、真っ直ぐに都市へと落ちていく。
モブはそんなことに構わずに突進してくるし、プレイヤーは対策しようとしていたり、逃げ惑っていたり、色々だが。
その誰もの上に等しく、白い槍を象った魔法が突き刺さった。
オォン、という衝撃音が――都市の悲鳴が、空へと響く。
音に一瞬遅れて吹き上げるような風が抜けていき、アカネは左腕で顔を僅かに覆う。
――見なくちゃ、いけない。
それでも、その両眼で。都市の、人の様子を見ることは決してやめない。
『永久の遑』は何の容赦もなく。
『ヂャッジスト』を、建物を、モブを、プレイヤーを――貫いた。
「――――――!!」
「――――!!」
「――――――――!!」
誰かが悲鳴を上げている。
何を言っているのかは聞き取れない。
『ラスト・カノン』は、プレイヤーやモブといった人間の形をしているキャラクターであれば、血が出るとか腕がもげるとか、そういったことにはならない。
例えば腕を剣によって明らかに切られていたとしても、ポイントが減少するだけで、見た目には全く変化は出ないのだ。
ただし、相応の痛みはある。
つまり、彼女のスキルの効果によって決して死なないとは言えども――もし、頭から『永久の遑』に貫かれていれば。
距離があってよかった、と思わず考えてしまった。
地上で使っていたら、きっとこの状況に耐えられなかった、と。
その状況の中でも――我関せずといわんばかりに、動き出すのはモブキャラクターたち。
彼らは自身の身体に攻撃が当たったことになど、まるで気が付いていないかのように――槍をすりぬけ、処刑台ロッカクを目指して、ひたすら走っている。
唯、同じ言葉を延々と叫びながら。
「――……」
ぐるり、と都市全体を見渡す。
どの方向からも寄ってくる人影を見ながら、確認しているのはその最後尾に当たる部分がどこかということだ。
正直、このモブたちをどうこうしたりはしない。
寧ろ、彼らに関してはこの都市にいる他プレイヤーよりも圧倒的に弱い可能性が高い。
気をつけなければならないのは、モブをロストさせることで手に入るアイテムを狙うプレイヤーがいないかどうかであり――それらから彼らを守らなければいけない、ということだ。
アカネは『マップ作製』を使って『ヂャッジスト』全体を表示すると、探知スキル『動作探知』を重ね、今現在都市内部で動いていると判定される者を地図上に現れるようにする。
次いで、モブとプレイヤーの表示を分けようとしたところに――ものすごい勢いでこちらへ来ている何かがあることに気が付いた。
西南の方角から、真っ直ぐに。
まるで建物など存在していないかのように一直線に向かってくるソレは、数を見ると5人ほどの集団のようだった。
無言で、そちらの方角へと視線を合わせる。
そこには空を飛ぶようにして近づいてきている何かの姿があって――まだ距離はあるが、かなりの速度で迫ってきていた。
顔の判断も、どんな集団かも判別は出来ないが、アカネは迷わず右手を構える。
使う魔法は無属性魔法『同環境』。遠すぎるその面々全員に『先制する宣誓』を発動し、連続して攻撃を放つ。
手から放たれた魔力の塊は、瞬時に鳥の姿へと変貌し――こちらへと向かってきている集団の元へと飛んでいく。
彼らもスキルを使われた以上攻撃を仕掛けられたことは分かったのだろう、即座に散り散りに離れたが。
強制的に先制攻撃として『同環境』をその身体に衝突させられ、ぴたりと空中で止まると、重力にしたがって地上へと落ちていく。
『同環境』は対象の魔法を無効化できる相殺魔法だ。この世界にある7種類の魔法、火属性、水属性、土属性、風属性、光属性、闇属性、そして無属性。どれに対しても使うことが出来るが、たいていの場合コストが割に合わない魔法である。
空を飛んで移動していたということは集団の誰かか、あるいは全員が風魔法を使用していたのだろう。
ならば近くに来ることのできないよう止めてしまえばいい。
落下の衝撃による痛みはあるかもしれないが、そこは自己責任で何とかしてもらうしかない。全員に『同環境』が当たったことを確認して戦闘状態を解除し、落下によってポイントが削れることの無いようにする。
その間にも、遠距離からの魔法攻撃は飛んできていた。
属性は様々だが、全てアカネの近くに来る前に消える。
『同環境』の範囲攻撃バージョンである『同環境拡大』をずっと発動しっぱなしにしているのだ。
そんなに長時間発動し続けることは本来不可能なのだが。
馬鹿みたいにMPを溜め込んでいる彼女にしかできない力技である。
だから、魔法攻撃は彼女にとっては全く怖いものではなかった。
問題があるとすれば。
彼女は『マップ作製』を確認し、再びこちらへと急速に近づいてきている影を認める。
今度は1人分であり、先ほどのものと違って速度も一定ではない。方角は北だ。
彼女は顔を上げ、目視でその影を探す。
程なくしてソレを見つけると、彼女は心の中でだけ少し嫌そうな顔をして。マントの下で自分に対して『スーパーマキシミリオン』を使い、MPを回復する。
まだそこまでMPを消費したとも思えないが、モブであることを強調するためにもウィンドウを出来るだけ開かないで戦いたい今日、無駄が多かろうと全回復アイテムを使うと決めている。
そう、問題があるとすれば。
今迫ってきているその影が、己の身体1つで建物の屋根から屋根へと飛び移りながらこちらへ動いているように。
魔法を全く使わず、己のスキルと身体能力だけでこちらへと来た場合は――まじめに戦わざるを得ない、ということだ。




