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(9) 派手であればあるほどに面白い




 間近で聞こえた爆発音と、同時に都市を侵略した黒煙。


 一瞬にして、自分から数メートル以上はなれたところには全く行き届かなくなった視界。


 都市中に放たれていた『光彩探知(ラスタァ・アイズ)』の光は吹き飛ばされたのか、この異常事態に驚いて発動をやめてしまったプレイヤーが多いのか、瞬時に消え失せて。


 ――目の前は、手を伸ばせば飲み込まれてしまいそうな闇となる。




「――ひいぃっ!」




 近くにいた4人の中で。

 最初に悲鳴を上げたのは、キッカだった。

 両手に握りしめいていた杖を手放し、フードの上から耳元を押さえるようにしてその場にしゃがみ込む。

 それまでは集中するように目を閉じ、『光彩探知(ラスタァ・アイズ)』の発動に全力を注いでいたようだったが。

 どこから聞こえたともいえない――それもそのはず、その音は都市のありとあらゆるところから響いていたのだから――その音に驚いたのか、怯えたのか。


 それに加えて、叫んだ人間がもう1人。




「――うわあああああ!?」




 仕掛け人であるヒガンだ。

 耳を劈く音に文字通り飛び上がるようにして驚いた後、数歩よろめくようにして後ずさる。覗き込んでいた『試作品望遠鏡κ』からも目を離してしまった。

 この状況はこの日のためにとあちこちに隠して配置したオリジナルアイテムがこぞって発動したからこその現象であり、そんなことは十二分に分かっているのだが。




 ――先ほど声をかけられただけでビビッているかのような動きを見られてしまった後ですし、これを目の前にして平然としていたらそのほうが不自然でしょう。だから驚かなければいけないんですよ!!




 そんな感じの計算をした上での行動、というのが理由の半分。

 残りの半分は、これだけの数のアイテム『爆音ポンチータ』を同時に発動させたのは初めてだったため――その音の凄まじさに本気でビビッた、というものである。

 この場にメンバーが誰もいなくて良かったと心底思ったのは内緒だ。




「――ロード!」




 その状況を前に、叫んだのはアーベル。

 しゃがみ込んでしまったキッカの元にいち早く駆け寄り、その背に手を当てながら少年の名を呼ぶ。

 だが、呼ばれたほうの彼は――さして動じる様子も無く、その声に反応する気配も無く。ただただ眼中に広がっているであろう黒煙に、訝しげに目を細めていた。




「……この煙」




 そう呟く声を、打ち消すように。




「許すな!」

「破壊者を許すな!」

「王都の破壊者を!」

「――『大犯罪者』を許すな!」




 ――周囲から沸き立つように聞こえだす、魂の叫び。

 次いで、この見通しの悪い視界をまるで気にしていないかのように、一斉に走り出す足音。

 『ヂャッジスト』のモブたちが、動き出したのだ。


 それと同時に、プレイヤー達に届けられるメッセージ。

 見出しに表示された新規は3件。




【都市『ヂャッジスト』に『大犯罪者』が表れました】

【〈イベント開始〉『復讐の狼煙を挙げよ』スタート!】

【〈新ダンジョン開放〉『地下帝国メトロポリシタン』が開放されました】




 ――タイミング完璧です、アカネさん!




 思いっきりにやけそうになった口元を手で覆って隠しつつ、心の中でガッツポーズをする。

 再び『試作品望遠鏡κ』を覗き込めば、ひたすらな闇でしかない世界が少し揺らめいている気がする。


 もう、彼女はこの都市へ来ている。

 『ペナルティ』の回復をし、自身のMPを復活させ、『虚ろなる轟沈の獣』を消し飛ばそうとしているのだろう。

 それまで。それまで、この状況を守りきる。


 少なくとも今、『ヂャッジスト』の内部にいるプレイヤーで、メッセージの内容まで詳しく見ている余裕のある人物はいないはずだ。

 この状況に混乱し、周囲のモブの様子から何が起きているかを察知し、メッセージに表示された『大犯罪者』の文字を見つける。

 その後に何かをしようとするとしたら――。




「――キッカ、光魔法を!」




 そう声を上げたのはアーベルだ。

 キッカの背中に手をやったままの彼は、自身のウィンドウを見ながら言葉を続ける。




「ギルドから指示が出ている、早く!」

「――あ、う」




 その声に、キッカは耳元から手を離し、その腕を震わせながら杖を拾おうとする。

 アーベルの様子を見るに、今ウィンドウで見ているのはギルド専用のメッセージルームか何かなのだろう。

 全員が同じ種類の魔法を使うような流れなのか、色々やってみて打開策を探っているのかは知らないが。


 少なくとも、今更その動きは遅い――遅すぎる。




 キッカの指が杖に僅かに触れた、そのとき。

 滞留するかのように動かなかった闇が、いきなり流れるように揺れだす。

 それと同時に強烈な暴風が、『ヂャッジスト』全域に狂ったように吹き荒れはじめた。




「きゃあああああ!!」




 その風の強さに煽られて転がされそうになるキッカの右腕を、アーベルが抑える。

 指先に当たった杖は彼女の手の中に戻ることなく、ころころと地面をすべるように移動し――強風に耐えるように背を低くしたロードの足元につっかかるようにして止まる。


 そしてまたしても想像以上に吹き荒れる風に、ヒガンは『試作品望遠鏡κ』を抱きかかえるようにして地面に伏せた。

 正直、この風を巻き起こしているアイテム『試作品扇風機γ』は、演出を派手にするために用意した側面が大きいのだが。

 思い切ってそこらじゅうに仕掛けまくったせいで、驚異的な力を持ってしまっている。


 まぁ、だが、悪くない。

 寧ろ、『大犯罪者』の演出を派手にするには都合がいいぐらいだ。




「――ロード! 杖をキッカに!」




 そんなヒガンをよそに、アーベルはこの事態をなんとかしようと、キッカの杖を拾い上げたロードに言う。


 しかし、ロードは。杖を手に持っても尚、目の前の黒煙を見つめ続けている。




「ロード!」




 苛立ったかのようにアーベルがもう一度叫んでやっと、彼は言葉を発する。




「――いや、魔法はいらない」

「何を言っているんだ! ギルドからの命令で、こんな時だって言うのに――」

「違う、そんなものに意味が無いんだ!!」




 アーベルの台詞を無理やり遮って腹の底から声を上げたロードの声には、今までに無い焦りが感じられる。




「これは魔法でもスキルでもない――まだ僕達のギルドじゃ解明できていない、未知の何かだ! 闇雲に魔法を打ったって、無駄にMPを消費するだけだ!」

「なっ――」

「解析スキルは全部試した、魔法を無効化できるスキルもだ! それが全部通らないって事は――」




 その先の言葉は、更に勢いを増した風に流され、どこかへと運ばれてしまった。

 それでも、ロードの言いたかったことはキッカにもアーベルにも伝わっただろう。


 ――意味がないから、何もするな、と。




 そう、その通りですよ。

 ヒガンは地面に顔を伏せながら、今度こそ確かに笑った。

 なんせこの黒煙は、この世界ではたった1人しか作ることが出来ないオリジナルアイテムから産み出されているものなのだから。


 最大人数を有するギルドだというのなら、その数の力でもって新しいものへの探求を諦めなければ――こんなものの正体、すぐに見破れただろうに。


 5年間で開いてしまったその差は――最早、数では埋められない。




 そして。

 殴りつけるような風によって支配されていた都市の空気の流れが――ぴたり、と止まった。


 今度は何だ、と誰かが思った、その時。

 目の前を覆っていた闇が、急速に消え始め――『ヂャッジスト』の姿を、人々の目の前へと曝け出していく。


 いや、黒煙はただただ消えていっているのではない。

 段々とその範囲を――狭めているのだ。


 都市の中央へと向かって。

 『ヂャッジスト』で最高の高度を誇る建築物――処刑台ロッコクの、その頂点へと向かって。

 『試作品望遠鏡κ』で見えるようにヒガンが指定したポイントである――『大犯罪者』の出現場所へと向かって。




 彼女は言った。

 都市における視界を封じるというのなら――それ、私に集めるようにして消すね、と。


 『大犯罪者』としてその都市に現れたことがプレイヤーに分かるよう、あえて煙を自身に纏わせて、その存在を気が付かせるために。

 全プレイヤーの意識が『大犯罪者』へと絞られるようにするために。





 処刑台ロッコクの天辺へと集まった黒煙は、最後に急速にその場で渦を巻くと――唐突に、掻き消える。




 その煙がはれた後の場所に――彼女は、『大犯罪者』は、アカネはいた。


 その顔に何の感情の色も乗せず――まるで、言葉をかけられる前の、機械的にしか動かない状態の『ラスト・カノン』のモブキャラクターのように、無表情なまま。


 あたかも、イベントのキャラクターであるかのように。

 あたかも――プレイヤーではない存在であるかのように。

 





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