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(7) そもそもの感覚がズレているんです、お互いに




 12月12日、午前9時47分。


 都市『ヂャッジスト』は、普段からは考えられないような賑わいを見せていた。

 前後左右、どこに視線を向けても。角ばった建物で囲まれた道を、プレイヤーが歩いている。

 その誰もが手には自身の得意分野の武器を持ち、視線をあちこちにさまよわせている。


 他のポイント獲得イベント――『♪アイドル☆とりっぷすたー☆の野外ライブ♪』や、『チャンスを逃すな!渚のマーメイド撮影大会』に参加しているときとは明らかに違う空気。


 今回のイベントである『復讐の狼煙を挙げよ』を、ただのポイント獲得イベントだと思っていないということが、その様子からありありと見て取れた。




 その都市の中を、彼らにまぎれるように、おどおどと、きょろきょろと。

 おっかなびっくり歩いているのは、ヒガンである。


 別に演技でもなんでもない。

 自身よりも戦闘に優れたプレイヤーが周囲に沢山いながら、自分の傍には相方も誰もいない――そんな状況が久しぶりすぎて、そこそこ怖がっているのである。

 無論、メンバーにはそんな様子は見せたりしなかったが。

 それでも普段は嫌うウィンドウ出しっぱなし歩行をしているあたり、何かあったらすぐに助けを呼ぼうと言う意志が強く表れている。




 ――思ったよりも緊張してるなぁ……。




 僕なんかよりも他の皆のほうが大変だろうに、と流れてもいない汗を拭うしぐさをしながら考える。


 アカネ以外のメンバーは既にこの都市に入り込んでいるはずだ。

 入り口探索組なカラスとリーダーがダンジョンの入り口と思われる場所ですでに張っているはずだし、内部攻略組であるヤシャマルとユウヒもその傍にいるだろう。

 アカネは時間丁度になったら、自身を転送させてこの都市に現れるはずだ。

 あたかも自分の、『大犯罪者』の存在そのものが、今回のイベントであるかのように見せかけるために。




 今日のヒガンが担う最大の役割は、『大犯罪者』がきちんと登場するまでの数分間である。


 アカネがこちらに無事転送されてきて、『ペナルティ』から回復し、『虚ろなる轟沈の獣』を全滅させるまでの間。


 プレイヤーに、彼女の居場所を悟られないこと。

 それは無理だとしても、彼女のいる場所にプレイヤーを近づけないこと。

 あっさり言ってしまえば、アカネの準備が整うまでの時間稼ぎ、である。


 しかし、いくら緊張しようとも。実質、もうすべきことはやってしまっている。

 後はそれが上手くいくかどうかでしかなくて――しかもメンバーの手助けがその時点に関してはほぼ期待できない以上、失敗は出来ない。




 ――この手の感覚は、久しぶりですねぇ。




 それでも――心の底でおびえながらも、恐怖を感じながらも。

 体が震えているのは、緊張のためというよりは、武者震いで。


 ヒガンは――確かに今、この状況を、楽しんでいた。


 何時ぶりに、このゲームにわくわくしているのだろう。

 いや。ゲームに、というよりはリーダーの作戦に、だろうか。


 プレイヤー側で運営の用意したイベントを乗っ取ろうだなんて、相当頭のネジの飛んだ発想だ。

 だが。それを可能だと彼は言い切ったし――リーダーがそういうなら、間違いは無いとヒガンは確信している。

 それだけの力が、自分達にあることを、今日、ここで。

 都市『ヂャッジスト』を救うことで――証明するのだ。




「――おや。あなたは先日の」

「うっ、うおおぁ!?」




 そんな事を考えている最中。

 突如、後ろからかけられた声に――ヒガンは普段の自分のキャラクターからは考えられないような驚きの声を上げ。




 ――もおおお何やってんだ僕は!! 後ろからつつかれただけでビビる小学生か!!




 自身のその行動に対して即座に後悔する。


 だがしかし、そんな事を何時までも考えてぐだぐだしているわけにもいかない。

 自分に声をかけてきた人間が、まだ後ろにいるのだ。


 ごほん、とわざとらしい咳払いをし、努めて冷静であろうとしながら。

 ヒガンは出来るだけ普段通りの自分を装って、振り返る。




「え、えぇと、失礼。僕に何か御用ですか?」

「……いや、あの。驚かせましたか? 何というか……すみません」




 そこにいたのは、相方に言わせると愉快な3人組な『恍惚たる鎮魂』の皆様――ロード、キッカ、アーベルのパーティだ。

 先日あった時とは装備が変化しているように見える。ギルド内の鍛冶職人や商人たちから新たに調達したのかもしれない。

 だがロードの腰で出番を待っている刀剣や、キッカの両手の中にある杖や、アーベルの眼鏡の上からその顔を守っている兜は、全部ヒガンが売ったもので。




「――あぁ、貴方達、でしたか。ご利用頂いているようで、ありがとうございます。えぇとそのですね、お見苦しいところをお見せしたかもしれませんがお気になさらないで下さい」

「いえ、こちらが不躾でした。申し訳ない」




 頼むから謝らないで流してください、余計惨めになってしまうので。

 自身の状態を取り繕うために若干早口になりながら――再び見えた彼らの様子を、ざっくりと観察する。


 ロードは以前と大して変わらないように見える。が、後ろに隠れているキッカは目に見えて緊張しているし、アーベルは立ち止まったままの足でカチカチとひっきりなしに地面を叩いている。前商品を見ていたときとは明らかに態度が違っていた。

 やはり頭であり一番の実力者でもあり肝も据わっているのは、この勇者少年なのだろう。




「――いまさら聞くことでもなさそうですが。やはり今日はイベントに参加をされるつもりで?」

「まぁ、その通りとしか言いようがありませんね。貴方から頂いた武器のおかげで、特訓もはかどりましたよ」

「それはそれは。職人冥利に尽きますね」

「そうだ。それで……」




 ロードはそういうと、ちらり、と自身のウィンドウを確認する。つられてヒガンもウィンドウの端についた時計を確認した。9時53分。

 まだ時間は大丈夫だな、とロードは呟き、ヒガンへと視線を戻して話を続ける。




「買わせていただいた刀剣や杖、アーメットヘルムなんですけど、勝手ながらウチのギルドの職人にも見せたんですよ。やはりまだレシピが分かっていないものみたいで、ちょっとした騒ぎになっていました」

「おや、そうですか。見せる分には全然構いませんよ、どうせこの世界のアイテムなんですし。結構前に作ったものなんで、もう誰か知ってらっしゃるんじゃないかと思っていましたがねぇ」

「貴方は、ご自身のレシピを他に公表したりはしていないのですか?」

「生憎、そんなアテも無いもので」

「失礼ながら、どこかのギルドに所属していたりは」

「やかましいのはあまり好きではないのですよ」




 そういいながら、何時もやかましいメンバー何人かの姿が頭をよぎる。

 こんな発言を聞かれていたら、特に某1名からは猛抗議を受けることだろう。


 ロードは、ふむ、と頷いてみせる。

 それを今まで黙ってみていたアーベルが、口を挟んできた。




「おい、ロード。お前こんなときにそんな話か?」

「そりゃあそうだよ。アーベル、君だって彼に作ってもらった装備に甚くお世話になっているじゃないか。それ、壊れたらどうするつもりだい?」

「……今までどおりに戻るだけだ」

「あのね。頭部へのダメージは僕らプレイヤー共通の急所だろ。なんで盾役なのに肝心のそこを守らないのさ」

「今まではそれでもなんとかなっていたじゃないか、なら――」

「言ったはずだ。過去が良かったからこの先も良いはず、という考え方はご法度だよ、ってね」




 ぴしり、と。反論するアーベルの兜の目の前に人差し指をつきたてて黙らせると、ロードはここまで一言も発していないキッカのほうへと振り向く。




「キッカだって、こんな感じの杖をこれから沢山作ってもらえたりしたら、嬉しいだろう?」

「……うん」




 短く返事をする彼女の顔は、先ほどまでの緊張のみに覆われたものから、どこか少し砕けたものになっている。

 ヒガンは黙ったままその3人のやり取りを眺めていたが――まぁ、ここまで来れば彼の言いたいことは聞かなくても分かる。




「――つまり、そちらのギルドに入りませんか、と言うお話ですかね」

「まぁ、そんなところです。いかがですか? こんな感じの状態ですし、歓迎しますよ」




 こんな感じの状態、とは、ここのところ平和だった『ラスト・カノン』に急に不穏なイベントが表れたことを指しているのだろう。

 目の前でさわやかに笑う少年の勧誘を、ヒガンは、しかし。

 受けるつもりなど、微塵も無い。


 自分が死ぬかもしれないという状況になってようやく、閉じ込められっぱなしの世界を『こんな感じの状態』と表現するような人間とは。

 残念ながら、根本的に相容れはしない。


 冒険するプレイヤーが減り、誰もが武器も防具も買わなくなっても。

 新しいアイテムを開発しても、何の反応もない、そんな時代になっても。


 自分を必要としてくれた仲間は、ちゃんといる。




「お誘いはありがたいのですが。僕には、好き勝手にやるのが合っているもので」




 同じように自分のできる最大のさわやかスマイルで返しながら、もう一度時間を確認する。

 ――イベント開始まで、残り3分。



 

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