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(6) 眼鏡と同時装着可能な兜は限定1品でした





 ――いやぁ、まさかこんな勢いで売れていくとは……。




 都市『ヂャッジスト』内部。

 普段はモブしかいないこの都市にプレイヤーが沢山いる現状も既に希少なのだが。

 更に言うと、その殆どが普段の現実世界のようなおしゃれな衣服を身に着けておらず――まるで普通のRPGかのようなローブやら防具やらを纏っていて。


 何て懐かしい光景なんだろう、まるでちゃんと稼動していた頃の『ラスト・カノン』みたいじゃないか、と思いながら、ヒガンは忙しなく行きかう人々を見つめる。

 あんな記事と陽動でここまで人間は動くものだったのか。




 他の同盟メンバーの動向の都合で、どうしてもここに来なければいけなかった今日。

 どうせなら『ユートピア』の方がプレイヤー人数も多いし、物だって売れるのにと内心ぶつくさ言いながらここで露店を開いてみれば、馬鹿みたいに装備が売れていった。

 よく考えればイベントを放置してここまで探索に来る様な連中である、次のイベントに焦点を当てている人間ばかりなわけで。

 そりゃあ武器の調達にも余念が無いか、と今更のように考える。


 そもそも今の『ラスト・カノン』の環境には、モブの職人以外で装備品などを作っているプレイヤーはほとんどいないとも言われている。

 大方が普通の服飾や美容師などに流れてしまったのだとか。

 モンスターを狩るプレイヤーが減って資金繰りが難しくなってくれば、当然のことなのかもしれない。




「あの、商品見せてもらってもいいですか?」




 と、そんな事を考えているヒガンに、声をかけてきた3人組がいた。

 金髪の元気そうな少年が1人、頭からフードをかぶった少女が1人、インテリ風の眼鏡をかけた青年が1人。

 外観からすると、正統派勇者、魔法使い、重装備盾系プレイヤーといったところだろうか。

 おお、現環境で回避特化ではなくポイントで受ける肉盾型がいるとは、とヒガンは感動したが、すぐに全員が赤いスカーフを腕に巻いていることに気が付く。




 ――ああ、『恍惚たる鎮魂』の方々ですか。




 あそこのポイント保有量から考えると肉盾型がいてもおかしくないな、という思いは微塵も表情に出さず、ヒガンは3人に対してにこやかに応対する。




「どうぞ。武器、防具、アイテムまで何でも取り揃えておりますから、ごゆっくり。こちらに並べているのはほんの一部なので、ご要望の装備等ございましたら遠慮なくおっしゃってくださいね。持っているものに関しては全部お見せします」

「どうもありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます」




 開口一番頭を下げてしゃがみ込むと、並んでいる商品を見だしたのは勇者少年。

 追随するように頭を下げて、少年の後ろのに半分隠れるようにしながら商品を覗き込んでいるのは魔法使い少女。

 特に口を開かず、立ったまま商品を見下ろしているのは重装備眼鏡青年。


 少年はあれこれと武器を眺めていたが、やがて顔を上げると並んでいた商品の一つを指差し、




「あの、これよりも火力の高い両刃造りの刀剣って、あります?」




 と訊ねてくる。少年が差しているのは既存武器で出回っている『波動剣ブレイキング』というもので、火力よし、耐久よし、扱いやすさよしといった三拍子揃った武器だ。




「それよりも高火力ですか? ……まぁ、あるにはありますが。どれにしても耐久力は落ちますし、重みが増すのでお手軽に扱うには難しいかと思いますよ」

「別に構いません。出来れば数があると嬉しいんですが」




 そう言って、少年は邪気の無い笑顔を作る。

 成程、とヒガンは理解する。この少年、おそらく次のイベントに向けて武器を使い潰すつもりで修行しようとしているのだ。

 見た目の幼そうな感じに反して、割とギルド内では出来る方のプレイヤーなのだろうか。まぁ、この世界がゲームである時点で外見で判断しようと言うのは野暮な話なのだが。




「あとできれば、魔法攻撃力のアップ率の高い杖なんかもあったりしませんか? 殴る方向では使わないと思うので、火力以外の性能については考慮しません」

「……あ、あの、できればかわいいのがいい、です」




 更に言葉を続けた少年に続けて、半分だけ顔を出している少女がおどおどと言う。

 少年は後ろに振り返ると、無言のままの青年にも声をかける。




「アーベルはどうだい? 何か気になるものは?」

「……ふむ。まぁ、アーメットヘルムで眼鏡の邪魔にならず、耐久性に優れたものがあれば、といったところだ」

「と、いうことみたいなんですが。ありますかね?」




 ――頭部だけ守っていないのはそういうことでしたか、眼鏡さん。




「かしこまりました。高火力の両刃造り刀剣に、魔法攻撃力の補助になるかわいい杖、眼鏡の邪魔にならないアーメットヘルム……兜、ですね。えぇっと、このあたりでどうでしょう」




 そういいながら、自身のウィンドウを開いて手持ちの装備品を表示し、客人の要望のものをサーチする。最も希望に合っているものをアイテムポーチから出してそれぞれに見せる。


 少女は目を輝かせながら杖を握り、あちらこちらと角度を変えながら眺めている。

 青年も手甲をガチャガチャいわせて装備を持ち上げると、中身の無い兜とじっと見つめ合っている。

 そして少年は、いち早く武器のステータスを確認したのか、




「……はじめてみる名前の武器だ。貴方のオリジナルですか?」




 そう言って右手で刀剣を持つと、ヒュン、と音を立てて真横に振るった。

 その音の軽さと剣の振るう速さに――相方の普段の剣捌きを見ているヒガンは、目の前の少年の実力を知る。




 ――これはまた、随分と熟練のプレイヤーさんでいらっしゃるようで。




「そうですね。常日頃ひたすらモノヅクリをしているもので、色々出来るようになりました」

「へぇ……すごい。ウチのギルドでもまだ出回ってないレシピだな……」




 少年はまじまじと刀剣を見つめると、ヒガンのほうへと向き直る。




「これ、今現在在庫はいくつありますか?」

「そうですね……20個ほど」

「なら、半分ほど売っていただいても?」

「構いませんよ。そこそこ値はしますが、大丈夫ですか?」

「……問題ないです。ありがとうございます」




 値段を確認した少年は自身のウィンドウを操作し、即座に10個分の金額を手渡してくる。




【ロードが貴方から『両刃剣シータ』を10個買い取りました】




 その表示が出たのを確認すると、ヒガンはこっそりその『ロード』という名前をメモ欄に保存した。

 ロードは商品を見つめたままの2人をちらりと見て。




「この感じだと、2人も気に入っているみたいなので。そちらも買い取りますね」

「これはこれは。ありがとうございます」




 その分の金額も、ヒガンの手元へと入ってくる。

 買い取った武器を自身のアイテムポーチへとしまっているロードに、ヒガンは話しかける。




「聞くまでも無いことでしょうが、貴方達も『大犯罪者』を意識しておいでで?」

「そうですね。久々に大事かもしれないと、ウチのギルドも大騒ぎしていますよ」




 その会話に――というよりは、『大犯罪者』という単語に反応するように。

 杖を宝物のように握り締めていた少女が、ぴくり、と反応し。ロードの服の裾を引っ張るようにして。




「アカネさん、悪い人じゃないよ……」




 泣きそうな顔をしながら、そう言う。

 その発言に、決して表情は変えないものの。ヒガンは視線を少女のほうへと移す。




 ――おっと。これは……。




「――キッカ、それは分かったよ。けど、それは君が昔見た同じ名前の人が、ヒーラーとして活躍してたって話だろ?」




 もう何度もその発言を聞いているのか。ロードは困ったような顔をして、ぽんぽんと少女――キッカの頭を、なだめるように叩く。

 それでもキッカはいやいやと首を振り、




「違うよ。ただの同じ名前の人じゃないよ。あの指名手配の写真と一緒だもん、本人だよ」




 そう必死に訴えている。




「キッカ。君がいくら言ったって、あの指名手配写真が『大犯罪者』のものってことは変わらないし、それが今回何かやらかそうとしている可能性は消えてないんだ。僕らの命が脅かされる以上、倒さないといけないって話はしただろう?」

「……でも、だって、アカネさん」

「『大犯罪者』の討伐はギルドが決めたことだ。僕達はその作戦の一員として、それに参加しなきゃいけないんだから。迷っていたら、倒せる相手でも倒せないよ?」




 ロードは再びしゃがみ込んでキッカに視線を合わせ、子供をあやすようにキッカの説得をしている。少女は大きな瞳を伏せ目がちにして俯いた。

 ここは流石に少し話を聞いておかねばなるまい、とヒガンは口を挟んでみる。




「失礼ですが、お客様方は『大犯罪者』について何かご存知でいらっしゃるのですか?」

「――すみません。店先で騒いでしまって」




 ロードはヒガンを見て謝罪をすると、小声で話しかけてくる。




「まぁ、彼女――キッカって言うんですが、どうもその『大犯罪者』にそっくりな人を昔見たことがあるみたいで。名前も一緒だって言って聞かないんです。ただヒーラーが活躍できていた頃の時代の話ですし、『アカネ』って名前自体もそこそこありますからね」

「はぁ」

「万が一同一人物だとしても――そう思わない方が幸せでしょう? 何せ王都を滅ぼした人物ですからね、今まともな考えをしているなんてありえないでしょう」

「――おい、ロード。あまり『大犯罪者』を悪く言い過ぎるのは」




 と、その話に割り込んできたのは兜をしまったらしい青年――アーベルだ。

 声に反応してロードがキッカのほうへと振り返り、ヒガンもまたつられてそちらを見る。

 同じ場所にしゃがみ込んだまま、その瞳に涙をためはじめてしまった少女が、目に入った。

 しまった、という顔つきになったロードは、慌ててヒガンへと向き直り、




「――とりあえず、そういう話なんです。装備、ありがとうございました」




 早口に言うと、キッカの手を引っ張って、その場を離れていく。

 ぐずりながらその後についていく少女と、更にそれに続く青年の後姿を見送りながら、ヒガンはメモ欄に更に『キッカ』と『アーベル』という名前を付け足した。




 ――さてさて、どうしたものですかね。





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