(4) 枕戈待旦
――……
【カラス:とまぁ、そんな感じっぽいんだけど】
【カラス:もうちょい情報いるか?】
【ワタナベ:つっても金積んでそーな奴なんて、実質そのお姉さんに声かけないとわかんなくね?】
【カラス:紫宴ちゃんにはしばらく会いたくない】
【カラス:イベント終わるまでは俺絶対『雲隠』解除しないから】
【カラス:なんかそのうちプレイヤーキラーと手を組まれて殺されそう】
その文章を見て、思わずワタナベは噴出した。
普段は適当なテンションではしゃいでいる彼がしょぼくれている姿を想像すると笑えてきてしまう。本人はいたって真面目なのだろうが。
そんな思いをしながらもきちんと言われたことをこなしてくれるその素直さが、彼が良い人間であることを証明している。
【ワタナベ:そのときは俺が守ってやるって】
【カラス:やだ……リーダー格好いい……】
【ワタナベ:フッ、まぁ俺は完璧超人過ぎるステータスに最多スキル持ちだからな? 惚れちゃってもいいんだぜー?】
【カラス:そういうところが無かったらもっと尊敬できたんだけどな】
【カラス:実に残念だ】
【ワタナベ:あれれ~おかしいぞ~?】
そう打ち終わった瞬間、バァン、と何かが爆ぜるような音が鳴る。
ワタナベはウィンドウ画面から目を離し、そちらへと視線を動かした。
フィールド『鎮魂の森』。木々に囲まれた場所に立っている彼の真横には、1本の大剣が地面に突き立てられ。
その周囲には、数え切れないほどのドロップアイテムが転がっている。全てキャルコッコから取れるものだ。
そんな光景にも特に何も言わずにワタナベは大剣を引き抜くと、周囲のドロップアイテムを回収しながらカラスとのチャットの続きを打ち続ける。
【カラス:ていうかリーダーしかいねえの? ヤシャマルどこ消えた?】
【ワタナベ:アカネの睡眠終わったから、『夜王の回廊』周回中】
【カラス:あっ】
【カラス:そういやそんなこと言ってたな】
【カラス:昨日の夜からずっと回ってるんだったっけか?】
【ワタナベ:Yes オーライ!!】
【ワタナベ:まぁ今日中に終わらせるつもりなんだろうなー】
【カラス:別にリーダー無理して英語使わなくていいからな?】
全てのアイテムを回収し、大剣を鞘に収めなおしたところで、一緒に来た男の気配が微塵も感じられないことに気が付く。
『マップ作製』を発動し、同じギルドか同盟にいる人物を指定して居場所を探知するスキルである『ほら貝の御触れ』を使う。2つのスキルを連動させることで、マップ上に対象の居場所を表示させると、どうやら既にこのフィールドのど真ん中近くに移動していることがわかった。
おっとまずい、このままじゃ追いつく前にやられてしまいそうだ。
そちらへ向かおうと歩みを進めようとした、その時。
頭上に伸びていた枝からガサガサと音が鳴り。
――踏み出す暇すらなく、小型モンスター、イタチズミがワタナベの頭めがけて振ってくる。
イタチとネズミを足して2で割ったような風貌のそれは、得物の頭めがけて牙を突きたてようとするが。
「あー、イタチズミ何回倒したっけか?」
そう言いながら『聖母の慈悲』を発動したことにより、見えない壁にはじかれたかのように空中でバウンドして地面に着地する。そのまま壁が解けるのを待つようにして、こちらの周囲をぐるぐると回りだした。
しかしワタナベはそんなものを意にも介さず、ウィンドウ画面のモンスター一覧を開き、イタチズミの名前をクリックしていた。
「21359回……足りてねー。とりあえず30000回までは検証しないと俺の気が済まないんだよなー」
その表示を見て呟くと、ワタナベは『聖母の慈悲』を解除し『死ぬけど死なないゾンビ』を発動する。
一戦闘中に一度しか発動できないそれは、1分間ならどんなにダメージを受けようとも確実に体力を1残して復活し続けるというもので、言ってしまえばロスト回避スキルである。ただロストしたという判定は受けるため、従来のゲームではそうであったように所持金が半額になったり所持アイテムをばら撒く羽目になってしまうというものだ。勿論失ったポイントも戻ることは無い。
堂々と戦闘を挑めるようになったイタチズミが早速飛び掛ってくる。
ワタナベは背負った大剣を抜きながら、『死ぬけど死なないゾンビ』の発動対象にイタチズミを指定する。そうして1分間の間死にたくても死ぬことの出来ないモンスターを作り上げると――飛び込んできたその脳天めがけて大剣を振り下ろし、宙に浮いていたその身体を真っ二つに切った。
「ピギッ――――!!」
甲高い声を上げて霧散しそうになったその身体は、しかし『死ぬけど死なないゾンビ』の効果ですぐにその形を取り戻す。
だが。
「このあたりに刺しときゃいけるか?」
「ピギーッ!!」
そういいながら、その宙に浮いた身体に重なるような位置に大剣を突き立てられ、再び霧散しそうになり――表れては消え、表れては消え。空中で思い通りに身体を動かせないイタチズミは、大剣の位置から逃れることが出来ず、アイテムを周囲にぼろぼろとこぼしながら復活とロストを繰り返す。
倒れないことを確認して剣の持ち手部分から手を離し、ワタナベはウィンドウへと目を戻す。
【カラス:じゃあそこはいいとして】
【カラス:リーダーんとこは?】
【カラス:ユウヒと一緒にいるんだったよな?】
【ワタナベ:[悲報]ユウヒに追いつけない】
【カラス:モンスター狩るので立ち止まってるからだろ】
【ワタナベ:けどさーユウヒもユウヒで何も言わずにいなくなってるんだよー一言もくれないなんてリーダー悲しい】
【ワタナベ:そんな事をしなくても気が付いてくれるだろうっつー厚い信頼なのは分かってても悲しい】
【カラス:アイツ絶対そんなこと考えてねえよ】
【カラス:あっ】
【カラス:ユウヒには見せるなよこれ】
【ワタナベ:スクショしとく?】
【カラス:やめて!!】
そんなやり取りをしている最中。
不意に、ざわ――と空気がざわめいた気がして、ワタナベはふと顔を上げる。
横にいるイタチズミが悲痛な叫びを上げていること意外は、普段となんら変わらない光景。
しかし、普段と変わらない木々が一瞬、ざわめいたかと思うと――。
次の瞬間、まるでドミノ倒しで倒れ行く板の列のように、フィールドの中央に当たる部分から、一気に。
――世界が数字の羅列へと、変わっていく。
元の木としての、地面としての、フィールドとしての形を失い。
唯のプログラムとしての本質を、急速にむき出しにしていく。
「――おおー、内側から見ると中々壮観だな」
だが、それでもやはり――ワタナベは、冷静にそう言うのみだ。
何が起こっているのかは、考えずともわかった。
『鎮魂の森』というフィールド全体が、今、破壊されているのだ。
しかし、とワタナベは1人喋る。
「――俺、ユウヒに近くで見たいから一緒にやろう、って言わなかったっけか……?」
大剣を引き抜き、散らばったアイテムも、ようやく自由になったイタチズミも放置して。
数字の波が自分の下に来るその前に、『熟練者の道しるべ』を発動し。
ワタナベがその場を後にしたその時には、彼のいた場所もまた数字へと変貌を遂げていた。
***
「……終わった」
「うん、そうだなー。けど俺行くまで待っててって言わなかったか? これだとさっき外から見てた検証結果と、あんまり得られるものが変わんねーよ?」
『鎮魂の森』入り口。平然とした顔で森を見上げながら言うユウヒに、そう言葉をかける。
「……いくらなんでも来るのが遅い。30分待った」
「まーそこはな? 俺としては検証が終わってないモンスターを見過ごして先に行くなんて事はできねーのよ」
「……多分、俺とお前じゃそこの感覚は一生合わない」
「んっんー、個々の考え方の違いのすり合わせは中々難しいものがあるからな!」
数字へと変貌を遂げていた森は――しかし今は、普段と変わらないフィールド『鎮魂の森』として、そこに佇んでいる。
まるで、何事も無かったかのように。
先ほど外側からフィールド全破壊の様子を見ていた時は、それこそ何時行使されたかが分からなかったほど――この森の見た目に、変化は無かった。
だが、内部で明らかな異常が起きていたことは解析系スキルによって見えていたし――実際に見てみれば、それが間違いようの無い事実であることも確認できた。
――さーて、もう何週すりゃ、俺の知りたいことは全部分かるかな?
森を見ながら、にやりと笑う。
この手で試すことの出来る検証は――全て、やり遂げてみせる。
物事には念密さが必要なのだ。
特に、不特定多数のプレイヤーの思考を巻き込むようなイベントを起こそうというのなら――その周囲のプログラムで仕組まれた事象ぐらい、全て把握しておかなければ。
何時だって、全てのプレイヤーを生きて帰らせたいと願う、その思いは変わらない。
「まー、ちょっと見に行かなきゃなんねーとこはあるから、もう1回潜ろうぜ。んで出来れば今度は間近で破壊するとこ見せてくれ」
「……何かしたのか」
「いや、全体破壊前にモンスター駆逐作業中だったからさ。ドロップアイテムがどうなったかぐらいは、見に行く価値はあるかな。後死にかけのイタチズミがいるかどうか」
「……別にいいが。またしばらく待っても来ないようなら壊すぞ」
「成程。俺がモンスターの検証を終わらせるのと、ユウヒが壊すのとどっちが先かの戦いってワケか! お前のリーダーを積極的に試しに来る姿勢、嫌いじゃないぜ……」
「…………」
「おいユウヒー! 無言で先行くなって!!」
さっさと『鎮魂の森』の中へと戻っていくユウヒを追いかけ、ワタナベは小走りにフィールドの中へと吸い込まれていく。
ポイント獲得イベントが起きているせいもあり、人の出入りの無いこのフィールドが。
今日、既に2度目、破壊されていることなど――彼ら以外、誰も知らない。




