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(2) 『キラー』最短討伐作戦―裏側なんてこんなもん―



「――おつかれさんでーす」




 メニュー画面を開きっぱなしにしてコーヒーを飲んでいた青年は、最新の『お知らせ画面』が表示されたのを見て言葉を放った。




【11月12日 10:08 『キラー No.923』が『クレィジィ』によって討伐されました】




 『キラー』との交戦が発表されてから、僅か3分しか過ぎていない。

 それは実に驚異的な討伐速度なのだが、青年は特にリアクションも無く淡々としている。


 少しうねりのかかったウルフカットの黒髪に、どこか冷めた感じを思わせる青みがかかった瞳。

 ゲーム内のアバターとして作られているその顔はひどく整っていて、現実にいたらほとんどの人間が二度見三度見をするだろう。如何せんここは現実ではない故、周囲は美男美女であふれかえっているのだが。

 暗い色のTシャツに黒を基調としたパーカーを羽織り、さらに同系色のズボン。おおよそRPGをするにはふさわしくなさそうなこの服装も、『ラスト・カノン』の舞台では浮かない。未だに鎧だの何だのといった装備らしい防具を身につけているのは、モンスターハントに生きがいを感じている一部のプレイヤーだけだ。




『――お疲れ様でした。何時もお早い情報提供、感謝します』




 青年の目の前のウィンドウから、男のものと思われる音が返ってくる。丁寧で優しい声音だ。

 メニュー画面の右下に表示された『通話』という箇所の内部、『ヒガン』という名前が水色に光っている。通話が繋がっている状態での表示のされ方だ。




「おう。どうだった、今日は? 討伐最短タイム出せたのか?」

『うーん、駄目でしょうね。本人に聞いてみないことには分かりませんが』

「あ、そっか、お前は討伐タイム見れないのか。ヤーシャーマールくーん」




 青年は喋りながら『ヒガン』という名前の下、『ヤシャマル』という文字が表示されている部分をタッチする。水色のライトが2,3回点滅したあと、




『何故ヒガンと一緒に居るのに、俺まで回線を開かなきゃいけないんだ』




 不機嫌そうな低い男の声と一緒に、その名前はヒガンの部分と同じように光りだした。




「まぁヒガンの通話でやってもいいんだけどさー、他人の声通そうとすると聞き取りにくくなるじゃん。何でか知らないけど」

『早くシステムの改善をしてもらいたいものですね』

「五年間変わってないんだから望み薄じゃねーかなぁ……こっちの不利になることはしてきても、得になるアップデートなんて今までほとんどなかったし」

『まぁ、機能が存在するだけでもありがたいと思っておきましょうか。遠隔で会話が出来なくなると、こちらからすればかなりのデメリットになりますから』

「そゆこと、そゆこと。んでヤシャマル、どうだったよ」




 その問いかけに呆れたようため息を一つ挟んで、駄目だった、とヤシャマルは答えた。

 常に怒っているかのようにつりあがっている眉根が今日はさらに険しい角度になっているに違いない、と青年は想像する。




『読み違えた。900番台に入ってからは急所になる部分はずっと頭部だったんだが、今回は左足だった。見た目は今までのと変わらなかったんだがな』

「何だ? そのセコイ感じの変化は」

『時間短縮のために『急所見通し〈ダイレクト〉』を使用しなかったのが響いた形ですね。僕が先手を打って使っておけばよかったんですが』

『どっちにしても無理だっただろう。それだと『相性判定〈クリアタクティスク〉』をしている暇がなくなって同じことだ』




 『急所見通し〈ダイレクト〉』と『相性判定〈クリアタクティスク〉』は、どちらもヒガンが自身のスキルを使って作っている非売品アイテムだ。名前の通り、対戦相手の弱点となる部分を見抜くことが出来るものと、相手の種族が分かる――即ち弱点となる攻撃種類もおのずと分かることになる、そういった効果を持つものである。




「あー……いっそのことユウヒも連れてって、スキル『慧眼』使ってもらったほうが早いんじゃねーの?」




 このまま延々と次の討伐への改善案を語りだしそうな向こうの様子に、青年は控えめに自身の考えるアイデアを提供する。

 きっての戦闘派である自身の同盟のメンバーの名前を出してみるが、やはりその程度のことは思いついていたらしく。




『考えたんですけど、それだと『同一プレイヤーのソロ対戦で『キラー』を100回連続突破する』というデータがやり直しになってしまうんですよね』

「そっか、そっちも今やってるところなんだったか……今何回?」

『78』

「もうすぐじゃん。ならそれ終わってから連れてったら? アイツが素直に来てくれるとは思えねえけどさ」

『そもそもユウヒの場合、通話に応答するかどうかの問題があるしな』

『最悪アカネさんを通すしかないですね……リーダーか、あと会議のときでも良いかもしれないですが。次回以降順調に記録更新していける可能性もありますし、カラス君の言うとおりソロプレイのデータが出揃ってから考えましょう』




 とりあえずの結論を出したヒガンの声を聞きながら、青年――カラスはコーヒーの最後の一口を飲み込んだ。ピピ、と自分にしか聞こえない音を立てて、ステータス欄の『満腹度』と書かれた部分の数値が上昇する。と同時に、




【11月12日 10:13 『食事〈コーヒー〉』の効果により、特別スキル『不眠』が発動します】




 画面の中央にそんな一文が表示される。


 『不眠』もその名前の通り睡眠をとらなくてもよくなるというスキルであり、アイテムの使用や食事の内容によって付与することがある。ただし基本的には制限時間付きであり、24時間働けるようになるとかそういったことはない。一杯のコーヒーを飲んだ際に発動する時間は3時間だ。

 本来ならば、戦闘時に催眠効果のある攻撃をされた時のための対抗スキルなのだろうが、昨今そのためにわざわざコーヒーを飲むプレイヤーは少ない。

 現に今カラスだって、これから闘いに赴くために飲食をしたのではない。自分の『満腹度』の減り具合とコストパフォーマンスを照らし合わせて考えた結果最適だったからだ。




 相変わらず画面を開いたまま、カラスはゆっくりと席を立った。代金は既に払ってある。別に食い逃げしようとすれば出来ないことはないが、回数が嵩むとスキル『食い逃げ野郎』が付いてしまうため、基本的には大人しくしている。

 『食い逃げ野郎』が発動すると素早さのステータスは上がるものの、どの店に入ってもモブキャラクターの警備員に強制戦闘を仕掛けられるようになってしまう。戦闘タイプではないカラスにとっては、あまり有用ではないのだ。




「まぁ、俺はどの道闘いじゃほとんど役にたたねーし、その辺の判断はお前らに任せるわ。そんじゃ、今日の仕事は終わりだな」




 自分の役割も終わったことだしフリータイムを過ごそうと、カラスは伸びをしながら声をかけた。




『そうですね。また明日もよろしくお願いします』

「おう、キラーの居場所のことならこのカラス様に任せとけよ」

『当たり前だ。お前の仕事なんてそれだけだろう、キリキリ働け』

「うるせーなこの脳筋野郎め!!」

『その称号はユウヒに譲る』

『今の会話、彼に聞かれてたら問答無用で殴られますよ?』

『……スキル『地獄耳』って、どの程度の範囲まで届くんだったか』

「そんじゃお二人さんまた明日ー!!!」




 困ったようなヒガンの声と思い出したかのようなヤシャマルの言葉に重ねるようにして叫ぶと、カラスはウィンドウを強制的に閉じて通話を終了させる。

 思わず釣られて口が滑らせちまった、と口元を押さえつつ片手でトレイを返却口に戻す。

 急ぎ足で『ニッカポッカ』を離れながら、先ほどの会話を頭の中で反芻した。




 ――ヤバイヤバイ、そういえばあいつそんな名前のスキル持ってたじゃん。あれどんな効果だっけ……。




 リーダーに聞こうか、そう思ってメニュー画面を起動しようとするよりも早く、強制的にウィンドウが開いた。

 ぎょっとしてそれを見ると。【メッセージが届いています】という文字とともに、今一番恐れている人物の名前がそこに浮かんでいる。




【ユウヒ:お前今どこだ?】




「……あっはっは」




 乾いた笑いを一つもらすと、カラスは慣れた手つきでメッセージを送り返した。




【カラス:ごめんなさい】




 ウィンドウを閉じるが早いか、彼は全速力で街中へ向かって駆け出した。

 先ほどの食事で栄養ドリンクを選んでおかなかったことを後悔しながら。




「っつーか!! 今の会話だけならヤシャマルのほうが悪くねえか!? 何で俺なんだよー!!」




 そんな悲痛な叫び声は、喧騒の中に飲み込まれていく。


 このあとおおよそ半日は逃げ回らなければならないであろう現実を思いながら、彼は『ユートピア』の人並みの間をすり抜けるようにして都市の中へと消えていった。





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