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(18) そして世界を回しだす




 最早普通の発想じゃない。

 通常のゲームでこの発言をしているとしたら、完全に狂人判定だ。


 だが、この世界で、この状況ならば、別に何も間違っていない。

 彼女はそうすることが一番の救いだと思っているからこそその発言をし。




「俺さあ、アカネの言いづらいこととか普通ならねーよ! って言われそうなこと、全部ストレートに言っちゃうところ。かーなーり好きよ?」




 そして、リーダーであるワタナベも、それを聞いて笑ってみせる。




「それは、リーダーもそうしようと思っていたって事でいいのかな?」

「――まあ、そうさな。だって俺だけ事前情報持ってたわけだし。そんでもって、フィールドに体力設定があってぶっ壊せる以上、ダンジョンだって破壊できるっつー思考回路になるのは普通だよな? 問題があるとすりゃあ、再生しないかどうかってことぐらいだが――そんなもん、どうにでもできる」




 自信満々に宣言するその様子を見ると、まさに彼は今「ぼくのかんがえたさいきょうのてんかい」状態だ。喋る様子といい、ノリノリである。

 ダンジョンを破壊しようと思うことは普通なのか。普通なのか?

 いや、とヤシャマルは考え直す。ここで大切なのは普通かどうかではない。可能かどうか、だ。


 そして、リーダーはそれを可能だと思っている――それは今の饒舌な様子からしても、明白だった。

 現在判明しているスキルと自分達のステータスがあれば、それは十分に可能なのだと。




「……念のために言っておきますけど、全く普通じゃないですよ」

「諦めろヒガン。コイツはそういう男だ」

「あーあ、そういうことかよ……リーダー、自分が言っても真っ向から否定されそうだからって、アカネちゃん利用したわけだ?」

「…………」

「ふっ……分かってるって。お前ら、俺の格好良すぎる解説の様に嫉妬してるんだろ? そうなんだろ? じゃないとその冷たい視線に対する理由が付けられねーしな!」

「冷たい視線なのが伝わってんのにどうしてその結論なんだよ!! どんだけ幸せなんだ!!」

「――だが、そいつに関しちゃあここからが本番なんだぜ?」




 思い込みのレベルも普段より悪化している。こうなるとこの男はもう止められない。

 だが、ワタナベがこんな風に高揚しているということは――語りたいことが、あるということ。




「つーかな、お前らこの問題をあんまり重く考えすぎるな。考えすぎるなよ?

 いいか、同じ人である存在が消えていくのを見過ごすわけにはいかない――その発想は間違っちゃあいない、寧ろ大事だ。『王都の悲劇』のことがあるから尚更な」




 振舞いたい、熱弁があるということだ。

 かつて、この同盟を築くために自分達を集めた、そのときのように。




「だけどな――この世界はあくまで『ゲーム』なんだよ。それが大前提だ。感情移入しすぎたって駄目なんだ。ここのバランス感覚を失ったら、人間としての感情もプレイヤーとしての感情も、両方崩れちまう」




 ――――誰も、何も言わない。

 聞き入っているからなのか、考えているからなのか。

 あの時と、同じように。




「ここは今の俺らにとっての現実だけど、俺たちが本当に生きる世界じゃない。――今、何を大切に思おうと、何を切り捨てようと自由だけどな……それだけは、忘れんなよ」




 ――シン、と静まり返った空気の中。

 正直、全員の視線を集めて大得意になって、天狗のごとく鼻が伸びている男の言うことに賛同するのは、ひどく不本意なのだが。

 本当に不本意なのだが、認めざるを得ない。


 ワタナベであるからこそ、この同盟のリーダーを務められるのだと。




「――と、言うわけでだ。真面目な話はここで終わり、な」




 自分の集めた同盟の面々の様子を見て、満足したのか、安心したのか。ワタナベはパァン、と勢いよく両手を叩く。

 話を切り替えるときのこの男の癖であり、同時に――何か考えがあるときの、切り出し前の動作でもある。




「運営が俺らに何をして欲しくて今回の新ダンジョンつっこんだのかはさっぱり検討つかねーけどな。

 ダンジョンぶっ壊すのは当然やるぜ。ただなぁ、どうせ受けるんなら、積極的にプレイヤーの皆様に参加していただけるイベントにしてやろうと思ってんのよ、俺は」




 その言葉を口からこぼす彼の様子は、本当に嬉しそうで。

 まるで、新作のゲームに胸を躍らせているかのような、そんな感じだ。




「――具代的には、どういうことです? 僕達以外の第三者に、ダンジョンの攻略を手伝ってもらうとでも?」




 口を挟んだのは、ヒガンだ。

 その顔に浮かんでいる感情は、懐疑や欺瞞といったものではない、純粋な好奇心。

 切り替えの早い相方だ、とそれを見て思う。彼もまた、楽しみ始めているのだ。




「まさか。そもそもなぁ、新ダンジョン開放なんて今更やったところで、釣れるのはガチで一部のダンジョンマニアとアイテムハンターぐらいしかいねーよ。運営ちゃんプレイヤーのニーズ読めてなさすぎ」

「そもそもこのゲームのコンセプト的に、全員のニーズを達成するのは不可能だが」

「ははっ、そりゃ間違いねーな! まぁ、端的に言うとだ。平和ボケしてる戦闘タイププレイヤー連中のケツでも叩いてやろうかと思ってんだよ」




 ――それは、俺も同じなんだがな。




 ヤシャマルもまた、ここから語られる流れを少なからず期待している自分に気が付いていた。

 リーダーは、このイベントにかこつけて何かをしようとしている。


 それはおそらく、この5年間ですっかり滞留してしたこのゲームの空気を、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回す何か。




「まぁ、アカネが首を縦に振ってくれねーとできねーんだけど」

「うん? どういう……ああ、そういうことか」




 唐突に話を振られたアカネは、一瞬不思議そうな顔をするも。すぐにその発言の意図に思い当たったのか、頷いてみせる。

 その表情を、今度はしっかりと見ることが出来た。何時ものように少しさびしそうな笑顔ながらも――そこに憂いは、無い。




「いいよ。必要なんでしょ?」

「さっすがアカネ! そういう風に乗ってくれちゃうところ、俺、かーなーり好きよ?」

「リーダーさっきから愛の告白激しくね? この短時間で2回だぜ?」

「いや、待てカラス。リーダーはもしかしたら告白回数によって発動するスキルがあるのかどうかを探しているのかもしれない」

「なんだと!? その発想は無かったぜ……流石だなリーダー!!」




 そう言って何時ものようにはしゃぎだしたカラスからは、先ほどまでのシリアスさは吹き飛んでいる。




「あ、言っとくけどカラス。俺の計画上、お前にも仕事あるから」

「はぁ? 無理無理無理、俺あの都市無理!! 『ルエンタ』で留守番する!!」

「何さりげなく高級ホテルで留守番しようとしてるんですか」

「へへーん、お前らは知らないだろうけどなぁ、あそこに安く泊まる方法を見つけたんだよ! だから連泊余裕なんだよなあ!!」

「……称号名」

「ナナナナナニカオッシャイマシタカユウヒさん!?」




 そして。先ほどの会話の間は動いていなかったユウヒの箸が、再び動き出している。




 ほんの一刻前までの、重たい雰囲気はどこへやら。全くもって普段通りの『クレィジィ』の空気に、いつの間にか戻っている。

 いや、普段よりも幾分も――全体的に、楽しそうかもしれない。


 全員が、知らず知らずのうちに求めていたのかもしれない。

 毎日毎日、見えない出口を探し続ける日々の中に、ちょっとした刺激が放り込まれるのを。

 怠惰でログインボーナスだけを受け取っていたゲームに、全く予測の出来ないイベントが振ってきたかのような感覚に。

 ヤシャマルはその顔を知らず知らずのうちに綻ばせる。




「じゃあ、お前らよーく聞けよ――運営もプレイヤーも全部ひっくるめて、引っ掻き回してやろうじゃねーか」




 そう言って自分のウィンドウを操作し始めたリーダーの、次の言葉を待ちながら。




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