(17) 同盟『クレィジィ』会議④
「――都市の地下に繋がるって、まさか都市内部に入り口があるって言うんですか? 今までそんなところ無かったと思うんですが」
意味が分からない、とでも言いたげに声を発したのは、ヒガンだ。
『ラスト・カノン』には様々なダンジョンが存在するが、今までのものは全て都市とはまったく関係のないところに配置されていた。ましてや階層の一部分が都市の地下と繋がっているなど、ありえない。
「でも、地上の近くにもダンジョンはあるんだよね? 都市の地下に入り口を設定されるとしたら、上にも下にもいけるダンジョンって事になるの?」
「上下同時にクリアしなければならない、と言う条件付ダンジョンの可能性か? 随分な新要素だな……」
「……仮にそうだとしても、新要素としては詰め込みすぎているような気がする。設置場所がおかしい」
「まあこんな運営だし。てかアレじゃね? リーダーの勘違いですっげー下に深い落とし穴って事とかねえの?」
「どんな天変地異イベントだよそれ」
ワタナベから得られた情報をもとに、全員が考える。若干一名ずれているのはわざとなのか、真面目なのか。
「案外時間制限つきの限定ダンジョン、だったりしないかな……。敵モンスターもそこまで強くなくて、『ヂャッジスト』の人たちでも倒せそうなぐらいの。それでモブの人たちとプレイヤー側、どっちが先にクリアできるか、とか」
勤めて冷静に、アカネが言う。先ほど最悪の予測を口にしたとは考えられないぐらい、楽観的な意見。
その両手が忙しなく組まれたり解かれたりしているのは、考えているときの彼女の癖だ。
「そうだな。それが一番、昔の『ラスト・カノン』だったら高かった可能性だろうな」
「だよね。都市の地下に繋がってるのはプレイヤーのほうが人数が多いから、モブ側にアドバンテージを与えるって事で。そうしたら、人手が必要だっていう意識がこっち側に働いて参加者が増えるし。そういう限定イベントをするなら、ここならモブのAIをそこまで組み替えなくてもできるはず」
ワタナベの部分的な同意に対して、アカネが更に補足説明を入れる。
確かにそれは、間違った推測ではないだろうとヤシャマルにも思えた。ガチ勢にしろエンジョイ勢にしろ、大概のプレイヤーは期間限定という言葉に弱い。そこでしか入手不可能なアイテムがあるなどとなれば、尚更だ。
ましてやゲーム側――すなわち運営との戦いとなれば、それだけで燃える人々も多かっただろう。
だが、昔ならばありえたであろうその可能性を信じるには、状況が違いすぎる。
アカネだってその説を信じているわけではないだろう。寧ろ最もありえないと思っているからこそ、口に出したのではないだろうか。
可能性の1つとして、それでも存在していて欲しいと願いながら。
「最良の可能性ですね。もしそうなら、僕たちは取り越し苦労をしました、で済む話ですから」
「しかもそれぐらいヌルいダンジョンなら攻略にたいした手間もかからないだろうしな。他プレイヤーが来る前に終わりそうだ」
「……リーダー」
「んん? 何だ、ユウヒ?」
片膝を立てた上に頬杖をついたユウヒが、ワタナベへと声をかける。
その視線は、どこにも定まらずに浮いている。
「……確認するが。ダンジョンの入り口がどこにあるのかまでは、分からないと言うことだな?」
「そうだな。わかってりゃあこんなややこしい言い方しねーもん、俺」
「……そうか」
それきり、ユウヒは再び黙ってしまう。
こうなったらこの男は、考えていることが1つの結論に到達するまで喋らないだろう。
おそらく、彼は最悪の可能性について考えているのだ。
運営の用意したこの状況、1つの都市が滅びるかもしれないという予感。
――その先に思い当たるものが、1つ、ある。
「ええと、少しまとめたいんですが。新ダンジョンが設置される、場所は都市『ヂャッジスト』のすぐ傍。階層は今まででも一番多そうで、そのうちの一箇所が『ヂャッジスト』の地下に隣接している……これであっていますよね?」
「そーだな、その通り」
「加えて、『ヂャッジスト』のモブが勝手に戦闘に行ってしまう可能性が高い、と言うことですよね」
ヒガンはそういいながら、自身のメモ欄に今の情報を打ち込んでいる。話を聴いて頭の中で整理するよりも、実際に書き起こして考えるほうが得意なタイプなのだ。
手を止めて画面を睨むと、少し距離をとるように身体をそらして腕組みをした。
「非常に言い難いんですが、アカネさん。質問をしても良いでしょうか」
「どうぞ」
やがて、と言うには早すぎるタイミングで、ヒガンは口を開く。元々考察していたことだったのだろう。
そして、質問の対象がアカネだということ――これを聞いて、遠い目をしていたユウヒの視線が、ヒガンのほうへと向いた。ワタナベも、2人の会話の動向を気にしているし、カラスは頭を抱えてそちらを見ている。
おそらく、彼らも似たようなことを考えていたのだ。――今の自分と、同じように。
「アカネさんの持っていらっしゃるあのスキルと、『ヂャッジスト』のモブ達のモンスターを破壊しに行く思考。どちらのほうが優先されますか?」
――随分と歯切れの悪い物言いなのは、相手を気遣ってのことに違いない。
アカネは、その質問をされることを予想していたのだろう。笑って返事をする。
「『ヂャッジスト』の人たちは正義感強いからね。それに基本的にスキル優先の世界だし」
ひどく下手な、作り笑いで。
「――間違いなく、『大犯罪者』を持ってる私を殺す方で動くと思うよ」
暗くならないように。
気にされないように。
できるだけ明るく言ったのが伝わる。
それでもヤシャマルは、アカネの顔を見ることが出来なかった。
『大犯罪者』。
解除することも、他のスキルで打ち消すことも出来ないその効果。
モブキャラクターが存在する都市に入った時点で、全プレイヤーにその居場所が周知され――全てのモブから糾弾を受け、戦闘を挑まれる。
そのステータスが戦闘型であろうと、そうでなかろうと。大人であろうと、子供であろうと。
彼らは気絶状態になるか、体力がゼロとなってロストするか、あるいは『大犯罪者』の持ち主がその都市から離脱するまで――何度も、何度でも、戦いを挑み続ける。
「王都の破壊者を許すな」
と、そう叫びながら。
アカネは喋り続ける。その質問を誰かがしてくれるのを、待っていたかのように。
「うん。都市の中に入り口があると仮定して話すね。私が都市の中に入ったら、間違いなく標的になる。だから私を狙わせることでずっと都市の人たちを引きとめ続けることは、可能だと思うよ」
「――ただしそれだと、お前はダンジョンの攻略が出来ないな」
ヤシャマルもまた、彼女の会話に通常時を装って返す。
あの時、一番の被害者であった彼女が、普段通りでいようとしているのだ。
その努力を、気遣いを、無駄にしてはいけない。
「そうだね。私がダンジョンに入って『大犯罪者』の条件外になったら、結局は彼らも入ってきちゃうだろうし」
「なんかさぁ、ダンジョンの入り口を塞ぐとかってねえの?」
「残念ながら、『ラスト・カノン』における数少ない禁止行為ですね。『フィールドや都市、ダンジョンの入り口を封鎖してはいけない』。破った人間は強制BANです」
まじかあ、とカラスが天を仰いでいる。
ヒガンはウィンドウを見ながら、組んだ腕の右手で左の二の腕を苛立たしげに叩いている。
ユウヒは、相変わらず無言のままだ。
ワタナベは唯ひたすら、アカネの話を聞いている。
「都市の人を全員気絶状態にするにしても、1日で復活しちゃう。その間に私がダンジョン全踏破するのは、今までで一番広いってことだと正直難しいんじゃないかな。
それに、結局私が行こうと行くまいと、都市の人たちがダンジョンに挑もうとしてしまうだろう、って話には変わりない。1日に1回都市に行って全員気絶させる、を繰り返せばいいかもしれないけど、NPCを狩るプレイヤーがいる以上全滅の可能性は残る。私達の行動にも支障が出てくるし、現実的じゃないね。展開次第じゃ、誰かが『大犯罪者』と似たようなスキルを取得しちゃう可能性だってある。
……私が『ヂャッジスト』に永住するのも1つの手かな、そうすれば監視は出来るかもしれない」
淡々と。淡々と、彼女は話し続ける。何時もよりもいくらか饒舌に。
「流石にそれは……あー、どうすっといいのかねえ……モブ全員縛り上げとく、とか」
「あの都市の連中は全員縄抜けスキル持ちだ」
「何それ強い」
「それに、永住したらしたで、他のプレイヤーの皆にも居場所が分かりっぱなしになっちゃうからね。『恍惚たる鎮魂』の上の人たちとか、他のトップランカーがこぞってこっちを狙いに来たら――ちょっと、間違いなく死なないとは言い切れない、かな」
かつて苦戦したときの記憶でも思い出したのか、彼女は困ったように言う。
この世界に、脱出を第一目的にしているプレイヤーはほぼ存在しないが――ひたすら己の実力を磨いている人間は、確かに存在している。
各都市に存在する交番には、モブ犯罪者達の指名手配所が張られている。捕まえたりロストさせたりすると、報酬としてポイントがもらえるのだ。
その中に一人だけ、プレイヤーでありながら混ざっているアカネの懸賞ポイントは――彼女が保有しているポイントの最大スコア、そのままである。
もし、その首を取ることができれば。上位ランカーならば一気にトップに踊り立つ事だって、不可能ではない。
ゲームから脱出したいと願いながら、システムであるモブを見捨てることの出来ないこの矛盾。
実際見捨てることが出来れば簡単だ、全員いなくなった後でゆっくりと攻略に乗り出せば良い。
だがそれを誰も言い出さない。言い出せない。メリットとデメリットだけの問題ではない。
VRであるこの世界で、その感覚に慣れてしまったら。同じ人の見た目をしている彼らに対して、その感覚を覚えてしまったら。
現実に戻ったとき、自分達はどうなる?
5年間、この世界に慣れ親しんでしまって。
前例の無い状態で、2つの世界を混同しないだなんて、誰が言い切れる?
戻れない可能性を捨てきれないからこそ、デメリットに戸惑い。
戻れると信じているからこそ、選択を躊躇する。
結局、救う以外の答えは、出せない。
「――というわけで、リーダー」
「はいはーい、なんでしょ」
「期間限定ダンジョンじゃなくて、『ヂャッジスト』の地下がダンジョンと繋がってるとして、さらにさっき言ったとおりモンスターがモブの人たちより強かったとしたら」
アカネは。彼女自身の考えうる、今後の状況への対策を、口にする。
「もうそのダンジョン、破壊するしかないと思う」
――その途方も無いような、最善策を。




