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(16) 同盟『クレィジィ』会議③




 スキル『ハックラック』。


 この世界でおそらくワタナベしかもっていないであろうその効果は、『ラスト・カノン』のシステムへの変化を察知することができる、である。




 取得スキル一覧の説明を見ても、これだけの説明しか記載されていない。あまりにも大雑把な内容だが――そのスキルによって得られる情報は、一手先を行く攻略を目指す彼らには、なくてはならないもの。




「まず1つ。――近々、新ダンジョンを公開するつもりみたいだぜ。今まで存在しなかったマップのデータが、新しく組み込まれてやがる」




 その言葉を聞いて、明らかに顔を歪めたのはヒガンである。まぁそんな表情になるのも無理はない、とヤシャマルは口元を再び覆い隠しながら考えた。十分すぎるほど肉を食べて、既に満腹度はカンストしている。未だにペースを緩めることなくもさもさと食べ続けているアイツがいれば、いずれ肉は全てなくなるだろう。


 新ダンジョンが公開される。

 昔、自由に遊べていた頃であれば歓喜したであろう情報だが、今となっては余計なことをしないでくれという思いのほうが強い。特にヒガンとヤシャマル、それにアカネからすれば活動の邪魔ですらある。




「そっか。じゃあ、急いでそこの攻略に行かなきゃだね」

「ああ、また始まるんですね……キラーを狩ってはダンジョンに戻るというデスマーチが」

「階層はどのくらいかは分かるのか?」

「んー……正直、ちょっとよくわかんねーな。けど、多分今までで一番多い。すっげー縦長、しかも真ん中らへんの階が一箇所だけ無駄に横広」





 語りながら目を細めているワタナベに、何が見えているのかは分からない。もしかしたらモンスターが破壊されるときのような数字の羅列なのかもしれないし、半透明化した『ラスト・カノン』のマップなのかもしれない。どの道、他の誰かに確認できるものではないからどうしようもないのだが。

 どうやらこのスキルは『共感覚』で共有することの出来ない、特殊なものらしい。強すぎるから当たり前か。


 アカネの持つ『マップ作製』は、使用者の行った事のない場所は表示されない。キラーがそこに表れたとしても、地図上で位置を示して教えることが出来なくなる。また、転送の際に使っている『見知った光景』も同様、一度行った場所でなければ攻撃範囲にすることはできない。ヒガンとヤシャマルを一瞬で移動させることも不可能になるということだ。


 要するに、今現在目指しているキラー最短討伐を達成できる確率がかなり減る上、万が一別プレイヤーのグループに倒されでもしていたら、ソロプレイのデータだってやり直しだ。




「最近、良くも悪くも平和だったのになあ……新ダンジョン半年振りぐらいか? ちなみに場所どこよ?」

「あれあれ、あそこ。『ヂャッジスト』のすぐそば」

「げぇっ、あそこかよ!? 軍事都市じゃん!!」




 カラスが嫌そうな顔になったのは、おそらく自分の戦闘能力では厳しい場所なのが分かったからだろう。

 あるいは、『ヂャッジスト』によい思い出が無いのかもしれないが、あまり細かいことは分からない。




「俺手伝いにいけないわ、悪い」

「大丈夫だ、最初からお前は戦力には入っていない」

「ほおおおお? ヤシャマル君、今何とおっしゃいました? ダンジョンの入り口発見に関してはかなり有能な俺が戦力外ですと?」

「その程度。リーダーがいれば大体何とかできるだろう」

「まー、攻略のためだから勿論行くよなー。カラスはどっかでお留守番な」

「留守番するアジトも拠点も、僕たち持ってないですけどね」

「うえーんアカネちゃーん、皆がいじめるよー」

「え、えぇと……大丈夫?」

「カラス、棒読みで言うな。アカネが困ってるぞ」




 目の前で繰り広げられるカラスの子芝居を見ながら、やはりこの男のほうがリーダーと相性通いに違いない、などとどうでもいいことを考える。




 『ヂャッジスト』は、優れた兵士を大量に抱え込んだコテコテの軍事都市だ。道を行くモブは皆揃って軍服を着込み、ライフルを背負っている。男女の比率は99:1と言われるぐらい野郎ばかりで、とにかく規律にうるさい。

 また、他の都市と比べても圧倒的な戦力を誇り、それゆえに『ラスト・カノン』で犯罪を犯したものを閉じ込める収容所などもここに存在している。ゲームとして通常運転だったときは、プレイヤーも違法すれすれの行為を行ったりすると閉じ込められることもあったらしい。逃走は非常に難しいらしく、仮に成功しても着脱不可能なデメリットスキルを付けられると専ら噂されている。


 また、『ヂャッジスト』のモブはモンスターを毛嫌いしていて、近くにモンスターが現れるとオートで戦闘しに行ってしまう。しかもそこそこ強いため、雑魚的相手ならまず負けない。初期プレイヤーの頑張りを真顔で横から掻っ攫うこともあったため、プレイヤーによる都市人気投票ではダントツの最下位だったのを未だに覚えている。

 敵を追いかけ続けていつの間にか修羅になっていたのか、モブの1人がどこぞのダンジョンの最奥で立っていたという事例まであるらしい。流石に先に攻略してしまうことは無いよう、プログラムされているみたいだが。


 そんな都市のそばに、新ダンジョン。正直厄介だし――何より、引っかかる。




「……妙だな」




 と、そんな事をヤシャマルが思っていたのに重なるように、ユウヒの声が聞こえた。

 答えるようにしてワタナベも大きく頷いている。ヒガンは口元に手を当てて考え込んでいるし、アカネは普段と変わらないような表情であるものの、その両手に力が入っているのが分かる。

 唯一、戦闘に赴くことのないカラスだけが、




「んん? ……妙っつーのはどゆこと?」




 と、首をかしげている。丁寧に説明をしだしたのは、難しい顔をしたままのヒガンだ。




「あんなところにダンジョンを作っても、『ヂャッジスト』の民衆が勝手に踏み込むのは目に見えています。彼らは確かに強い。ですが、それは昔の環境で作られていたモンスターに対しての話です。彼らのステータス的に、優秀なスキルや最新装備をそろえていたとしても……インフレ環境下で生まれたモンスターを倒すことは難しいのではないかと」

「うん。正直、嫌な話だけど」




 ヒガンの後を引き継いだアカネの瞳は、俯きがちになりながら。

 一呼吸置いて決心したかのように、誰もいいたくなかった言葉を口にした。




「……下手したら、『ヂャッジスト』の人たち、皆モンスターと戦いに行って。――全滅しちゃう可能性も、あるかもしれない」




 ――その、たとえ話でもなんでもない、酷く残酷な予想は。


 自然と、その場の空気を凍らせる。




「……え。それって、マジな話?」




 苦々しい表情で頷いたヒガンに、カラスは事の深刻さを理解したようだった。地面に視線を落としたその表情は、見る見るうちに険しくなっていく。




 この世界のモブの扱いは、決して良いわけではない。

 確かに店舗を開いたり宿屋を経営していたりと、プレイヤーの利益となる者は重宝される。が、そうでないモブとなると殆どが街路樹や噴水なんかと変わらない、唯の配置物扱いだ。

 通常会話のパターンが2,3種類ぐらいしかない、情報を聞き出すには的を絞らないと会話が成立しない、そもそもプレイヤーがいるならろくに話をする必要がないと、存在意義を見出せない理由が並んでいる。

 無人の都市が存在しないように運営が配置しているだけだと思っているプレイヤーも多いだろう。


 だが、問題となるのは、このモブたち全員にも体力が設定されており。

 プレイヤーの体力がポイントと同義になった時に、彼らもまた同じようにシステムの移行がなされたということである。


 ――つまり、戦闘で体力がゼロになったとしたら。

 彼らも自分達プレイヤーと同様にロストし、二度と復活しないのだ。




 たかがゲームだ。

 モブが消えたところで困らない。


 そう言い切ることは、この場の誰にも出来なかった。

 一つの都市が滅びることの恐ろしさを、悲劇を、知っているから。




「――そう、それでな。新ダンジョン、一箇所だけ横にめっちゃ広いっつっただろ?」




 話を進めるワタナベの声がどこか硬いのは、きっと気のせいではない。

 ポジティブシンキングが第一の特技といっても過言ではないこの男が、空気を誤魔化せないと言うのなら。


 その先で待っている言葉も、よくないものであるに決まっている。




「……なーんかそこが、『ヂャッジスト』の地下と繋がるっぽくてな。どーなってるんですかね、運営さん?」




 ――ああ、もう、最悪じゃないか。





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