(13) イベント(?) 『リーダーを救え!』
これで剣が地面から抜けないとか、そんなくだらない落ちで終われば良いのに。
そう思ったところで、世の中上手くいかないのが常である。
こそこそと「ぼくのかんがえたさいきょうのてんかい」を口走ったワタナベは、深々と突き刺さった大剣をいとも簡単に引き抜くと、そのまま重さに任せて横殴りに振ってくる。
直撃すれば胴体ごと真っ二つに持っていかれそうな角度での攻撃だが、今度は焦りはない。菜箸はなくなったが、一撃目のときとは状況が違う。
この異常状態をこの場にいる全員が察知した今――自分の相方が、とるべき行動を間違えるわけがない。
ヴン、という奇妙な電子音とともに、何もなかった右手の中に武器が現れる。
ヒガンが『賄賂の押し付け』を使ったのであろう事は、考えるまでもなく予想が付いた。動きの早い相方で助かる、とヤシャマルは手のひらに伝わる手持ち部分の感触で、その武器が何かを察知する。
――手中にあるのは、『大苦無・戒』。最も使い勝手がよく、また最も愛用している武器だ。
しかし、流石に大剣を耐え切るだけの強度は『大苦無・戒』にはない。しかしこの武器ならば、この武器を持っている状態の自分ならば、『一度限りの受け流し』を使わなくても攻撃の回避は可能だ。
ワタナベの振るった大剣により――ゴウ、という空を切る音だけがその場に響く。
そう、人に当たったものではなく、空を切る音だけが。
先ほどまでヤシャマルが立っていた場所には誰もいない――否、先ほどヒガンから押し付けられた『大苦無・戒』だけが宙に浮き、ゆっくりと重力に従って落ちていっている。が、それも一瞬の間にその場から消え失せる。
「――ふーん、『背水の知恵』かぁ?」
ワタナベは小声で呟き、にやりと笑う。
大剣の重みのままに横に振られそうになる身体を力ずくで止めると、今度は反対方向へと剣を振り回す。剣先を高く跳ね上げながら背後へと勢いのまま振りぬき――丁度自身の真上、ワタナベの頭上に『大苦無・戒』の切っ先を向けながら飛び込んできていたヤシャマルと、真っ向から打ち合った。
衝突の瞬間、空気が凍るかのような緊張が走ったのは、瞬きするにも満たない間。次の瞬間には、ヤシャマルは大剣の威力に跳ね飛ばされる。が、空中で器用に回転し真後ろにあった木に両足で直角に着地すると、再びその姿は掻き消えた。
『背水の知恵』。1対1の戦闘において、常に相手の背後へと光速で移動することができるというもので、『大苦無・戒』を装備すると自動的に使用することが出来るようになる武器専用スキルだ。ただし発動すると『大苦無・戒』をその場に置き去りにしてしまうというデメリットがあるのだが、それを補うためにヤシャマルは『極限地での収集』を持っている。これにより、戦闘中に手元を離れたアイテムや装備で、壊れていないならば何度でも手中に戻すことが出来るのだ。
しかし――ヤシャマルは、ワタナベの背後へと光速移動をしながら考える。
――あの頭上の一撃が通らないとなると、まともに倒すのは厳しいな。
先ほどの実にシンプルな一手は、しかしヤシャマルにとってはワンターンキルをするのに必要なスキルを全て集約した最善の一手だったのだ。
それを回避すらせず迎撃しに出てきた。
相手の大剣のほうが通常なら動きが遅いはずなのに、である。
バーサーク状態を真似るつもりでスキルをつんでいるならば、今のワタナベは攻撃力と素早さ、そして相手の居場所を探る能力系統に全振りしているはずだ。
逆に言えばヤシャマルの火力で一発でも殴ることが出来れば、ほぼほぼこの模擬戦闘を終了させることができるであろうぐらい耐久力は低いことが予想される。
しかし、その一撃がどうにも遠い。『先制する宣誓』はお互いに持っているから相殺されてしまうし、打ち合いになってくると時間がかかっているうちに『大苦無・戒』が折れてしまう事だってありそうだ。
それに、ワタナベはきっと「ぼくのかんがえたさいきょうのてんかい」が上手く達成されない限りは、攻撃に当たってくれるつもりがない。
――くそ、仕方ない。
ヤシャマルは舌打ちをすると、この戦いを見ているであろう同盟メンバー全員に聞こえるように、わざと大声で言った。
「――ヒガン、聞け! リーダーのやつ、何故だかよく分からないがバーサーク状態になっているようだ!」
その声を聞いてヤシャマルのほうを振り向いたワタナベが、そう、それだよ! と言わんばかりに目を輝かせている。非常に面倒くさい。その視線を避けるように『背水の知恵』を発動して視界から外れながら、ヤシャマルは言葉を続けた。
「とりあえず『おかし』か『冷や水』を渡せ! あとは俺が何とかする!」
言い終わるか終わらないかのうちに、空いていた左手の中に軽い何かが乗った。
どうやら『おかし』の方らしい。ヒガンはこれを発明したこと自体を黒歴史だとでも考えているらしく、普段は決して渡してきたりはしないのだが。緊急事態ゆえ止むをえないと思ったのか、単に先に見つけたのがそっちだったのか。
ともかく、これで必要なアイテムは揃ったし、そのことをワタナベも理解しているだろう。
――ここからが、勝負だ。
ヤシャマルは『背水の知恵』をさらに発動する。
相手の背後を取ることだけが条件であるため、その際の相手との飛距離はこちらで決めることが出来る。
ワタナベから一歩引いたあたりの場所へと立つと、先ほど頭上から攻撃を狙ったときのように――いや、寧ろ、そのときにはもっといろんな種類のスキルを発動していたというのに、そういったものも一切なしに突っ込んだ。
先ほどと違うのは、その左手を伸ばし、『おかし』をワタナベが振り返ったときに丁度口の中に入れることができるように動いているところだ。
そして、それを狙っているところに合わせるかのように振り返るワタナベは、わざとらしい満面の笑みで大口を開けていて、剣の振りはヤシャマルへの攻撃が間に合わないように半テンポ遅い。戦闘大好きバーサーク状態を演じつつ、正気に戻る演出を今か今かと待ち構えているのが手に取るように分かる。
このまま『おかし』を顔面に叩きつけるように食べさせればバーサーク状態ではなくなったものとして模擬戦闘を解除し、
「おい、リーダー! しっかりしろよ!」
「……はっ! 俺は今まで一体何を……」
的な展開が出来ると思っているのだろう。
だが。
「――そんなもん、許すわけがないだろうが。馬鹿が」
ぼそり、と聞こえないようにいった言葉には、この流れに対する怒りがありありと込められていた。
伸ばしっぱなしだった左腕を大きく後ろに引き、あらん限りの力を込めた握りこぶしを作る。同時に手の中の『おかし』に対して『全アイテムに可能性を』と言うスキルを発動し、武器扱いとする。
攻撃力の数値が1しかない貧弱なものだが、重要なのはそこではない。『おかし』がアイテムではなく武器になったことが大切なのだ。
アレ? なんかおかしいぞ? とでも言いたげな表情に変わったリーダーに対し、ヤシャマルは右足に全体重を乗せて踏み込むと。
「――俺を、巻き込むんじゃ、ねえよ!!」
その左手の握りこぶしで、全力のストレートを鼻っ柱に叩き込んだ。
両手を大剣に添えていた上、これで自分の描いていたストーリーが再現できると思って油断していたワタナベには、避ける手段も防ぐ手段もなく。
「――ブッフォァアア!!??」
なんと言いたかったかも分からないような謎の声をあげて、そのまま吹っ飛ばされる。
【『ワタナベ』のHPが0になりました、模擬戦闘を終了します】
ヤシャマルのウィンドウにそんな表示が現れている最中も、ワタナベの身体は宙を飛び。
殴るときに飛ばす方向を狙ったのか、単に不幸なのか――その先で黙々と肉を食べているのは、ユウヒだった。
ユウヒは肉の一欠を飲み込みながら、頭から真っ直ぐ飛んでくるリーダーの姿をちらりと一瞥すると。
まるで準備運動でも始めたかのような自然な動きで、その右足を高く振り上げ。
「……来るな」
その一言と同時に振り下ろした瞬間、踵の当たる先にあるのは、リーダーの後頭部である。
「――のああああああああああああ!!!!」
「おい、リーダーこれ大丈夫なのかよ? ポイントごそっともってかれてたりしねえ?」
「ユウヒ君の攻撃が戦闘扱いじゃなかったら、多分大丈夫……な、はずだけど」
「……してない。邪魔だったから止めただけだ」
「ヤシャマル君、結局『おかし』使ってないじゃないですか! 恥を忍んで渡したって言うのに! せめて普通に治してあげてくださいよ!」
「俺は最大限に情けをかけたぞ。それを無にして馬鹿なことを考えていたのはこいつだからな」
「ち……違う、俺が望んだのはこんな展開じゃねえ……!」
肉の焼ける匂いが広がるフィールド『優しい森』。そこで起きた色々と痛々しいイベント(?)は、同盟『クレィジィ』のリーダーの頭にたんこぶを作る結果となって終わった。




