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(12) 肉と菜箸とリーダー




 じゅうじゅう、という肉の焼ける音と、程よい香り。基本的に全てが数値で管理されているこの世界だが、こうやって目の前で料理として完成されていくのを見ていると、やはり空腹感を覚えるような気がする。

 反面だけ焼けた肉をご丁寧に準備されていた菜箸でひっくり返しながら、ヤシャマルは森の中へと消えて行ったらしい最後の1人のことを思う。あのリーダーのことだ、本当なら自分が遅刻している話題になったときに、




「……何を言っているんだ。あいつならもうここへ来ているじゃないか」

「――え?」




 みたいな格好良い流れから、やれやれ仕方ねーな、といった感じの登場を望んでいたのだろう。

 そういうカッコイイ、的なものが大好きな人物なのである。地面の中じゃなく陸上で隠れていれば、自分から声を出して登場できただろうに。


 存在に気が付いていたのがカラスならやってくれただろうし、ヒガンも呆れながら乗ってくれただろう。

 アカネもまあ、本音なのかわざとなのか分からない感じで引っ張り出してくれるのではないだろうか。

 俺だって面白そうだからそんな子芝居に付き合うかもしれない、とヤシャマルは思う。


 要は同盟『クレィジィ』のメンバーで一番そういうことに頓着のない男にしか気が付いてもらえなかったのが、今日のリーダーの敗因だろう。このゲームにおけるガチプレイヤーが揃っている中で、たった1人にしかその居場所を特定されないと言うことも中々に恐ろしいのだが。

 

 しかし。追加分で入れた肉が食べごろになっても、森の中からリーダーは表れない。




 ――まさか、まだカッコイイ登場方法を考えてるんじゃないだろうな……。




 手元の皿の中に肉を移しながらそんな事をぼんやりと考えていると、丁度良い頃合になったのを悟ったユウヒがこちらへと近づいてきた。

 人数が増えれば増えるほど無口になっていくこの男に普段は積極的に話しかけたりはしないのだが、今回は互いに知っている情報がある手前、ヤシャマルは声をかける。




「お前の性格的にそういうことはしないのは知っているが。何か一声かけてやっても良かったんじゃないか? どうするんだこの状況」

「……何が?」

「リーダーだ。出るに出られなくなっているんじゃないか」




 本気でわからなさそうに聞き返されたので、思いっきり名詞を出して指摘すると、ああそれか、とどうでもよさそうな返答をされる。実際そうなのかもしれない。哀れ、リーダー。

 彼は皿に肉を運びながら、続きを口にした。




「……もうすぐに来るだろ。今色々積んでるみたいだし」

「? 積んでるってどういう――」

「菜箸」




 意味が分からず聞き返そうとすると、彼にしては本当に珍しくことに、遮るように言葉をかぶせられた。不意を撃たれて一瞬きょとんとするが、菜箸が欲しいと言う意味なのかと解釈し自分の持っていたそれを差し出そうとする。しかしユウヒは受け取ろうとせず、




「……手放さないほうがいいぞ」




 それだけ口にして、肉の入った皿を抱えてまた少しはなれたところへと戻っていく。

 どういうことだと追求しようとした、のだが。

 それよりも先に、先ほど閉じたはずのウィンドウが開いて。




【同盟『クレィジィ』のメンバー『ワタナベ』が模擬戦闘を仕掛けてきました】




「……あ?」




 そこに乗っていた一文に、ヤシャマルが思わず間抜けな声を漏らしたのと。

 先ほどユウヒの視線が追いかけていた先の森の中から、黒い人影が飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。




 突然の来訪者にぎょっとしたような顔を見せたのは、カラス。

 敵襲かと自身のウェストポーチに手を突っ込んだのは、ヒガン。

 特に驚きもせずそれに対してゆるく手を振ったのは、アカネ。

 我冠せずといった感じで肉を食べ続けているのは、ユウヒ。


 そして、ヤシャマルは。




【『ワタナベ』がスキル『先制する宣誓』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『猪突猛進』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『卑劣なダイバー』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『絶対王政』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『正々堂々』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『勇者の証:大いなる剣』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『Are you ready ?』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『ぱーりーぴーぽー』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『その通りです!』を発動しました】


【『ワタナベ』がスキル『一攫千金ギャンブラー』を発動しました】





「っ、オイコラふざけんな――!!」




 その量の膨大さ故、読むことすら間に合わない速度で流れるメッセージの羅列に、思わずそう叫びかけるも。

 その言葉が声になるよりも先に、目の前にそのメッセージを表示させている元凶――同盟『クレィジィ』のリーダー、ワタナベが迫っていた。




 茶色の短髪に、2枚目になりきれないちょっと抜けた感のある顔のつくり。学校でよくいる、顔はもう一つだがスポーツが万能なため女の子にもてるタイプの見た目だ。

 よくあるRPGの主人公の初期装備のような服装に、申し訳程度に肩当てや膝当てをつけ、手には指貫グローブをはめている。その手には自身の身長と同じくらいはあろうかという大剣を大きく振りかぶっていた。


 そしてその腕は、迷うことなく振り下ろされる。




 ――こっの野郎!!




 ヤシャマルはその右手に持ちっぱなしだった菜箸を構えた。

 無論、こんなちゃちなもので大剣がとめられるわけがないし、そもそも武器でもなんでもない。

 『耐久値:1』と表示されているこの2本の棒の何と頼りないことか。




 しかし。どんなアイテムであろうと、それを武器とし装備することが出来るスキル『全アイテムに可能性を』を発動してさえいれば、一度の攻撃なら何とかできる。


 ヤシャマルが発動するスキルは勿論これと、『一度限りの受け流し』。読んだそのまま、自身の装備を破壊されることを前提とし、相手の攻撃によるダメージを一度だけ回避できるものだ。


 ――問題は、このスキル効果を無効化できるような何かを、ワタナベが持っているかどうかなのだが。

 名目は模擬戦闘だというのに、不意打ち状態にされてこちらの発動できるスキル量に制限がかかっている上、未だにウィンドウ上の文字の流れが止まらない。カラスのメッセージ連打攻撃とは全く違う恐怖を感じる。


 模擬戦闘は互いのヒットポイントを10000と仮定した上で行われるプレイヤー同士の戦闘シミュレーションのようなもので、別に勝った負けたで被害を被ったり良いことがあったりするわけではないのだが。

 意味も分からず殴りかかられたら、ガードするのが人間の性だ。




 果たして。


 ワタナベの振り下ろした大剣は、ヤシャマルの構えた菜箸の間にその刀身を滑り込ませ――そのまま真っ直ぐに降りていれば相手の肉体に直撃していたであろうが、急激に何かの力を受けたかのように横に反れ。反対側に回避するように身体を動かしたヤシャマルの肩すれすれをかすめ、大地を揺らして地面に突き刺さった。


 その衝撃で、両足がわずかに地面から離れる。――大剣が刺さった衝撃で地面がゆれ、身体が浮いたのだ。それだけの威力のある一撃を容赦なく身内に与えようとしたその男は、剣を握り締めたままヤシャマルに目を合わせる。


 その口元が、ヤシャマルだけに言葉を伝えようとかすかに動く。他のメンバーには悟られまいとするその声は、確かに耳には届いた。




「考えたんだよ、俺は。かなり、かーなーり、な。その上で出した結論なんだが――」




 その、王同系少年漫画の主人公に似合いそうな笑みをたたえて――ワタナベは言う。




「俺ここまで戦闘しすぎてバーサーク状態で来てたことにするから、なんか上手いこと俺を倒して正気に戻す感じのイベントっぽい流れやってくれ」




 ――コイツもうリーダー失格じゃないか?






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