(11) イベント『♪アイドル☆とりっぷすたー☆の野外ライブ♪』
――そして時は進んで、11月20日、午前9時を迎える少し前。
チュートリアルを終えて初めて自由行動ができるようになる都市『ジャバーヲ』。
宿屋、アイテム屋、装備屋と言った初心者に必要な店が分かりやすく立ち並んでおり、豊かな土壌を利用して農業をしているモブが多い場所だ。
新規の参入がなくなり、プレイヤーが『ユートピア』に集中している今では、広さのわりに人通りが少ない都市であるのだが。
今日に限っては、道という道全て、どの場所も人でぎゅうぎゅうに混んでいる。
道を埋め尽くすようにしてうごめいているのは、殆どが普段『ラスト・カノン』のどこかでのんびりと、あるいはせかせかと毎日を過ごしているプレイヤー達である。
中でもやはり右腕に赤いスカーフを巻いたギルド『恍惚たる鎮魂』の面々はそこら中にいて、人波に知り合いを見つけては手を振っている。
「――あーもー人多すぎなんだけど! 何でこのイベントいっつもここですんだよ!!」
とある人ごみの中では、前にも後ろにも進めなくなったような状態で、イベント開始を待ちわびている若者の男がそう叫んでいる。まぁまぁ、と隣に立っていた男がなだめるように声をかけた。
2人とも、ギルド『恍惚たる鎮魂』に所属している大勢の中の1人である。
「今日のは誰でも参加できるタイプのイベントだから人多くても仕方ねーよ。それに俺らのギルド様から、参加できそうなら全員行けってお達し出してたじゃん」
「そりゃ分かるけどさぁ、こんなに人いてどうやってアレ取りに行くんだっつーの」
「頭上に都合よく降ってくるのを待つんだろ」
彼らの話しているイベント、とは、『キラー』討伐数が10体増えるごとに発生するポイント獲得イベントのことだ。
ポイントは体力と同義。戦闘時にダメージを受ければポイントが減り、0になればロスト、ゲームオーバーとなる。逆にモンスターを倒して報酬でポイントを得れば、その分だけ自身の体力が増えるといった具合になる。
無論、戦闘をしなくともポイントは稼げる。農業を地道に続け収穫する、新しいアイテムを開発する、レベルを上げる、スキルを獲得するなどなど、方法は様々だ。
そして今回行われるポイント獲得イベントは、『♪アイドル☆とりっぷすたー☆の野外ライブ♪』と題されているものだ。しかしプレイヤーの間では通称『饅頭撒き』という、原型の影すらないあだ名で呼ばれている。
一番の当たりイベントとの呼び声も高いこれへの参加条件は、都市『ジャバーヲ』に指定の時間にいるだけ満たされる。初心者から玄人まで誰でも来ることができるという敷居の低さのためか、開催されるときは毎回こんな感じだ。
「いったあ! ちょっと誰よ今足踏んだの!」
「俺はキラリンが一番すきなんだー!!」
「泥棒系スキル使うなよ! 使うなよ!? 絶対だぞ!!」
「モブの参加はー、禁止すべきじゃないでしょーかー!? せまいでーす!!」
「すみません、誰かこんぐらいの身長マッチョ見ませんでしたか!?」
そこかしこで人の話す声がやかましく聞こえている中。
『ジャバーヲ』の中央にある時計が午前9時ちょうどを指し示す。すると、
『――『☆とりっぷすたー☆』を愛する、とりぴーぽーの皆ー! 今日は私達の野外ライブに集まってくれてありがとー!』
――『ジャバーヲ』の都市中に設置されていた拡声器から、高めのかわいらしい声が響く。その声を合図に、あちこちの建物の屋根の上に、揃いのアイドル衣装を着た少女達が現れた。
彼女達はゲーム内のキャラクターで、アイドルグループ『☆とりっぷすたー☆』のメンバーである。
総勢20名で構成されているチームで、ゲーム内のモブは勿論、プレイヤーの中にもガチファンが存在する。彼女らは自分のファンのことをとりぴーぽーと呼ぶのだが、どうやらこのイベントに参加すると全員がとりぴーぽー扱いされるらしい。
だが実際に筋金入りのとりぴーぽーもいるわけで、
「リノアちゃーん! こっち向いてー!」
「シャラっぺ! シャラっぺは今日どこに出てる!? 知ってる人いませんかー!?」
「キラリン! キラリンッ!! 俺だ、結婚してくれ!!!」
「はああやべえええええモノラードさん美しすぎる……!!」
既に都市のあちこちからそんな声が聞こえている。
そんな中、都市の中で最高の高さを誇る建物、『始まりの塔』の天辺に表れた少女がいる。『☆とりっぷすたー☆』のリーダー、キラリだ。
自身の横に巨大な袋をいくつも積み上げ、右手に拡声器に繋がっているマイクを握り締めた彼女は、下界の阿鼻叫喚など気にせず話を進める。
「皆の応援のおかげでー、私達の野外ライブも数えるところ、ななな、なんと! 78回目となりましたー! 今日もたーっくさんのとりぴーぽーに集まってもらえて、キラリたちはとーっても幸せです! これから2時間、歌いまくり投げまくりの、たっのしーいライブをしていこうと思うので、皆ついてきてねー!」
そういい終えると、彼女はマイクを握った右手を天にかざすように振り上げる。
するとどこからか彼女達の持ち歌のイントロが流れ始める。『☆とりっぷすたー☆』のメンバー達はそれぞれ己のいる場所で、横においていた白い袋の中から様々な色をした玉を取り出した。
――この玉こそが、今回このイベントに参加している大半のプレイヤーの目的である。
名目上、これらは『☆とりっぷすたー☆』のメンバーのサインボールと言う扱いなのだが、これを入手することで自分のポイントを増やすことが出来る。色によってその数値は違い、一番ポイントを増やすことの出来る金色のボールは各アイドルにつき5つまでしか投げてくれない。
これから2時間。この野外ライブで彼女達の歌が流れ続ける間、そのボールはあちこちに投げられる。
プレイヤー達のサインボール争奪戦が、今――始まるのだ。
ボールを手にしたアイドル達の姿に、参加しているプレイヤーの目の色が変わった。
***
――そんな折。
都市『ジャバーヲ』のすぐ隣、プレイヤー達が始めて足を踏み入れるフィールドである『優しい森』。
その名の通り出てくるモンスターも一切自分からは戦闘を仕掛けてこないという、緑あふれる場所で。
「んんんんんー!! んっめー!! ほーら見ろよ、やっぱ世の中肉なんだよ、肉!!」
「今日に関しては同意しておいてやろう。カラス、お前の肉選びのセンスは中々だ」
「……何で君達二人だけで買い物に行かせる恐ろしさを、僕は忘れていたんでしょうねえ…………」
「すごい。ここにある袋の中身、全部お肉なの?」
「……牛肉食いたい」
現実世界でやったら非難轟々どころではすまないような環境で、バーベキューをしている人間が、5人。
「ヒガンー、お前もいい加減肉嫌い治せって。そんなんだから何時までも細っこいまんまなんだろ?」
「ちょっ、僕が肉嫌いなことを覚えていてこれしか買ってこなかったんですか!?」
「買い物をしてるときにさ、俺にカオスが囁いたんだ。『ヒガンの食わず嫌いを直すには荒療治も必要だ』と」
「大きなお世話です! ゲームの中でくらい、嫌いなもの食べないで生きたって良いでしょうが!!」
「落ち着けヒガン、逆に考えるんだ。ゲームだからこそ嫌いなものであっても満腹度が回復すると言うメリットが生まれるんだ。まずいだけではないという感覚で一口食べてみれば、意外とその先も行けるかもしれない。そしてここで食べることが出来るようになることによって、現実に帰ったときに好き嫌いがなくなっているかもしれない、と」
「ヤシャマル君、いくら君が相方であってもそんな頓珍漢な理論を通してあげるほど僕は甘くありませんよ!」
「ほう、ならば俺の理論の筋道が通っていない部分に関して詳しく説明してくれ。後学に役立てる」
「お? お? 仲間割れか? ついにコンビ解散?」
「もう! 本当に君達が手を組むと面倒くさいですね! そっちの2人ものんきに食べてないで加勢してくださいよ!!」
「そうだね……とうもろこしとかこの森に自生してないかな?」
「……季節的に難しそうだが」
「違います、そういう方向性じゃなくて!! ああもうツッコミが足りないんですけど!!」
ぎゃあぎゃあとやかましくも楽しそうな5人は、同盟『クレィジィ』のメンバーである。
イベントそっちのけでバーベキューを繰り広げている彼ら。しかしカラスとヤシャマルというとんでもないコンビで買い物に行き、ノリと勢いで肉しか用意されていないという事態を作り上げてしまい。結果としてヒガンがぶち切れているのが現状だ。
それでも犯人の1人であるこの男――ヤシャマルは、反省も後悔もしていないが。
今日はイベントが開催されるため、新たなるキラーの出現はない。イベントは確かに誰でもポイントを増量できるおいしいものなのだが、毎日のように高レベルモンスターやキラーを狩っているこちらからすると、その参加分を軽く上回るポイントを得ることなど容易いのだ。
従って、同盟『クレィジィ』は基本的にイベントには不参加である。
特に何もしない休息日のまま終わることもあれば、呼びかけ次第で今日のように一堂に会し、ちょっとした会議をすることもある。
最も、何故か今日は朝っぱらからバーベキューというオプションをつけたのだが。
言いだしっぺは無論、カラスである。
「……てか、もう集合時間過ぎてねぇ? リーダーまた遅刻?」
ふだんは滅多に見せることのない怒りの表情をしているヒガンに片手を立てて謝るしぐさをしながら、カラスが話題を切り替えている。ありがちな転換ではあるものの、全員の気を引くには十分な話題だ。
「まーた君は会話を切り替えて話を流そうと……はぁ、もう良いですけど。疲れますし」
「あ、ほんとだ。もう9時10分になってる」
案の定、ヒガンも大人の対応をして矛を収め、アカネも時計を確認して呟いている。
ユウヒは無言で肉を食い続けている。まぁこの男は仕方が無いか。
この話題の流れを作るため、ヤシャマルも助け舟を出す。
「そもそもリーダーが間に合ったことはなかったような気がするんだが……会議の連絡のとき、アイツどこにいるって言っていたか覚えているやつはいるか?」
「確か『神の見捨てた砂漠』じゃなかったかな?」
「えっ、それどこ?」
「『ラスト・カノン』の西側に位置するダンジョンですね。普通に移動したらここに来るには数日かかるんじゃないでしょうか、距離的にも」
「んー? でも連絡あったのは一週間前ぐらいじゃなかったか? それなら来れるはずじゃね?」
「リーダーは、基本的に戦闘になっても逃げないみたいですからね。全部倒しながら移動してるんじゃないですか?」
「アイツのモンスター討伐回数によって開放されるスキルを見つけようという意志の貪欲さに関しては、色々と恐ろしいものがあるからな……」
「すごいよね」
完全に話題はリーダーに移った。あとは戻らないように気をつけているだけだと、口元の布をどけて肉を食べながら考える。ふとカラスと目が合うと、口パクでグッジョブ、と言われたのが分かった。
この同盟『クレィジィ』発足の第一人者であり、リーダーと慕われている人物――彼の持つスキルのチート具合と、スキル開放にかける熱い思いは、メンバーの誰もが知るところである。
普通に会話をしていようと常に何かの試行回数を増やすべく、どこかしらを動かしているようなプレイヤーなのだ。
「まぁ、戦闘に夢中になっているせいで来るのが遅れている可能性は十分にありえますからね」
「嫌な形の信頼されてんなぁリーダー」
「そうされたくないなら、常日頃から時間厳守の行動を心がけるべきでしょう。全く、日頃僕たちに『キラー』討伐のための時間との戦いを強いておきながら、随分と自由なものですね」
「おうおう、言ったれ言ったれー」
うんうん、と頷きあっているカラスとヒガンを尻目に、ふと疑問が頭をもたげた。
――あの男、なんだかんだで遅刻するときは連絡してきていた気もするんだが……。
どうだっただろうか。遅刻が日常茶飯事過ぎて、思い出せない。メッセージ欄を確認するのも面倒だ。
もしかしてと思い察知形スキルをいくつか使用してみる。しかし、特に何も引っかからない。少しはなれたところで鹿型のモンスター親子が、のんびり朝ごはんをとっているということぐらいしか出てこない。
ならば、と、ヤシャマルは少しはなれたところに座ってのんびりと肉を食べているユウヒとアカネを見る。
先にその視線に気が付いたのはアカネだ。だが、困ったように首を振るとユウヒのほうへと視線をやる。どうやら彼女も状況について色々考えているようだが、察知出来ていないようだ。
ユウヒは相変わらずの無表情で黙々と肉を焼いて食べていた。が、2つの視線に気が付いたらしく顔をあげる。その表情を見て理解したかのように地面を2度ほど足で蹴ると、また肉を食べる作業に戻ってしまった。
――ああ、もう居るのか……。
その動きで、全てを察したヤシャマルは、彼には珍しいため息を吐いた。
どうしよう、という視線を投げかけてきているアカネに右手で応えると、自身のウィンドウを開く。本来は俺の役割じゃないんだがな、と思いつつも、何時もなら動いてくれる相方が全く気が付く気配がないのだから仕方がない。
【ヤシャマル:おいリーダー】
【ヤシャマル:ウチで唯一お前の存在に気が付いているやつがアクション起こすつもりがない】
【ヤシャマル:あきらめて普通に出て来い】
一方的に送りつけて、ウィンドウを閉じる。新しく焼けた肉を口の中に運んでいると、ユウヒの視線がただただ目の前の地面を見つめているだけだったのから動いて、徐々に森のほうへと首を傾けているのが目に入った。
多分移動中なんだろうな、と思いつつ、ヤシャマルは大量にある肉の追加分を焼き始めた。




