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(10) hollow,hollow,hollow!




 一方。同日10時丁度、ヤシャマルとヒガンを送り出し1人残されたアカネは、2人の姿が自分の作り出した穴の中に消えていくのを見届けて、ほっと息を吐く。

 と同時に、がくり、と膝から力が抜け落ちた。半ば前のめりになるようにしてその場にうずくまる。

 顔から床に激突するのを防ごうとついた左手が、何故かぐにゃぐにゃとゆれて見えている。苦笑いを浮かべ、震える右手を動かして自身のステータスを確認した。




「……えっと、『目眩』、『麻痺』、『体温低下』……? ……一応治さないと、怖いかな」




 そこに書かれている文字すら、揺れている様に見えて中々視点が定まらない。目を細めて状況を確認し、マントの下にある自身のアイテムポーチを右手で漁る。




 先ほどアカネが自身の魔力を駆使して行った、力技でのプレイヤー転送。

 可能にするだけでも膨大な労力を要する行為だというのに、さらにその転送を行ったものには反動と言う名の『ペナルティ』が課せられる。それだけ転送という事象は簡単に行えてはいけないものであり、行ってはいけないものでもあるのだろう。

 だからといって、止める気もさらさら無いが。




 『ペナルティ』は2つ。そのうちの1つは、ランダムに3種類の状態異常にかかってしまうというものである。これは例えどんな無効化スキルをつけていたとしても、何も発動していなかったものとして無理やり付加されてしまう。


 状態異常にも様々な種類があるのだが、今回被ったのは『目眩』『麻痺』『体温低下』の3種類。

 『目眩』は先ほどから既に表れている病症で、周りの景色が上手く見えなくなる、視点が定まらなくなるもの。

 『麻痺』は全身の動きが鈍くなり、指先なども小刻みにぶれるようになって動かしにくくなるため、ウィンドウをタッチして行う操作がやり辛くなる。

 『体温低下』は自分の体温が下がって感じるのも勿論だが、加えて水属性の攻撃の威力が下がり、火属性の攻撃を受けたときの被ダメージが増加するというものだ。




 ポーチの中から震える指先で何とか掴んだのは、アイテム『おかし』である。

 これはヒガンの作ったオリジナルアイテムであり、全ての状態異常を治す力のある食べ物だ。道具ではなく食事で全状態異常を回復できるものはこれ以外に存在しておらず、実に優秀なものなのだが。

 この『おかし』の見た目、丁度手の中に納まるようなサイズの細長い板のようなものに、「おかし」、と黒い文字で書かれただけのものである。

 どうしてこんなものになったのか、詳細は分からない。だが、発明したヒガンが苦々しい顔で申し訳なさそうに言った言葉は、




「僕に致命的に欠けている才能が分かりました。絵心です」




 というものだったそうだ。


 がり、と歯を立てて『おかし』をかじる。ごつごつとした白い塊を3口で胃袋の中に収めた。

 それと同時に、




【11月13日 10:04 『食事〈おかし〉』の効果により、全状態異常が回復します】




 という文字がウィンドウに表示され、またそれをはっきりと見ることが出来るようになる。




「…………うん、4人、だね」




 ウィンドウを眺める、その視線の先。

 ヒガンとヤシャマルを転送するときに破壊した場所、城の中央部分。




 ――そこに立っている、自分と全く同じ姿をした、4人分のアバターの姿も。




 転送による『ペナルティ』のもう1つは、転送を行ったプレイヤーと全く同じステータス、同じスキルを持ったアバターの全回復状態のものとの強制戦闘である。

 寄越される人数はランダムらしく、1人から9人までの幅があることはアカネは今までの経験上知っている。完全に転送を行ったプレイヤーを殺しに来ているシステムだ。


 それでも、9人になる可能性のある中での4人なら、まだ全然ましなほうだ。

 ……最も『聖母の慈悲』を持っていなかったら、とっくに戦闘になって回復をする間もなく、自身のポイントを削り取られていただろうが。『聖母の慈悲』は、自身を対象にした戦闘を1分間不可能とするものである。今のアカネの生命線のようなスキルだ。


 ただしそれは相手にも時間的猶予を与えることには変わりなく、無表情な4人のアバターは皆一様に手首に魔法陣をつけていた。『卓越した能力:魔法』を発動しているのは明白で、おそらく『乗算戦法』も積んでいる事は見当が付く。


 高レベルプレイヤーになってくると最初の一撃で相手をしとめるのが基本になってくるし、ましてや今の相手は1人をロストさせることが出来ればそれで問題ないと考えているプログラムたちだ。

 最初の攻撃で吹き飛ばすつもりしかないことなど、火を見るよりも明らかである。


 アカネは再びポーチの中に手を突っ込んだ。取り出したのは、『スーパーマキシミリオン』。使用することで自身のマジックポイントを最大まで回復させるアイテムである。

 虫除けスプレーのような形をしたそれを、自身の左腕に振り掛ける。シュッ、シュッ、と2回音を立てて霧状のものがスプレー口から噴射されると、すっからかんになっていたアカネのマジックポイントは一気に最大値まで回復した。その旨を伝える表示がウィンドウに乗ったのと同時のタイミングで――スキル『聖母の慈悲』の効果が切れた。




 その途端――アカネのウィンドウには先を争うかのように全く同じ文字列が4回、慌しく流れる。




【モンスター『虚ろなる轟沈の獣』が表れました、強制戦闘に入ります】


【モンスター『虚ろなる轟沈の獣』が表れました、強制戦闘に入ります】


【モンスター『虚ろなる轟沈の獣』が表れました、強制戦闘に入ります】


【モンスター『虚ろなる轟沈の獣』が表れました、強制戦闘に入ります】




 その表記と、動きと、どちらが早いのか。

 ほぼ同時に、4人のアバターは一斉に動き出した。


 それこそ本当に全く同じ人間が分身したかのように――アバターの動きには、僅かな乱れすら存在していない。少しのずれもなくその右腕を構えたかと思うと、こちらの胴体の部分に重なるかのようにして魔法陣が現れる。

 青白い光を放ちながら、くるくると回転しているそれは――先ほど自分が放った無属性の高火力魔術、『世界の訪れ〈エンドレス・リボーン〉』に他ならない。

 『卓越した能力:魔法』に『乗算戦法』、加えて回避行動を不可能にするためか、攻撃を絶対必中とすることのできるスキル『鼻の効くモグラ』も発動されている。『先制する宣誓』も使用されたものの、こちらからも使って相打ちとし無効化した。

 とはいえ、身動きの出来ない死刑囚にありったけのミサイルを撃ち込もうとしているかのような状況に変わりはない。




 それでも。自身に向けられた圧倒的な殺意を倒すことにも、もう慣れてしまった。




「そのAIじゃ、『アカネ』は使いこなせないよ」




 もう何度呟いたか分からない言葉とともに、周りに4つの赤い魔方陣が表れる。


 自身のことは勿論、自分が一番よく知っている。

 何が得意で、何が苦手か。

 何に強くて、何に弱いか。


 保有ポイントがいくつで、どの攻撃なら『世界の訪れ〈エンドレス・リボーン〉』より先に発動することが出来るか。




 このゲームのAIは基本的にスキル優先で組まれていて、その効力を最大限に生かすことのできる攻撃方法を選択する傾向がある。

 ましてやアカネのレベルは『ラスト・カノン』におけるプレイヤーの上位0.1%にで食い込んでいる数値である。膨大なスキル、体力、魔力を有し、能力の組み合わせ次第でどんな相手でもほぼ一撃で持っていけるということが分かりさえすれば――AIはまず間違いなく、間違いなく潰せる方法を選択する。




 別に間違いではないのだ。『ラスト・カノン』では正しいともいえる。

 ただ、その欠点を計算できていなかったというだけで。




 『世界の訪れ〈エンドレス・リボーン〉』の欠点は2つある。

 1つは、他の魔法よりもマジックポイントの消費が激しいこと。もう1つは、技の発動までにタイムラグがあること。

 相手が城の床のように動かない相手であるなら問題ないし、『先制する宣誓』を持っていればそんなものは関係無しに先に発動できる。同じ効果で打ち消されたとしても今のように『鼻の効くモグラ』を使用していれば相手は避ける事も出来ないため、その間に打てる攻撃があったとしても耐えることが出来れば勝ちだ。

 おそらくそのために『屈強な精神』や『オーバーキルは許されない』なども発動させているのだろうが――そしてその戦法は大概の相手に対して確実なる勝利を約束するのだが――悪いことに相手は、誰よりも自分の能力の欠点を把握している。




 赤く染まった魔方陣はそれぞれ4人の真正面に向いて、空中で静止している。こちらの使用スキルは『先制する宣誓』と『鼻の効くモグラ』の、たった2つだ。

 アカネは今日何度も確認した数値を、それぞれの魔方陣に込める。この呪文の発動に時間は要らない。

 打つと決める、それだけでいい。




「おやすみなさい」




 その一言と同時に、4つの魔方陣がひときわ明るく輝いた。

 かと思うと、魔方陣の中央から真っ赤な光が発射される。




 文字通り光の速度で飛んだそれは、4人の腹部を貫通した。




 しかし彼女は――攻撃を受けても、微動だにしない。よろけることも無い。

 無表情に、まるで攻撃を受けてなどいないかのように『世界の訪れ〈エンドレス・リボーン〉』を発動する構えを見せたまま。


 が――その姿は突如として数字へと変わる。


 もしかしたら自分が敗北したことにすら気がつけていないのかもしれない。断末の声すらなく、それらの肉体を象った数値はあっという間に霧散し――あとには、本物だけが残る。ウィンドウには『虚ろなる轟沈の獣』を倒した報酬が4回分表示されている。


 無音の王都に似合いの、酷く、静かな幕引き。




 ――アカネの使った魔法は、無属性の魔法『心を削る断罪〈ギルティ・ギルティ〉』。

 その効果は至ってシンプルで、自身の消費したマジックポイントの分だけ、相手のヒットポイントを減らすと言うもの。


 対象を複数同時に選ぶことが出来ることもあり、初期の体力とマジックポイントに差がないときには重宝されていた。が、すぐにポイントを増やすことが可能な『ラスト・カノン』の現状では、最早見向きもされない初級魔法である。全消費しても相手の体力の100分の1も削れないなんて展開もザラだ。そうなるぐらいなら普通の魔法を使ったほうがよっぽどダメージが通る。




 だが、称号『無尽蔵のMPタンク』を得るほどに。

 レベルアップ報酬を自身のマジックポイントにがっつり振っている、その数値は――『ラスト・カノン』の保有ポイントランク第5位である彼女の保有するポイントの、20倍弱を誇っている。




 そして、初期魔法である『心を削る断罪〈ギルティ・ギルティ〉』の魔法の発動は早く、最初から詰め込むマジックポイントの値を即座に入力すれば、ほぼノーラグで放つことが出来るのだ。


 それはつまり、先手を打てればアカネは自分を20回近く倒せると言うことであり。

 残念ながら相手となる自分のAIには、その思考は組まれていないのだ。




 今の戦闘によって増えた保有ポイントを確認する。明日の戦闘時、そこで入れる数値を間違えればかかる時間も増えるし、そうなると展開も段々と面倒になっていく。

 手早く済ませられることは無駄なく終わらせ、効率良く攻略を進めたい。


 画面を見つめている彼女の耳に、城の床を叩く足音が聞こえる。




「……終わったのか」




 そういうぶっきらぼうな声が誰のものであるかは、ここ数年の付き合いですっかり把握してしまっている。




「うん。そっちもお疲れ様、ユウヒ君。ヒガン君がありがとうございましたって言ってたよ」

「……ん」




 ウィンドウから顔を上げれば、橙色の髪の持ち主が目にはいる。普段と特に変わった様子は無いが、やけに足取りが慎重だ。

 飲まされたせいかと一瞬思うも、目の下に隈が出来かかっているのに気が付いて納得する。

 『睡眠障害』の一歩手前の状態だ。




「寝てないの? どっかで泊まってきたらよかったのに」

「……人が多いところは、安心できない」




 話しながら近づいてきた彼は、無言で出て行ったときに持っていた布袋を手渡してきた。両手で受け取ると、ずっしりとした重みを感じる。何か中身が入っているようだ。スニーカーは渡したと言っていたのに、どういうことだろうか。

 ユウヒは一つ大きな欠伸をして、そのまま城の奥へと歩いていく。どうやら今から寝るつもりらしい。その背中に向かって声をかけた。




「どうしたの、これ?」

「……せっかく『ユートピア』まで出向いたんだから、本買ってきた。お前にやる」

「え、本当?」




 思わず聞き返してしまう。本を読むのは、最近のアカネの日課だ。キラー討伐が終わって暇が出来ればすぐに文字を追う生活をしている。

 この世界にデータとして存在する本のほとんどは城に納められているから読めるのだが、『ユートピア』で買ってきたと言うことはプレイヤーの誰かが執筆して出版しているものだ。今まで見たことのないものに違いない。

 そしてこの重みからすると、1冊や2冊ではなさそうだ。プレイヤーの執筆本は娯楽性が強くそこまで値が張らないと聞くが、この冊数だとそれなりにしたのではないだろうか。




「ただでもらうのは悪いよ、お金ぐらい払わせて」

「……いらん。後で本貸してくれれば良いから」




 そういい残して、彼は広間に存在する扉の1つ――寝室へ繋がる廊下消えていく。立ち止まるどころか振り向きもしなかった。まだちゃんとお礼もいえていないと言うのに。最初に言えばよかったかもしれない。


 寝るところこれ以上邪魔するのも悪いだろうと、諦めて袋の中身の確認に移る。

 袋を床において自身もしゃがみ込み、両紐を解く。開かれた布の中から、見たこともないタイトルや作者名が目に飛び込んでくる。




 文庫のような小さなものから、どこぞの辞書のような太さのものまで、その数は20――いや、30冊はあるだろうか。




「……すごい。嬉しいなぁ、これ」




 その本の山に目を輝かせた彼女は、早速1冊を取り出す。ヒガンとヤシャマルが来る前に読んでいた本は世界の雑草全集第12巻で、流石に膨大すぎる草の話に飽きてきていたところだった。

 延々とそれを読むよりは、こちらの真新しいものに手をつけたほうが、疲れた体にはよく読めそうだ。




 彼女は残りの本を袋にしまいなおすとアイテムポーチへ入れる。サイズ的にはどう見ても入らないが、ポーチの入り口に袋の端が触れるとみるみるうちに小さくなり、ちゃんと中へと収まった。


 取り出した1冊を片手に、アカネは城の本が納められている部屋を目指して螺旋階段を登っていく。




 ――その表情が普段のさびしそうなものとは違う、嬉しそうなものであるということを、彼女は知らない。




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