(1) 『キラー』最短討伐作戦
――時は20XX年。
ヴァーチャル・リアリティという単語が全国民に知れ渡るほど浸透していたこの時代、『RPGといえば体感型』という認識が当たり前になっていた。
各ゲーム会社がこぞってVR機能の搭載されたゲームを販売し、人々も当たり前にそれを受け入れた。かの有名な映画や小説のように、『作られた世界へ飛び込む』ことこそが、この時代でのゲームのあり方だったのだ。
とあるVPMMORPG『ラスト・カノン』が販売されたのも、その最中だった。
大々的な広告があらゆる宣伝媒体でうたれ、爆発的なヒットを記録することとなったそのゲーム。
最大の売りポイントとなっていたのは、『圧倒的自由度の高さ』である。
ゲーム内での確たる目的は存在しない。ダンジョンやラスボスと呼ばれる存在もいたが、別にモンスターを倒すことを第一する必要は全くない。自分でない誰かがラスボスを倒せば、何もしなくても新しい要素が開放されていく。
ひたすら農業に打ち込むもよし、魚を釣りまくるもよし。服飾職人となっておしゃれな洋服を作るもよし、研究職となって新しい魔法の開発を目指すもよし。さらに踏み込んでコアなところへ行くと、この世界でさらにゲームを作って売ってもよし、金策に打ち込み大富豪になるもよし――。
このように『ラスト・カノン』はそれぞれが好きな目標に向けて、自分の好きなようにプレイすることの出来るゲームだった。
自分が攻略する前に敵を倒されてしまうのは納得いかない、できることが多すぎて何をやればいいかわからない、という意見もあるにはあったが少数派だった。
それに、自由にやりたいことをやるには体力の足りなくなった老人や、夢をあきらめた中年のサラリーマン達にとって『第二の人生』を歩むことのできる画期的な存在のゲームであって。
結果として、『ラスト・カノン』はプレイヤーの中心層である若者のみならず、全世代に対して売れに売れた。
人々は、自分ではない自分として好きな人生を歩めるそのゲームの世界に心酔し、虜になっていた。
――そんな『ラスト・カノン』の世界から、唐突にログアウトが出来ない状態になってから、5年。
現実に戻れない。
この世界で今ロストしたらどうなる。
本当の自分の身体は今どうなっている。
そんな悲痛な叫びが溢れ返ったあの日から、5年。
『ラスト・カノン』に閉じ込められたプレイヤー達は、数多くの争いや混乱を経て。
諦めのためか、一向に変わらない日常のためか、『この世界での永遠の暮らし』を受け入れつつあった――。
***
「――『キラー』と『クレィジィ』のメンバー、交戦開始だってよ」
『ラスト・カノン』の世界で最も平和だと謳われる都市、『ユートピア』。
モブキャラクターだけではなく多くのプレイヤー達が思い思いの商品を売り出している商業の都としても有名であり、最もプレイヤー人数の多い場所だといわれている。
その都市の一角にあるジャンクフード店、『ニッカポッカ』には、連日多くのプレイヤーが訪れていた。モブキャラクターが営業している店で、年中無休。プレイヤーに対して良心的なお値段で、そこそこの量を提供してくれる。ゲーム内のパロメーター『満腹度』を満たすためには最適の店なのだ。
今日は晴れていることもあって、テラス席も満席だ。その一箇所を陣取り、店の定番メニューである『サンドウィッチセット』を頬張っていた若者が2人。
そのうちの1人が、自身のウィンドウの『お知らせ画面』を開き、そう呟いた。
「はぁ? もう対戦してんの?」
それに対して間抜けな声を上げたのは、反対側に座っていた若者の友人である。今まさに口の中に入れようとしていた料理を一旦皿に戻し、空中に指を立てて自身のメニュー画面を開く。
「うわ、マジだ」
「だろ?」
確かにまず目に入ってきたのは、友人の言った内容そのものだった。『お知らせ画面』と書かれたウィンドウには、ブルーの背景に薄い白の文字が浮かんでいる。
【11月12日 10:03 『キラー No.923』と『クレィジィ』のメンバーが、戦闘を始めました】
「いやいやいや、でもさぁ、早すぎね?」
文字を読みながら若者は、そのお知らせの一つ前に表示されているものへと目を移す。
【11月12日 10:00 『キラー No.923』が『ラスト・カノン』のどこかに出現しました】
ここで書かれている『キラー』というのは、ゲーム内でのボスのような役割を果たしている。
一度に1体以上は存在しないかなりレアな敵で、撃破されたら次に出現するのは翌日の10時と決まっている。後ろについているナンバーは、今まで出てきた『キラー』の数を合計したものだ。今日出てきているキラーは923体目ということである。
単体で挑むにはかなり厳しい相手だと言われており、ナンバリングが進むにつれて強化されているという噂もある。そのため、そこら辺の一般プレイヤー達は積極的に出向こうとはしない。
だが、『キラー』を10体倒す度に『ラスト・カノン』内でのイベントが開かれることと、撃破した際に受け取れる『ポイント』が非常に多いことから、上位のプレイヤーは皆『キラー』を狙いに行く。
それはもうここに閉じ込められて2年が過ぎる頃には当たり前、ではあったのだが。
「なんでこの『クレィジィ』ってやつらさ、キラー見つけるのこんなにはえーの? キラーって出現時間は決まってるけど場所は不確定なんだよな?」
その他の溜まっているお知らせにさっと目を通しながら、若者は言う。
「戦ったことも出会ったことも無いからしらねーけど、そうらしいよな」
一方、言いだしっぺの若者は既にメニュー画面を閉じて、サンドウィッチを胃袋の中に収める作業を開始していた。口いっぱいに詰め込んだ食べ物をセットのジュースで流し込んでから、続ける。
「つっても、こいつらって常にそうじゃん。『キラー』登場から5分もしないうちに交戦してるよな」
「え、そうなの?」
「お前、お知らせ見なさすぎだろー。ここ1年ぐらいはずっとそんな感じだぜ」
「だーって俺がなんかしようとしまいと何もかわんねーし?」
「……まぁ、否定はしないけど。正直こいつらが『キラー』殴りまくってくれてるおかげですぐにポイント稼ぎイベント来るし、俺らとしては万々歳なんだよなー」
どんな連中か知らないけど感謝感謝、と言いながら、若者はサンドウィッチを両手で持つと口へと運んだ。
「ていうか1年近くずっと『キラー』って『クレィジィ』に狩られてんの? なのにこの世界のポイント1位ってうちのギルドのままなの?」
「ま、ほーみはいはな」
「やべえな、うちのギルドやっぱ最強じゃん」
満足げに言って、もう片方の若者もサンドウィッチを頬張り始めた。
そしてそれきり彼らの話題は別のものへと移り変わる。自身の『ラスト・カノン』での生活についてであったり、不満であったり。
『キラー』や『クレィジィ』についてなど、再び口にされることは無かった。
最早それが、彼らの日常なのだ。
運営へと連絡を取ろうと試みても、連絡をとる画面そのものを開くことが出来なくなっていた、5年前。
当初こそ誰もがゲームからの脱出を目指し、方法を考え、必死の思いで『キラー』討伐に出かけたり、ダンジョンに潜ったりしていた。何かしなければならないと思いながらもどうすればいいかわからず、『ラスト・カノン』をゲームとして進めてみるしかなかったからである。
だが、どう頑張ってみても、何も変わらなかった。
何度眠りにつき、目覚めてみても、この世界ではないところへは行けなかった。
ただただ、ゲーム内でそれなりに重要な意味を持つ『ポイント』が増えていくだけだ。
あまりにも変わらない、変えられない日常に、いつしか熱意も薄れていき。
今、プレイヤー達のほとんどは『ラスト・カノン』という世界がまるで現実であるかのように生きていくことに慣れてしまっている。
だからかもしれない。あまりにも警戒することを忘れている彼らは、いや、『ニッカポッカ』で食事をしていた誰もが、気づいていなかった。
テラス席の中でも一番端にあったテーブルを座っている1人の青年が、通話機能を使ってこんな会話を繰り広げていたことに。