王女様の騎士は包帯を掲げる
「互いの名誉と愛を賭けた決闘を此処に開始する事を告げる!」
いきり立つ愛馬を宥める。
決闘相手も煌びやかな甲冑を身に纏い、槍を構えて佇んでいる。
どうしてこうなった。
自分でも意味不明な状況だと思う、俺は決闘なんて事に手を出す人間じゃあない。
それが何故かこうして名誉と愛を賭けての決闘騒ぎに巻き込まれている。
愛? 可笑しな話だ。
決闘騒ぎの原因である彼女に俺は何時愛とやらを捧げる間柄になったのだろうか。
雇い主の孫だから正確に言えば雇い主ではない。
いや実際の雇い主でもあるし大切な弟子でもあるのだが……。
剣を捧げた訳でも、ミンネの証も受けた覚えは無い。
ちらりと左肩を見る。
肩当の下にある物?
いやこれは只の包帯だ、けっしてミンネの証とは違うな、だがしかし……。
ガーディアン。
それは騎士の中でも精鋭と言われる近衛騎士に匹敵する程の実力を持つ自由騎士に与えられる最高の称号だ。
貴族出身で無くともその扱いは男爵相当。
歴代のガーディアンには其のまま叙爵されて実際に男爵として召し抱えられた者もいる。
まあ俺はちょっと生まれが特殊だから純粋な自由騎士のガーディアンとは言えないけどな。
雇われ先は色々だが格の関係から上客専門になる。
上は貴族様の街中の護衛から下は大店商家の旅の護衛というところかな。
勿論下積み時代は冒険者の真似事もしたし、行商の護衛だって務めた。
だがしかしだ、貴族や大店の護衛ともなれば給金が違う。
普通に護衛していた頃なら一日働いて良くて二日分の生活費を得る位だろうか。
それがガーディアンとなった今では一月でその頃の一年分の生活費に相当する金貨を稼げる。
戦力換算にしたらそれでも安いという位の自信はある。
それと自分で言うのもなんだが俺を雇う事による名声や見栄。
これが貴族や大商人には重要な事になる。
契約金や給金の高さもあるけれども、一ヶ月以上の契約と三ヶ月以内での再契約は無い。
別段規則になっている訳でもないのだが、俺のマネージメントを担当している自由騎士団の担当者が教えてくれた。
こうするのがガーディアンを雇う貴族の慣例だそうだ。
ガーディアンを独占するなかれ。
暗黙の了解となっているのだが、ガーディアンを雇う事でその家の格と資金力を誇示し、同等の人々がその話題を共有するのだから独占はご法度だそうだ。
また矜持という意味合いもある。
特定の個人に雇われ続けるのは自由騎士ではないからだ。
そして別の角度から俺の仕事を見ると違う答えも出てくる。
指導員として貴族家臣団の騎士や兵士に護衛方法の特訓なども行う。
その価値を認めれば一家で独占する事は嫉妬を生み出す可能性がある。
「ってのが慣例だと聞いたんだが、この契約条件はどういうことだ。
契約期限が三ヵ月でしかも次の予定に割り込むから取り消せってのは無いんじゃないのか」
「アレックスが不審に思うのも判るがな、雇い主の所をよく見てくれ」
「ロバート・レウル・オウル・アーリントン……アーリントンの先代公爵か。
いや、だが既にあの方は隠居されて夜会にも出席しない筈だ。
それに三ヶ月もの拘束期間は変だろう」
「お前、アーリントン公爵様まで名前が出てて何で気がつかない、国王妃殿下のお父上だぞ」
「いや、それぐらいは解っている……なんだまさかこの一件に絡んでるのは王宮か」
「そう考えて当然だろう。
次の予定先などには既に話が通っているらしい」
そういって俺の担当者は手を挙げた。
釣られて俺も手を挙げたし、気持ちは判るさ。
自分の仕事の領分を侵されたら面白く無いだろうし、そんな相手じゃ正にお手上げだ。
結局引き受けざるを得ない仕事として俺はアーリントン領へと赴く事になった。
ガーディアンと言えど所詮は雇われる自由騎士だ。
国とか権力者には逆らわないに限る。
「さあ、私に剣術を教えなさい」
豪華な公爵家の貴賓室で向かい合った少女が俺に告げる。
なんで俺の目の前に何処かで見たような御令嬢がいて俺に剣を教えろと高圧的に言ってるんですか。
雇い主は何処ですかね。
「あのアーリントン先代公爵様からの依頼で私は来た訳ですけれど」
「ええ、お爺様のお名前を借りました」
「お爺様? 先代公爵様はこの事をご存じなのでしょうか」
「内緒でしてよ。
お爺様は避暑に際しての護衛だと思ってますわ。
暫く王都に御用があるので此方には居られませんし」
ヤバイ、拙い、洒落にならん。
アーリントン公爵家を訪れるに際して再度勉強し直す為に自由騎士団の資料を読んで勉強したけれど、現公爵閣下に娘がいるだなんて俺の記憶にもそして記録も無かった。
王妃様関連かもしれないと其の辺りの資料も勿論読み直して情報収集に努めた。
関連する貴族、派閥、敵対勢力の予想等々だ。
ガーディアンの仕事は其の辺りの情報も持っていて当たり前。
俺はその手の事にも詳しいしな。
だからこその高額な金額を請求している。
そうした情報から、この少女と言っていい生意気な物言いをする御令嬢の正体も正確に把握できる。
いや確信を持てたと言っていい。
血族故の他人の空似とかだと嬉しいな、なんてちょっと現実逃避位してた。
「御無礼を、」
「あ、待ってね、私は今は只のシャーロットよ。
必要以上に硬い言葉遣いも不要だわ」
無茶を言う、騎士の礼をしようとしたのだが止められた。
王女殿下に無礼を働けるわけがないだろうに。
思わず侍女に目を向けた。
あ、逸らしやがった。
そもそも王女殿下なのに護衛はどうした。
恐らくはこの侍女もそれなりの護衛術を身に着けているのだろうが、幾ら俺がガーディアンだと言っても不用心に過ぎないか。
それに剣術を習うだけなら近衛騎士辺りが担当しているだろうに。
「では、シャーロット様と呼ばせていただきます」
「ええ、宜しくてよ」
「何故私に剣を教わろうと思われたのですか」
「アレック、スは僅か二四歳にしてガーディアンと認められる国内最強の魔法剣士でしょ。
習うならば最強の人間に習うのは当然じゃないかしら。
夜会でも最高の騎士はと言えば誰もが貴方の名を出すもの」
「最強と呼ばれている事は私の誇りでもありますが、だからと言って剣を指導する事まで達人とは」
「フフフ、それぐらい調べているわ。
有力な貴族で貴方の指導を受けた騎士は数多く、そして貴族の誰もが口を揃えて言うわ、騎士が成長したと」
国内最強と呼ばれるのは武闘大会で馬上槍試合、長剣試合、盾剣試合、魔剣試合の全てを制して完全優勝したからだろう。
しかし俺の指導を受けた騎士全てが成長したなんてことは無い。
控えめに言っても俺に反発していた者の方が多いな。
だが貴族が俺を雇うのは一つのステータスだから誰もが称賛を送っているだけだ。
それにどちらかと言えば指導しているのは護衛方法だ。
立ち位置や立ち方、剣の抜刀方法の指導、退路の確認方法から如何に護衛対象を無事に逃すかが重点になる指導なる。
騎士は基本的に自分の名誉の為に戦う貴族だからな。
どうしても逃げる事を良しとしない者が多い。
倒そうとする剣術を否定はしないが、守り抜く姿勢の方が重要だと教え込むのだ。
「私の教えるのは剣というよりも護衛の仕方が中心ですよ。
それに剣も王宮の騎士が使うような正当な剣術とは違います。
シャーロット様が習うのならば正当な剣術をお勧めします」
「駄目よ、本気で私に剣を教えようとする者など居ないわ。
それに、そんな正統剣術の騎士を打ち破って最強の座にいるのは貴方でしょ」
それはそうだろう、現国王陛下に男子の跡取りは居ない。
仮に生まれたとしても直に王太子にはなれない。
つまり第一王女殿下であるシャーロット様は現在王位継承権第一位の存在だ。
どこの誰が戦闘用の剣を真剣に学ばせるのか。
怪我でもさせたらどうすると考えるに決まっている。
そもそも俺は貴族令嬢の依頼は受けてない。
女性はトラブルを招く。
こうした経緯で舞い込むトラブルは想定外だったがな。
断るのは簡単だ。
不敬罪もこの場合は適応されないだろう。
ガーディアンという名声が俺を守る盾になる。
俺が女性の依頼を受けてないのは有名だからな。
しかしだ、俺の顔を見て怯まずにいる態度は王族と言えど大したものだと思う。
左右色違いの目、女子供が見れば間違いなく怖がるだろう鬼とも呼ばれた顔つき。
二メートルの体躯は鎧を着用していなくても十二分に相手に威圧感を与える。
今でこそガーディアンと言われるが、昔は鬼面とか赤青鬼眼アレックスと言われていた。
もし見かけたら攻撃するか逃げ出すだろう自信がある。
それに少しだけ興味が沸いた、其処までして第一王女殿下が剣術に興味を持つことに。
結果としてだが、一応引き受ける事にした。
一応というのは俺の指導に逆らわない事、途中で辞めたらそこで訓練は終了する事を条件にしたからだ。
別に無茶なことをさせる気は無い。
無いが、真剣に教えを乞うのならば問題は無い筈だ。
「よし、シャーロット、まずは素振りしてみろ」
「はい、師匠!」
言葉遣いとか師匠と呼んくる事とか不敬罪とか知らん。
指導には邪魔な事は無視するに限る。
俺の師である騎士も同じだった。
あーでも考えると指導はしたことはあるが、弟子にした事って今までないんだよな。
まさか第一王女殿下が短い期間と言えど一番弟子になるとか人生判らないものだな。
だがちょっと待て。
「おいシャーロット、なんだそれ」
「騎士と言えば長剣を振るうのですわ」
「却下だ、まあ振ってみれば判るか。
思うように振り上げてみろ」
持ち出して来たのが試合でも使われる事が多い両手持ちの長剣とか在り得ん。
練習用に刃を潰しているとは言えども重さは変わらない。
「やってやりますのよ! ソレッひゃあ」
――ザクッ
成程、腕力はないが足腰は意外に鍛えられている。
足運びは悪くないのは恐らくは舞踏の鍛錬を真面目に取り組んでいたのだろう。
が、圧倒的に腕力が足りていない。
振り上げた剣に振り回されている。
つか、放り投げるな、危ない。
「理解出来たな。
そのサイズの剣を振るうならば魔法を併用するにしても俺のような腕にならないと駄目だ。
想像してみろ、その腕が俺の様に鍛えられたらどう見えるか」
「却下ですわ」
「理解が早くて結構。
遠心力を利用して舞うように振るう方法が無くもないが、結局は握りの問題があって打ち合いに負ける。
自由自在に振り回してこそ重さのある剣は意味があるからな。
だから使うならば細長剣の類がお勧めだ」
王家なら細身の剣であるエストックやレイピアでも素材と腕の良い鍛冶師に作らせた逸品があるだろう。
それともう一本、鎧通しやソードブレイカーなどの短剣を持たせようか。
意外に面白い才能をもっているし、何よりも根性がある。
素振りをしろと言われて回数を決めなければ騎士や兵士からは必ず何度振るのか聞かれる。
終わりなど決めてないのだから聞かれても困るのだが、シャーロットは黙々と振るう。
正面から、横からと振るう姿勢や型を矯正しつつ振りが甘くなれば指摘をしていく。
「まずは正確な軌跡をなぞれ、もっとコンパクトに、、力任せな剣など要らない」
「はいっ」
最初の稽古はゆっくりと剣を振るう事から始める。
基本は此方からの木剣の攻撃を逸らす事だ。
受け止めるのは女性には向かない。
力比べに持ち込まれると不利となる。
一つの型の修練を終えればその次へまたその次へ。
「俺の剣を反らすことだけに意識を向けるな、どういう動きが次の動きに繋がるかを考えろ」
「はいっ」
小石を布で包んだ物を投げつけて剣で弾くだけの修練。
投げる小石は下投げで緩く。
徐々に投げる個数を増やしていく。
「これは相手からの突きだと思え、当たればそこを突き刺されて死亡だ」
「はいっ」
軽やかなステップを踏ませるようにダンスのような動き。
木の杭の上をロープなどの障害物を避けながらリズムに合わせて動き続ける。
掛け声で動きの種類を教えるまさにダンスのような組み合わせだ。
「ダンスと同じだ、足元だけを見るな。
周りにも目を配れ、もっと早く素早く」
「はいっ」
「こんな感じで動け! 障害物は味方だ。
ライト、ダウン、ワン、ツー」
「はいっ」
俺が昔やった訓練を優しくした方法、いや人道的にした方法だ。
剣を逸らす訓練は確かにゆっくりだったが、間違えたり往なす方向が違うと容赦なく肌に剣が刺さったものだ。
全力で投げつけられる小石では体中に青痣が出来て痛みで眠れない日々を過ごしたな。
剣を持った状態で障害物と投擲、トラップを避けながらの鬼ごっこという名の訓練は地獄だった。
避暑地での三ヶ月という間の訓練はあっという間に終わった。
才能はあったが、流石に三ヶ月で一流にするなんて事は出来ない。
「私、強くなったでしょうか」
「まあ、最初の頃よりは強くなっているでしょう」
「でも、まだまだですのね」
「たった三ヶ月でよくぞ此処までと褒める程には強くなったと思いますよ。
あとは継続する事、一日も休まず続ける事が力になるでしょう」
まあ才能のお陰で其の辺りの兵士と一対一なら負けない位には出来たのではないだろうか。
まだまだ鍛える余地はあるので心残りではあるが仕方がない。
今後継続して訓練してくれればもっと上達するだろう。
それにだ、俺の教えた全てを利用するなら騎士だろうが一対一でも撃退する事は可能だろう。
相手が王女という立場だけにちょっと躊躇していたのだが、実際に襲撃されるのならと色々と仕込んだ。
この避暑地での三ヶ月の間に四回も暗殺者が訪れている。
轟音と閃光が発生する魔術を利用したトラップを手始めに刺激物による目潰しの粉や魔物素材で出来た痺れ薬の粉の筒や床が滑って立ち上がれなくなる液体や魔物製の投網などだ。
中々に飲み込みが早くて非常に優秀だった。
ついでと言っては悪いが侍女達にも訓練を施した。
予想通り暗殺者が訪れた時に対応したのは彼女たちだったからだ。
格闘術を中心に指導したのだが関節を極めたり縄を使っての捕縛に関しての成長には驚いた。
更に彼女たちの制服であるメイド服も改造を施した。
スカートの中にはナイフや鞭、鋼糸などが隠されている。
元々ナイフ程度は仕込んでいたようだが、今では衣服も特殊な魔物の糸を使い盾になれるようになっている。
更に用意しやすい侍女の仕事道具を使った戦闘法も教えた。
デッキブラシや箒、を使った棒術は間合いも取れるし、格闘術との相性もいい。
もちろん道具は戦闘に耐えるように金属などを仕込み済みだ。
叩きなども魔物の素材を使うことで強化してあるから侮れない。
彼女たちもこの三か月で大いに成長した。
普通の暗殺者位ならば簡単に撃退するぐらいの実力はある。
王女殿下を除けば一番念入りに鍛えた部隊でもあるから普通の騎士団も相手にできるだろう。
名残惜しいがまた鍛える機会もあるだろう。
最後に王都まで送り届ければ仕事は終了となり一番弟子と師匠の関係では無くなる。
知らない間にどうやら一番弟子だと完全に認めてしまったらしいな。
シャーロットなどと呼ばないようにしないと不敬罪で捕まるから気をつけねば。
王都への帰路、もう一日も進めば王都という場所で武装集団が進路を塞いだ。
装備や武器の類から見るに騎士崩れや冒険者崩れの傭兵団が金を積まれたというところだろうか。
だが不思議なのはそんな奴らを使うということだ。
「周りの奴らを蹴散らせ! お宝には傷をつけるな」
「おぉぉ!」
「いけぇ、突っ込めぇ」
これだけの集団を雇うには多額の金貨が必要だ。
それにお宝とは王女殿下の事で間違いないだろう。
こんな事を漏らすような二流、いや三流以下の傭兵団を使う意味は何だ。
まあ兎にも角にも今は対処が先だ。
王女殿下の馬車に並走していたが、突っ込まれるのは頂けないな。
槍を構えて一撃入れる為に愛馬を駆る。
「ハイヤッ」
「グッハァ」
先頭の団長らしき人物に狙いを絞って潰す。
グッ、先頭を突っ込んでくるだけあって馬鹿だがそれなりの腕だったな。
左肩の肩当の一部が吹き飛んだか。
「なんだ、あの化け物」
「槍の一撃だけで団長が吹き飛ばされるだとっ」
「オイ嘘だろ、あの甲冑! 何で赤青鬼眼がいるんだよ」
「鬼面がいるなんて聞いてねえぇ、逃げろぉ」
「やってられるかぁ、ボッケリーニの野郎こんな仕事誘いやがって、オラァ退却、退却だあ」
「俺らも逃げるぞぉ」
俺がいるだけで退却、いや正しい判断だとは思うがアッサリ引きすぎだろう。
団長とやらは纏め役か、それがやられても突っかかってこない程度の奴らということだ。
それが何で王女殿下を狙うなんて真似をした……。
敵国? だが王都近くで襲撃を計画する意味はなんだ。
二〇〇名以上の集団に幾ら数を上回っていても挑んで来るのも不思議だし、アッサリ引くのも納得がいかない。
「ぎゃああ」
「騎士団だとぉ」
「くそがぁ、散れぇ」
良いタイミングで巡回騎士団か、いや王女殿下の迎えか。
騎士団と思われる集団から数騎だけが離れて此方に向かってくる。
「馬上にて失礼、近寄られるならば名を名乗られよ」
「なんだとっ、控えろ下郎っ。
此方におられるのは第一騎士団、第一部隊長でありローエン公爵家嫡男ナルキソス様であらせられるぞ」
「護衛中にて失礼した、私は自由騎士団所属アレックス、王都までシャーロット、王女殿下を護衛しております」
あぶねえ、シャーロットって言いかけた。
しかしあの第一騎士団でしかもローエン公爵家の嫡男ナルキソスね。
お飾り騎士団が出張ってくるか。
相手をするのに嫌な男が出て来たな。
確かシャーロットの有力な許嫁候補の一人に名前が挙がっている。
兵士に目配せして王女殿下に伝えるように合図しておく。
「通していただくぞ」
「いえ、お待ち下さい。
只今確認しておりますので」
「貴様ぁ!」
「押し通――ヘゥ」
「現在襲撃を受けたところにて、私の許可もしくは王女殿下の許可がない限りは通せませんな」
槍を突き付けただけで情けない声を出す騎士だな。
しかも反応するのが遅い。
危うく馬を進めるから突き刺しそうになったじゃないか。
貴族のボンボン集団というのは本当のようだ。
「ガーディアン如きが逆らうか、しかも貴様も半分は――」
「それ以上何か述べますか? 私の方は何と言われましても返答は変わりません、無理に押通ると望まれるならこの槍にてお相手致そう」
「クッ」
「構わないさ、その男も今は職務に忠実な自由騎士ということだ、留まれ」
「ハッ」
「ッ――師、アレックスその怪我はどうしたのです」
「襲撃してきた一団の頭目が思った以上の槍の使い手だったもので、少し掠った程度です」
「こちらへ」
いやいや、いきなり押しかけてきたといっても第一騎士団の面々の前で治療とか。
師匠って言いかけるし、全く勘弁してくれよ凄い形相で睨まれてるじゃないか。
一応魔法で血は流れないようにしてるんだから問題ないんだがな。
しかもその今破いたハンカチーフお高いでしょうに。
こんなのは包帯でも巻いておいて治癒術師に掛かればいいだけなのに。
「出迎えと聞きました。
ですが第一騎士団がどうして出てきているのですか」
「ハッ、王女殿下への不穏な噂を掴みまして万が一の事が起きぬようにと」
「そうですか大儀でした」
「では王都までは我ら第一騎士団が」
「いえ、此方には最強の護衛と名高いアレックスがいます。
第一騎士団は周辺に散った残党の処理に向かうように」
「ッ、分かりました。
王女殿下のご命令とあれば、これより第一騎士団にて不届きな賊の殲滅をしてまいります、失礼いたします」
あれは納得してないな。
第一騎士団としては王女殿下を護衛しながら王都入りしたかっただろうな。
にしても……これは。
「はあ、行きましたか。
師匠、どう見ますか」
「あー、せめてアレックスと呼んでくれませんか。
流石に師匠と呼ばれるのは公の場では」
「いいではないですかっ、私の師匠は師匠です。
で、どうなのですアレは」
「こう言っては失礼ですが、仕込みとしか考えられませんね。
随分とお粗末な企みですが」
「やはりそうですか、タイミングが良すぎますし。
賊の討伐だというのに第一騎士団が出張る事になる筈もないのに愚かですね。
情報を掴むよ程に優秀ならもっと評価もされているでしょうに」
「何名か貴族家で見た者たちもいましたから第一騎士団の貴族騎士の護衛も引き連れて来たのでしょう」
この襲撃の後は大した問題も無く王都へと到着することが出来た。
では、これにて失礼しました、なんて問屋が卸す訳がない。
いや襲撃だったりが無ければなんとか王都に到着した所で本当に騎士団辺りに護衛を引き継いでお役御免で済んだ筈なんだがな。
なんで俺謁見の間で頭下げてるんだろうかね。
答え、国王陛下が是非とも顔を見たいなんて仰られたそうな。
別室で待たされたから普通に褒美で金貨でも貰って終わりだと思ったのに。
呼び出されたと思ったら謁見の間でしたとか、色々すっ飛ばしてるな。
俺の恰好なんて護衛の甲冑のまんまだよ?
「面を上げよ、陛下が直答を望まれておられる。
名を名乗るが良いぞ」
「ハッ、拝謁の機会を賜るばかりか直答させて戴く事誠に恐悦至極。
自由騎士団所属、ガーディアン、アレックスで御座います」
「何そんなに堅苦しくなくともよいだろう、初対面でもないしの。
それにだ、我が娘の恩人として礼を述べたいと呼んだのは我の方だからな。
久しいなアレックス、様々な苦労を掛けただけでなく賊の首領を打倒し突撃を阻止し娘を守ってくれた。
この功に報いる為にも、侯爵位を授け第一王女専属の近衛としたい」
謁見の間が一気に喧噪に包まれた。
そりゃそうだろう、貴族の嫡男が継ぐような叙爵じゃない。
なのに侯爵位なんて授ける筈がないのだから。
まさかな。
空耳が聞こえるとは日頃の疲れでも溜まってたか。
急いで戻ってきたであろうナルキソス達が騒いでいるから空耳じゃないのかも。
参ったな。
「陛下、いくら自由騎士団所属のガーディアンと言えども侯爵位を授けるのは如何なものでしょうか」
お、白い髭のご老人は文官の長であもある宰相。
正論だ、王様が無茶なことを言えばちゃんと部下が止めるんだから大したものだね。
もっと強く反対してもいいと思う。
色々問題があると思うんだ。
「フッフッフ、ベッケンともあろうものが分かった上で詰まらぬ反対意見を申すな。
そもそもだ、アレックスには元々公爵位を継ぐだけの資格があるのだ、新しい侯爵家とするなら問題なかろう」
「陛下! 恐れながらそのものは我が公爵家から籍も外した男ですぞ。
王家と言えど我が家の事に口を出されるのは間違いかと。
そこに居るアレックスは悪魔の瞳を持ち鬼相を持つ故に公爵家から追放したのです」
「確かにその決定に我が家から口は出さなかったな、ローエンの子倅よ。
前第一騎士団長であるアレンが戦死した後に幼いアレックスの代わりに公爵家を継いだそなたの父ケインが差配したこと故な。
だが今回の事は別だ、功を立てたが故に国王として侯爵家を興すことを許可するのだ、ローエン公爵家は関係あるまいよ。
それに見よ、アレックスの左肩にあるのは我が娘からのミンネだろう。
ならば娘の思いを叶えてやるのが国王である前に一人の父としての務めだ」
「なっ、ミンネ、まさかそんな馬鹿な話が。
貴様、どんな手を使ったか知らんが其れだけは許せん。
王女殿下に捧げる我が愛に誓って決闘を申し込む」
怒涛の展開というか、俺置いてけぼりというか、国王陛下もよく覚えておられたな。
というか、ミンネ? これがミンネ……ミンネ!?
いやいや包帯替わりですよコレ。
シャーロットもそこで恥ずかしがってるんじゃない。
否定しないと決闘になるんだけど?
いや、ナルキソスが嫌なのは判るけどね。
王城にある騎士の訓練施設。
馬上槍試合の施設で愛馬に跨っているんだが、日を置かずに決闘するとか嫌がらせだなあ。
「自由騎士団所属ガーディアン、アレックス」
「ローエン公爵ナルキソス代理、ローエン公爵家騎士団長ランス」
あーそんな事だと思ったさ。
別に騎士の決闘だから代理人を立てるのはアリかナシでいえばアリだからな。
でも愛を賭けてと言ってしまうと普通は本人なんだが恥ずかしくないのかね。
しかも競技としてではなく決闘方法で来るとは。
「互いの名誉と愛を賭けた決闘を此処に開始する事を告げる!」
――ファーン
開始を告げるラッパが鳴り響き旗が振り降ろされる。
相手は俺が出場する前まで武闘大会の馬上槍試合で優勝を何度もしていた強者だ。
俺の親の従者をしてた人間が騎士団長にまでなっている訳か。
荒い力任せの槍と騎士とは思えないような振る舞いで悪名高い男だからな。
従者であるのに俺の父だけが戦場で死んでいるのも怪しいのだが、まあ今は関係ないか。
行け! 愛馬に加速を命じる。
一緒に武道大会を勝ち抜いた戦友だ、思う通りに一気に加速する。
グンっと体を引っ張る感じがする。
これが偶々相手の読みを外す事になったのだろう。
一瞬だけだが俺の目に向かって光が差し込んだ。
向こう側にそういう人員を配していたのか。
もしも速度に変化をつけても俺の愛馬程の加速でなければずっと光を照射されていただろう。
だが、ランスと重なった事によって俺は攻撃可能になった。
「ハァアッ」
「ヌッ」
攻撃的なスタンスに持ち込みながら槍を繰り出す。
腰を回転させて馬の力を載せて放つ、防御する左は怪我もあるし放棄してる。
半身に近い程に伸ばした一撃は相手からすれば伸びて迫るように見えるだろう。
だがさらに鍛え上げた俺の一撃は柄の持つ場所の深さが違う。
ランスが繰り出す槍が届く前にショルダーガードを滑った俺の槍は兜を直撃した。
――ガキンッ
金属をぶつけ合う音と共に吹っ飛ぶランス。
競技としての馬上槍試合ならば決まった場所以外への攻撃は反則となるが、決闘ならば問題はない。
しかし、卑怯な手を使ってきた腐った騎士と言えども騎士団長にまで上り詰めただけはあるのだろう。
頭部に当たった衝撃を少しは逃していたらしい。
立ち上がってきたからには続いて剣での戦いになる。
「クソッ、クソッ、このクソがっ。
手前の親父のようにあっさり死ねばいいものを!」
力任せに振るってくる剣を弾く。
落馬までしたのに大した膂力だ。
だが、そんな剣は通じない。
連撃を受け流し、剣が流れたところで反撃する。
決闘だが命までは取らずとも動けなくしてしまえば問題はない。
頑丈な鎧兜に守られているから何度も兜を左右から叩きつける。
よろめいたところに体を回転させた一撃を加え地面に打倒した。
「俺の父親の死を汚すとはそれでも従者だった男かっ」
「ガハッ、ハッ、あんな堅物。
少しの不正だけで俺たちを首にしようとした奴に敬意を持つかよ、俺がこの手で殺してやったのさ、ハハハハッ。
どうせこの試合に負けたら俺はあいつらに捨てられるだろう、ハハハ道連れにしてやるぜ」
「ランス貴様!」
「どういうことだ、お前が俺の父を殺したというのか」
「そうさ、不正を指示してたお前の叔父の現公爵の野郎が段取りをつけて俺たちがやったのさ」
拙い、この状況でそんな事を暴露したら。
「チッ、動くな!」
「貴様正気か」
「陛下、至って正気ですぞ、ナルキソスよ、今のうちに早くアレックスを殺せ」
ローエン公爵であるケインがシャーロットに背後から首元にナイフを突き付けていた。
「陛下にはじっとしておいて頂こう。
全く絶対に勝てるように段取りまでしてやったというのに、負けただけでなく秘密まで喋るとは。
騎士団長までしてやったというのにこの恩知らずめ」
「残念だったなアレックス。
決闘の続きだ、正し、動けぬお前を俺が殺すだけという筋書きだ」
シャーロットは後ろからだから右側にナイフがあるのが分からないのか。
「死ねえ!」
「レフト、アンダー、ダウン、ターンアンドエルボー」
「はいっ」
三か月の成果だ。
俺の掛け声に合わせて、左斜め下へと体を沈ませて回転付きのエルボーを見舞う。
ひるんだ叔父にさらに刺激剤や痺れ薬を使って追い打ちを掛けてトラップで周囲を安全にしている。
よくやった!
「グアアッ目がぁアガガガッ」
――ガキンッ
「ナッ」
「残りはお前だけだ、ナルキソス」
同時に俺は剣を弾き飛ばした。
「馬鹿な! クソッ」
逃走っぷりが凄いな。
国内の何処にも逃げれないのに何処に行く気なのやら。
「沙汰が下るまで自分たちの罪を悔いるがいい」
「甲冑を着てなぜそんなにも早く、グハッ」
「知らないだろうな、俺がどれだけ努力していたかなんて」
「アレックにい!」
ちょっ、片が付いたのはいいけど、観覧席から飛び込んでくるとかお転婆どころの騒ぎじゃないぞ。
「流石ですアレックにい、さま」
「なんだ、覚えていたのか」
「当然です、初恋の相手を忘れたりしません」
もしかして今回の依頼は初めから完全に仕込まれてた?
幼少の頃に幾度か遊んだというか俺を見ても怖がらなかったシャーロット。
アレックにいと言うのは舌足らずだったシャーロットが呼んだ俺の愛称だ。
てっきり余りにも幼かったから忘れていると思っていたのだが。
ロバート様か……ずっと接触がないから油断してた。
「シャーロット、あなたのミンネの証に誓おう」
「愛してます、アレックス」
母に付き添ってくれていた家宰などが声を掛けてくれて、以前父に仕えていて暇を出された家臣などを中心にローエン公爵家を復活させることが叶った。
一年程の調査を経て不正などの問題も解決して近衛の仕事じゃないよヤレヤレだと思っていたのだけれども、また新たな騒ぎが持ち上がった。
俺の結婚についてだ。
困ったことに一番弟子と結婚する事になったから二番弟子は子供が生まれるまで持てそうにない。
包帯替わりにもらったミンネがまさか本当に愛を告げる証になるなんてな。
「シャーロット、今日も訓練するのか」
「勿論、一番弟子だもの教えは守らなくちゃね。
優秀な王配もいることですし、問題はないわ。
あっ、あと侍女部隊もよろしくね」
挙式の日まで訓練を欠かさないのは誰の教えだ。
全く困った王女様だ。
男性視点で書いてみたファンタジー中世風恋愛劇。
思いついたので書いておかないと、と思って。
連載中を放置して書いてしまった。