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存在証明式(仮)  作者: 御劔ツカサ
第一章 コード:アクティベイション
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5、ファウストの亡霊 その1

ノイツとメンデルンはわりと近いです。

 馬車に乗り込んでから三時間弱、小高い丘を越えると行く手に忽然として旧ルーデン公国王都――メンデルンの街は姿を現した。


 周囲は石を積み上げて造られた高い城壁で囲まれており、街の中央から先の尖った塔のようなものの一部が覗く。その周囲を段々畑のように小さな家々が隙間なく建ち並ぶ。一体どれだけの人が住んでいて、どれだけの物で溢れているのだろうか。


 リョウとカズヤはゆっくりと大きくなっていく街のシルエットに心が浮き足立っていくのを感じた。


 「俺、本物の城郭都市を見たの初めてだ!」


 「うん! 僕も日本から出たことがないから、こういうのは写真でしか……すごいね」


 「ねえ、あの真ん中の高い建物は……」


 指差すリョウにユウナは後ろを振り向かずに答える。


 「あれがメンデルン城よ。――これからあなた達が向かう場所」


 反対座席に座るユウナには景色は見えていないはずだが、リョウがどの建物について質問してきたのか分かっているようだった。

 それもそのはず。真ん中の建物だけずば抜けて大きいのだ。

 ユウナはあんなにところに住んでいるのか、とリョウは改めて真向かいの少女が高貴な身分であることに驚嘆する。


 正門に配備された検問所をユウナの顔パスで難なく抜けると、そこにはノイツの三倍は下らない壮大な街並みが広がっていた。

 リョウたちの馬車のすぐ横を道行く人が通りすぎていく。街の大きさも去ることながらその人の多さにも只々圧倒されるばかりだ。

 道の両脇には数々の露店が顔を出し、その後ろには二、三階建ての煉瓦造りの商館や民家が建ち並ぶ。それら向かい合う建物の窓を利用して吊るされた紐に、色とりどりの洗濯物が干されていた。

 通りには商いをする人々の様々な怒声が飛び交う。その喧騒はこの街の繁栄をそのまま表しているようだ。

 脇に反れると無数の小路が迷路のように分岐していき、奥にも人の往来が見える。


 全く圧巻の一言に尽きる。

 見るもの全てが真新しくて、飽きる暇もない。

 我ながら電車の座席に立ち膝で外の景色を見ている子供のようで恥ずかしいのだが、こればかりは本当に仕方がない。感動が止まらないのだから。


 目を輝かせながら窓から外を眺めるリョウとカズヤにユウナは、話し掛けるのも申し訳なさそうな顔をしている。


 「今日はこのまま城まで連れていって、父上に一度お会いしたら、後は自由に過ごしてもらって構わないわ。――良ければ私が街案内しようか?」


 「え! いいの!?」


 リョウとカズヤは夢中になって窓に押し付けていた顔をひっぺがし、ほぼ同時のタイミングでユウナを振り向く。

 ユウナは二人の子供のようなはしゃぎっぷりに辟易していた。


 「わ、わかったわ。お話が済んだら、メンデルンの観光名所なら全部把握してるから、一通り連れてってあげられるよ!」


 言っているうちに自分が楽しみになってしまったのか、「あれとあれは外せないわね……」とひとりごちながら口元に両手を当てニヤニヤし始めるユウナ。

 全く一人娘が頻繁に城を抜け出して、街の至る所を探検して回ってると知ったら、リョウが父親なら卒倒することだろう。城どころか、街も抜け出しているみたいだが。

 そんな彼女の様子にリョウとカズヤは顔を見合わせて、どっちが楽しんでいるんだか、と肩を竦めるのであった。



 賑やかしい街区を抜けると途端に道は一気に拓けて、静けさを取り戻す。視界に映るのは堅牢な城とそれを囲む清謐な水で満たされた堀だけだ。

 遠くからみたときは民家と城の間隔は殆どないように見えたのだが、近付けば近付くほど街区と城の距離は離れていき、いかにこの城が巨大な建造物なのかを思い知らされた。

 城の前はだだっ広い石畳の広場となっており、一般に解放されているスペースなのだろう。所々に噴水が設けられていて、街の人がぽつぽつと小さな塊を作って談笑している。


 リョウは地元の噴水のある公園を思い出していた。水が流れているのをぼーっと眺めていると、嫌なことを洗い流してくれるような解放された気分がなるのだ。

 世界は違ってもこのような場所が市民の憩いの場となるのは変わらないんだな、としみじみ思った。


 リョウたちが窓に向かって溜め息を漏らす度にユウナは嬉しそうにはにかんだ。いや、本当に彼女の笑顔が見たいからではなく、心からこの街をリョウは気に入っている。

 ここが現実世界の街だったら、「メンデルンを見ずには死ねない」と言ってまわったことだろう。何かこう、そこかしこからパワーを感じるのだ。伝われ。



 城門をくぐり、馬車を降りる一行。

 そこそこ長い間狭い所に押し込まれていたので、体中がビッキビキになっていた。

 一応高貴なお方であらせられるユウナの側なので、リョウは体を伸ばすのを我慢していた。しかし、そんな気遣いに構うことなく当人が物凄い伸びを見せたので、すかさず貰い伸び。


 城の入り口には白髪で執事服の男性と、小柄でメイド服の若い女性が待ち構えていた。男性の方はその様子を見ていたようで、額に手を当てていた。お転婆ユウナにはいつも手を焼かされていそうだ。


 「お帰りなさいませ、ユウナ様」


 二人はユウナが近付くと、深々と頭を下げて主人を出迎える。


 「ただいま、アーロン、シェリゼ。父上は?」


 アーロンと呼ばれた男はユウナから外套を受け取ると、リョウとカズヤを見ていた。

 二人はどう反応すればいいのか分からず、とりあえず会釈をしてみることに。

 こっちの世界には会釈の文化がないのだろう、首を傾げられるだけだった。二人して恥ずかしくて顔を赤らめる。――うーん、フランスの映画で淑女がスカートの裾を摘まんで軽く首を曲げて挨拶していたのを見た記憶があるのだが、あれは会釈ではないのだろうか。


 「ユリウス様は執務室にいらっしゃいます。ご到着がほぼ予定時刻でしたので、十分ほどすれば客間にお見えになると思われますが」


 「そう、じゃあ二人を先に客間へ。わたしは着替えてくるわ」


 「かしこまりました。――シェリゼ、お嬢様のお召し換え準備を」


 「は、はい!?」


 一行が通りすぎてからもずっと頭を下げたままだったシェリゼと呼ばれた女性は、アーロンの声でやっとその小さい顔を上げた。それから慌ててユウナの姿を探して真横まで寄ると、お部屋に案内します、と言った。

 ところが、ユウナはそれを手で制してシェリゼに別のお願いをする。


 「いいわ、一人で着替えられるから。その代わりお客さまにお茶をご用意して差し上げて」


 悪戯っぽい笑顔をこちらに向けて「お客さま」の部分だけ強調してみせるユウナ。いいから言うこと聞いてやれ、と無言で注意するリョウとカズヤ。

 ユウナはどうすればいいのか困惑しているシェリゼを放って、すたすたと先を歩き始めてしまった。


 「しかし、ユウナ様をお部屋まで一人で行かせるわけには」


 自分がシェリゼに下した命令を棄却されたのが不服だったのか、アーロンは食い下がるがユウナは首を横に振る。


 「ううん、いいの。自分で出来ることは自分でやらないと。――シェリゼ、お願いね」


 シェリゼはアーロンに視線を移すが、彼は仕方ない、というように両手を挙げてみせた。

 暫く一人で考え込んでから「か、かしこまりました」と何故かリョウたちにお辞儀して、そそくさと左の廊下へ駆けていってしまった。落ち着きのない小動物の如き人だな。

 ユウナはそれを見届けると満足したような顔でリョウたちに振り返る。

 二人はそれで良かったの、と目で訴えてみたが、やはり彼女には届かなかった。


 「それじゃあ二人とも、また後でね!」


 訴え虚しく美しい赤い髪を左右に揺らしながら悠然と走り去っていく彼女を、二人はただ呆然と見送るしかなかった。


 「こほん、わたくしはユリウス様とユウナ様の身の回りの世話を仰せつかっております、執事のアーロンと申します。リョウ様にカズヤ様ですね。これからお二人を客間へご案内致します」


 アーロンの咳払いで我に返った二人は城内をよく知らないので、言われるがままに付いていくことにした。


 三人が客間まであと一つ角を曲がれば着くというところで、背後から耳障りな男の声に引き止められる。


 「貴様らが異世界から来たという者たちか?」


 振り向くと声の主はいた。中肉中背、艶のない茶髪に、こちらを睨んでいるかのような細い目。正直あまり感じの良くない顔だ。気のせいか、リョウとカズヤを見下しているような雰囲気も感じる。


 「これはザハール宰相、ご到着は明日と伺っておりましたが」


 ザハールと呼ばれた男はアーロンの挨拶を鼻であしらうと、不機嫌な声で予定よりも早く到着した訳を話す。


 「ふん、ユリウス様にこの者たちのことで少しお耳に入れておきたいことがあってな。――早めにメンデルンに来たのだ」


 この男は自分たちについて何か知っているのだろうか。リョウはザハールの顔をもう一度よく眺めてみたが、やはり知らない人だった。


 「して、お会いになりましたか?」


 「い、いや、まだだ」


 「ユリウス様は只今執務室におられます。こちらのお二人を客間にお通しした後で、ご案内して差し上げましょうか?」


 「け、結構だ。後で伺うことにしよう」


 ザハールは落ち着きなくそう言うと、気障ったらしくマントを翻して来た方と反対に去っていってしまった。

 カズヤも彼に見覚えがないようで、アーロンに誰だったのか訊ねる。


 「アーロンさん、あの人は?」


 「ザハール・ブント伯爵です。ルーデン公国時代に宰相をなさっていたお方で、ユリウス様の右腕でした。戦後はゼストリア王から伯爵位を授かり、南部に下賜された領をお持ちです」


 「ザハールさんはルーデンを離れていってしまったんですか?」


 「ええ、あのかたは元々ゼストリア貴族の家系だそうで、戦後はゼストリアに帰化されております」


 「へえー」


 宰相ほどの人物が国を離れていくなんてけったいな、と思いながらザハールが意外と大物であったことにリョウは驚いた。

 凄く小物臭い印象を受けたのだが、自分には人を見る目がないのかもしれない。


 客間へと続く最後の廊下を進む途中、リョウは先程から城内に人の気配を全く感じないことに引っ掛かかっていた。


 「お城の人、随分少ないんですね」


 前を歩くアーロンが振り向かずにその理由を教えてくれた。


 「我がルーデンは先の戦争で国庫の殆どを使い果たしてしまいまして、そのため城に仕えるかなりの者たちがお暇を頂く羽目になってしまったのです。もっとも今はゼストリアの援助のお陰で街も活気を取り戻し、国庫もかなり回復してきておりますが」


 「なるほど」


 だからこんなに人が少ないのか。街はあんなに沢山人が住んでいるのに、これだけ広い城には人が全くいないのは何とも妙だな、と感じる。何か特別な理由でもあるのかもしれない。


 「()()()()()も解散したのですよ」


 「ファウスト?」


 「はい。ルーデンの腕利き魔術師たちで編成された精鋭部隊です。主に国王の近衛隊のような役割を担っていましたが、戦時中にはルーデンの各地で防衛戦に参加し、目覚ましい活躍をしました」


 「ファウストに所属していた方たちは今は?」


 「半数以上の方が消息不明です……」


 「え?」


 「隊長と副隊長、それに隊員二十一名が戦後に突如として行方を眩ましたのです」


 「精鋭揃いだったんですよね? どうしてそんなに居なくなってしまったんだろう」


 「元ファウストで現在ご存命の方は、ノイツのジョシュ・ボードウィン様と城で執務官をなさっているライアック・ヒュード様のみなのです」


 「ジョシュ・ボードウィン? ジョシュ……ああ!!」


 「あなた方はノイツでお世話になったと聞いております」


 リョウとカズヤは驚きのあまりすっ頓狂な声を上げてしまった。

 存命の元ファウストの一人はリョウたちのよく知る人物だった。

 確かにあの無駄にガタイのいい体に、目の傷跡。何かあったのだと思っていたが、まさか公国時代のエリートだったとは。


 「――さあ、お待たせいたしました。こちらが客間になります」


 リョウとカズヤは案内されるままに客間へと入る。

 敷き詰められた赤い絨毯には所々に金で刺繍がなされており、部屋の真ん中には直方形の細長いテーブルにそれを囲む十二個の椅子。壁沿いに長年椅子が置かれていたと思われる陥没した跡がぽつぽつと残っていた。広さのわりに物が少ない印象を受ける。


 「暫くここでお待ちください。すぐに旦那様がお見えになると思います」


 「分かりました。ありがとうございます」


 「わたくしはお嬢様を迎えに参りますので失礼致します」


 アーロンは客間を出ていった。彼が迎えに来たのを見たユウナは困った顔をするだろうな、とリョウは苦笑いする。

 その後少し二人でどこに座ろうか迷っていたのだが、カズヤの「もうどこでもいいよね」の一言で適当に一番近くと二番目に近い席に腰掛ける。


 ――だだっ広い客間に男が二人仲良く隣り合って座っている、という気持ちの悪い空間が完成した。


 「いやしかし、あのジョシュさんが……」


 「ねえ! 僕もビックリして思わず変な声が出ちゃったよ」


 「何でノイツで宿屋なんかしてるんだろう」


 「もう一人の人は執務官をしているんだよね。何か訳でもあるのかな」


 「さあな。今度戻ったときに聞いてみようか」


 「――多分、理由は教えて貰えないと思うぞ」


 突然誰かが会話に参入してきて驚くリョウたち。振り向くと客間の扉の前に精悍で整った顔立ちの男性が立っていた。

 ユウナのような真っ赤な髪は品格が損なわれない程度に短く切り揃えられ、顎に蓄えられた無精髭が男の豪胆な性格を表している。綺麗な黄金色の瞳が椅子に座る二人の姿を映し出している。

 何となく誰なのか予想がついたので、リョウたちは椅子から立ち上がるとお辞儀をする。男は気にするな、という風に二人の肩に手を置いてグイと押して座らせる。


 「ようこそアルスヘインへ。――私は第十五代ルーデン公爵、ユリウス・ヴァン・ルーデンスだ」



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