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存在証明式(仮)  作者: 御劔ツカサ
第一章 コード:アクティベイション
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4、ゆっくりと、ノイツを立つ。

リョウがティーヤに助けられてからの二週間は後日書こうと思ってます。

P.S.下書き完全消滅。頑張って思い出しながら書きます。あと、相変わらずのスマホ投稿なので改行した頭に句読点あるかもしれません。

 田舎と都会の判断基準は何だろう、と考えたことはないだろうか。

 住んでいる人の多さ、高層建築物の有無、電車やバスなどの交通インフラの整備環境。――無数に思い付くだろうが、リョウはそれらと異なる独自の判断基準を持っている。


 ――それは、土地に流れる時間の速度。


 そんなリョウが見た二週間のノイツは田舎そのものだった。

 特産品の果物たちを栽培する者、ジョシュのように町がメンデルンまでの道中にあることを活かして宿屋を経営する者、穀物を育てる者、生活必需品を売り歩く者。皆必要なものだけを産み出して暮らす。――謙虚で慎ましい生活をする人たちは効率を求めない。そこに流れる時間は()()()()と進むのだ。


 宿屋を手伝う傍ら、そのゆとりある二週間を有効活用して、リョウはこの世界について気になることを一つ一つ調べていた。RPGたるもの情報収集は命の次に重要だ。


 ――まずルーデンについてである。

 ルーデンはゼストリア王国の西端に位置する州で、三年前まではユウナの家が王族として統治していた小国、ルーデン公国だったということ。

 この町でのユウナの扱われ方を見るに、公爵家がこの地に圧政をしていたようではないので、何か別の理由でゼストリアの属州になったと推測した。そこで気になったのは、()()()という単語だ。

 アッシュが「ティーヤの母さんは()()()()()()で亡くなった」と言っていたのがヒントになった。――アッシュの言う通り三年前、このルーデンを巻き込んでゼストリアと楊が大きな戦争をしていたことを知る。


 ――次にアルスヘイン大陸と三年前の戦争についてだ。

 リョウが転移したこの世界には一つの大陸とそれを囲む海が存在するそうだ。その大陸というのがアルスヘインである。これはジョシュに見せて貰った世界地図で理解した。

 ただ、海の果てを見た者はいないらしい。この世界にはアルスヘイン以外にも大陸があるかもしれない、とジョシュは言っていた。それを表だって言及すると異端扱いされるから、妄りに口に出すなとも忠告された。なんだか曰く付きだ。


 アルスヘイン大陸には西に楊国、東にルドヴィア連邦、中央にゼストリア王国、南北に何種類もの民族が統治する土地が広がっている。


 ここ何十年かは平和が保たれていたが突如として三年前、東へ向かう移民が北の()()()()たちに殺害されたことを言い掛かりに、楊がゼストリアへ侵攻を開始した。

 ゼストリアからすれば何にも関係ないし、とばっちりも良いところだ。しかし、長年大陸で互いに王政をとる国家として対立していたこともあり、言い争いはやがて大規模な戦闘へと変わっていった。


 互いに敵国へ進軍した両軍は、両国に挟まれていたルーデン公国で衝突することになる。民と土地を守るために国力を使い果たしたルーデン公国は戦後、同じ神を崇拝するゼストリアに仕方なく庇護を仰ぎ、属州となった。その時にユウナの家は王権を放棄して、新たに公爵位を授かったそうだ。



 「リョウ、風呂場の掃除は終わった?」


 「え? ああ、カズヤか。まだ」


 「あんまり遅いから床で足を滑らせて、頭でも打ってないか調べてこいってジョシュさんに言われて来たんだ。――何を呆けてるんだい?」


 「いや、少し考え事してただけ。気にしないで」


 「そう? 早く終わらせないとティーヤが置いていくってさ、じゃあね」


 そう言ってカズヤ――銀縁眼鏡の青年は宿屋の風呂場を後にした。


 カズヤは『土塊』の一件後、町に保護されたリョウと同じ転生者だ。保護された当初、衰弱が激しかったためメンデルンまで移さずに宿屋で回復を待つことになったのだ。

 全快してからも一週間、リョウと同じように宿屋の一角を間借りして店の手伝いをしながら居候している。


 カズヤによると、リョウと彼は転生の時期が異なるそうだ。彼はリョウより一ヶ月近く先にこの世界にやって来ていた。そして彼もやはりリョウと同様にチヒロが生み出したと思われる光の球が原因で、こちらに転生したらしい。

 つまり、同じ事件に巻き込まれた人間が異なる時期に転生したことになる。リョウはカズヤ以外に転生者を知らないので、転生の時差は最大でどの程度まで開いているのかを確かめる手段はなかった。


 カズヤは元の世界では大学で日本の郷土史を研究していたらしく、転移してからずっとこちらの歴史について調べていた。

 根っからの研究者気質で、元の世界に戻ることよりもこちらの事を調べたい欲求が強かったのだとか。リョウが不味そうだなと思ったあのインゲン豆みたいな果物も、話を聞くや否や宿屋の手伝いで貰ったバイト代でそれを買い、好奇心に目を光らせながら食していた。変な青年だが、彼のお陰でリョウはこの世界の内情をよく知ることが出来ている。



 風呂場の掃除が佳境に入った頃、振り向くと入り口にティーヤが立っていた。手が全然進んでいないリョウを睨みながら腕を組み、口をへの字に曲げ悪態をつく。


 「ん~遅い!」


 「わりぃわりぃ、ちょっと考え事しながらやってたもんで……」


 「午後にはユウナ様が貴方達を迎えにくるんだから、早めに夕食の買い出しを済ませたいって言ってたでしょ!」


 そう、今日はユウナがメンデルンからリョウとカズヤを迎えに馬車でやって来るのだ。なんでも異世界人である彼らについて、城の()()()が見聞を広めたいと進言したとか。国内では結構名高い魔導師だというその進言者の計らいで、二人はメンデルンの城へ移り住むことになっている。


 「買い出しって、ヤン爺のとこへ小麦を買いに行くだけじゃないか。俺を待たずに一人で先に……」


 「だああぁ! 細かいことはいいの! 女の子に重い荷物を持たせる気!?」


 リョウがノイツから離れると聞いてから、ティーヤはやたらと彼にちょっかいを出すようになった。居候の身であまり強く反発できずにいたが、特に嫌な気もしなかったので放ったらかしにしているのだ。


 「分かったよ! もうすぐ終わるから待ってて、な?」


 そう言われてもティーヤの膨れっ面は直らなかった。特に嫌な気がしないのは一重にこの顔が見れるという役得のお陰もあるかもしれない、とリョウは思った。



  二人の買い出しの目的地は町の東門から少し歩いた、小高い丘にある風車小屋の一つだ。ここノイツは、楊との国境にそびえ立つカルタ連峰から強い風が吹く。その風の力を活かして小麦を挽くための風車小屋が、町の東側に立ち並んでいるのだ。

 ヤン爺はこの風車小屋群を泊まり込みで管理している老人だ。ティーヤとティータは何故か彼になついており、彼もまた彼女達を我が孫のように可愛がっていた。そして何故かリョウは嫌われている。それについては後で分かる。


 「ヤン爺! 小麦貰いに来たよー!」


 「おお、ティーヤいらっしゃい……なんだ小僧も一緒か」


 にこやかな表情はティーヤにのみ向けられた。後ろからリョウが入ってくるのを見ると、ヤン爺はいつもの気難しそうな顔に戻ってしまった。


 「ど、どうも」


 「お主明日ノイツを立つのだろう? 仕度は済んだのか?」


 「あー、特にこっちへ持ってきた荷物とかはないんで大丈夫です」


 「ふん……荷物も持たずにノイツまでほっつき歩いとったのか。随分なご身分じゃの」


 「ヤン爺、あまりリョウをいじめないであげて。彼、色々あったの」


 「はは……そうなんすよね……」


 「ティーヤはこやつに甘いのー」


 ヤン爺は長く伸びた顎髭を弄びつつリョウを一瞥すると、ティーヤのために小麦の在庫を確認しに行った。

 先程の冷たい態度でお気づきだと思うが、どうやら彼はリョウのことを「どこかの家出した貴族の放蕩息子かなんか」と勘違いしているようなのだ。ふらふらとノイツにやって来ては、自分の可愛いティーヤにくっついて回る悪い虫、とでも彼の目には映っているのだろうか。

 ティーヤも知り合いが嫌われているのにいい気分がしないのだろう、リョウに聞いた。


 「ねえ、異世界のこと、教えてあげないの?」


 「ユウナに秘密にしろって忠告されてるからなぁ」


 リョウはポリポリとこめかみを掻いた。――いや、俺も言いたいのは山々なんだけどね。 

 『土塊』の一件があった手前リョウとカズヤが異世界人であることは、それを知る者たちだけの秘密に留めるようユウナに言われているのだ。『土塊』同様に魔法じゃない特殊な力をもつ『シキ』を利用しようと考える者が現れるかもしれない。

 それに、異世界からよく分からない力を持った人間たちが転生して来た、なんて市民に教えたところで不安を煽るだけだ。当然の措置だと思う。


 ヤン爺は小麦の袋を担いで来ると、ティーヤに何事かをコソコソ話すリョウを見て、テーブルの上にそれを乱暴に置く。音に驚いて二人の肩はピクリと動く。

 彼は椅子を引いて腰を労るようにゆっくりと掛けてから、ティーヤに尋ねた。


 「一週間分でよかったかの?」


 「え、ええ、十分だわ。ありがとう」


 ティーヤは受け取った小麦の袋を無言でリョウに手渡す。――はいはい、元からそのつもりでしたって。


 「今年はアモネイ様も元気がよろしくてな。小麦がよく挽けるんじゃよ」


 「確かに今年は風が強いわね。体調を崩さないように気を付けてね」


 「お前はやさしいの。そっちも気を付けるのじゃぞ」


 「わたしは心配ないわ! 生まれてから一度も病気にかかったことなんてないんだから!」


 そう言ってポンと胸を叩くティーヤ。確かにこの子は風邪とか引かなそうだな、とリョウも頷く。――どこか抜けているところをバカだと思ったからではない。決してそうだからではない。

 小麦を受けとり扉に手を掛けるところで、突然リョウはヤン爺に呼び止められた。


 「この前、この町に来たときのお主とそっくりの服装をした少女がメンデルンへ向かうのを見たぞ」


 (なんだって!?)


 「ヤン爺さん、それはいつのこと?」


 それが本当なら新たな転生者の情報かもしれない。リョウは思わず小麦の袋を落としてしまった。――横にいたティーヤがリョウの手からスルリと抜け落ちる袋を慌ててキャッチする。勢い余って扉に頭をゴチンとやってしまった。


 「三日前かの……アモネイ様のご加護を一新に受けた不思議な娘じゃった。彼女が風車小屋を横切ると羽根が勢いよく回りはじめての……」


 これはいよいよもって第三の『シキ』の可能性が高まってきた。メンデルンに到着してから探してみる必要がありそうだ。――と、そこで手元に小麦の袋がないのに気付いて横を見る。


 案の定、おでこを擦りながら涙目で睨みを利かせていたティーヤ。口一杯にドングリをくわえたリスのように頬を膨らませている。ティーヤの膨れっ面は完全にリョウのお気に入りになっていた。実は既にその顔を一度スマホのカメラに納めることに成功しているのだが、その話はまた今度することにしよう。

 しかし、自分のせいで怪我をさせてしまった。謝らなければなるまい。


 「あーごめんごめん! 痛かった?」


 「痛いよ!」


 「そうだよね……」


 「お主……可愛いティーヤになんてことを」


 振り替えるとそこにはやはり膨れっ面のご老人が。何故かヤン爺もおでこを擦っている。――これは()()だろうか。テレビで痛いハプニング映像を見たときの、感覚に感情移入するあれだろうか。ヤン爺は自分がおでこを擦っていることに気付いていないようだ。

 しかし、自分のせいでこのご老人には多大なる心労を掛けてしまった。謝らなければなるまい。


 「あーすいません! 痛かったですか?」


 「痛いのはティーヤじゃ!!」


 「そうですよね……」


 異様なデジャヴュ感を味わいながら二人にへこへこ頭を下げ続けるリョウ。このやり取りも今日でおしまいだと思うと、なんとなく悲しい気もするのだった。



 風車小屋からの帰り道だった。


 「アモネイ様って何?」


 リョウは先程の会話で気になった「アモネイ様」について、ティーヤに聞いてみた。


 「ルーデンやゼストリアに伝わる神話に出てくる風の神様よ。カルタ連峰から降りてくる風はアモネイ様の着ている服の裾だと言われているわ」


 「じゃあ『アモネイ様のご加護』ってのは…」


 「話に出てきた女の子が風の魔法でも使っているのを見たのかもね。あ、でも異世界の人は魔法が使えないんだっけ?」


 「うん」


 なんとなくだがリョウは、ヤン爺が見た第三の『シキ』らしき少女について想像がついた。――そういうことも『シキ』には可能だということを、リョウは知っている。

 しかし、リョウが今までに見聞きしただけでも自分以外に三人も見知らぬ『シキ』がいるかもしれないなんて。リョウの想像以上に沢山の人達がチヒロの能力に巻き込まれたのだろうか。疑問は増えていくばかりだ。



 宿屋が目前に見え始めると、向こうで大きく手を振る少女がいた。思わず目を留めてしまう真っ赤なロングヘアーに、横には馬が二等繋ぎ止められた道幅ギリギリの大きな馬車。ユウナが到着していた。


 「おーい、おかえりー!」


 まるで友達の帰りを待っていたかのような気軽さで、元ルーデン公国第一王女は二人を大声で呼んでいた。

 リョウもやはり大きく手を振って返しながら、頭の中でメンデルンでやるべきことを整理していた。――城に住む老魔導師との対談、マナが見える力の活かし方、第三の『シキ』と思われる少女の捜索。


 「これから忙しくなりそうだな……」


 「え? 何か言った?」


 ユウナに何事かジェスチャーで伝えようとしていたティーヤは、両手でCの字を作り続けたまま横を振り向いた。


 「いいや、独り言」


 「そう……たまにはノイツに遊びに来てね」


 ティーヤは足元の小石を蹴飛ばして遊びながら、時々こちらを振り向いてそう言った。なにそれズルいよ、ティーヤさん。

 リョウはちょっとだけドキッとした自分を隠すために冗談をつく。


 「うん、()()()()とまた風呂入りたいし」


 あれ? 後から意外と本当に心からそう思っているのに気が付いたリョウ。

 それを聞いたティーヤは、マジで目覚めてしまったのかな、と目を見張ると間髪入れずに応えた。


 「……やっぱり来なくていいよ」


 「な、なんでさ!?」


 「気に入らないからよ! 弟の貞操は私が守るわ!」


 そう言ってクスッと笑うと、ユウナの元へ駆け出して行ってしまった。


 「勘違いを生むような発言はやめてくれないかな!」


 リョウも彼女の発言の訂正を求めて追いかける。


 二人の走る道の先に、()()()()と落ちていく夕陽があったのだった。

 

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