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存在証明式(仮)  作者: 御劔ツカサ
第一章 コード:アクティベイション
3/12

2、『土塊』ともう一人の『シキ』

2話の歯切れが悪かったので、ユウナが登場するところまで繋げちゃいました。

 ノイツの自警団詰所はジョシュの宿屋から数分の距離にあった――焦げ茶色のレンガで組まれたその建物の入口には、盾の上に小麦と鍬が交差したような紋章のプレートが下げられていた。


 詰所へ入ると既に五、六人の男達が木製のテーブルを囲って何事かを話していた。


 「カサバの方は酷い有り様らしいぞ。家畜を殺された家もあるとか――これから収穫の時期なのに、どうするんだろうか……」


 「身代金にユリド金貨二千枚。刻限が今夜の十一時までか……」


 「略奪が目的なら人質なんか捕らんで端から町を襲うよな? 何か別の目的があるのかも……」


 「この二番目の要求のことか?」


 「ああ。ユリド金貨二千枚は骨が折れるからな……そっちをあたってみるか」


 町の自警団といっても普段はそれぞれに店を営んでいたり、畑を耕したりしている人達なのだろう。自警団と聞いていたから、統一された制服に袖を通した屈強な男達を想像していたのだが――リョウの勘違いだったようだ。

 

 「皆、待たせたな」


 男達は話し合いに夢中になっていたようで、ジョシュが声を掛けるまで全く反応がなかった。


 「おお、ジョシュか」


 「ティータは?」


 「ああ、これを見てくれ」


 ジョシュは自警団の一人から手紙を渡される。ジョシュの広げた手紙を、ティーヤとリョウは両脇に回り込んで覗き込む。手紙の内容はこうだ。



『ノイツの者共へ

貴様らの町のガキを預かっている。先日のカサバは貴様らの記憶にも新しいことだろう。

同様の目に遭いたくなければ、我々が要求するものいずれかを用意しろ。要求は次の通り、

 ①ユリド金貨二千枚 ②ここ数週間のうちに現れた、「異世界」や「別世界」といった戯れ言を抜かす奇妙な出で立ちの人間

期限は今晩十一時。場所は森の入口。刻限を過ぎたり、要求が満たされなかった場合はガキを殺して町も襲う。』

 


 リョウは手紙の『異世界』という単語に目が釘付けになる――どういうことだろう? 盗賊は異世界のことを知っていて、自分を探しているのか?

 そう考えて気が付いたらジョシュから手紙をひったくっていた。


 「これって……」


 「どうやらお前さんのことを探しているようだな……」


 腕を組んで唸っていた自警団の皆がジョシュの一言に反応する。


 「どういうことだ? そう言えばそいつ、見たことない奴だな……」


 「まあ隠しても仕方ねえよな――二番目に書かれてるのは多分こいつのことなんだ」


 「……よく分からんのだが」


 「今朝、森で倒れているこいつをティーヤが見つけたんだ。宿屋で事情を聞いたら別の世界から来たと言ってな」


 全員がリョウに視線を向ける――そんなに見つめられると照れるな。はぁい、異世界人です、どうも。リョウは小さく会釈した。


 「異世界か……じゃあそいつを盗賊に渡せば……」


 自警団の一人がボソッとそう溢したのを皮切りに、全員の目の色が変わる。暗闇の中、微かに光明が見えたというような顔つき――えっ、待って……


 (ちょ、えええええええええええええええええ!?)


 焦ってジョシュの方へ振り返ると、後頭部に手をあてリョウにジェスチャーで謝っていた。これはマズイことに巻き込まれたのでは――リョウは予感した。

 ジョシュは一つ咳払いをして、今にもリョウを引っ捕らえそうな勢いの彼らを制する。


 「ま、待ってくれ皆。こいつは俺が宿屋で面倒をみることになったんから、当分俺の家族も同然だ……そうだ、家族だ! ただでこいつを盗賊に引き渡すってんなら協力しねえぞ!」


 「お、落ち着けジョシュ。それじゃあティータはどうすんだよ」


 「それは……んだが、こいつを犠牲にするのは賛成できねえ!」


 家族だ、と自分で言ってからやけに意地になっているようだった。慌てて一人が落ち着かせる。


 「わ、わかったわかった。そいつを引き渡す以外で解決する方法を探そう――なあ、団長!」


 団長と呼ばれた小太りの男は慌ててそれに乗っかる。


 「お、おうそうだな――アッシュ、とりあえずメンデルンまで早馬を飛ばして来てくれないか? ()()()様のお耳に届けば何とかしてくださるかもしれん」

 

 「それは構わないけど、戻ってくるまではどう持ち応えるんだ? 手紙の期限までに帰ってくるのは無理だ」


 「とりあえず町の衆を集めて、奴等の交渉に乗った体でなんとか時間を稼いでみよう。それしかない」


 「そうだな、それがいい。何もしないでいたらその分、町もティータも危険に晒される可能性が高くなるからな」


 こうしてなんとかスケープゴートになるルートを回避したリョウ――でも、なぜジョシュはこんなに自分を庇ってくれるのか分からなかった。


 「アンタ、名前なんて言うんだ?」


 考え事をしていると、アッシュと呼ばれていた自警団の若い男に名前を訊ねられる。二十歳前後の爽やかな雰囲気の青年だ。


 「え、リョウです……」


 「リョウか。どうしたんだ?」


 「あーいや、どうしてジョシュさんって俺のことあんなに庇ってくれるんだろうって……」


 「ああ……それか。お前のこと家族って言い切っちゃったろ? ジョシュさん、家族って言葉には敏感なんだ。三年前の戦争で……」

 

 言い掛けたアッシュは突然口を閉じてしまう。自警団の一人がリョウたちの会話を聞いていたのか、アッシュの頭をコチンと小突く。アッシュは小突いた自警団員に謝っていた。

 どうしたのだ――リョウが辺りの様子を窺うと、暗い顔をしたティーヤが目に留まった。彼女のそんな顔が予想外で、リョウは思わず顔を反らしてしまう。どういうことだ、とアッシュに無言で尋ねてみた。


 「えっと……ティーヤのお母さんは三年前の戦争で亡くなったんだ」


 アッシュは気まずそうに答える。


 (そういうことか……。)


 そんなことがあったなんて、今までのティーヤの素振りから想像も付かなかった。リョウもこれ以上この話は出来まい、と黙ってしまう。

 そんな二人の様子を見ていた詰所の皆も静かになってしまい、ジョシュが慌ててフォローする。


 「過ぎたことだ、気にするな……それより時間がない! アッシュ、早馬はお前に任せた。よろしくな」


 「は、はい!」


 反省していたアッシュは名誉を挽回するべく詰所を後にしていった――


 「よし! そうと決まれば支度に取り掛かろう。準備が整ったら町の西門に集合だ」


 団長の掛け声で自警団の面々はゾロゾロと詰所を出ていく――最後に残った団長がリョウの横を通りすぎる時に肩に手を置いてきた。


 「なーに心配ないさ。お前もティータも全員無事に帰ってこれるって!」


 男はニッコリと笑ってリョウの背中をバンバン叩く――根拠のない慰めだったが、悪い人じゃなさそうだとリョウは苦笑いを返した。


 (色々と気になるが、今はティータの救出が最優先事項だ。自分を家族だと言ってくれたジョシュたちに報いなきゃ!)


 そう思って俯いたままのティーヤに話し掛ける。


 「ティ、ティーヤ、俺達も宿屋に戻って準備しよう」


 表情は少し曇っていたが、盗賊に捕まっているティータを思い出して、ティーヤはリョウの提案に頷いたのだった。

 

**********


 リョウが倒れていた森は、町の真ん中を東西に横断する、ラストー街道を西に真っ直ぐ進んだ先にあるそうだ。

 逆に街道を東に行くと、メンデルンに辿り着くらしい――アッシュはあっちへ馬を走らせたのだろう。


 西門から十分ほど歩いていたが、森の入口はまだ見えなかった。この道のりをティーヤに担いで貰って助けられたのか、と考えると本当に感謝しかなかった。大切な人を失っているからこそ、ここまで親切になれるのだろう――リョウはティーヤやジョシュの優しさを改めて実感する。この世界は皆優しい人ばかりだ。



 この世界に転移してからずっと考えていたことがある――リョウはチヒロ達との出来事で、自分が『シキ』だという可能性を疑っていた。仮に自分が『シキ』だとしたら、この世界に転移したことは自分にとって良かったのではないかという考えを持っていた。それには根拠がある――現実世界での『シキ』の扱い。


 リョウの世界では、『シキ』は異能力のせいで差別を受けることが多かった。人は自己が理解できないものを反射的に恐れる性質がある。例え『シキ』が他人に害を与えるような能力の行使をしていなくても、その性質があるから自然と差別の壁は出来てしまう。だから、祖父や父も自分達の正体を隠して生活していた。他の『シキ』達も同様であったろう――生きていくために自分を隠す必要のある世界。正直『シキ』にとっては住みにくい世界のはずだ。

 ところが、この世界で出会ったティーヤやジョシュは違った。二人は異世界人――理解できない生き物であるリョウを受け入れてくれた。これはもしかすると、


(もしかすると、ここは『シキ』たちにとって住みやすい世界なのかもしれない――チヒロもそんなことを思っているのだろうか?)



 考え事をしていると、足下の砂利に足を持っていかれそうになった。都会のアスファルトで舗装された道路ばかり歩いているから、足裏の筋肉が弱いのだろうか。

 異世界転移を夢見ている皆さん、中世ヨーロッパ風の世界で田舎道を歩くときは、十分足元に注意しましょう――なんて下らないことを心の中で呟きながら、リョウは歩くのに集中した。


 手持ち無沙汰になって、ふと盗賊について考えることにした。自分を狙ってるかもしれない危険な連中だが、ゲーム好きだったリョウは『盗賊』というRPG的な単語に興味を抑えきれなかった――ゲームでは素早さが高くて、紙っぺらみたいな防御力が特徴だが、実際はどうなのだろう?


 「ねえティーヤ、盗賊ってどんな奴等なの?」


 「ん? 町や村を襲って金品をかっさらっていく盗人集団よ。金目のもの以外に興味ない連中なのに、あなたを探しているようだし――今回の盗賊は奇妙ね」


 ティーヤはすっかり元気を取り戻していた――さっきのことを気にしてないようで、リョウは安心する。


 「そいつら武器とか持ってるんだろ? ――こんなの役に立つのかな……」


 そう言いながらリョウは、右手に持っているフライパンを繁々と見つめる――「刃物は危ないから」ということでジョシュから持たされたものだ。こっちの方がいざという時に役に立たなそうで、別の危なさを感じるんだが。


 「そうね、あんまり役には立たないんじゃないかなって。盗賊には時々魔法も使える奴がいるからね……」


 そう言ってティーヤも、鍋の蓋とオタマを真顔で見つめている――これもまたジョシュから手渡されたものだ。渡されたとき、ティーヤが「盗賊はキャベツやタマネギじゃないわ!」と突っ込んでいたのが面白かった。


 「魔法……」


 魔法ときたか。この世界の盗賊はそんなものが使えるのか、と今更ながらリョウは自分が異世界にいることを実感する。


 「そう魔法。ゼストリアは魔法技術が発達しているの。楊には妖術や呪術なんていうものもあって……」


 「あーもういいよ、ありがとう。それ以上聞くと俺、ボルトも目が飛び出るレベルの全力疾走キメちゃいそうだから」


 「ボルト? リョウ魔法使えたの?」


 違うよティーヤ。ボルトってのは魔法のように足の速いこっちの世界の陸上選手なんだ――とリョウは心の中で補足説明をしてやった。


 「ううん……じゃあさ、『ユウナ』ってのは誰なの? 俺らはその人が助けてくれるまでの時間稼ぎをするんでしょ?」


 「ユウナ様はルーデン公国の王女様だった方で、今はルーデン公爵令嬢よ。まあ姫というよりお転婆娘というか……」


 ほお、伯爵令嬢か。一体どんな人なんだろう、とリョウは見知らぬ伯爵令嬢の妄想を膨らました。


 ――金髪でクルックルの巻髪で尊大な態度のお嬢様。町の自警団が助けを求めるくらいだから強くて、ムキムキ……


 想像のユウナ様がえげつない姿になったところでリョウは妄想をやめた。



 そうこうしていると、一行は森の入口に到着する。入口の向こうは鬱蒼と木々が生えて真っ暗だった。真夜中において唯一の光源たる星の明かりも森の奥へは全く届いておらず、暗いというよりも闇が深いというのが適切な表現に思えた。

 小説を読んでいるときによく出てくる「魔物が出そうな森」というのがピッタリな薄気味悪さだった。


 「ここが森の入口、か」


 「もう十一時近いわね。そろそろ来るかも……」


 リョウは息を呑んだ。実際に盗賊との交渉に望むジョシュ、リョウ、ティーヤ、団長の四人だけが森の入口で盗賊の現れを待つ。他の自警団の人達は、有事の際に手が届く範囲の後方の草むらに身を潜めてもらうことにした。


 暫く待っていると、森の入口から生暖かい風が吹き出してきた。ジメジメと湿った土の匂いを運んでくる――しんどくなったのか、四人が同時に緊張の糸を一瞬だけ綻ばしてしまう瞬間が生まれた。その時、


 ――ザザザッ


 風とは別に、何かが草木を押し倒す音がし始める。音はどんどんこちらに近付いてくる。その場にいた皆が息を呑んだ――やがてその音源たる人物たちが姿を現した。


 もう、見るからにといった感じだった。盗賊たちが七、八人姿を現した。何かの動物の革で出来たジャケットのような服装に、腰に提げられた刃渡り三十センチ程度の単刀。刃は先端にかけて外側へ反れている。背中には弓矢――それらを見たリョウとティーヤはそっと各々が手にしていた調理器具を地面に置く。こんなもの役に立ちませんよね……。


 「……ノイツの者たちか?」


 リーダー格らしい男がリョウたちに話し掛ける。その男だけ革の服の上にローブを纏っていた。男は犬のような顔をしており、目がやけに死んでいる。この世のものに何の感動も感じてないような光の少ない瞳――何か善からぬ感情を内に秘めた邪悪な目つきとでも言おうか。そんな感じだった。

 団長とジョシュの方が男より年配のようだが、その視線に射ぬかれて少し気圧されている。団長は震える口を開いた。


 「あ、ああ。アンタらが要求していた人物を連れてきた」


 「どいつだ?」


 男の眼がジロリと四人を一瞥していく――やがてリョウのところで止まる。見た目通り嗅覚が鋭そうだ。


 「お、俺だ」


 リョウは場の空気に飲まれないように出来るだけ大きな声で返答する。男は暫しリョウを睨む――やがてフン、と鼻で笑ってから言った。


 「こいつが本当に異世界の力を持ってるかどうか試させてもらうぞ」


 「異世界の力?」


 「試すのにこいつを使う」


 ジョシュが男の発言の意図を聞き返したが、男は有無を言わさず盗賊の一味を顎で促す。木陰から一人の青年を乱暴に引っ張り出してきた――銀縁眼鏡をかけた長身痩躯の青年は酷く疲弊していて、顔にはあちこちに殴られた跡があり痛々しくて見ていられなかった。

 そして、リョウは目の前まで引っ張り出された青年の首筋にあるものを見つけて驚愕する――『シキ』の刻印!!


 「おい、あのガキが力を持っているか確かめろ」


 そう男に命令され蹴り出された青年は弱々しく立ち上がり、覚束ない足取りでリョウに近づいていく――リョウの元まで来ると、今度は足が(もつ)れてリョウへ倒れ込んだ。

 青年は「すまない」と言ってリョウの肩を掴んで起き上がると、大きく息を吸い込んで止めた。そしてリョウの腕を掴んで目をすっと閉じる――すると青年の首筋の刻印が輝き出した。それに呼応してリョウの右目の下が一気に熱を帯びる。

 リョウは驚いて右手で熱くなった箇所を触る――気が付くと、それまでまっさらだったリョウの右目の下にも『シキ』の刻印が浮かび上がり、激しく輝きだしていた!


 (…………………………!!)


 二人の刻印は数秒間光り続けるのを、その場にいた皆は呆然と見つめていた。そして、青年が止めていた息を吐き出したことでその輝きは消えていった。

 

 それを確認した男は腹を抱えて大笑いする。一笑いした後、歓喜に震える声で叫んだ。


 「見つけたぞお!! 三人目だぁ!!」


 掴んでいた手を離し、眼鏡の青年は細々とした声でリョウに尋ねた。


 「……君も、『シキ』なのか?」


 「……え」


 青年の一言にリョウの心は掻き乱される。『シキ』という単語が思考を一時的にラグつかせる。


 「リ、リョウ大丈夫か!?」


 動転していたリョウはジョシュの呼び声で我に返る。そして青年の言葉を反芻して、ようやく気が付いた――この人も『シキ』! そんでもって、やっぱり俺も『シキ』なのか!

 それにもビックリしたがそれよりも、


 「ど、どうやってアンタこの人を見つけたんだ!?」


 「ふん……カサバで見つけたのさ。路地裏で仲間が数人やられててな。逃げるところを俺様の地属性魔法で取っ捕まえてやったのさ!」


 「魔法だって……!」


 ああ、最悪だ――『シキ』がバレちまった上に、こいつ魔法が使えんのか! クソッ、さっきのフラグを盛大に回収しちまった!

 リョウは今にも気を失いそうになっている青年を引き摺りながら、男から距離を取っていく。

 青年はさっきので力を使い果たしてしまったのか、全身の力が抜けて気絶寸前だった。体を揺すっても、ほんの少し瞼の筋肉が痙攣するだけで、ろくすっぽ反応がない。二度、三度と呼び掛けるうちパッタリと意識を失ってしまった――どんな酷い扱いを受けたら、人間はこんなに衰弱するというのか。リョウの中で何かが燃え上がり始める。


 「……お前、俺らをどうするつもりだ?」


 「どうするって……お前らの力をこの先の略奪に役立たせるに決まってるだろ! 元々この世界には居なかった人間なら――使い殺しても誰にも咎められない! 精々死ぬまでこき使ってやるよ!」


 男は恍惚とした表情でそう答えた。

 その一言でリョウの何かがプツリと切れた――『シキ』だから……『シキ』だから使い殺すというのかっ!!


 「……ぉお前えええええええええ!」


 動き出したらもう止まらなかった。リョウは青年を寝かせてそう叫ぶと、盗賊の男めがけて突進していく。

 その時、ティーヤはあることに気が付いてリョウを呼び止める。


 「いけない! リョウ! そいつに近付いちゃだめぇ!!」


 「うおおおおおおおおおお!」


 ティーヤの制止もむなしく怒りで我を見失って突っ込んでいくリョウは、盗賊に向かって拳を強く握る。右腕が唸り、あはや男の顔面を捕らえようとする――次の瞬間、


 ――ズゴッ……!


 「ゴフッ……」


 何故かリョウが吹っ飛んでいた――盗賊の足踏みに呼応して突如地面から隆起した土の塊が、リョウの腹部に鈍い音を立ててめり込んだのだ。


 (なん、だ、これ……)


 リョウの肺に入っていた空気という空気が、本人の意志に関係なく全て体外へ吐き出されていく。あまりに衝撃が強くて、吐き出した空気に若干の胃液も混じっていた。

 前いた位置から三メートル程後方の地面に着弾するまで、リョウの体はずっと宙を浮いていた


 (これが魔法なのか? っんぱねぇ! 痛ぇ!! )


 吹っ飛ばされたリョウの元へティーヤとジョシュが駆け寄る。


 「だ、大丈夫かリョウ!」


 「あいつ、きっと『土塊(つちくれ)』だわ! 強力な土系統魔法で、ゼストリア領内で好き勝手やってる盗賊団の長よ!」


 (そう言うことはもっと早く言わなきゃダメだって、漫画やアニメで教わらなかったかい、ティーヤ……)


 ティーヤの腕の中で何とか意識を保ち続けているリョウは、心の中でそう呟いた――息が全部吐き出されてしまって、声が出せなかった。


 「ほう、よく知ってるなクソガキ。こんな辺鄙(へんぴ)な土地まで俺の名が知れ渡っているなんて、この『土塊』感動したぞ!」


 『土塊』は両手を広げ高々と笑う。


 「この感動に免じて、町には手を出さずに引いてやる。さあ、そのガキを渡せ!」


 『土塊』はもう待てない、と吹っ飛ばされたリョウの方へにじり寄る。


 「ひ、人質はどこなの!? 約束は守ってもらうわ!」


 ティーヤは今にも泣きそうな顔で、精一杯に強がって本来の交渉がまだ進んでいないことを主張した。


 「ん? ああ、そうだったな。こいつのことか?」


 『土塊』の部下が森の中から連れてきた青年を見て、ティーヤは堪えていた涙が溢れ始めた。


 「ティ、ティータぁぁ……!」


 「ティータ!!」


 「父さん!」


 盗賊の一味に乱暴に押し出されたティータは、よろけながらジョシュに駆け寄っていった。

 ジョシュはティータを抱き止め、その姿を見つめる――『土塊』は人質には手を出していなかったようで、顔の切り傷以外に目立った外傷はなかった。


 「怪我はないか?」


 「大丈夫だよ。でも、ごめん。薬草カゴはどっかに……」


 「薬草なんかどうでもいいんだ! お前さえ無事なら」


 ティータがジョシュに保護されたのを確認して、自警団の皆も少し緊張が解れたのか、溜め息が漏れていた。だが安心も束の間、


 「さあ、そいつを寄越せ!」


 『土塊』がリョウを引き渡すように命令する。ティーヤはゆっくりとリョウの体を起こす。


 「リョウ、立てる?」


 「……うん」


 立ち膝が出来る状態になるまでティーヤの腕を借りて、それからリョウは自力で立ち上がった。まだ腹部がズキズキと痛んでいたが、全身に力を込めて姿勢を正す


 「いっつ……。おいアンタ、他に俺達みたいなの会わなかったか?」


 リョウは『土塊』がチヒロ達を目撃しているかもしれない、と思ってそれを聞いたはずだった。だが『土塊』は予想外の返事をする。


 「あん? ああ見たぜ、お前は俺が見つけた中では三人目だ。だが()()()()()()()()姿()()()()()()()()から捕まえるのは諦めたがな……」


 『土塊』は悔しそうに舌打ちをした。


 (見えない? 何のことだ、チヒロじゃないのか?)


 気絶している青年のところへ歩み寄りながらリョウはそれを聞いていた。そして、青年を見下ろす。すると、一つの考えが浮かぶ――


 (やっぱり、この世界に来た『シキ』は俺らだけじゃない!)


 もっと沢山の『シキ』が、この正体不明の異世界転移に巻き込まれている――リョウはそう確信した。

 だが、『土塊』は嫌なことでも思い出したのか強引に話をそこで切り替えた。


 「そんなこたぁどうでもいい。人質は渡したんだ! お前はさっさとこっちへ来い! お前は今日から俺様のものなんだ!」


 『土塊』が再び足踏みをすると、地面から巨大な人間の手のような土の塊が出現する。

 塊がリョウを掴もうとした瞬間、どこからか透き通ったせせらぎを流れる水のような声が響く。


 「――その必要はないわ」


 声に続いて今度は巨大な炎の塊がリョウの真後ろから飛んできて、『土塊』の生み出した土の手を飲み込む。リョウはあまりに激しく燃える炎が熱くて、顔を両手で覆う――指の隙間から見えた土の塊は、あっという間にボロボロと崩れさり、砂の山と化した。


 「ティーヤ、ティータ――待たせてごめんね」


 「ユ、ユウナ様!!」


 ティーヤの声にリョウは後ろを振り向く――そこには燃えたぎる炎のような真っ赤な美しい髪と、空のように澄んだ水色の瞳をした少女が立っていた。


 微風に揺れる腰まで伸びた赤髪を左手で抑えつけながら、少女は言い放つ――


 「ゼストリアを脅かす『土塊』の盗賊ども、貴方たちの悪行も今夜で最後よ!!」


 ――それがリョウと彼女、ユウナ・ヴァン・ルーデンスとの邂逅だった――

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