No.5
「コハク君の思う錬金術はどういうものだ?」
レイムは自分にもグラスを用意して一口飲んだ。
先ほど、琥珀とニックの近くに座っていた三人組は勘定を済ませ、この酒場から去った。
静かになった酒場には琥珀、ニック、レイムの三人のみとなった。
「えっと、名前の通り金を錬成する技術みたいなもので、賢者の石を造り出して不死を目標にしたり、とかかな」
「君のそれはあながち間違いではない。だが、二つとも誤っている」
「どういう事?」
「まず、金の事だが、すでに金の価値はそんなにない。エクレスの北部、山岳地帯に鉱山が発見されてそこからは石油で例えるならば三百年分、それほどの量の金が採掘され続けている。だから、いまさら金を錬成ろうなんて思ってる錬金術師は居ない」
錬金術といえば金、というイメージが根から定着していた琥珀にとっては何とも言えないものだった。
そして賢者の石についてだが、とレイムは続けるがニックが口を挟む。
「そっちの事についてなら俺がある程度の事はもう話しといたぞ」
「そうなのか?」
「言い伝えみたいの、だよね。人が消えぬ命を求めるならばーとかいうの」
「ああ、そうだな。結果、その二つは錬金術の特徴で、というのならもう違うな」
「じゃあ、一体どういうのが錬金術と・・・?」
琥珀が問う。
レイムはそれに答えるのだが、その前にこう話し始める。
「コハク君。君は魔術を知っているか?」
「魔術・・・まあどういったものかは」
「なら、スピリチュアリティとは?」
聞き慣れない用語が出てきて頭の中の引き出しを一斉に引き出すが、それでもそれは見つからない。
首を横に振った琥珀を見て頷く。
喋り続けて口が渇くため、レイムは再びグラスに入ったドリンクを口に含み、潤わせてから飲む。
「まあ、主に精神的な言葉なんだが。一口にこれ、とは言えない精神的なものをまとめ合わせてこう呼ぶ」
通信制の高校に通っていたとはいえ、片桐琥珀の学力はそこまで低いものではなかった。
しかし、あまりにも話が突発的過ぎるために理解が追いつかない。
さらにレイムは話を変える。
「学問で例えるならば・・・そうだな、国語だな」
「は・・・?」
「錬金術というのは決して一つの学問ではない。魔術という一つの学問に含まれている内容だ。国語にもいろいろと種類があるだろう? 現代、古文と。魔術にも、呪術、邪術、魔導書と種類が他にも幾つかある。その中に錬金術も含まれている。つまり、『魔術の錬金術』と考えてほしい」
「っていうことは、様々な術をひとくくりすると魔術で、錬金術は魔術のうちの一つってこと・・・」
「ああ。君は頭の回転が速いね」
一方で琥珀の横で共にレイムの話を聞いていたニックは眉間に皺を寄せて険しい顔つきをしている。
今まで琥珀が思っていたのは「魔術アンド錬金術」だった。
しかし、それはここでは違い「錬金術オブ魔術」。
錬金術は魔術のうちの一つということになる。
「けど、まだ具体的なことが分からないよ」
「今から教えよう、というよりは見せる方が早いだろうな」
レイムはイスから立ち上がり、カウンター席に手を突き飛んで琥珀たちの居る側へと来た。
そして、左腕全体的に掘られたタトゥーを琥珀に見せる。
「これが『錬金術』だ」
左手を、掌を上にして前に突き出すと、瞬間だった。
タトゥーの縁だけが青白い閃光を放ち、手の平の上にパキパキと小気味よい音を立てながら、今までそこになにも無かった空間に結晶のような物が徐々に結合していき、最終的には水晶の様に透明で若干水色の棒状の何かが完成(出現)した。
「・・・・っ」
思わず言葉を失い、目の前で起きた超常現象をもう一度頭の中で再生している琥珀を見て、その反応にレイムは少しだけ優越感に浸る。
その棒状の何かは、レイムが左手で握っても崩壊することは無く、野球の打席前の打者がバットを手に打ち付けるようなことをしても、それは壊れなかった。
結構な太さと長さのあるそれは、何だろうと琥珀は凝視した。
その答えを教えたのはニックだった。
「レイムは空気中にある水を集めたんだ」
「えっ、水蒸気とかの?」
「そう。それらを集めて凝固させて出来たのがこの棒状のモノ」
ニックはレイムの手に握られている水から出来たという棒状のモノをノックするように叩いく仕草をした。
続けてレイムが言う。
「俺や他の錬金術師は、錬金術の、こういう化学的知識はある。だが、超常現象的な事を起こす力はない」
「じゃあ、なんで・・・」
「俺が錬成を行う前に何か変わったことが起きたろう?」
「・・・タトゥーが」
「そう。ここでさっきのスピリチュアリティが関係してくる」
レイムの左腕のタトゥーが再び青白い閃光を放つと、手に握られていた棒は一瞬で蒸発した。
また錬成を行ったのだろう、と琥珀は予想した。
「スピリチュアリティとは精神的な用語だけではなく、霊的な事も指す。精霊、妖精、幅広く捉えるなら神様もだな。さっき、俺は知識はあるが力はないと言ったよな?」
「うん、それが?」
「借りてるんだ。いや、契約していると言っていいかもしれない。錬金術師は、こういう風なタトゥーに限らず、羊皮紙にサインを描いたりすることによって特定の精霊、妖精に力を借りることができる」
「・・・・・」
「つまり、錬成を行うには俺の化学的な知識が土台となり、それを現象に起こすための力を精霊や妖精に借りる。これが錬金術だ」
・・・幸いだったと言えるのは琥珀が無知ではなくこの世界が未知であったことだろう。
琥珀も途中からは自分が理解出来ていないのか、レイムが理解できない事を言っているのか分からなくなっていた。
要約すると、錬金術に必要なものは化学的知識とスピリチュアリティ。
現象を起こすまでの過程と起点が必要という事である。
モーター(錬金術)を起動させるには、電池(知識)とスイッチ(スピリチュアリティ)が必要。回路はタトゥーなどのサインである。
「これで錬金術は分かっただろう」
「いやっ、分かんない・・・ニックさんの気持ちが分かった気がする」
「だろ?」
多分、勘とかに近いんだろうと琥珀は思った。
生まれつき、とでも言えば良いのだろうか。
そういう適した思考回路をしていないと錬金術は扱えない。
だとしたら、化学的な知識が十分に備わっていない琥珀には・・・。
「僕は、錬金術は扱えないって事かな・・・」
悲しく言った。
少しだけ、子供心の様にわくわくする感覚があった。
未知との遭遇は恐怖もあるが、それと同じくらいに好奇心も働く。
だけれど、真相を知った時は残酷だ。
「いや、そうとは限らない・・・かもしれない」
「えっ?」
「ニック、コハク君はあそこに連れて行ったらどうだい。適しているかどうか分かるんじゃないか?」
レイムは提案をした。
それにニックは、ああ、と賛同の意を見せる。
「確かに。あそこならいいかもな。だが、ちと遠いな」
「『例の任務』は、今はないはずだろう? コハク君を連れてってやれよ」
「そうだな・・・と言いたいが、別の任務が入ったんだ。俺は行けない」
「そうか・・・いや、ちょうどいい。俺の娘がいる」
琥珀には話が見えてこなかった。
うっすらと筋は見えるのだが、先が見えなかった。
「えと、何の話してるの?」
「君の才能を調べにいくんだ。付き添いに俺の娘が多分いけるはずだ」
「コハク、そこにいくまでは鉄道使って行け。費用は無いだろ? 俺が肩代わりしてやるから」
「ちょ、ちょっと、なに? 急すぎて追いつかないんだけど」
琥珀は戸惑うも、ニックとレイムは意に介さず話を続ける。
俺の娘は。鉄道までの道は。荷物は。必需品は。出発は。
割り込んで話を聞けるような状態ではなかった。
だが、それでも琥珀は割り込む。
「ニック」
「うん? なんだ?」
「・・・僕の為に色々話してくれてるみたいなんだけどさ、いいよ」
「あ? なんでだ?」
「・・・・・僕、一人が良いんだ。あまり人と接するのは得意じゃないしさ」
「じゃあどうするってんだ? お前、良いのか。せっかくの王都に行ける機会だぞ? それにこれからの事も問題だぞ。ここがどこだか分かってなかった状態から察するに、なにも分からないだろ」
「それは、そうだけど・・・」
人と接するのが得意ではない。
それは今も変わらずだった。
癖で、俯いて右目を手で覆い隠してしまう。
人に気味悪がられるのであれば、初めから誰とも関わらなければいい。
今でも琥珀の心に結び付いた考えだった。
なら、とレイムがいう。
「俺の娘だけ紹介でもしておこうか、奥に居るから」
そう言って、レイムは店奥へと入っていった。
「・・・本当にいいのか?」
「うん、気持ちだけでもうれしいよ。こんなに気にかけてもらったのは正直、初めてだよ。だから、情報だけ聞いてどこかへ行くよ」
「どこかって、お前・・・」
すると、再びレイムが姿を見せおくから表した。
「娘のセシルだ」
レイムに続いて店奥から出てきたのは、見た目15、6歳ほどの小柄な少女だった。
彼女を一目みた時の琥珀の素直な気持ちを教えよう。
一目惚れだった。