No.4
近場の酒場と言っても、それに辿り着くまで一時間は軽く掛かった。
その道のりで琥珀はあらゆる事をニックに聞いた。それこそ記憶喪失した者のように。
この国は何と言うのですかと尋ねれば。
この国はエクレスと答えた。隣接国よりも錬金術が発達している分、基礎的な国家軍事力、経済力、学力などが頭一つ出ているという。ちなみに琥珀が目覚めた場所はニックのお気に入りの場所でもあり、エクレスの南西部に位置する場所らしい。
なぜ錬金術というものがあるのか、と尋ねれば。
言い伝えでは、錬金術の神様的存在の始祖がこの国に錬金術を広めたそうだ。
『人が知を求め、さらなる力すら求めるならば、人の神は人に知と力を与え、神はそれを許す。もし、人は消えぬ命を求めるならば、神はそれを許さず罰を与えるだろう』
この不思議な言い残しを置いてその始祖はこの国から去ったそうだ。
琥珀は何かが自分の記憶に引っかかった。
その言い残しが何かに似ていたから。
「・・・あ」
「なにか分かったか?」
「うん。僕の世界である言い伝えみたいな話なんだけど、楽園から追放される話に似てるんだ。僕たちの先祖は神様に食べてはいけないと言われていた禁断の実を食べてしまって、罰を与えられて楽園から追放されるんだけど、楽園にはもう一つの禁断の実があったんだ」
「ホウ。似てるって事は、それは消えぬ命を与える実だったりするのか?」
「そうだね。それも食べたら神様と同等の存在になっちゃうから」
琥珀は普通にニックと話していたが、果たして自分がどれほど隠しきれていたかが気になっていた。
酷似している。
正直、驚きは隠せなかったかもしれない。
それでも琥珀は平然を装い続けて、やがてそれが装いではなくなった。
それは近場と言われていた酒場に着いた頃だった。
「・・・なんか思ってたのと違うね」
「静かだろ。なんせ街からは外れた場所にあるしな」
酒場は本当に街から外れているため、平原の真ん中にポツンと湖に浮かぶ島のようだった。今は陽が傾き平原にあるのはその酒場と影のみ。
木造の平屋建てだがそれなりの敷地面積があり、決して窮屈には感じさせない。
先に酒場のドアを開けたのはニックだった。
「しかし、ここに来るのも久しぶりだな」
琥珀もニックに続き酒場へと入る。
中には丸テーブルとカウンター席、あと飾りとしてか実用としてかは不明だが交差させた剣が壁に掛けられていた。
琥珀とニックの前に先客は三人だけで、二人男性一人女性のグループだ。カウンター席に座っている。
そして、そのカウンター席を挟んで向かい側に居るのが、
「レイム。久しぶりにお前の酒、飲みに来たぞ」
「俺は呼んではいないんだが、ニック」
酒場の店主は見た目ニックと同い歳ほどの男だった。
銀の短髪に左耳にはピアスが複数あり、無地のTシャツの袖を捲った左腕にはトライデント模様のタトゥーと琥珀が解読できない文字のようなモノが全体的に彫られていた。
おっとりとしていそうな顔だが先ほどのニックに答えた際の声は太く低い良い声だった。
「今日は連れがいるんだな。毎回一人で来るくせに」
「気ままに飲みたいからな」
琥珀とニックもカウンター席に座った。三人組のグループとは二席ほど空けて。
席に座るなりニックはドリンクを注文したのだが、琥珀が聞いた事もないような名前のモノだった。
「コハクは何飲むか決まったか?」
「え、あ、まだ・・・ニックのと同じでいいかな、よく分かんないし」
「よし。じゃあレイム、二つにしてくれ」
「ああ」
レイムは注文を受けるなり、カウンターの壁に並べられた無数のボトルから幾つかのそれを取って、グラスに注いで混ぜていく。
その作業の途中、レイムは琥珀の顔を見て言った。
「隻眼か」
「らしいな。俺の気に入ってた場所あるだろ、あそこで会った子なんだ。中性的な顔立ちしてるし背もそんなに高くないから後ろから姿見た時、女子かと思ったんだが声聞いたら男だと分かったよ」
「君、名前は?」
「・・・琥珀」
「コハク、か。良い名前だ。俺はレイムって呼んでくれ、ここの店主をやってる。君の隣に居る奴の腐れ縁みたいなもんだ」
レイムとニックは少しだけ笑った。
琥珀とニックの前にグラスに入ったドリンクが出された。透明感のあるブルーグリーン色の甘い芳香が僅かに漂い、思わず深く息を吸ってしまうほどに良い匂いだ。
「どうぞ、コハク君。君のだけにアレンジでフルーティーさを足しておいた」
「ありがとう、頂きます」
琥珀が少しの量を口に含んだ時だった。
「美味しい『酒』だろ?」
「ブッフゥウウウウ!! エホッ、ゲホッ、お酒、これ!?」
「ありゃ? 酒苦手だったのか、コハク。そんなに度数の高いやつじゃないと思うが・・・なぁレイム?」
「ああ」
「い、いや、僕まだ未成年・・・」
何を隠そう、琥珀はまだ誕生日が来ていないのでギリギリセブンティーンだ。
免疫がないものをいきなり飲まされた故に、鼻に抜けるアルコール臭が感じる。
しかし、
「ミセイネン? なんだそりゃ」
「何かの宗教的なアレかな、コハク君」
「え・・・」
琥珀は後に知る事となるのだが、エクレスに限らずこの世界では歳は数えるものの成年未成年の明確な境目、というより概念が存在しないため、酒に限っては縛りはないのだ。
「そうだ。宗教と言えば・・・レイム、コハクが錬金術の事について教えてやってくれ、基礎からな。何にも知らない上に俺の騎士団の事すら知らなかったんだ」
「へえ。じゃあ、異国から来たのか」
「・・・近からず遠からず」
琥珀は先に錬金術の事について聞くため、ややこしく話が絡むことを避けるために自身のこれまでの経緯を放すのは後に回そうとこの場は誤魔化した。
レイムは隅に置いてあった回転イスを持ってきて、カウンター越しに琥珀の目の前に座った。
「じゃあ、何から教えようか」
更新が遅くなってしまい、ごぺんなさい・・・